10月の話題


2009年10月


<漁船転覆> 伊豆諸島・八丈島沖で連絡が途絶えた鎮西町漁協(佐賀県唐津市)所属のキンメダイ漁船「第1幸福丸」(8人乗り、19トン)を捜索していた第3管区海上保安本部(横浜市)は28日午前、八丈島の北北東約55キロの海上で、転覆した同船を発見、船内から乗組員3人を4日ぶりに救出した。連絡が途絶えてから約90時間、3人は脱水症状を起こし、八丈島内の病院に入院したが元気だという。また、同日朝、救命いかだに乗った牧山新吾船長(40)も発見したが死亡が確認された。残る乗組員4人の行方を捜している。 午前10時半ごろ、海上自衛隊機が転覆している同船を発見。午前11時45分に到着した3管の潜水士が海面に出た船底をたたくと、船内から「コンコン」と反応があり、生存を確認した。3人は乗組員が寝泊まりする後部船室にいて、空気だまりができていたため助かったらしい。救出時の海水温は24〜25度程度で、比較的温かかったという。 

 転覆時の状況について、「船長は操舵(そうだ)室にいた。残る7人は船室にいたが(行方不明の)4人は船外に出た。救命胴衣はつけていなかった」と話しているという。 一方、いかだは午前7時15分ごろ、八丈島の北約20キロの海上で見つかった。内部に救命胴衣を着た牧山船長が倒れており、間もなく死亡が確認された。 第1幸福丸は24日夕、八丈島の西約90キロで、僚船と無線を交わしたのを最後に連絡が途絶えた。現場海域は台風20号の影響で一時大しけとなり、3管は26日午前から丸1日、捜索を中断していた。

 この漁船遭難のニュースは24日夜から逸早く流されたが、折から接近した台風のために捜索・救援活動は見合わされていて、その間海面は波浪が荒れ続けていたので、救援はほぼ絶望視されていた。専門家によれば、恐らく船が急速に転覆したために船室内にあった大量の空気が残存して、また船の形状も一旦転覆すると安定して復元しなかったために船室内の空気が波浪によって抜けることもなかったと推測されている。海水温が高かったことと三人が暗い船室内でも互いに声を掛け合っていたために長時間パニックにもならぬ幸運な条件が重なり、奇跡を生んだ。

 漁船は板子一枚下は地獄と言われる。我々は海の幸を何気なく頂戴しているが、こういう漁船員たちの命をかけた働きのお陰を蒙っていることを改めて思い知らされる。台風の予報が出たら海に出なければいいじゃないかと部外者は言うかもしれないが、当事  者たちはもう少しと頑張るものだ。当日も仲間と元気に(お互いに励ましあって)交信しあっていたというが、海面には危険な三角波が立っていたそうだ。海が荒れ始めても短時間のうちには港へ戻れない沖に出ている(地図参照)。


<野中広務> 野中広務(ひろむ)は03年衆議院議員を辞めて政界から引退した。この人は小渕政権の官房長官、森政権における自民党幹事長として政界中枢で活躍したが、被差別部落の出身者として生涯差別の問題に取り組んできた。“差別と日本人”(角川oneテーマ21)という辛淑玉(在日朝鮮人・人材育成コンサルタント)との対談記録の中で野中広務は部落出身者であることを自認し、著書で差別の問題にからむ日本人の陰湿さを取り上げている。

 1923年9月1日に発生した関東大震災に伴う死傷者は20万人を越えたが、発生直後に流言蜚語が飛び交い、官民一体となっての朝鮮人への迫害と大虐殺が始まった。被差別部落から集団で行商に訪れていた人々も犠牲になった。利根川や江戸川に大勢が沈められた。犯行を行ったのは自警団や官憲で、殺された人の数は7000人を越えるとも言われるが、日本政府は調査をしなかったので、今日に至るもその実数は詳らかにされていない。

 野中は部落民出身という烙印を押され、耐え難い差別を受けた。特に部落出身者に対する結婚差別は深刻だった。差別する側があいつは“部落民”だと決め付ければ、差別が始まる。“部落民”が作られ、“被差別部落”が形成される。人は自己の劣等意識を払拭するために、より差別を受けやすい人々を差別することで傷ついた心のバランスを取ろうとする。差別をする側に立てば他者より優位だという感覚は享楽であり、一度味わうと何度でも繰り返したくなる。 少年たちが公園に野宿する浮浪者を襲撃する心情である。野中は自分が就職や夜間大学まで世話した後輩が人並み以上の早さで出世する野中について部落出身者と陰口をたたいていたことを知って強い衝撃を受けた。人間の宿命的な暗部を見た。

