ススム タナカ
遺作展
私は、ススム タナカの父親です。
このページをご覧くださり、ありがとうございます。
亡き息子も宇宙のどこかから、あなたに感謝し、喜んで見ていると思います。
「 僕の現代アートをできるだけ多くの人に楽しんでもらいたい」息子が生前いつも言っていた言葉です。
フランスの美術界からも「色彩の魔術師」と評価された才能ある画家でしたが、惜しくも34歳という若さでこの世に別れを告げたのでした。
ススム タナカの 遺作の一部を皆様にご紹介します。


ススム タナカ
2003年3月撮影。亡くなる3カ月前。鎌倉の個展に向けて 「鎌倉物語」シリーズ20数点の作品を描いていた。
JAZZ GARDEN (S50号・116x116cm)
1997年/パリ/サロン・ドートンヌ展
入選・出品(第2回目の入選)


JAZZ GARDEN (F40号・80X100cm)
1994年/パリ・/サロン・ドートンヌ展
入選・出品(第1回目の入選)25歳
(東京・R社所蔵)


パリにて
ススム タナカ (Susumu Tanaka)
本名・田中 進(1968−2003)
1968年(昭和43年)11月28日生まれ。
O型・射手座。.
92年・東洋美術学校造形デザイン科4年課程卒。
<全国・海外公募展>入賞5回、入選25回。サロン・ド・フィナール会員。
94年、97年 サロン・ドートンヌ展(パリ/SALON D'AUTOMNE)入選・出品(2回入選)。
98年(第52回)、99年(第53回)サロン・ド・メ展(パリ/SALON DE MAI)招待出品(2回出品)。
フィナール国際美術展(サロン・ド・メ招待作品選考展)連続14回入選。
ART BOX大賞展連続4回入選。
個展5回(国内4、パリ1)。グループ展2回(パリ、二ューヨーク)。全体展15回。
96年Perfec TV 「ススム タナカの現代アート」に出演(30回放映)
98〜99年 TBS「はなまるマーケット」スタジオ美術に採用。
ほか美術関係図書、雑誌などに掲載多数。
02年3月 東京にて脳腫瘍摘出手術。
02年10月 東京・赤坂 GALERIE ymA(ギャルリー・ イマ/作家・野坂昭之氏夫人野坂陽子氏のギャラリー)にて個展。
03年6月 脳腫瘍の再発により鎌倉にて死去。享年34歳。
04年6月 一周忌を迎え両親により遺作展開催。(鎌倉小町通り、ギャラリー・ユー)
05年3月ー06年6月 東京・西麻布 GALLERY Radical Radishにて(世界的絵本作家・五味太 郎氏夫人・五味由美氏がオーナー)五味夫人のご好意で長期の遺作展を開催。
サロン・ド・フィナール代表・大村マリ氏のご好意によりススム タナカへの追悼文集
「Camarade brillant1qui part pour toujours a' 34 ans」 <34歳で旅立った素晴らしき友へ>
が企画され、フィナールの絵の仲間の皆さんがススム タナカへのオマージュを記して下さり 発行された。
サロン・ドートンヌについて (SALON D'AUTOMNE)
日本語で「秋の展覧会」の意味。1903年、ル・サロン展の保守性 に反抗し.、マチスやルオーらによって創立され、前衛を追求するフォ−ビスムやキュビスム誕生の拠点となった。
100年の伝統を持ち、誕生以来、世界の美術コンクールに多大な影響を与えた。いまでもパリが「芸術の都」と言われるのも、サロン・ドートンヌ展あってのことだといわれている。
フランス画壇をリードし、世界に通用する画家への登竜門であるドートンヌ展の出品者にはピカソ、ミロ、セザンヌ、ルノワール、モジリアニ、ブラック、ユトリロ、ブラマンク、アイズピリらが活躍、また日本の作家では藤田嗣治、佐伯裕三、 ヒロ・ヤマガタなども輩出、現在、世界各地の有名美術館で見られる数々の作品を生み出している。
26歳の頃。東京・杉並のアトリエにて。
サロン・ド・メについて
(SALON DE MAI)
「5月の展覧会」の意味。第2次大戦中の1943年対独レジスタンス文化運動のひとつとしてパリで結成され、フランス開放後の1945年第1回展を開催した。当時の若い世代,ピ二ヨン,サンジェ,マネシエ,バゼーヌらが自由な美術の新風をめざして友好的に集まったもので、特定の主義主張によって結成されたものではなく、さまざまな傾向、作風、手法の異なる作品を展示してきた。
サロン・ド・メは,大家のマティス、ルオー、ロート、ヴィヨンらも出品しているが、フランス人だけの団体ではない。ピカソ、ミロから日本人では棟方志功、岡本太郎、三岸節子・・・のように今世紀初期のエコールドパリ以来、世界に向かって現代美術のメッセージを送り続けたのはパリ画壇だが、サロン・ド・メはその中にあって、発展的な役割を果たそうとして必然的に国際化していった。
最愛のパートナー「タナカクン」と。(いつもは「ターチャン」と呼んでいた)。 8年ほど前、杉並のアトリエで絵を描いていると、2階のベランダから飛び込んできたノラのメス猫。ススムの作品のよき理解者で、自分のお気に入りの作品が出来上がると、キャンバスの角に顔を何回もすりつけて完成を喜ぶ。また、アトリエに来られたお客さんのそばにぴたりと寄り添い、「いい作品だから買ってあげてちょうだい」としっぽをピンピンとお客さんに打ち付けて、販売促進活動を展開する才色兼備のニャンコであった。
