ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー



1945〜1982。
ゴミ、都市そして死
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「ゴミ、都市、そして死」論創社(ドイツ現代戯曲選30 第25巻)、1巻
出版年・・・2006年12月
価格・・・1400円

「こうして街は和解の身振りによって我が身を護るのだ。全てが同類になり、均等にならされる」
「ゲームだ。ルールは前もって配布され、まだゲームの始まる前から勝者は決まっている」
「それでいいじゃないか。先の見えないゲームには家にこもった奴を誘い出す力はない」(67ページ)
 舞台は第二次大戦後の都市フランクフルト。主人公は肺を患っている下層の娼婦ローマ・B。彼女の夫フランツ・Bは、彼女の売春の稼ぎを賭博に費やし、稼ぎのないときは彼女を殴打するどうしようもない男。やがてローマは金持ちユダヤ人の愛人になり、不自由のない暮らしを手に入れるが――。

 月面上を舞台とし、マリー=アントワネットが登場するという最初のシーンの奇矯さは出色の出来。ただ、そのあとも話が幻想的諧謔的に進んでいくかと思うとそうでもなく、二つ目のシーンからは舞台も市街に移り、都市社会のうちに圧殺される人々の群像が描き出されていく。
 シャイロックを思わせる「金持ちユダヤ人」の人物造型や、かつてナチスのユダヤ人虐殺に組したミュラー(ローマの父)の虐殺を肯定するような台詞回しから、この戯曲は反ユダヤ主義と謗られたらしいが、むしろユダヤ人批判というよりは(キャラクターに挑発的なセリフを言わせたからといって、そのセリフをそのまま作者の思想と受け取っていいわけでもあるまい)、「金持ちユダヤ人」以外の人物の行動によって陰惨きわまりない結末がつけられているあたり、金持ちをも貧乏人をも同じく人格を捻じ曲げる都市社会を批判する意図のほうが強いように思えた。
 キャラクターも多彩だし、会話の応酬も、やや挑発的なところが鼻につくが、ノリがよい。一読の価値はあると思う。


ブレーメンの自由
「ブレーメンの自由」論創社(ドイツ現代戯曲選30 第2巻)、1巻
出版年・・・2005年12月
価格・・・1200円

でも頭でものを考えるようになったら、もうお終いだ。(66ページ)
 舞台は19世紀のブレーメン。ヒロインのゲーシェは、自分の欲求と齟齬をきたすたびに、夫、両親、子供、友人などを次々に毒殺していく。15名を殺害したかどで死刑になった実在の女性をモデルにした作品。

 最初のうちは、「ハハァ、連続殺人という過激な外面を見せてはいるけど、根本的には女性が社会から受けている抑圧を暴露するのが狙いか」と推察し、現代人が読むにはちょっと古くはないかと疑問に思っていたのだが、読み終わってみると、ジェンダー問題などよりも、むしろ現代人としてどう生きるか、どう自由に生きるかという問題のほうが主眼のような気がしてきた。「頭でものを考えるようになったら、もうお終いだ」とか、「人は思ってることをいつも口に出してはいけないものよ」などのセリフは、女性として、というよりは、現代人として自由に生きることの難しさを提示したものだろう。
 ヒロインのゲーシェを力をいれて描いているかわりに、ほかの登場人物の性格や背景に多様性が少なく、プロットも単純なので、前に読んだ『ゴミ、都市、そして死』に比べると評価は落ちる。ファスビンダーの作品を読もうという人には、『ゴミ、都市、そして死』のほうを強く推したい。


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