マレー鉄道を南へ

7/25

9時起床。荷物をまとめ、ハッパ君の部屋へ行き、別れの挨拶。バンコクのメイン鉄道駅、ホアランポーン駅へと向かう。
ホアランポーン駅 構内

ホアランポーン駅の構内に入ると、旅行会社のIDカードをぶら下げた人間がしきりに声をかけてくる。こいつらはほぼ間違いなく詐欺師なので注意が必要だ。一応、国から旅行ガイドとして認証されているIDをぶら下げているので安心かと思いきや、どうやらIDは賄賂を払えば簡単に取れるようで、かなりの数の悪徳業者が紛れ込んでいる。
手口としては、不慣れな旅行者を捕まえて行き先を聞き、例えばその人が「アユタヤに行きたい」と言うと、「ああ、アユタヤ行きの列車は今日はもう終わりました。ちょうど長距離バスが出るところですので、そちらへどうぞ」などと言葉巧みに騙して法外な価格のバスチケットを売りつけてくる。さらに、アユタヤに着いた際にも、現地のインチキガイドにバトンタッチされ、今度は高額なツアーやホテルをアテンドされたりしてしまう。
寄って来るインチキガイドに意味も無く
「ウラァッ!」などと恫喝して追っ払いつつ列車に乗り込む。

向かいの席はタイ人のおばちゃん。タイ南部の町、スーラ・ターニーという町まで行くとのこと。英語が少しできるようで、なんとかジェスチャーを交えつつではあるがそこそこの会話を楽しむことができた。
「この駅はホアヒンよ。ほら、プラットホームの上に豪華な建物が見えるでしょ?あれは王族が使う列車の待合室なのよ。このホアヒンの海は王族の避暑地になっているのよ。」などと、通りすぎる土地の解説をくれたりする。

車掌が検札の時に、なにごとか日本語で書かれたパネルを差し出してきた。そこには、
「列車の中では、みだりに他人から食べ物や飲み物をもらわないようにしてください。睡眠薬を入れられて、荷物を盗難される旅行者が急増しています。注意してください。」という内容だった。話には聞いていたが、日本語の注意文が回されるくらいなのなら、よっぽど被害が多いんだろうなあ…

おばちゃんがお菓子を差し出してくれた。しかし悩んだ挙句、今はお腹いっぱいなのでいい、と丁重にお断りさせてもらった。なんだか、おばちゃんを疑っちゃったみたいで、複雑な気分だ。悪い奴と、本当に親切な人を見極めるのは難しい。すべてに警戒していては、旅の重要な要素である、人とのふれあい、というのが出来ないし、すべての人を信じていたら、あっさり騙されて泣きを見る、それがアジアだ。難しいなあ…

やがてジャングルに夕暮れが訪れた。効きすぎるエアコンの冷房にひたすら耐えつつ寝台で丸くなり眠りに就く。

        
9/26

今日もいい天気だ。列車はひたすら南下を続ける。

おお!まるで「世界の車窓から」のようではないですか!頭の中に勝手に石丸謙二郎の声でナレーションが浮かんでくる。
ジャングルの中をひたすら進むマレー鉄道。ジャングルの濃厚な緑の匂いが車窓から飛び込んでくる。マレー半島のど真ん中まで来たんだなあ、という実感が湧いてくる。

スーラ・ターニーは早朝のうちに通過してしまったようで、昨日のおばちゃんの姿はすでになかった。
列車はしばらくして、国境の駅パダン・ベサール駅に到着。乗っている列車はタイ〜マレーシアをまたぐ国際列車なので、この駅で列車ごと国境を越える手続きをする。一度列車を降り、タイの出国手続きとマレーシアの入国手続きを行い、再び同じ列車に乗り込む。タイもマレーシアも日本人はビザ不要なので、このあたりの国境越えはズムーズだ。荷物検査もこれといってなく、パスポートにポンとハンコを押してもらって終了。これまでのややこしい国での国境越えとはえらい違いだ。


さらに列車は南下を続け、昼過ぎにはこの列車の終点、バタワース駅に到着。ここから列車を乗り換えてさらにマレー鉄道で南下、シンガポールへ向かうことも可能なのだが、先を急ぐ旅ではないし、このバタワースからフェリーでリゾート地のペナン島へ渡ることができる。久々に海を眺めてリゾートもいいなあ、と思ったのでペナンへと向かう。

しかし、結局こんなことがあって、その日の晩にはシンガポールへと向かってしまうのでありました… 残念!