 こういう世界に打ち勝つために野中は政治家になることを決意した。腐敗を極めていた町政改革のために京都府船井郡園部町で町長リコール運動を展開、町議会議員選挙デトップ当選、町村合併後の園部町で町議会副議長、議長から33歳の若さで町長に就任。次いで京都府議から副知事を経て83年衆議院議員に当選した。

 政治家として手をつけた主な仕事:

 野中氏は自治大臣のときにオウム真理教教団の地下鉄サリン事件に対してはじめて破防法を適用した。破防法は共産党と朝鮮人弾圧の目的で作られたが機会がなくて使われずじまいだったのを転用した。この法の本来の成立趣旨には違和感を抱いていたのだ。

 また戦時中の“従軍慰安婦”に対する基金(女性のためのアジア平和国民基金)を作った。当時の政治家たちには日本が法的に従軍慰安婦に賠償する雰囲気はなかった。しかし彼は事実を一部知っており、罪悪感を抱いていたから苦労して同調者を募り政府にカネを出させた。徴用されて日本軍に入った朝鮮人が引き揚げ後軍人恩給も受けられないことを不都合に思い努力したが、戦死者・戦傷者に対する補償までしか実現しなかった。

 消極的だった小渕首相を説いて“国旗国歌法案”を成立させた。発端は広島世羅高校長の自殺だが、この問題に関する紛争の歴史の清算のために根拠法を作った。教育現場の混乱も収束に向かった。戦争の道具として利用された一時期だけにこだわってはいけないという信念があった。 “男女共同参画社会基本法”を成立させた。野中氏が官房長官だった時で、大きな抵抗が予想されたが、この成立は女性差別の解消に寄与した。

 野中氏は沖縄駐留軍用地特別措置法改正案を扱った日米安保条約の実施に伴う土地使用特別委員会の委員長に就任し、法案の成立に際して“この法律が、沖縄を軍靴で踏みにじる結果にならないように、古い苦しい時代を生き抜いた人間として、若い皆さんにお願いをして、私の報告を終わります”という異例の発言をした。彼は75%の米軍基地を沖縄に押し付けている現状を差別心の現われと見ていた。

 ハンセン病回復者の訴訟で国が控訴を断念することに間接的に協力した。官房長官のときに訴訟団がたむろしているのを見て、官邸に引き入れて話を聞き、激励した。多くのマイノリテイの人たちがこの人なら私たちの気持ちを判ってくれるのではと野中氏にすがった。野中氏は人権擁護法を作ろうとしたが、果たせなかった。

 彼は麻生太郎を吉田茂の孫であり、麻生セメントに代表される 麻生財閥の末裔ということ以外に政治的資源がなく能力もない男で、出自だけで人を見る抜きがたい性向は、真の実力を持ち、競争を勝ち抜いてきた本当のエリートたちにはコンプレックスや近寄りがたさを感じる尊敬に値しない男と見る。彼は始めて選挙に出たときに福岡・飯塚の駅前で“下々の皆さん”って演説して落選した。しかし彼はその後もずっとそういう感覚であって、差別を受ける出自の低い人々の痛みなど分ろうとしない。少なからぬ人がそういう彼を受け入れるのは価値観によるのだろうが、野中氏は一生を通じてそういう日本社会にタテを突き通した。麻生太郎は自派の会合で「野中は部落の人間だ。あんなのが総理になってどうするんだい。 ワッハッハ」と言い放ったという。こういう言葉を公言するのは政治家失格ではないか。麻生政権が自民党の敗北を決定的にしたという意味では、野中の麻生に対する反感は国民の素朴な心情と相通ずるところがある。麻生を総裁に選ぶ体質から脱却できなければ、自民党は永久に浮上できないであろう。


<Googleならどうする?> ジェフ・ジャービス著“グーグル的思考”(PHP研究所)を読んでいる。21世紀に生きて過去の時代にはなかった新しい世界を否応なく味合わされている。その思想なり傾向をランダムに書きなぐったのが本書である。例えばこういう文章がある。−グーグルは我々を骨抜きにした。グーグルがなかった時代(ほんの十年前だが)を思い出してほしい。どんな些細なことでも、調べようと思ったら膨大な資料と格闘するしかなかった。図書館に出向いて何時間も調べた挙句、答えを見つけられないで帰ることもままあった。今では、グーグルで調べれば、どんな疑問にもたちどころに答えが現れる。スピードはグーグル教の教義なのだ。グーグルも神と同様に恒久性を重視する。グーグルの検索ページでは、表示期間が長く、多くのクリックやリンクがなされているサイトのほうが上位にランクされる。つまり、グーグルは速報性より記事の完成度を重視する。−

