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** 閑話休題(^o^)y-~~ **


史記に出てくるエピソードを短編で紹介します。
取り上げる内容は全くのランダムです。なるべく本編で紹介した内容に関連のあるものにしようとは思っていますが、、、
また、フィクション(史実には記録がないもの)も含まれる場合があります。 ご注意下さい。
内容は徐々に増やしていきますが、なにぶんランダムなので次回予告はできません。


レアアイテム【和氏の璧】
『史記』の中で有名なアイテムは数ありますが、中でも珍品中の珍品がこの「和氏の璧」(かしのへき)です。

璧というのは円盤型で真ん中に穴の空いているドーナツ状のもので、当時は生産が難しく宝物(装飾品?)の中でも特に貴重とされていました。ちなみに真ん中の穴のサイズにより呼び方は異なり、穴が小さい物を「璧」と呼び、穴が大きくなると「輪」(いわゆるリング)になります。「和氏の璧」はこの壁の中でも特に有名な璧で、歴史上でも何度か登場します。

さて、その出生の秘密はというと...
春秋時代に楚の卞和(べんか)という男が、山の中で偶然この宝石の原石を見つけ出したのが始まりです。「これは磨けば高価なものになるぜ」と思った卞和は、さっそく楚のレイ王に献上したのですが、レイ王はこの宝石を偽物と鑑定し(まぁ原石では無理もないけど)、卞和は罰として左足を切断されてしまいます。しばらくして、楚の武王が即位した後、性懲りもなく卞和は再び原石を献上したのですが、武王にもその価値がわからず、今度は右足を切断されてしまいます。しかしその卞和の執念は無駄にはならず、その後、文王の代になってようやくその価値が認められ、原石を磨いてみると高価な璧となったそうです。その壁は卞和の名にちなんで「和氏の璧」と呼ばれるようになりました。

和氏の璧は「青白い光を放つ」とも「七色に光る」とも言われ、各国王たちの間で話題沸騰となります。しばらくは歴史の表舞台から姿を消しますが、戦国時代の趙で再び大活躍(?)をします。

戦国時代、趙の恵文王がこの「和氏の璧」を手に入れました。(どこから入手したのかは不明ですが。)このことを知った秦の昭襄王は、この璧を手に入れるため「秦の15城と和氏の璧を交換したい」と趙の恵文王に申し入れます。断れば秦との戦争になるが、和氏の璧は渡したくない。そこで、恵文王は藺相如に璧を持たせ、趙の使者として秦に送る事にします。
藺相如が秦王に謁見し、壁を渡したところ、秦王は喜んで側妾に璧を見せびらかすだけで、藺相如を礼遇する気もなければ、15城を渡す様子もありません。そこで藺相如は「その璧にはキズがあります。それをお教えしましょう」と秦王に近づき、うまいこと壁を取り返しました。藺相如は壁を高々と掲げ、「秦王が城を渡す気がないのなら、璧もろとも頭をぶつけて死んでやる!」と脅しをかけ、さらに「日を改め、賓客の礼をもって迎えるべきだ」とハッタリをかましました。5日後、もう一度交渉することになったのですが、その間に藺相如は和氏の璧をひそかに従者を使って趙に持ち帰らせていました。再び秦王に謁見した藺相如は璧を趙に送り返した事を告白し「まず秦が15城を差し出すべきです。そうすれば趙が璧を渡さないという不条理はしません」とキッパリ言い切ります。秦王の側近は、秦を欺いた藺相如を殺すべきだと主張したが、秦王は「藺相如を殺しても、璧が手にはいるわけではない」と彼を礼遇して趙に帰らせました。藺相如は秦と戦争もせず、壁も渡さずに外交を完了したのです。

この功績がたたえられ、後に藺相如は趙の宰相となり、また、「璧を完(まっと)うする」という言葉から「完璧」という言葉が生まれました。

上記のエピソードは、藺相如の出世物語と完璧の語源として有名です。それにしても、この話ではたかが璧1コと15城が等価ということになります。それだけ「和氏の璧」が貴重なレアアイテムだったということなのでしょうが、当時の人の価値観は我々とはいささか異なっていたようで、現在の貨幣価値には換算しかねます。

この「和氏の璧」、一度お目にかかってみたいものですが、残念ながら現存しているかどうかは不明です...

 


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