BGM 上田佳道 雪の夜 抜粋
唯野芳寛の尺八専科へようこそ
文部科学省は、近年、学習指導要領を改訂した。明治以来、等閑視していた邦楽和楽を漸く見直すことになった。欧米に追いつけ、追い越せと西洋楽教育にこれ勤めたが、ここにきてやっと中学校での和楽器学習に目を向けることになった。
文部大臣が海部さんだった頃、学習指導要領の改訂が試みられた。このときは、邦楽鑑賞のみが論議された。今回は、鑑賞に演奏と発表などが加わったのである。
尺八の韻には、人の心を深部から掻き乱し、揺さぶるものがある。
尺八の叫びは、人間の息の音 大自然の吹き抜ける風の音 だ,と思っている。
尺 八 総 論
| 尺八の歴史 | 伝来の経過は不明 |
| 尺八の種類 | 正倉院尺八、天吹、一節切、普化尺八 |
| 尺 八 の 曲 | 古典本曲、外曲(三曲もの・筝曲)、尺八本曲 |
| 尺八の楽譜 | 古典本曲(口伝後に採譜)、尺八本曲(作曲者)、外曲(主として琴古と都山が採譜), 尺八の旋律 俗楽、都節 (特徴 上・下行の違い) |
| 保 存 団 体 | 宗家、家元 |
| 家 元 制 度 | 他ジャンルでは 是非の論議あり |
| 尺八界回顧 | 新幹線が走り始めた頃、尺八中興の祖師たちの活躍あり ’74年「季刊邦楽」発刊 ’93休刊 |
| 展 望・常識 | 家元制度に支えられてきた愛好者は、教師養成、器材確保に努め その主旨を広めよう |
| 普 化 尺 八 | 現行尺八の主流 参考図 江戸時代の尺八木版画 |
| 付録 竹籟五章 |
竹籟の発生源 |
| 付録 邦楽教室体験 |
尺八学習の難しさ |
普化尺八の原点
明暗開祖 朗庵虚竹禅師像が、京都東福寺内 明暗寺に安置されてある。その手にする法器が、現
普化尺八 なのか 洞簫(ドウショウ) と云われる笛なのかは判明しない。脱核(根竹の袴部を削除)の尺八である。史実によると、琴古作
尺八 も殆んどが脱核の普化尺八である。
五孔尺八は、古来七節六稈尺八として自然発生的に生まれたと考えよう。此処は、深く詮索することもないだろう。
普化尺八が根竹付きであることに変わりないが、その根部の形状に変遷のあることは判る。古くは、根部三節を脱核としていたらしい。根竹を使用する様になった経緯は、虚無僧がその法器とは別に武器としての使用需要があったからであろう。現行尺八は、第三節を脱核とし、第一・二節の根元に1〜2mmの袴を残されている。これは、製管師の好みが蔓延したのだろうか。その形を美形と慮ったのであろうか。
出発点は、俗に云う、七節六稈の延竹尺八(俗称ポンヌキ)であったのだろう。七節の各節部位の硬さと異なった内径の太さの相関関係が、普化尺八の響きの原点となったと思われる。
歌舞伎・芝居の小道具も全てこの尺八である。大正中期には、中継尺八が流行し多く制作されるようになった。武器として使用の要がなくなり、且つ、携帯に便利であること、地塗調律に便利性あり、中継尺八制作が主流となったと思われる。
尺 八 各 論
| 尺八の構造 | 日本産真竹 根元部から7節6稈を有し 全長約54cm 育成5年生以上の竹を加工 |
| 製管の工程 | 竹材採取 疎整形 脂抜 天日乾燥(数ヶ月) 陰干し(2〜3年) 矯め(焙り)整形 節抜き 唄口 手孔を開鑿 調律 |
| 製管作業の 分 業 | 1 竹材業者採取 |
| 2 竹材入手後、形骸製作 | |
| 3 竹管内部に地盛を施し調律 焼印を押し完成 |
| 尺八の修理 | 唄口・中継・割れの修理と再調律 |
尺八の構造 (良いバランス)

バランスの良い尺八は上記比率の節間となる
| 日本産 真竹であること |
| 根元から7節6稈を有し 長さ約54.54cmであること |
| 育成5年生以上の竹であること |
| 太さ 約34mmであること |
| 採取時期 11月〜翌2月(略 狩猟期間に同じ要注意)であること |
| 一貫作業 | 竹材採取 疎整形 脂抜 天日乾燥 陰干し 矯め 節抜き 唄口 手孔 を作り 調律 |
| 分業作業 | 1 竹材収集業者が、全国を巡り又は土地の季節的職業従事者が採取する 2 陰干し後の竹材を入手し、矯め 節抜き 唄口 中継ぎ 手孔 を作る 3 2の半製品に調律を加え、尺八を完成し、焼押印、販売 |