しかし、悲しいことに、鎌倉に移り、ススムが亡くなる4カ月前に、ヘモバルトリーナという赤血球を食べるウイルスの病で、極度の貧血状態になり、天界に召された。
亡くなる日の夕方、父とススムは近くの動物病院に入院しているターチャンを見舞うが、容態かなり悪く、ゲージの中で、うつろな目で一点を見つめている。「ターチャン」とススムが声をかけると、ゆっくりと1回しっぽをふった。「長い間ほんとうにありがとう」と最後の力を振り絞って、答えてくれた。
夕暮れの七里ガ浜に出てみると、相模湾の2月の空いっぱいに、見たことがないような極彩色の夕焼けが覆い尽くしていた。その数時間後、獣医さんから危篤の連絡。自宅に帰ったターチャンの亡き骸のそばで傷心のススムは、前脚を握りしめて添い寝をし、一晩を過ごした。
ススムにとっては、かなりのショックであった。ターチャンはススムの死を予知していて残される悲しみに耐えられないと、先に逝ったように思えてならない。
また不思議なことに、横浜霊園でターチャンを荼毘(だび)に付したとき、ススムが「ターチャン、赤い塔の下で待ち合わせしようね」と言ったこと。赤い塔とは何か。後にわかったことだが、8月に逗子マリーナの沖合いにクルーザーでススムの遺骨を散骨したが、マリーナのリゾートマンションの屋根が、スペイン風の赤い瓦屋根で「赤い塔」とは、ここのことだった。ススムは自分が長くないことを察知していたのだろうか。
その1カ月後にススムの右脳は再発の浮腫により腫れだし、頭痛が襲うようになる。腫れ止めの薬リンデロン(ステロイド剤)を飲み、腫れが引き頭痛は収まるが、今度は右目の奥が焼け火箸をつけられたような激痛に襲われる。再発した脳腫瘍が、三叉神経を食い始めたようだ。痛み止めのため東京、鎌倉の病院に入院するが、鎮痛剤の副作用で、体力が落ち、立ち上がることも、話すこともできなくなり,最期を迎えることになる。
サロン・ド・フィナール展
サロン・ド・メは、パリで開かれる他のサロンとは異なり、公募ではなく招待出品制をとっているため、ヨーロッパ以外の在外作家が招待を受けることはむずかしいとされてきた。しかし、日本のギャルリ・フィナール(東京・目黒)によってサロン・ド・メ組織委員会と協力提携が取り交わされ、1981年から日本在住作家への招待出品の窓口が開かれた。
毎年11〜12月、サロン・ド・メの組織委員を東京に招いて選考を行い、入選作品(予備選通過)を展示する「フィナール国際美術展」(銀座・松坂屋)の中から優れた作品(5〜6点)が翌年5月、パリのサロン・ド・メ展に招待出品される。
インテリア・アートにススム タナカ作品をどうぞ 所蔵ご希望の方はご相談ください。
「色彩の魔術師」といわれたススム タナカの作品は、明るく、心がおだやかになるともいわれます。
ミスマッチな色の取り合わせも、みごとに融和させてしまいます。
また、時間が経つほど味わいが深まる、飽きのこない絵だとも言われます。
皆様から,原画公開のご希望もいただきますので、 このたび、一部ですがご案内申し上げることにいたしました。
「鎌倉物語」 <春・・・そして秋> 絵 51.5×72.8cm〔和紙〕 お宅のロビー、会社の役員会議室、大きめの応接室などにい
かがでしょう。東洋的、日本的なフィーリングも感じられます。
(1)鎌倉物語 <海の中の音楽会-1> F6号 31.8×40.9cm
Fresque <壁画―1> P12号 60.6×45.5cm
ススム タナカにしては珍しいクラシカルな一品。油彩とオイルパステル、アクリル絵具のコラージュ。重厚な額装は京都の額匠・山本雅俊氏の制作による。
34歳の旅立ち・・・ススム タナカ遺作展
鎌倉物語 <海の上の音楽会>
鎌倉物語 <星空のメッセージ>
F3号 22.0×27.3cm )
FINALLY F60号 97.0×130.3cm 1993年第14回フィナール国際美術展入選作品。
オイルパステルとアクリル絵具のコラージュ作品。 現状は木枠ですが、額装をご希望であれば、当方負担で額装いたします。ただし額装には大きな絵画ですから最長約1カ月はお待ちいただくことになります。
ANOTHER WORLD
[APARTMENT]
<プリント額装アート>
額(木製) 39×30.5cm ,厚さ2.8cm,重さ1.2kg プリント画 29×21cm
天地創造 絵 36×51cm (フロート額)
画面のなかに白っぽいウズラの卵のような物は、海の貝を埋め込んでいます。
かなり明るく輝く華やかでダイナミックな世界が現出しています。
JAZZ GARDEN <Blue Diary> F6号 31.8×40.9cm
やすらぎのメロディー <2> (フロート額)
F15号 53.0×65.2cm
やすらぎのメロディー <1> (フロート額)
F15号 53.0×65.2cm