        
7/27

夜行バスで早朝にシンガポールとの国境の町、ジョホールバルに到着。ここから海峡を渡ればシンガポールだ。一度バスを降りてイミグレーションを通過、シンガポール側に入って再びバスに乗ろうとしたが、バスの数があまりにも多すぎて自分のバスを見失ってしまった。しょうがなく、路線バスに乗ってシンガポール中心部へと向かおうとするが、まだマレーシアリンギットからシンガポールドルに両替をしていなかったので、路線バスに乗れなかった。
周りに人にいろいろ声を掛けまくって、両替所を探すが、まだ早朝なので空いていなかったりで結局両替できず。しょうがなく、バスの車掌に交渉したところ、リンギットで受け取ってくれた上におまけまでしてくれた。すいませんなあ…

その後も出会うシンガポール人は困っていると助けてくれる人が多かった、もっとも、その助け方がアジア特有のいい加減さで、後々余計に困ることも多かったのだが…


なんとかクイーンストリートバスターミナルまで行き、そこから安宿街であるベンクーレン・ストリートへと向かう。しかし、ガイドブックにたくさん書いてある安宿が、一軒も見つからない!地図を見ても、住所を見ても合っているのだが、道行く人に聞いても「そんな宿はない」と言う。ようやく見つけた宿も閉鎖されていたり、どうなっているんだろう…

二時間ほど炎天下を歩き回ったが、結局一軒の宿も見つけられなかった。
俺がうろうろしているのを見かけた人が声を掛けてきてくれ、
「トラベラーズ・ロッジも、ベンクーレンハウスも今は潰れてないよ!ハワイホステルという宿があるから、そこへ行きな!」
とややエラソーに言ってきた。その、ややエラソーなのが気にかかって、「こいつ、ハワイホステルとやらホテルの回し者か…?もしかしたらそのホテル、ぼったくりホテルとか泥棒ホテルかもしれんな…」と警戒して、やっとこさ教えてもらったにも関わらず、ハワイホステルには意地でもいくもんか!とさらにホテルを探すことにした。

途中、軽い日射病にかかり建築中のビルの日陰に倒れこんだりしつつ、やっとこさトラベラーズ・ロッジを発見!しかし、ここも閉鎖されていた。近くにいた人の話を聞くと、
「このあたりのホテルはみんな潰れちゃったんだ。なんでも、トランプ賭博にホテルの経営者達が関与していて、当局の手入れが入ってみんな閉鎖されてしまったらしいんだ。でも、このホテルなら今もやっているから、行ってみたらどうかね?」と渡してくれた名刺は「ハワイホステル」の名刺であった。さっきの人はちゃんと教えてくれていたんだな…と反省。
しかし、今年版のガイドブックに載っているホテルがすべて全滅とは、こんなこともあるんだな…

ホテルへ荷物を置き、WTCへ行きインドネシアのバタム島ヘ日帰りで遊びに行く。
船は一時間ほどでインドネシアのバタム島へ。きれいなシンガポールから、なんだか殺風景なバタム島へ上陸すると、なんだか違和感が非常に大きい。インドネシアへの入国手続きを済ませ、表へ出るとものすごい数のタクシードライバーが一気に取り囲んできてぞろぞろついてくる。「タクシーはいらん!」と言っているのにずっとついてくる奴や、ガイドを名乗る詐欺師風の男、なんだかよくわからないが付いてくる奴などがいて大変面倒くさい。
バタム島には特になにかある、という訳ではない。インドネシアは物価が安いので、シンガポール人が買い物を楽しみに日帰りで来たりする島なのだ。僕は特に買い物の用事もないので、ぶらぶらと目的もなく歩いた後、シンガポールへと戻ることにした。
シンガポール行きの船に乗ろうとフェリーターミナルへと戻ろうとすると、「シンガポール行きはあっちだ!あっちだ!」と全然違う建物を指差して連れて行こうとする男が現われた。その建物へ行ったら、どういう目に遭うのだろうか…?
最後に誰かが、「インドネシア、アブナイ、アブナイ」と日本語で言ってきた。その通りかもしれんな…

