ウィリアム・シェイクスピア
1564〜1616。イギリス。世界最大の劇作家だが、その生涯には不明な点も多い。
ハムレット

「ハムレット」岩波書店(岩波文庫)、一巻
出版年・・・2002年1月
価格・・・760円
「なのに、このおれは、泥のように意気地なしの役立たず、夢見心地のものぐさ太郎よろしく、ぼんやりふさぎこんでいるばかりだ。大義を忘れて何もせず、何も言えない為体(ていたらく)、王冠も妃も貴い命までも奪われ、煉獄に堕とされた国王のためにさえ、何もできないとは。」(第二幕第二場、ハムレットの独白の一部)
四大悲劇の一つ。復讐の悲劇である。
このあまりに有名な悲劇はやはり素晴らしい作品だった、というのが読後の感想である。亡霊の登場から、王家の破滅までの息もつかせぬ緊張の場面の連続は圧巻で、物語に吸い寄せられる。
『ドン・キホーテ』の積極性、行動性とよく対比されるハムレットの優柔不断こそは、確かに悲劇の原因である。もっと早く決断していれば、幸福な結末――例えばクローディアスを殺し、レアーティーズと和解し、オフィーリアと結婚するというような――を迎えられたはずである。ところで、登場場面は少ないもののハムレットと対照的なのが、ノルウェーのフォーティンブラスである。ハムレットはこの人物の行動力に憧れつつも、フォーティンブラスのように行動することはできない。しかし私自身、優柔な性格のため、行動できないハムレットの苦悩には共感する部分が多かった。読者は王家の破局に涙するほかに何一つできない。
オセロウ

「オセロウ」岩波書店(岩波文庫)、一巻
出版年・・・1960年6月
価格・・・400円
「空気みたいに軽い、つまらんことでも、嫉妬してるやつには、聖書の本文ほどに強い証拠になるんだ。(中略)危険な邪推というやつは、もともと毒薬で、はじめはあまり苦くないが、すこし血に働きかけ出すと、硫黄の山のように燃え上がる。」(第三幕第三場、イアーゴウのせりふ)
四大悲劇の一つ。嫉妬の悲劇である。
もともと嫉妬というのは我々の心の最も酸性な部分の一つである。そしてこの感情にとり憑かれると、イアーゴウの言うように、ほんの小さな、どうでもいいことが動かぬ証拠のように見え出す。
しかも、オセロウは非常に優れた将軍である。その彼が嫉妬に狂い、ついには妻デズデモーナをも自分をも滅ぼしてしまうというところに、この悲劇の優れた所がある。どのような優れた人物も、人として心から逃れる事はできない。
リア王