03年(平成15年)3月、東京/羽根沢ガーデンにて。高校時代(昭和学院秀英高校)の校友、建築家K氏の結婚式に招待されて。
まだ独身であったが、「僕もこういういいところで結婚式を挙げたいなぁ....」と言っていた。
脳の腫れ止めの薬、副腎皮質ホルモン剤 「リンデロン」を服用していたため、副作用で食欲が増進し、かなり太ってしまった。
バックの絵は、前の年11月に東京・赤坂のGALERIE ymA(ギャルリー・イマ,野坂昭之氏の夫人が経営する画廊)で開催した個展に出品したF50号の作品(MUSIC
BOX シリーズ)。赤坂の個展の頃は元気で、鎌倉から赤坂まで横須賀線で毎日通っていた。ギャラリーが閉まると、友人と飲み会、いつも終電で帰るので眠って乗り過ごし、鎌倉の先の逗子からタクシーで帰ることもしばしばだった。
この3カ月後、6月12日に亡くなる。
THE WIND OF FOUR SEASONS [SPRING]
F60号 130.3cm×97.0cm
現在はまわりに木枠をはめていますが、額装ご希望でしたら、当方負担でいたします。
THE WIND OF FOUR SEASONS [AUTUMN]
F20号 72.8×60.6cm
現在はまわりに木枠をはめていますが、額装ご
希望でしたら、当方負担でいたします。
THE WIND OF FOUR SEASONS [WINTER]
F40号 100.0×80.3cm 現在はまわりに木枠をはめていますが、額装ご希望でしたら、当方負担でいたします。
なお、この一連の作品は、春夏秋冬の風をイメージしたシリーズ作品です。[SUMMER]
F40号は、東京・J社が所蔵しています。
<プリント額装アート><9>
JAZZ GARDEN (TRUMPET SOUNDS)
絵(プリント) 29×21cm
額 39×30.5cm、厚さ2.8cm、重さ1.2kg
以下、プリント額装アートの仕様はすべて同じです。
天使の泉 36×51cm
My Pao Pao F20号 72.8×60.6cm
TBS 「はなまるマーケット」スタジオ美術協力展示作品
鎌倉物語ー2002 88×88cm
2002年秋、アトリエを鎌倉に移して最初の作品。畳そのもの半畳分に描いたもの。かなり重いので額装はいたしません。まわりはススム タナカが木枠をはめこみ、木枠にもデザインを施しています。
鎌倉物語 <海の上の花畑>(2003年) S.M.