またシンガポールへ入国。昨日から、タイ→マレーシア→シンガポール→インドネシア→シンガポール、と激しく国を出入りしているので、この二日だけでもかなりの数のスタンプがパスポートに押されてしまった。

さて、世界3大がっかりのマーライオンを見に行く。シンガポール川の河口に、奴は立っていた。

まったくもって、がっかりなのだ。別にたいしたことがない、コンクリでできた像だからね。
しかし、あまりにもこのマーライオンが酷評されるのに怒ったシンガポール人は、すごいものを作ってしまった。セントーサ島という島に、なんと身長37メートルの巨大マーライオンを作ってしまったのだ。しかもこいつ、目からレーザービームを発射、さらに鼻から煙まで噴出するというのだ!まさに中国系民族の趣味の悪さの面目躍如なのだ。

その後、街中をぶらぶらする。
 
ホーカース(集合屋台。シンガポールは景観などの規制が厳しく、屋台を路上に出せないので、変わりにホーカースという建物を作って、その中で屋台の営業を許可している。つまりは屋台村ですね)で水餃子はマンゴープリンを食べる。

一度宿に帰り昼寝。起きると日がとっぷりと暮れていたのであわてて起きて、夕食を求めてチャイナタウンへと向かう。チャイナタウンにあるチャイナタウン・コンプレックスというという、うまいと有名なホーカースを目指すが、着くのが遅く(と、いってもまだ九時なのだが)店がどんどん閉まっていくのであわてて一軒の屋台で海鮮チャーハン(2.5$。1シンガポールドル=60円)を食べる。めちゃくちゃうまい!

外に出ると、大道芸人が芸をしていた。


シンガポールのチャイナタウンは、他の国の雑然としたチャイナタウンとは違い、非常にきれいな街並だ。そのまま歩いてシンガポール川沿いの観光の中心街、ボートキーやエリザベスウォーク、マーライオン近辺をぶらぶらと歩きつつホテルへと向かう。光と音が爆発したかのようなバカ騒ぎのボートキーを対岸に眺め、そこに浮かぶ恋人達のシルエットや、シンガポール川沿いの川辺の風景。対岸のホテルからはジャズの生バンドの演奏が聞こえてくる。ライトアップされたマーライオン。
どれも、久々に美しい街中に出てきた僕の心をくすぐった。なんだか夢にでてくるような華やかなカーニバルが、現実に目の前に展開され、その景色の中に自分もいるんだ、という実感が僕の気持ちを高揚させていた。
日本にいても、街中の喧騒は嫌いで、こんな気持ちになったことはなかった。訳も無くなんだかうれしかった。
ここまで2ヶ月ほど、アジアの華やかさのないアジアの路地裏のようなところを旅してきたから、余計にそう思ったのかもしれないなあ。

最初、シンガポールは「まあ、とりあえず近くまできたし、一応行っておくか」程度に考えてやってきたのだが、予想外にもいい国なので大変気に入ってしまった。人は善良、街は近代的かつ緑が多く、都市計画の高度さが伺える。華僑が本気を出せば、これだけの国を作れるのだな、と華僑を見直したのでありました。

明日もシンガポールにいたいが、やはりこの国はいろんなものが良いだけあって、物価が高すぎる。このハワイホステルもベッドだけの部屋(トイレ、シャワー共同)で28$(1700円)と近隣諸国に比べて非常に高い。さらに悲しいのは、タバコが1箱800円近くするのだ。愛煙家(当時)の僕としては非常に悲しいことだ。

悩んだが、明日にはシンガポールを出ることにする。この国には、いつの日か金持ちになった時にでも豪遊しにくることにしよう。(そんな日来ないよ!)
         
