よもやま話:その80「記憶」


昨日テレビで、ロシアの天才テルミンの事をやっていたのだが
何と彼は母親の胎内に居た頃の記憶があったらしい(さすが天才!)。
まぁこういう特殊な人は別としても、
普通どれぐらい昔の事を記憶しているものだろうか。

記憶力は結構良いのよ(`▼´)と常々自慢している私は、
断片的になら大体3〜4才頃かな〜、などとずっと思って来たのだが、
実はコレにはあるトリックが潜んでいるのに気付いた。

それは写真である。
記憶していた、と思われた情景は全て写真の物であったのだ。
つまり子供の頃から写真を見ながら
そこから得た情報を膨らませていたのだ。
だから常に浮かぶ光景は写真のそれであって、
正確な所の脳の映像では無いような気がする。

試しに純粋に脳内で記憶を辿ってみると・・・
3〜4才の頃の事なんかぜ〜〜んぜん思い出せない(^^;)
せいぜい幼稚園の頃が良いところだ(とんだ記憶力自慢)。

それと時々フラッシュバックのように
ある光景がパッパッと浮かぶ事はないだろうか。
それもまるで自分とは縁の無いような光景。
それは前世の記憶の断片、と巷ではまことしやかに言われる。

私も子供の頃からよくこれがあった。
大きな門を開けるとその向こうには緑の芝生が延々と続きバラが咲き乱れている。
広〜い庭の中央には立派な石段があり、それを登った所に建つ瀟洒なお城。
こんな風景はおよそ自分が育った環境とはかけ離れているし
これってきっと前世の記憶に違いない!
私は中世のお姫様だったのかも!ぐふふ(*`▼´*)
な〜んて思っていた(いやマジで)。

ところが少し前、某番組で東京の名所だか何だかそんなのをやっていて
バラが美しい旧古河庭園が映し出された瞬間、
私のウン10年に渡る「中世のお姫様の生まれ変わりかもぉ〜」妄想は
脆くも崩れ去った。
昔から幾度となくフラッシュバックの様にパパッと浮かんでいた光景は
何の事は無い、子供の頃よく写生大会に行っていた古河庭園のモノだったのだ。
ちょっと、いやかなりガックリした。

記憶なんてのは自分の中で勝手に膨らんでいく方が楽しいのかも。
多少ノスタルジックに浸りながら、多少美化しながら。
100才ぐらいになった時
「あたしゃこう見えても昔はねぇぇ〜・・自慢タラタラ」
などとテキトーな美談を語ってみたいものである。