最後に、息子を亡くした私ども夫婦、 父・田中 務、母・田中 美穂子が、鎌倉の遺作展に際し、ご案内状に記しました心情です。
02年(平成14年)3月、頭痛がひどく、東京の病院で診察、右側頭葉にかなり大きな腫瘍が
見つかる。放っておいたら数ヶ月の命という危険な状態だった。
14時間に及ぶ開頭摘出手術。幸いに後遺症もなく順調に回復、4月末に退院。
しかし、医師が言うには,右脳の大きな腫瘍は取り除いたが、その周囲にも広がっていて、そこまで取ると植物人間になってしまうので、とどめたとのこと。おそらくまた再発する。余命は1年ぐらい,再手術は無理,本人に告知しますか? というので、本人がそのことを知ったら、自暴自棄になって自殺しかねないのでやめてほしいと、結局、最後までそのことは本人には伝えなかったが、私ども夫婦は、できるだけのことをして再発を食い止めてあげようと決意する。
平成15年3月頃。亡くなる3カ月ほど前。稲村ガ崎の自宅アトリエにて父・田中務撮影
02年8月、療養のため本人が湘南に移りたいと言い、それまで杉並区・堀ノ内のアトリエと文京区・本郷(親)別々に住んでいたが、これからは食事などにも相当注意していかなくてはと、鎌倉・稲村ガ崎に一緒に住み、よいと言われることは、できるだけしてあげたつもりだ。
独立心が強いというか、高3のときから一人で住み,週2,3度は夕食を食べに帰ってきたが、普段は独り者のいいかげんな食生活、夜中の制作活動、夜昼逆転で酒もタバコもガンガン、車が好きで、恋人を誘ってはドライブ、とにかくボーッとするのがきらい、絵も同年代の画家の数倍も描いた努力家の仕事師であったように思う。抽象画は,一見誰にでも描けるように見えるが,絵画の中でも、独創性、感性、そして知性、表現力が特に問われる芸術で、ススム
タナカの作品が初期の頃より評価され、ファンもつき、売れたということは若い画家としては、大変なことだったんだなと今にして思う。
03年4月再発したのか、右眼の奥が、やけ火箸でつつかれたような激痛に襲われ手術をした東京の病院に入院。しかし鎮痛剤でも痛みは治まらず、5月に鎌倉の病院に移る。鎮痛剤の副作用で食欲がなくなり、両目を閉じたまま、うつらうつらの状態で、起き上がることもできなくなる。点滴だけで体力は落ち発熱。熱は下がらず6月12日朝8時、両親に看取られながら永眠の途につく。最期にいままで閉じていた両目をパッチリと開け、おだやかないい顔で両親を見つめた。そして静かにまぶたを閉じたのだった。享年34歳であった。
8月、世界に遊泳して行ってほしいと友人、絵の仲間とクルーザーで、逗子マリーナの沖合いに散骨、永久の別れを告げた。青いきれいな海に、みんなの手でたくさんの花束とともに散骨を終えた時、うす曇りの空から30秒ほどパラパラと細かい雨が降る。「みんなありがとう、さようなら」,ススムのうれし涙だったにちがいない。
多くのよき友人・支援者に恵まれ、多くの作品を描き、目標としたフランスの二大タイトルを20代で4回も獲得、短かったとはいえ、人の倍の速さで駆け抜けた行った、濃密で幸せな人生だったのではないかとも思えます。
「人間、惜しまれて死ぬのが最高の死に方」というが、息子はもっともっと作品を創り続けたかっただろう。今はきっと天界か世界のどこかで描き続けているにちがいない。
(父・田中 務、母・田中美穂子)
長い画面になってしまい申し訳ございません。
サブページを作って、リンクすればいいのでしょうが、あのパッパッと切り替わるのは、好きではなく、ススムのなにかが、また私どもの気持ちも切り
刻まれるような気もして、このようにいたしました。
ススム タナカの肉体は滅びましたが、ススム タナカのアート魂は生き続けています。できるだけ多くの皆さんに、ススム タナカの心がいっぱいつまったアートを愛していただけましたら幸いです。
平成18年11月、鎌倉から名古屋へ転居いたしました。
ご連絡・お問い合わせは
〒456-0062 名古屋市熱田区大宝1-14-2-508
Susumu Art 田中まで (父・田中がススム タナカのアートプロモートをしています)
TEL・FAX 052−683−9028
< e-mail> sta-tanaka@nifty.com
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ときどき更新します。(更新 平成19年5月17日)<9>
現 代 ア ー ト の 新 世 界




