「リア王」岩波書店(岩波文庫)、一巻
出版年・・・2000年5月
価格・・・660円
「わしはこの子を一番愛していた、安楽な余生のすべてをこれの優しい世話に委ねるつもりだった、失せろ、目障りだ!もはやわが平安は墓にしかない、あれの父としての心をみずから断ち切ってしまったからには!」(第一幕第一場、リアのせりふ)
四大悲劇の一つ。親子の悲劇である。
言ってしまえば、リアが甘言に惑わされて自分の子供がどういう人物か見抜く事ができなかった点にすべての原因がある。ゴネリルもリーガンも父親を迫害するし、2人とも結婚したばかりというのにエドマンドに色目を使い始めるどうしようもない人物なのである。
コーディーリアを待ち受ける残酷な運命、最後の場面のリアの悲嘆には目を覆いたくなる。親子を扱った中でもこれほどの悲劇は、バルザックの『ゴリオ爺さん』を除き他にないと思う。
さらに、この悲劇の中にはもう一つ悲劇を迎える親子がある。グロスター伯とエドガー、エドマンドの親子がそれで、こちらにはエドマンドの破滅とエドガーの生存によってわずかに救いがある。こちらも真実を見抜くことができなかったグロスターに原因がある。繰り返すが、自分の子供の人格を見抜くことができなければ、一家には悲劇が待つのである。
マクベス
「マクベス」岩波書店(岩波文庫)、一巻
出版年・・・1997年9月
価格・・・460円
「忌まわしい幻め、目には見えても手にはさわれんのか?それともただ心に映る短剣、熱にうかされた頭が生み出す幻覚に過ぎんのか?まだ見える、まざまざと手に触れんばかり、こうやって抜き放ったこれと同じだ。おれを招いて行くな、おれの行こうとしておった方角へ。まさに貴様なのだ、おれが使おうとしていたのは。(中略)まだ見える。刃にも柄にも血のしたたりが、先ほどは付いておらなんだに。」(第二幕第一場、マクベスのせりふ)
四大悲劇の一つ。野望の悲劇である。
引用を見ての通り、四大悲劇中最も血まみれでドロドロした、背筋が寒くなる作品である。それもまた、人間の性格の一部なのかもしれない。
ただ、私自身のことを言えば、ほかの三つほど好きではない。マクベスの破滅は自業自得である。彼は暗殺など汚い手段で王位を簒奪し、人々を支配したために滅びたのである。ゆえに、ハムレット、オセロウ、リアのためには涙を流せても、マクベスのために泣いてやる気には全くならない。
ロミオとジューリエット
「ロミオとジューリエット」岩波書店(岩波文庫)、一巻
出版年・・・1988年2月
価格・・・500円
「おお、ロミオ、ロミオ!どうしてあなたはロミオなの?お父様とは無関係、自分の名は自分の名ではない、とおっしゃってください。それがいやなら、お前だけを愛していると、誓ってください。そしたら、私もキャピュレットの名を捨ててしまいましょう。」(第二幕第二場、ジューリエットのせりふ)
ひょっとしたら四大悲劇以上に有名かもしれない、恋愛の悲劇である。上の引用文も、「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ。」というハムレットの名せりふとならぶ知名度を持っていると思う。
内容についても、わざわざ詳説する必要もないだろう。ロミオもジュリエットも、なんとか結ばれようとしていろいろ行動をするのだけれど、二人はバラバラに計画を練ったために破滅に陥ってしまう。もう少し慎重に行動していれば・・・と思わずにはいられないのだけれど、恋に陥った若者にそれは無理な注文なのかもしれない。
ヴェニスの商人
「ヴェニスの商人」岩波書店(岩波文庫)、一巻
出版年・・・1939年1月(1973年3月改訳)
価格・・・460円
「むしろ敵(かたき)にでも貸したものと思え、すりゃ、万一違約の節には、大きな顔して、違背金も取れようってもんだろうからな。」(第一幕第三場、アントーニオのせりふ)
シェイクスピアの有名な喜劇。金銭の喜劇である。
正直、あんまり面白いとは思えなかった。ただし、ヨーロッパで長く迫害を受けてきたユダヤ人のことが詳細に描かれていて、その点は重要な作品かもしれない。
私に面白くなかったのは、かえってその点かもしれない。私は彼らから見れば異教徒であって、ユダヤ人を差別しようなんて考えはさらさらない。シャイロックが言っている事はむしろ正しい事が多く(抵当の人肉をもらおうなんて考えは偏執的で異様だが)、彼が道化のようにきりきり舞いするのを面白がって眺めるということはできないのである。
十二夜