7/28

シンガポールでもうすこしゆっくりしたいが、悩んだ挙句この国を出ることにした。物価が高い…
マレーシアのパンコール島へ向かうことにする。じつは、ちょっと先を急ぐ用事ができたのだ。最初、ちょっと一ヶ月程度、というかるい気持ちで旅に出たのだが、旅をするに従って、「もう一つ先の国境へ、もう一つ先の国境へ」と繰り返しているうちに行けるところまで行ってしまいたくなってしまったのだ。目指すはヨーロッパだ!なので、一ヶ月ちょっとの旅に相当しるお金しか持ってこなかったので、どこかで補給する必要が出てきた。すると、運良く大学時代の後輩がタイに遊びに来るというので、僕の預金を下ろして持ってきてもらうことにした。これで今後の旅も安心だ。後輩達が来るのは五日後。それまでにバンコクに戻らなければ…なのだ。

ホーカースで餃子と小籠包を食べ、バスターミナルへ向かう。並ぶところが判らず、何人かの人が教えてくれたが別のことを言われたり、間違った列に並ばされているうちに目当てのバスが行ってしまったり、と今日もかなりもたつく。
12時にクイーンズバスターミナルを出て、ウッドランドゲートで降りて出国手続き、そしてまたバスに乗りマレーシア側の入国手続き。この時も間違えた列に並んでしまい(聞いた女の子がシンガポーリアンだと思ったらじつは香港から来た子だったので、その子もよくわからなかったらしい)かなりの時間ロスをしてしまう。

またバスに乗り、ようやくマレーシア側の国境の町ジョホールバルに着いたのは午後の3時。マレーシア=シンガポール間の国境は交通量が多いので越えるのに非常に時間がかかる。なかには仕事でシンガポールに通っているマレーシア人も多いので、朝夕は非常に混む。外国人は比較的並ばないでいいように外国人用窓口を設けてくれているが、それでも時間がかかる。地元の人達はもっと大変なんだろうなあ…

ジョホールバルからクアラルンプール行きのバスは4時出発。バスステーションと市場が一緒になっていたので市場をぶらぶらと見物し、その後バスに乗り込む。バスの中はやはり他の東南アジアの国の例に漏れず、冷房効きすぎ!寒いのは慣れていない僕だけなのかな、と周りを見回すと、地元の人は僕より寒そうに上着を着込んで縮こまっていた。誰の為の冷房やねん!
バスの中で、3ヶ国語の字幕の入った文字だらけのジュラシックパークや、インドのマサラ映画(やたらとダンスシーンばっかり)を見つつ(しかもこれまた例に漏れず大音響!)ようやく夜の九時ごろにクアラルンプールのプドゥラヤバスターミナルに到着。
バスを降りたとたんに一人のインド人のお兄さんが宿のチラシを渡してくるので、まだ宿のあたりもつけていなかったのでついていく。けっこういい宿で安く、しかも従業員の感じも良かったのでここに決める。親切に地図と観光案内書もくれた。
宿の名は「バックパッカーズイン」一泊22リンギット(660円)

表をぶらついていると、先ほどの客引きのインド兄さんが話しかけてきたので「どこかいい飯屋はないか?」と聞くと「インド料理でいいか?」と案内してくれた。マトンカレーとタンドリーチキンを食べる。インド兄さんも一緒に座り、魚フライの乗ったカレーを器用に手で食べた。なるほど、こうやるのか、と見よう見まねで覚える。

食事を終え、再びバスターミナルへ戻り、明日のルムッ行きのバスの時間を確認。ルムッ(言いにくいなあ…)の街から船でパンコール島へ向かうのだ。10:30発らしい。
寝るにはまだちと早かったので、さっきのインド兄さんが教えてくれたナイトバザールへと向かう。しかし、行けども行けども見当たらず、人に聞いてもわからない、もしくは無視されたり、とうとう全然違うところへ行って夜の街で迷ってしまった。知らない初めての街で、こんな夜更けに道に迷うのはなかなか心細い。知らない道を歩き回って、なんとか宿にたどり着いた。