父・田中 務(右)と母・田中美穂子/1996年8月
ススム タナカ個展/東京・目黒,ギャルリ・フィナール





une photograhie
04年6月に鎌倉・小町通り、ギャラリー・ユーにて開催し、 ススム タナカの遺作展で好評を博した作品のプリントを特別額装したものをご紹介します。手軽に飾れるきれいなアートで、初めて見る方は、これがプリント画ですか、とびっくりされます。
<プリント額装アート>の表示以外は原画作品です。

<プリント額装アート><8>
JAZZ GARDEN (PRESENT FOR YOU) 絵(プリント)、額の大きさは左に同じ。
時々、取り替えて飾ってみると、雰囲気も変わります。

<プリント額装アート><11> MAGIC FLOWER 1999-B
<プリント額装アート><17>
MOVEMENT-No.8
<プリント額装アート><15>
Fire Stone
プリント額装アート以外はすべて原画作品です。

<プリント額装アート>
(左)Voice of the Universe-2 <31> 宇宙からの声5部作(右)Voice of the Universe-1 <30>




このようにペアできれいに飾ってください・・・アートは空間をこんなにも変えてしまいます。どうぞお試しください。


<プリント額装アート>(左) <25.>
JAZZ GARDEN
<パステル オルゴール>
<プリント額装アート>(右)<27>
JAZZ GARDEN
<ブルーのときめき>


ススム タナカの作品は、和風様式、和室などにもマッチします。
<プリント額装アート>(左)<28> <プリント額装アート>(右)<4>
RED LION'S HEART 鎌倉物語<風の便りに・・・>

King's Gold F8号 38×45.5cm



←JAZZ GARDEN
(左)RED SONG
(右)BLUE SONG
いずれもF10号
MAGIC FLOWER→
F25号


Lavender Garden F8号
SCREEN-M=0.02
51.5×72.8cm

