マイケル・ムアコック
1939〜。イギリスの小説家、編集者。60年代SFの「ニューウェーブ」運動の火付け人。
永遠の戦士エルリック

「永遠の戦士エルリック」シリーズ、早川書房(ハヤカワ文庫SF)、7巻
出版年・・・2006年3月〜2007年3月
価格合計・・・6060円
「さらば、友よ。われはなんじの千倍も邪悪であった!」(第四巻「ストームブリンガー」、522ページ)
いくつかの中篇と長篇からなるダークファンタジーのシリーズ。メルニボネの最後の皇帝エルリックは、従来虚弱な体質の白子で、先祖たちの残忍なやり方に疑念をいだいていた。従兄イイルクーンとの争いの中で魂を啜る<黒の剣>ストームブリンガーを手に入れた彼は、多元宇宙を巡る法と混沌の神々の争いに関わるうち、やがて自らの手で祖国を滅ぼし、友や恋人の命を奪い、ついには自身もストームブリンガーに貫かれて死に果てる。
先祖の残忍邪悪を疑う知性的な性質でありながら、自らもやはり残酷さ苛烈さを併せ持つエルリックの矛盾した造型が出色。彼のキャラクターの奥行きは話が進むたびに深まっていく。また戦争や魔術の描写も派手で巧みだし、異世界(エルリックはたびたび、何の前触れもなく別次元に入り込んでしまう)のビジョンは異様さに満ちている。前評判どおり、ほかのファンタジー小説のシリーズとは一線を画する内容で、大いに楽しめた。とりわけ話の区切りとなる第四巻「ストームブリンガー」の結末部分の壮絶さは強烈な印象がある。
現在ハヤカワ文庫から出版されているこのシリーズは、作者の執筆順でなく作品内の時系列順に並べなおされた新装版。シリーズの執筆は長い期間にわたっているため、同じ巻に収録された作品でも雰囲気は大きく異なっていることがあり、その点も楽しい。ただ、21世紀に入ってから執筆された第五巻以降、通称<新三部作>は、世界観の広がりやキャラクターの奥行きの点ではかつての作品より優れているものの、強力なリーダビリティーや苛烈さの点ではかえって後退している印象があるのが残念である。
ルーンの杖秘録
「ルーンの杖秘録』、東京創元社(創元推理文庫)、4巻
出版年・・・2006年6月〜2007年1月
価格合計・・・3140円
ヒロイックファンタジー。暗黒帝国グランブレタンに対する叛乱に失敗して捕えられたケルン公ホークムーンは、帝国を裏切れば脳を食い尽くす宝石を額に埋め込まれ、帝国に敵対するカマルグの地へ送り出される――。
『エルリック』に比べるとファンタジー色はわりあい薄めである。舞台はヨーロッパをそのままなぞったような世界(グランブレタンもそのまんまグレートブリテンだ)だし、エルリックのように多次元世界をぽんぽんと飛び回るようなこともない。ファンタジー的なアイテムは多々登場するものの、全体的にはまっとうな英雄冒険譚といった印象だ。
まるでRPGのようなストレートな筋運びで、次々に事件を起こしていくから、読んでいて退屈を感じることはないものの、これといって取り上げるべき個性はなかったように感じた。剣豪小説としてなら面白いが、過激な幻想性を求める読者はこのシリーズよりもエルリックを読むべきである。
永遠の戦士エレコーゼ

「永遠の戦士エレコーゼ」シリーズ、早川書房(ハヤカワ文庫SF)、2巻
出版年・・・2007年5月〜7月
価格合計・・・1840円
わたしはまったくかれらの心の産物かもしれないと思う。人類の意志が生み出したものというのだろうか。下手なからくりじかけの主人公かもしれない。わたしはただそれだけのもので、この仕事がすめば、人類の危機意識が薄れるとともに消えてしまうのかもしれない。(「永遠の戦士」、『黒曜石のなかの不死鳥』に収録、249ページ)
『永遠の戦士』『黒曜石のなかの不死鳥』『剣のなかの竜』の三長篇からなるシリーズ(ハヤカワ文庫新版は最初の二長篇の合本『黒曜石のなかの不死鳥』と『剣のなかの竜』の二分冊)で、ムアコックの「永遠の戦士」ものの中核をなすという。20世紀イギリスの一般市民であったジョン・デイカーは、戦士エレコーゼとして異世界に召喚される。彼はさらに、幾多の戦士の記憶を持ちながら、さまざまな世界に転生して戦いを続ける。
平凡な現代人が異世界に召喚され英雄として戦うという、もうお馴染みの枠組みを持ちながら、エレコーゼの行動のいちいちが、従来のヒロイックファンタジーにおける英雄趣味の安直さを暴き立てていくところがこのシリーズの面白いところ(アンチ・ヒーローと言われるエルリックも、エレコーゼに比べればずっと正統派に近いヒーローだろうと思う)。とりわけシリーズ初篇『永遠の戦士』でエレコーゼが最後に下す決断には驚愕させられた。物語の主人公にここまで大胆な行動をさせたファンタジーはそうそうあるものではない。
ブラス城年代記

「ブラス城年代記」、東京創元社(創元推理文庫)、3巻
出版年・・・2007年4月〜2007年1月
価格合計・・・1920円
「わしは昔から文字通りの意味で、頭の切れる男ではなかったわ。が、いまは疲れた男になりつつある。きみの考えも疲労のせいではないのかね」
「怒りのせいかもしれません」(3巻「タネローンを求めて」、22ページ)
『ルーンの杖秘録』の続編で、『ブラス伯爵』『ギャラソームの戦士』『タネローンを求めて』の三部からなるシリーズ。暗黒帝国との戦いを終えたホークムーンは、戦死したはずのブラス伯の亡霊がカマルグ城下を彷徨っているとの噂を聞き、確かめに出かける。このことをきっかけに、ホークムーンは再び冒険の渦中に身を置くことになる。
合計700ページ弱と、これまで読んできたムアコックの<永遠の戦士>ものの中ではもっとも短いが、そのぶん中身は濃い。まず第一部『ブラス伯爵』では『ルーンの杖秘録』の結末がぐるりとひっくり返される。そして『ギャラソームの戦士』と『タネローンを求めて』では、ムアコックお得意の多元宇宙やら戦士の転生やらが飛び出して、『ルーンの杖秘録』では薄めだったファンタジー色、SF色が急に濃くなっていく。時間やら出来事やらはどんどん不安定になり、読んでいるほうとしても油断できなくなる。それでいて、エルリックの新三部作やエレコーゼの『剣のなかの竜』のような読みにくさがないのも評価したいところで、緻密な世界設定よりも物語の勢いを求める私のようないい加減な読者でも十二分に楽しめる。
とりわけ『タネローンを求めて』は、<永遠の戦士>もの全体の完結篇ともなっていて、ホークムーンのほかエルリック、エレコーゼ、コルムの三人も登場し、それぞれの結末が描かれるので、ほかのシリーズを読んだらこれも読まないわけにはいかないだろう。多少、うまくまとまりすぎている気はするが(だからこそ、ムアコックはこのシリーズのあとも<永遠の戦士>ものを書き続けたのだろうか)。