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性能: 全長 813mm 銃身長 267mm 重量 4.74kg 使用弾薬 11.43mm×23 装弾数 20・30発 連射速度 700発/分 左は自作の絵です(^^;) 持ってみればわかるけどハンドガードの位置が極端に前にあるので、左絵みたいにマガジンハウジング持って撃ったほうが撃ちやすい。 というか、ストック長すぎ (;_;) |
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トミーガンという通称があるが、たしかにこっちの方が通りがいい名称ではある。この名前の由来はジョン・トンプソンという人が設計したからである。 原型は1910年代後半までさかのぼる。もともとこのトミーガンはベルト給弾式で作られていたという。その名残りがこのトミーガンシリーズはすべて弾倉入れの部分がオープンになっている点にある。普通のはガイドがくるから。さて、拳銃弾ベルト給弾式はサッサと見切りがつけられたものの、その名称である「サブマシンガン」(補助機関銃)は今なお健在である。ドイツでの呼称「マシーネンピストーレ」(機関拳銃)と呼称したのとは対照的である。ようは、威力を弱めた機関銃か拳銃を連射可能にした銃かの違いがあったのである。この認識は第二次大戦初期までアメリカ軍に植え付けられた。ようは、威力のないサブマシンガンが不要品だと考えられていたからである。 話は戻してこのベルト式を弾倉式に改められたタイプをM1921といい、これは市販もされ、アメリカ軍もテストのため約400丁を購入したが上記の理由であまりいい評価はされなかった。そののち1923年と1927年に小改良が加えられ1928年にはM1928型が発表された。これは成功作だった。しかし買いつけ先はギャングやFBIだった。M1928はドラム弾倉も装備されていたが、この当時は好んでアメリカのギャングが使用していた。黒いコートに黒い帽子に葉巻をくわえながらこのM1928を射撃するギャングの姿は映画でもよく知られている。トミーガンが後々まで「市街戦のギャングの銃」と言われつづけた所以でもある。FBIもこのギャングの火力強化のため、対抗上M1928を購入し装備していた。この特徴としてはフォアグリップがついていた事で、ギャングの要望でもなかろうが、立射での安定性にも役に立っていた。 1939年9月には第二次世界大戦が勃発。翌1940年5月にはドイツはポーランドに向けた太刀の一撃を返した刀で低地諸国およびフランスに進撃した。翌6月にはベルギー・オランダ・ルクセンブルクといった低地諸国とフランスはドイツに電撃的に占領された。この時の戦術でクローズアップされたのはおもに戦車戦術だったけども、ドイツ歩兵のMP38やMP38/40といった短機関銃の機動的な活用にアメリカ軍は注目したという。1941年になって、新作の短機関銃の開発を命じると共に、今ある短機関銃の急速なる制式化を望んだ。前者は後にM3グリースガンと呼ばれる短機関銃となった。後者はアメリカではトンプソンM1928が有力視された。実戦経験には事欠く事はなかったし第一、アメリカ国内ではこれしかなかった。言うまでもなく、M1928は軍用使用が目的ではなかったので生産性が悪かった。性能は問題なかったが、それだけ混んだ製作の手間がかかったのである。それを簡略化する事から始まった。 まずは、ボルトロックを省略し、完全なブローバック式とした。トミーガンはショートリコイルに似た閉鎖機構があったものの、命中精度を要求しない短機関銃には不要だと判断されたのだろうし、このボルトロックがなくても問題なく作動するために「不要な部品」と思われていたからだろう。また、製造に手間のかかる放熱フィンを取っ払い、マズルのコンペンセイターを廃止した。また、ストックは機関部に直接ネジ止め方式にして、弾倉や弾倉受けを簡素化し、セレクターも簡素化した。また、コッキングハンドルを上面から右側面に移した、このタイプを俗にM1 Submachine Gunと呼称された。幾分かは生産しやすくなったものの、手間のかかる短機関銃には違いはなく、即急に新しい生産性のある短機関銃をアメリカ軍は欲したものの、敵は待ってはくれなかった。 1941年12月7日。日本軍は真珠湾に奇襲攻撃をしかけ、4日後にはドイツ・イタリアがアメリカに対し宣戦布告。ここにアメリカは連合国員として兵員を投入する事になり同時に短機関銃の需要も急速に増加した。トンプソンM1短機関銃の大量生産が決定され、最終的には約125万丁が生産された。生産途中に撃針をボルトに固定したタイプも生産された。製造簡略化のためであるが、ようはボルトが前進しきったときに発射されるというもので、早い話が常に暴発している状態になるのである。しかし他国でもよく用いられた手段である。このタイプはM1A1 Submachine Gunと呼称された。 生産の手間はかかるものの、使用する兵士からの信頼は絶大だった。多少重いという点を除けば耐久性や信頼性に優れ、重い重量は反動をよく吸収し実に撃ちやすい短機関銃となった。イギリス軍にも大量に供与されたが、自国でステンガンが大量生産され配備されてもイギリス軍兵士はトンプソンM1短機関銃を好んだといわれ、アメリカ軍でもM3グリースガン配備後もトンプソンM1短機関銃は好まれた。また、トンプソンM1短機関銃はアメリカの友好国の中国にも送られて、中国軍はよほど気に入ったのか自国での生産を行っている。実際、中国軍を撮影している写真にも多く出てくるし、中にはストック部分がオリジナルと異なっているタイプも中国軍は使用しているのが確認できる。中国側での改良なのだろう。そして、ビルマ戦線の日本軍の写真でもなんとトンプソンM1短機関銃は写っている。中国軍から捕獲したのをつかっているのか。たしかに、日本軍でも相当好まれており、フィリピン戦線では貴重な食料と交換さえされていた。 戦後しばらくは使われたものの、ライフルがフルオート射撃可能になってくると、威力が弱い短機関銃は急速に廃れていった。特にトンプソンM1短機関銃は全長がやたらと長く、M3グリースガンみたいにストックが畳めなかったため、純粋に低威力なフルオート銃に成り下がった。突撃ライフルが制定されると、なおさら短機関銃の意義は薄れていくようになり、このトンプソンM1短機関銃もそんな時代の流れに飲み込まれていった。しかし、アメリカの戦争ドラマ「コンバット」でサンダース軍曹のあの縦横無尽な活躍はトンプソンM1短機関銃は最強の銃であるという認識を持つようになった。事実はさておき、それだけアメリカ軍に愛された短機関銃であった。 トンプソンM1短機関銃はセレクターが針がねみたいな鉄でフル・セミとファイア・セフティを操作する。このセレクターは別々なので、なれないと多少戸惑う。ようはセレクターが”セミ”で”セフティ”がかかっていた場合、とっさにフルオート射撃がしたい場合はセフティ解除してセミのセレクターをフルに切り替えて撃つ必要がある。しかも、このセレクターはお世辞にも操作しやすいとはいえず、余計に切り替えに時間がかかる。また、ストック後端からグリップまでがやたらと長く、肩付けでの構えが難しい。実際にはストックを脇に抱えて撃った方が撃ちやすいし、肩付けの場合は上のイラストのように弾倉を持ったほうが構えやすい。 実際の射撃では反動はほとんど来ない。ガバメントと同じ弾をガバメントの4倍の重さの銃で撃つから至極当然とも言える。 |
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