さようなら 沖縄のBU04
さようなら 沖縄のBU04
2005年1月。沖縄県にある那覇バスからISUZU製BU04型バス、最後の1台が引退しました。

前回沖縄に行ったのは、2003年の11月。この時は那覇の至る所でBU04の姿を見る事が
出来ましたので、しばらくは大丈夫・・・そう思っていましたが、知人から引退の連絡を受け、
驚きと寂しさを感じました。あんなにたくさん走っていたのに...一体何があったんだろう?

 

市内線用 BU04
BU04市内線車 市内線車と市外線車の区別は後部扉の有無など
いすゞBU04。このバスが那覇交通で働き出したのは1978年の7月30日。
沖縄の道路が右側通行から左側通行になった時でした。通行区分が逆になるという事は
バスの出入り口も右側から左側に変更しなくてはなりません。当時の沖縄バス会社4社は
ほとんどのバスを新車に置き換えました。那覇交通はいすゞ製のバスを購入。それがこの
BU04です。通行区分が変更になった7月30日のバスという事で、730車(ナナサンマル)と
名づけられ長年の間、沖縄の人々の足として活躍してきました。

 

 

宿泊したホテルの窓から
私が始めて沖縄のBU04に出会ったのは2002年。知人と初めて沖縄旅行をした時です。
日程の都合で一日早く沖縄入りした自分。空港を出ると、そこにはBU04がいました。
東京でのバスの寿命は約10年〜15年。BU04など、とっくの昔にいなくなっていたのです。
BU04どころか、次の世代はもちろん、その次の世代のバスにまで廃車が始まって
おりましたので、3世代前のバスを見て、まるでタイムスリップしたかのような感じです。

しかも街中へ進めば、他のバス会社も、この1978年製の730車が多く走っていたのです。
「うそっ!この世代のバスがこんなにたくさん!」沖縄に古いバスがいる事は知っていましたが、
主力といえる程の台数にとても驚かされました。こうして、すっかり730車の虜になった私は
沖縄に旅行に行くたび・・・いや、730車に会いにいくために沖縄へ通う事になったのです。                                        

 

目が覚めてカーテンを開けたら驚きました
早朝の三重城営業所

ラッキーな事に沖縄でたまたま宿泊したホテルが那覇交通の三重城営業所の隣でした(^_^)v
廃車体となっているのを含めても、画面に15台ものBU04を確認できます。

 

BU04の車内 落書きも多かったな〜
BU04市内線車の車内。沖縄のBU04は全車冷房付き。この時代のバスとしてはとても贅沢な
設備です。海に囲まれた沖縄という事で、塩害に負けないよう頑丈に作られているそうです。

 

沖縄のバスはとても速い・・・エンジン音を響かせ快走!
雨の道路を快調に走るBU04。沖縄の南部である糸満へ向かっています。
沖縄の南部は、特に戦争の被害が大きかったところです。
 
ところで沖縄には、どうして古いバスがたくさん残っていたのでしょうか?
それはやはり、730の影響が大きかったと思われます。たいていのバス会社は
古くなったバスを新しいバスと交換するのですが、730の事情から、沖縄では
ほぼ全車が同一時期の製造です。しかも経営が苦しく、本土から中古車を入れて
状態の悪くなった730車を廃車にするにしても、250台以上の台数があるために
車両の代替計画も進みません。結果としてBU04は生き延びてきました。

 

BU04の3台並び こんな光景も当たり前だった
三重城営業所にて 
ところが、2003年4月、長年検討を続けてきたバス4社の統合案が
白紙になってしまいました。那覇交通の他にも経営の苦しいバス会社があり、
沖縄本島のバス会社4社すべてを統合し、競合等をなくして新しい会社で経営するという案
でしたが、4社の足並みがそろわず6年続いた検討はあっけなく終わってしまうのです。

今まで何度も経営危機はありましたが、「統合すれば経営がよくなる」の言葉を信じ、
ギリギリのところで県民の足は守られていました。その「統合」が消えてしまった事で、
那覇交通は退職金問題や路線の再編問題などの問題を抱えて経営難から
民事再生法の手続きをとる事になります・・・・。
(もっとも、この統合が実現しても、今度は新会社が経営難になるという予測も
あっただけに、今となってはどれが正解なのかはわかりません。)

また、モノレールが開通したら、モノレールと平行している3路線を廃止し、
モノレールに接続する新路線を作る約束になっていました。ところが、那覇交通は
経営が苦しいのに、収入が多い路線を廃止する訳にはいかないと、廃止を撤回します。
慌てたのは沖縄県です。路線廃止の補償の意味も込めて資金の貸付していたのですが、
「約束が違う。それなら資金を返却しなさい」と警告します。

もはや破産と隣り合わせの那覇交通にとっては
収入のある路線を残すしか方法はありませんでした。
このままではモノレールもバスも共倒れか・・・
 

 

石嶺営業所にて休むBU
石嶺営業所にて
結局、那覇交通は問題の3路線中、2路線の廃止を決めることになりました。
 
那覇交通の倒産が本当に起きてしまうかもしれない・・・・。
主に那覇市内を担当する那覇交通のバスが走らなくなったら、県民に大変な迷惑がかかる。
万が一の事態に備えて、裏では暫定的に他のバス会社が代替運送ができるよう
前代未聞ともいえる手配がされていたそうです。それくらい大変な時期でした。

・・・・最終的に出た結論。那覇交通のバス事業を九州のあるタクシー会社が買い取る。
新しい社名は「那覇バス」。効率化のために路線の廃止と減便(増便した線も一部あり)。
ここでBU04の命運は決まりました。那覇バスに引き継がれるバスは当然新しい車両が中心。
それでも幸運な事に一部のBU04は新会社に引き継がれて活躍する事になります。

2004年7月18日。那覇バスがスタート。驚くべき事に新会社に移ったBU04の一部も
那覇バスの新塗装に塗り替えられ、まるで「これからも長く活躍します」と言っているようでした。

私もわざわざ塗装を塗り替えた位だから、当分は大丈夫だろう・・・と思っていましたが、
それほど甘くはなかったようです。2005年1月に最後の1台が廃車。

おそらく2005年1月に本格施行された自動車リサイクル法により、廃車にするのに
大きなお金がかかるので、古いバスは早めに廃車にしておこうという考えと、
関東の排ガス規制により中古車市場が潤っていたのが理由ではないでしょうか。
 

 

夜の国際通りを走るBU04
那覇の繁華街、国際通りを走るBU04。この街とBUがとても似合っていた・・・
ただ単に古いバスというだけなら、私もここまで思い入れはしなかったと思います。

那覇交通のBU04が730という歴史的な日に導入されたバスだという事
1台や2台残っているのではなく、大量に在籍していて現役だったという事

それだけに全車廃車はとても残念に思います。

とはいえ、人間の平均寿命の高い沖縄で、ステップの高いバスだったり
新しいバスに比べて、古いバスは環境面で劣ります。
利用者も新しいバスの方が良いでしょう。むしろバスの日本での平均寿命を考えれば
このBU04は働きすぎだったのかもしれません。今までお疲れ様でした。沖縄のBU04!!

〜 おまけ 〜 BU04の音を聞けます。WAV形式です。
申し訳ありませんが、聞き方がわからない等のサポートはできません。
実は管理人も苦手な分野でよくわからないもので・・・・(汗
ファイルだけおいておきます。

BU04の走行音 (323KB)