移動だけで終わっちゃった一日だったなあ…。
         
7/29

9時頃に宿を出て、ルムッ行きのバスの乗車。
ゴムの木の苗木がそこいらに植えてある
昼過ぎにルムッに到着。港でナシゴレン(焼き飯)を食べた後船のチケットを購入。
ナシゴレン(ナシ、はごはん。ゴレンは炒める、焼くの意)
ツーリストインフォメーションの人が、宿の相談に乗ると言って事務所に招き入れた。パンコールビレッジというきれいで良いとの評判の宿を希望したが、一泊70リンギット(2100円)もするとのこと。もっと安いところはないか、と聞くと2泊で40リンギットのところがある、と写真を見せてきて、先にお金を払うようにと言ってくる。すこし不安を覚えたので「実際に見てから決める」と言うと住所を紙に書いてくれた。
船に乗り、パンコール島へ。

タクシー(6リンギット)で紙に書いてもらった宿へと向かう。
パシール・ボガクという島のメインのビーチのすぐまん前。ロケーションはなかなか。
きれいなコテージ(70リンギット)とオンボロバンガロー(25リンギット)。先払いしていなかったので、二泊で50リンギットで話がついてしまう。ものすごいオンボロの三角屋根のバンガロー。

住み心地は、なんだか養蜂所の蜂にでもなったかのような気分だ。これじゃまるで家というより巣箱だ!なんだかかび臭いし、まだテントのほうが数倍快適だな、と思った。今まで泊まった中で、もっともひどい宿だなあ、とほとほと悲しくなった。まあ、貧乏旅だからしょうがないなあ…
もちろん中は立てないくらいに天井が低いし、狭い。

まあ、気を取り直してビーチを散策。

穴場でかつ観光時期からは外れているので人が全然いない。とりあえず海で泳いでみる。サイコー!
めちゃくちゃきれい、いうわけではないが南国情緒満点で充分に満足できる海岸だ。
一度巣箱に戻って昼寝し、その後一キロほど南にある食堂街へ行くために海岸沿いをぶらぶらと歩く。
とある海鮮料理屋台で、はたしてなにを食べたものか…と悩んでいると店の若い兄ちゃんが活きのいいシャコを見せてきて、「今日はこれがおすすめだよ!」というので食べてみる。調理法は任せた。
油で揚げて出てきたが、これが非常にうまい!油で揚げたのは初めて食べたが、かなりいける味だ。たらふく食べて11.2リンギット。美味くて安いご飯にありつけて、満足満足。
ワタクシのシャコを狙う野良猫

夕焼けに見事に染まる海岸をぶらぶらと歩いて宿へと向かう。

いいなあ、こんな海岸を女の子と歩けたらなあ…などと思いちとうら寂しくなってとぼとぼ歩いていると、とあるインド人オジサンに話かけられた。インド人といっても、国籍はマレーシアだ。マレーシアの遠く対岸はインド亜大陸だ。かつてはマレーシアのマラッカ〜インドのチェンナイ(マドラス)の間に船の航路が開けていたので、インド人の移住者(印僑)が多いのだ。
さてそのインドおじさん、観光のガイドで韓国人新婚カップルのドライバー件ガイドとして来ているとのこと。
「あいつら、俺の目も憚らずに一日中いちゃいちゃして面白くないよ!」とちとご立腹の様子。
夕日の海岸を眺めながら世間話。話しているうちに、話はなんだかあやしい方向へ…
「なあ、バイアグラはいらないかい?」
「いらないよ!俺は一人旅だ。どこで使うんだよそんなもん!」
「これはいいぜ!ぎゅーんと元気になるんだから。」などといいつつ、僕のほうを熱っぽい目で見てくる…。こいつ、まさか!
なんでこんな美しい海岸で、ホモインド人に口説かれにゃならんのだ!

「先に言っておくぞ!おれはそっちの方向は全く興味がないからな!」
「…。オッケーオッケー、わかったよ。ところでさ、俺は副業でバイアグラや霊芝を売っているんだけど、日本でそういったものは売れるのかな?売れるんだったら、売ってくれる日本人を探してるんだ。よかった、君やってみないかい?」
話せば話すほど話がアヤシイ方向へと進んでいくので、そこそこにして切り上げて宿へと帰り、本を読んで眠る。