「十二夜」岩波書店(岩波文庫)、一巻
出版年・・・1960年3月
価格・・・400円
「あたしは指輪なんか置いてはこなかった。どういうつもりかしら?このあたしの仮の姿がお姫様の目をまどわせたんだとしたら!じっとあたしを見つめていらしたわ、こわいみたいに。そういえば、のぼせたような顔をして、舌も満足には動かないようだったし、言葉もとぎれとぎれだった、あの人はあたしが好き、そうなんだわ。」(第二幕第二場、ヴァイオラのせりふ)
双子の兄妹を中心に起こる人違いの喜劇。
これは面白かった! 『ヴェニスの商人』以来、私はシェイクスピアは喜劇より悲劇に才能があったのではと思っていたが、いや、なかなかどうして! 『十二夜』は本当に可笑しかった。寝る前にちょっと読むつもりでいたら、最初から最後まで読んでしまった。非常に愉快!
主筋もたいへん面白いものだが、いたずら者のトウビーらが執事のマルヴォーリオをからかう脇筋も笑えることは間違いなしである。
傑作!これはまぎれもない傑作だ!
ジュリアス・シーザー
「ジュリアス・シーザー」岩波書店(岩波文庫)、一巻
出版年・・・1951年7月
価格・・・400円
「ブルータス、お前もか?」(第三幕第一場、シーザーのせりふ)
ユリウス・カエサルの暗殺を扱った歴史劇。内容的には悲劇である。
シーザー、ブルータスをはじめ、興味ある人物たちが繰り広げる葛藤は真実味がありまたダイナミックである。まず題材が興味を持たされるものであるし、劇の進展も見事で、シェイクスピアの凄さが分かる。これもなかなかの名作である。
ヘンリー4世
「ヘンリー4世」岩波書店(岩波文庫)、二巻
出版年・・・1969年11月
価格合計・・・1120円
「いやはや、とんだ大嘘が――、もっとも、でっち上げはお手のもんの手前だ、案外ふさわしい駄法螺かもしれんぜ。山のような大嘘、見えすいた大法螺。やい、この抜け作、あんぽんたんの大飯野郎、不潔で、猥雑で、助平で、脂肪たらたらの四斗樽野郎――」(第二幕第四場、皇太子ヘンリーのせりふ)
史劇。内容的には喜劇に属する。
引用文を見ての通り、あまり上品とはいえないせりふをはく皇太子、フォルスタッフらおつきの者どもと遊び歩くこの不良、実は・・・いや、それは本を読んで確かめていただきたい。
皇太子もそうだが、もっとおかしなのが不良老人フォルスタッフである。この人物、シェイクスピアの登場人物のなかで一番喜劇的な人なんじゃないだろうか。
リチャード3世
「リチャード三世」岩波書店(岩波文庫)、一巻
出版年・・・2002年2月
価格・・・500円
読んだのがしばらく前なので、よく覚えていない。内容は悲劇で、主人公のリチャードはマクベスに似た所がある。
夏の夜の夢
「夏の夜の夢」白水社(白水Uブックス)、一巻
出版年・・・1983年10月
価格・・・690円
とにかくアテネ人の目に惚れ薬を塗ったことは。そのかぎりでは愉快ですよ、こうなったことは、とにかくあの連中が喧嘩騒ぎをはじめたことは。(第三幕第二場、パックのせりふ)
妖精の勘違いがもとで始まる恋のドタバタ劇。
人間の弱さをつきつけ、読者の心をぐいとつかむ悲劇と異なり、ラブコメをやり、ハッピーエンドで結ぶ喜劇には、確かに何の深みもないかもしれない。しかし気持ち良く笑い、最後まで良い気分で閉じる事ができる本というのも、また価値のあるものではないだろうか。たとえそれが、最後の口上にあるように「夢にすぎないもの」であるとしても。
冬物語
「冬物語」白水社(白水Uブックス)、一巻
出版年・・・1983年10月
価格・・・780円
おたがいにゆっくり尋ねたり答えたりしよう、われわれが離ればなれになって以来、長い長い歳月の舞台で、それぞれどのような役を演じてきたかを。さあ、いそいで案内してくれ。(第五幕第三場、リオンティーズの最後のせりふ)
なんとも不思議で風変わりな悲喜劇である。
第一幕から第三幕までは、シチリア王リオンティーズが妻ハーマイオニの貞節を疑い、そのために妻、息子を死なせ、娘を捨てて悔いるという話。ここまでで普通の悲劇かと思うと、珍しいのはその次で、なんと十六年の歳月を経過させ、舞台もボヘミアに移り、この国の王子フロリゼルと羊飼いの娘パーディタ(実はリオンティーズの娘)との恋物語が始まり、第五幕で再びシチリアへ舞台が転換し、リオンティーズとパーディタの再会、フロリゼルとパーディタの結婚、実は生きていたハーマイオニの再登場が語られ、ハッピーエンドを迎える。
クライマックスの、ハーマイオニの彫像が動くという意匠は幻想的でたいへん美しい。
コリオレーナス

