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** 諸子百家 ** |
史記に登場した思想家の方々です。
どうも「思想」は苦手なので、簡単な解説になってしまいました。
| 儒家 | 孔子 | 名は孔丘。魯国出身。仁をその思想の基本とし、礼によって世を治めることを理想とする。人は如何に仁・徳・礼のもとに純粋であるべきかを説いた。 諸国を放浪し諸侯に思想を説いてまわる(と同時に就職活動を行う)が、戦国の世にあっては理想はあくまで理想のままであり、ついに受け入れられることはなかった。 また、六芸塾を開き多くの弟子たちに自らの教えを広めた。後にその弟子たちによって編まれた「論語」によって孔子の思想は開花し、儒教は中国全土に広まることになる。 |
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| 孟子 | 名は孟軻。孔子の思想を受け継ぐ。といっても弟子というわけではない。 孔子の教えを学び、より親しみやすい形で世に広めた。現在では「亜聖」の称号で呼ばれるほどの聖人扱いされている。 孔子よりは世の中への貢献度は高いが、基本的に孔子の思想から抜け出せていないため、当時はあまり認められることはなかった。 |
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| 道家 | 老子 | 正体は謎(史記によると二人の老子の正体(?)と思われる記録が残されているが年齢も定かではない) 思想は「無為自然」「無知無欲」。 欲を捨て無欲となり無為自然となれば天下は治まるという考え方である。 →詳細は別コーナー【老子の館】で |
| 荘子 | 名は荘周。蒙県(河南省)の出身と伝えられる。生没年不詳。紀元前350〜250年(紀元前4世紀の後半)ぐらいの人。 思想は「虚無恬淡」。どちらかといえば老子の流れをくみ、孔子・墨子らの思想をかなり皮肉っている。著書「荘子」はその思想に基づいたもので、架空の登場人物によるエピソードが中心となっている。記述が具体的なので老子より読みやすい。荘子が出典の故事成語では、「朝三暮四」「蟷螂の斧」「莫逆の友」「明鏡止水」などがある。 |
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| 墨家 | 墨子 | 名は墨テキ。「博愛主義」。 「人を殺せば殺人に問われるのに、戦争では大量殺戮が許されるとはどういうことか!」と嘆いた。 確かチャップリンの映画だったと思うが「1人殺せば殺人者だが、100人殺せば英雄だ」というセリフがあるが、(映画のほうのセリフを皮肉と解釈すれば)近いものを感じる。 戦術理論(特に攻城戦)、築城策に長けており、弱小国に自ら出向いては防衛策を説いてまわった。 孔子の六芸塾と同様に、同一思想を持つ人々を集め「墨家」集団を築き上げた。 |
| 法家 | 韓非子 | 荀子の門下生だそうだ。秦の法家主義のベースとなった、刑、法に基づく思想。 本人にコンプレックス(どもりといわれている)があったせいか、かなりひねくれている。 「所詮、人の根本には悪があり、放っておくととりとめがなくなるので、法律/刑罰によってしっかり治めなければならない」という思想。 現在でも通用する、わりと現実的な思想なのかもしれないが、多少冷酷なイメージを受けざるを得ない。が、始皇帝当時の秦の法家主義には合っていたため、重用された。 |