宿にいる番犬2匹が怖い。トイレに行くたびにダッシュで追いかけてくる…。これさえなけりゃ、我慢できる宿なのだが…
         
7/30

起きると十時半。外は今日もいい天気だ。

島の中心地、パンコールビレッジへと行ってみる。特になにもない、小さくて静かな街だ。ぶらぶらと街を眺め、インターネット屋で日本から来る後輩達と連絡をとり、バシールボガクへと戻り昨日の屋台レストランでナシゴレンを食べ、海岸でぼーっとする。
ナシゴレンを狙う野良猫。またですか…?
いい天気なので、泳いでいる人が数人。中に昨日の屋台でシャコを勧めてくれた兄ちゃんがいた。
「泳がないのかい?こんなにいい天気だよ!」と声をかけてきた。
もちろん泳ぐ。すばやく水着に着替えて海に入る。特に泳ぐでもなく、海の中でぼーっとしたり、砂浜で寝転がったりしているとあっという間に夕方。時を忘れる、というのはこういうことなんだな、と思う。

夕食を食べに兄ちゃんのいる屋台へ。
「今日はいい魚が入ってるよ!スパイシーなのは平気かな?」
「ああ、大好きだよ。じゃあそれを頼むよ」

で、出てきたのがこれ!魚を辛味の強いスープで煮てあるのだが、スープは赤いを通りすぎてどす黒い!お味のほうはというと、美味いのだがもう辛くて辛くて口が痛い!こんなに辛い食い物には初めて遭遇した!この世のあらゆる調味料を入れてるんじゃないかという辛さだ。唐辛子の辛さだけじゃないな… いったいなにが入っていたんだろうか?
うまかったのだが口が痛くなってしまって全部は食えず。すまぬすまぬ…

なんだか少々胃が痛くなってしまったので、とっとと眠ることにする。
        
7/31

夜中に海岸通りをバイクで走り回るやつがいて、うるさくて眠れず。どこの国にもバカがいるもんだ。道路にピアノ線でも張ってやっつけてやろうかとも思ったが、こんなマレーシアで犯罪起こしてもしょうがないのでここはおとなしく我慢することにする。

明け方から雨が降り出し、ただでさえ居心地の悪いバンガローは、湿気にまみれてさらに最悪に!10時頃になりたまらず外に出る。雨が止んだすきに宿をチェックアウトして、パンコール島を後にする。
ルムッからマレー鉄道駅のあるバタワースまでバスで向かう。バタワースの駅で明日のバンコク行き国際列車のチケットを購入する。今日のうちにタイ国境近くの町、ハジャイまで行こうかと思っていたのだが、今日はもうハジャイ行きの列車もバスもないとのことだ。とりあえず今日はここに泊まるということで、フェリーに乗りペナン島の安宿街、ジョージタウンのルブ・チュリアへと向かう。今日は先日のホモおとっつぁんがいなくて安心した。またいたらどうしようかと思ったが…

一泊するだけなので、先日行ったスイスホテルへと向かう。先日行ったときはあんまりの部屋の殺風景さにいやになったが、(360度風呂場みたいな青いタイル貼りで、風呂場監獄みたいな部屋だった)今朝まで泊まっていた巣箱みたいなバンガローに比べたらものすごく快適だと思ったので。人間とは、こうして適応を重ねていくのだな…。

途中、日本人女性旅行者に声をかけられ、「どこかいいホテルはないですか?」と聞かれた。
「いいホテルかどうかは判らないけど、今から僕が行くホテルを見てみますか?」というと一緒に連れて行ってほしいとのことだったのでスイスホテルまで来たのだが、やはり慣れていない人にはこの独房風呂場ホテルはちと辛かったようで、他のホテルを探すと言って行ってしまった…。

ペナンの路上屋台で水餃子はらなんやら食べ歩き、街をうろついた後とっとと眠る。
         
8/1

10時頃起床。列車は二時半初の為、ジョージタウンの町で屋台を覗いたりして時間を潰してからバタワース駅へと向かう。

ペナンの町は華僑が多く、なので中華料理が充実していてしみじみとうまい。写真の店は水餃子、ワンタン、牛肉麺の屋台。メニューも見慣れた漢字表記なので注文もしやすく、味にはずれもないので楽だ。