「コリオレーナス」白水社(白水Uブックス)、一巻
出版年・・・1983年10月
価格・・・830円
もともとあの男はローマの忠臣であった、ただその名誉を維持できなかったのだ、それは傲慢のせいかもしれぬ、しあわせな日々が続くとどんな男もうぬぼれ心を抱くものだ、あるいは判断力の欠如のせいかもしれぬ、せっかく手に入れた機会をつかみそこなったのだから。(第四幕第七場、オーフィディアスのせりふ)
有能だが高慢なコリオレーナスが破滅に至る経緯を描いた悲劇。
シェイクスピアのほかの悲劇、例えば『ハムレット』などに比べると、この作品は幻想性が全く無い。主人公も政敵たちもドライな筆致で描き出されており、非常に冷静で、かつリアルな政治劇だと思う。
シェイクスピアの作品中では、かなり読みやすい部類に属する。まだシェイクスピアを読んでいない人にもおすすめしたい。
アテネのタイモン
「アテネのタイモン」白水社(白水Uブックス)、一巻
出版年・・・1983年10月
価格・・・730円
あんたの食事なんかまっぴらごめんだね、胸がつかえるよ、お世辞を言えない男としては。まったく、なんておおぜいのやつらがタイモンを食いものにしていることか、しかも本人は気がついていないのだ!あんなおおぜいのやつらがたった一人の男の生き血に肉をひたして食っているのを見ると、この胸が痛む。気ちがい沙汰と言うほかない、おまけに本人がそれを奨励しているとは。よくも人が人をあれほどまで信用していられるものだ。(第一幕第二場、アペマンダスのせりふ)
人が良すぎて周囲に大盤振る舞いをするタイモンが、やがて財産を失い破滅するまでを描いた悲劇。
解説によるとシェイクスピアの作品中でも最も人気がない作品の一つだそうである。確かに素人みたいなミスが各所に見られ、未完成の作品であったとも言われているという。
しかしストーリーは分かりやすい。また、口は悪いが物事の核心を見抜いている哲学者アペマンダスのような魅力的な人物も登場する。私としてはそれなりに楽しんで読めたので、暇なら読んでも損はあるまいと言っておく。
タイタス・アンドロニカス

「タイタス・アンドロニカス」白水社(白水Uブックス)、一巻
出版年・・・1983年10月
価格・・・730円
あんたのおやじをだまして手を切らせたのもおれだ、その手を受けとって、一人になったときには、あんまり笑いころげて心臓が破裂しそうだったぜ。(第五幕第一場。アーロンのせりふ)
血で血を洗う壮絶な復讐劇。
この悲劇は暗殺に強姦、舌と手を切られた少女、はては息子の生首を前にして哄笑する父親などといったものを描いており、多少悪趣味に流れているきらいはあるが、極めて強烈なインパクトを残す。ことアーロンの悪役ぶりは狂的な域に達しており、これほど極端なかたちの敵役は古今の文学の中でもめったに見出すことができないほどである。
お気に召すまま

「お気に召すまま」白水社(白水Uブックス)、一巻
出版年・・・1983年10月
価格・・・730円
真実の詩であればあるほど嘘ででっちあげたものだ。ところが恋するものはその詩に夢中になる、だから詩でもって恋を誓うのは恋するものとして嘘をついてるわけだ。(第三幕第三場、タッチストーンのせりふ、104ページ)
恋愛喜劇。主人公のオーランドーとヒロインのロザリンドは、フレデリック公爵の邸宅で出会い恋に落ちる。そののちオーランドーは兄に、ロザリンドは叔父フレデリックに憎まれ、それぞれ追放の身となる。ロザリンドは男装し、従妹のシーリアと道化のタッチストーンを連れてアーデンの森を訪れるが、そこにはオーランドーと、ロザリンドの父公爵もやって来ていた……。
ゴーチエ『モーパン嬢』を読んでいたところ、登場人物たちがこの戯曲を演じるくだりがあったので、『モーパン嬢』を読むのを停止してこちらを読んでみたのだが、あまりの面白さに夢中になってしまった。この作品のことを教えてくれたゴーチエとゴーチエの主人公ダルベール君には感謝を捧げたい。
内容はシェイクスピア十八番の男装の美少女ものだが、男装してギャニミードと名乗っているロザリンドが、オーランドーに「自分をロザリンドと思って口説いてみてくれ」と言い、オーランドーがそれに従うという場面があって、ギャニミードの正体が分かっている読者にはこれがもう滑稽至極、ニヤニヤさせられっぱなしになってしまう。また道化タッチストーンの逆説に満ちた警句には思わず感嘆してしまうし、憂鬱症のジェークイズのせりふまわしも楽しい。
総じてキャラクターのかけあいが軽妙秀逸で、すこぶる愉快な作品である。
から騒ぎ

