アジア漂流  香港〜マカオ篇

ネーザンロードに降り立つ。 空を覆わんとするばかりの看板と、光の爆発。



多くの日本人が、香港と言われればすぐに想像する景色が目の前にあった。
俺はギラギラ光るネオンサインの下、ネーザンロードを南に歩き出した。

重慶マンション

チムサーチョイ近くにある重慶マンション。ここが今回の宿だ。
沢木耕太郎の名著、深夜特急にも出てくる、言わばバックパッカーの聖地である。

建物に入ると強いスパイスの香り。まさにインド亜大陸の匂いがする。この建物は、インド人とアラブ人に占拠されている、と言っても過言ではない。入り口には人相の悪いインド人が屯し、やたら両替を持ちかけてくる。
一階には両替商、カレー屋、衣服屋、貴金属屋などなど…。


数少ないエレベーターの前には人だかりが。
では階段で上がろうか?と思うが階下から見上げるに、暗くて水びたしでヌルヌルしていて、おおよそまともな世界へと誘ってはくれなさそうなものであった。


やむなく、あやしいインド人アラブ人にギュウギュウ詰めになりながら、ぐらぐら揺れるエレベーターでゲストハウスのある階まで上がっていく。


部屋は予想していたよりさほど汚くはないが、窓のない独房のようであった。
ただ、こんな部屋でも180香港ドルもする。一泊三千円近い。 バンコクなら600円、インドなら300円くらいなものだ。


外に出るとすっかり夜に。
長く熱帯の国々を旅していた俺は半袖Tシャツしか持っておらず、少し涼しくなっただけでも寒さが身にしみる。
明日は長袖の上着を買おう。

香港といえば屋台。



明るい裸電球の下で、路地いっぱいに屋台がテーブルを広げ、人々がわあわあと楽しげに食事をしている。
片隅のテーブルに座り、それらの喧騒を眺めながら一人で食事。一人旅の淋しさよ。

今夜も、喧騒の夜は更けていく



翌朝、旅行代理店に中国ビザの申請に行く。
今でこそ日本人は中国にはビザ無しで行けるようになったが、この頃はまだビザが必要だった。
香港での生活費の高さ、特に宿代の高さに焦った俺は、1日でも早く香港を脱出して中国に入国することにした。
ビザを受け取れるのは3日後。それまでは香港の街をぶらぶらしていよう。
肌寒いので港近くのビルの中の店でナイロンの長袖の上着を買い、チムサーチョイからスターフェリーに乗り香港島へ。
バカと煙は…、なのでケーブルカーに乗りビクトリアピークへ。



良く晴れた気持ちのいい日だった。
白い雲が、頭上をすごい速さで飛んでいった。



 
香港島をトラムに乗って行ったり来たりしているうちに夕暮れが迫ってきたので、九龍半島に戻りヤウマティーにある男人街へ。
男人街とは、昔は主に男物の服を扱う店が多かったのでこのような名が付いているが、今は食べ物とお土産屋台が軒を並べる観光名所的な通りだ。



どこの国に行ってもそうだが、ナイトマーケットというのは心が躍る。
オレンジ色の電球の下、色とりどりのお土産品や屋台から立ちのぼる湯気を眺めているのは本当に飽きない。
今夜も屋台の片隅のテーブルで、ビールと茹でハマグリを摘みながらぼんやりと通りを眺めていた。

街や人がにぎやかであればあるほど、一人旅というものはそこはかとなく寂しさが増してくる。
もう日本を出てから何ヶ月になることやら…。指折り数えてみる。

そろそろ、日本が恋しくなってきているのかもしれないなあ…。





夜遅くに重慶マンションに帰る。

仄暗い階段を上っていると、なにやら女性の悲鳴に近い大声が。階段の中ほどに誰かがいるのが見える。
よくよく近づいてみると…




アラブ系の男と、中国人女性が、まぐわっている!
なぜこんなところで!





しかも女性のほうがかなり悲鳴を上げていて、ただ言葉がわからないので合意の上なんだか犯罪なんだか全然わからない!
さらにワタクシがいるのを向こうも絶対気づいているはずなのに、構おうともしない!


…。


しょうがねえな、と二人をまたいで部屋へと帰った。




その日は夜中まで、男が争う声が響いていたりとか、なんだかかんだとやかましい夜だった。
明日には宿を変えよう。さすがに。


続く

アジア漂流へ戻る