バタワースの駅は、国際列車を待つ多くの人で賑わっていた。
ぼーっと座って駅の人をいろいろ観察してみる。なんだか落ち着きなくそわそわとヒステリックに歩き回っているタイ人女性が一人いた。突然駅員と激しく言い合っていたとおもったら、辺りにいる外国人に何事かを言って回っていた。なんなんだろう?と思って見ていると、僕のところにもやってきて、「今日の列車は大幅に遅れて、夕方発になるわよ」となんだか気ぜわしそうに教えてくれた。ああ、どうもすいませんね。

ぼーっと座っていると、えらく筋肉隆々の日本人のマッチョ兄ちゃんが声をかけてきた。海外協力隊でパプアニューギニアにラグビーを教えに行っていて、のんびり旅をしながら日本へと帰っている最中とのことだ。
いろいろ旅の話をしていると、先日僕がペナン行きのフェリーで出会ってしまったホモおとっつぁんの話になった。すると、驚いたことに彼も昨日フェリーでそのおとっつぁんに出会っていたとのことだ。あのおとっつぁん、マッチョ系も好きなんだな…

そのうち、ランカウイ島帰りの若い夫婦や、なんだか小うるさく自分の話しかしないインテリメガネもやしっ子など、日本人がいろいろやってきたので皆で旅の話などをしながら列車を待つ。

列車はようやく五時ごろにやってきた。
席につくと韓国人女性3人と、男性一人のグループがいて、どうも鉄道側のミスで席がばらばらになってしまっているようで何事かを言い合いをしていた。どうも僕の席も関係しているようだったので、僕は席はどこでもいいので、よいようにしてくれ、と駅員に話す。韓国人一行にお礼を言われつつ替った席は偶然、駅で出会った親切だけどヒステリックなタイ人女性の前であった。列車に乗っても、なにごとか内容はわからないが、乗務員と激しく言い合いをしている。なんなんだろう…?とちょっと戸惑う。

タイ人女性が、「日本人だろ?これ食べないか?」と差し出してきたのは寿司であった。

高級品なのかなんなのか知らないが、一個ずつ丁寧にパックされていた。味はというと、シャリがタイ米をムリヤリ握っているので一粒一粒が固くてぱさぱさしていて、正直あんまりうまくない。
初め出されたとき、その女性の挙動不審さも手伝って、「これもしかして、睡眠薬でも入っているんじゃ…」などと疑ってしまった。なので、同じ車両の離れ席に座っていたマッチョマンに、「たまに俺の様子を見て、変に眠り込んでいるようならよろしく頼むよ」と念のため頼んでおく。
そこまでして食べなくても、と思われるかもしれないが、なんでもかんでも疑っていると地元の人とのふれあいに欠けたつまらない旅になってしまうし、かと言ってすべて受け入れているとあっさり騙されて泣きを見るはめになってしまう。
まあ、何事も用心して状況判断をしていけばいいということだ。

その後もいろいろ食べ物をくれるが、彼女は英語が少ししか話せないのであまりコミュニケーションは取れない。そのうち、近くに座っていた先ほどの韓国人4人組が話に入ってきた。韓国人男性が、
「俺のことはジェイと呼んでくれ。タイのサムイ島でスキューバのガイドをやっている。彼女達は夏休みで遊びに来た学生達だ。マレーシアに行きたいというので一緒に行ってきた帰りだ。」と言う。
明日の早朝、チュンポンという駅で降りて、そこからサムイ島へと船で帰るらしい。
ジェイがタイ語を少し話せるので、タイ人女性ともコミュニケーションが取れるようになり、五人でにぎやかに話をしていると、その後も近くにいたフィリピン人母娘、イランから来たカーペット商人のマジェドさんなども交えてえらく多国籍多言語入り混じった世間話が展開されていく。日本、韓国、イラン、フィリピン、タイ…五カ国協議である。

やがて列車は国境の駅パダン・バサールに到着。列車の国境越えの手続き時間を利用して、皆で食堂車へ行って夕食えを食べることに。列車はすでにタイ側に入っているので、食堂車ではタイバーツしか使えず、リンギットしか持っていなかったマジェドさんが困っていたので、おごるつもりでお金を出してあげた。
韓国女性3人、マジェドさんと記念写真。

遅くまで皆で楽しく談笑し、消灯時間になり眠りに就く。


      
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