「から騒ぎ」白水社(白水Uブックス)、一巻
出版年・・・1983年10月
価格・・・610円
「あなたとおれは頭がよすぎて、やさしく恋を語ることなどできそうもないな」
「そうおっしゃるところを見ると、そうではなさそうね――頭がいいと自慢する人でほんとうに頭がいいのは、二十人に一人いるかいないかですもの」(第五幕第二場。144ページ)
恋愛喜劇。貴族のクローディオは、レオナートの娘ヒーローに恋して相愛の仲となる。一方、クローディオの友人ベネディックとヒーローの従妹ベアトリスは会うたびに口喧嘩する間柄。クローディオ、ヒーロー、レオナート、それに彼らの主筋のドン・ペドロらはベネディックとベアトリスを恋仲にさせようとお膳立てする。一方、ドン・ペドロの弟ドン・ジョンは、彼らの幸福を妬み、クローディオとヒーローの仲を裂こうと画策する――。
この本の解説でも指摘されていたが、第一にすばらしいのは圧倒的なまでの言葉の豊穣さだろう。次々飛び出す切れ味の良い台詞回しこそがシェイクスピアを巨匠にしているのだと思うが、この作品の語彙の豊かさはそんなシェイクスピア劇の中でも頭一つ抜きん出ている印象だ。
二組のカップルが登場するわけだが、魅力的なのはなんといってもベネディックとベアトリスのほうだ。磁石のN極同士のように、同じ性格を持つゆえに反発しあっていた二人が、ドン・ペドロらの策略があったとはいえ、次第に惹かれあっていく過程が面白い。恋のやり取りでさえ皮肉の応酬で行う二人の掛け合いの楽しさはこの作品の魅力の一つ。
トロイラスとクレシダ
「トロイラスとクレシダ」白水社(白水Uブックス)、一巻
出版年・・・1983年10月
価格・・・830円
手に入らないものを実際以上にありがたがるのが男だもの。(第一幕第三場、35ページ)
舞台はトロイ。トロイの王子トロイラスは、ギリシア方に寝返った神官カルカスの娘クレシダに恋する。さしたる困難もなくクレシダと結ばれたトロイラスだが、やがてギリシアとトロイの間の人質交換で、クレシダはギリシア軍の陣地に行ってしまう。ギリシアの将軍ダイアミディーズはクレシダに惚れこみ、これを口説こうとする――。
悲劇とも喜劇ともつかない奇妙な作品。タイトルからしてトロイラスとクレシダの恋の顛末が話の主眼かと思いきや、ギリシア軍の内輪揉めの場面、特に、サボって戦場に来ないアキリーズをどうにかして出てこさせようと、ネスターやユリシーズが画策する、という場面が、作品内のかなりの割合を占めている。このように、筋が二つに分かれてしまっている上に、話の展開もいまひとつ盛り上がりに欠け、結末部分もおさまりが悪い。というわけで、正直なところ、この作品は駄作の部類に入るのではないかと思う。恋が破局しても生き長らえる、というのは、古典悲劇ではまったく見たこともない展開だから、特異な作品であることは確かだが……。
じゃじゃ馬ならし

「じゃじゃ馬ならし」白水社(白水Uブックス)、一巻
出版年・・・1983年10月
価格・・・660円
まあ、あなたに心配していただかなくてもけっこうです、
このキャタリーナには結婚する気などありませんから。
万一結婚したら、ちゃんとお世話してあげますけどね、
あなたの頭を三脚椅子で櫛けずってあげますし、
あなたの顔を血でお化粧して阿呆面にしてあげます。(第一幕第一場、31ページ)
喜劇。富裕な紳士バプティスタには二人の娘がいる。温和な妹娘ビアンカは引く手数多だが、姉娘キャタリーナは勝気な性格で男が近寄らない。一方、ヴェローナの若紳士ペトルーチオは、持参金さえあれば娘の気質は問わぬという男。ビアンカの求婚者の一人ホーテンショーからキャタリーナの噂を聞いたペトルーチオは、早速キャタリーナに結婚を申し込むが……。
勝気な娘をいかに従順な妻に仕立てるかという、タイトルそのまんまな内容の鬼畜調教もの。フェミニストなら読んで怒らずにはおれないだろう。私はフェミニストではないので笑ったのだが、少なくとも女の子とのデートコースには、この作品の観劇は入れないほうがよかろうと思う。
初期の作品であるということだが、掛け合いのうまさはすでに堂に入っていて、さすがシェイクスピアと思わされる。特にキャタリーナの過激なセリフにはニヤリとさせられる。倫理的な問題を抜きにすれば充分楽しめる作品だろう。