 これは前記著書記載とは離れるが、大衆参加型の文化の発展はインターネットの基盤上でウイキペデイアによって特徴づけられ、先に述べたように結果としてグーグルの活用度を大いに高めることになった。
 ウイキペデイア:従来、専門家によって監修、編集される百科事典を一般のインターネット利用者が匿名で編集できるようにしていることで、参加者の資格制限などを行っていないため、年齢、職業、国籍などの点で多様な執筆者がボランティアで編集に関わるが、これは百科事典の開発プロジェクトとしては革命的なことであった。創始者はジミー・ウェールズ(米)で、彼によって中立的な観点から書かれるべきだとする全ウィキペディアの共通方針の策定がなされ、運営について屡アドバイスを行ったので、「ウィキペディアはウェールズを”寛大な独裁者”として戴くコミュニティ自治の集団である」と形容されたりした。人がウイキペデイアに参加するのは社会に貢献できるのが楽しいからで、金銭的な報酬は求めていない。

 嘗ては強大な企業や組織や政府は自らに主導権があると自負しており、実際にそうであった。今は違う。インターネットにおいては消費者に主導権を与え、使わせることが肝要なのだ。ここで著者はデル社がその製品に関して如何に顧客から信用を失い、その後顧客中心に方針を大転換してから如何に立ち直ったかを例示している。今や消費者はブログを介して企業の大きな敵にも味方にもなるのだ。

 リンクはあらゆる事業や組織を変える。例えばニュース事業についていえば、得意分野でのみ勝負し、その他の分野、例えば事件の背景については関連記事をリンクすればよい。余計な人員は思い切って削減し、他のニュース・ソースとリンクすれば済む。小売業者は商品の情報に関して製造業者とリンクすべきだし、製造業者は商品に関する顧客の意見とリンクすべきだ。リンクによってあらゆる業界は専門性を求められるようになった。どんな業界でもリンクによって専門性と品質の向上と連携が助長される。後戻りは許されない。

 スカイプ・イ−ベイ・クレイグリスト・フェイスブック・アマゾン・ユーチューブ・ツイッター・フリッカーなど急成長を遂げたウエブ会社はどれも最低限の料金しかユーザーに請求しない。ネットワークからの利益を最小限に抑えれば、規模と価値は最大限に成長する。その最たるものはグーグルで、必要な費用はすべて広告でまかなう。グーグルはアドセンスで読者が広告をクリックしたときに広告主から料金を取る仕組みを実行している。2008年8月、米国の未曾有の不況の中でグーグルは広告費によって新たに利益を計上した。グーグルは検索ビジネスの展開の中で巧みに広告費を徴収している。

 グーグルは従業員に就業時間の20%を、新しいアイデア、新しい製品、新しいビジネスについて考えるために使わせている。出版界の行方を見つめるピーター・オズノスは出版界の根本的な問題は在庫管理にあると言い、出版業界もグーグルに倣って運命をコントロールする必要があると語った。アマゾンを通して直接読者に本を売れば問題の一部は解決する。書店の棚や返本の悩みは消える。 作家パウロ・コエーリョはロシアで自分の小説の海賊翻訳版がオンラインで流されていることを知った3年以内に彼の作品の売り上げが3000部から10万部へ、更に100万部へと跳ね上がったことを知った。彼は今では海賊版があったからこそ、世界中で自分の作品が翻訳されることになったと信じている。出版社は本の内容をスキャンして検索可能にするグーグルを目の敵にしないで、グーグルやインターネットをうまく利用すべきだ。インターネットは本を滅ぼしたりしない。            

 あらゆる産業の中でグーグルが一番大きな変化をもたらしたのは広告産業である。広告主たちは、広告のためのスペース(新聞)や時間(テレビ)によりもクリックという消費者の行動にお金を払うようになった。グーグルは広告を出せる場所を無限に増やした。今や検索ページ上の広告だけでなく、バナー広告をも支配している。グーグルは雪崩だ。まずメデイア業界を根元から揺らがせた。次に広告業界を呑み込むだろう。その次は小売業であり、製造業だろう。そこではまだ現実に襲われる姿が見えていない。しかしいずれ金融・福利厚生・サービス業・不動産業にも影響が及ぶだろう。

 グーグルによって変革された社会は決して昔の姿には戻らないだろう。それは一部の独占を許さず、よりオープンになる。より顧客中心になる。地球温暖化対策とかより公益に資する方向を目指すだろう。政治家はその影響を無視しては決して生き残れなくなるだろう。その望ましい将来に希望をもつことにしよう。

 ―ところで最近インターネットでグーグル検索すると、最近ウイルスバスターをパソコンに搭載したせいか、項目ごとの表示欄が文字の上から緑色に着色してしまい、読みにくくて苦労してます。どなたかウイルスバスターをパソコンに搭載したままで題目欄について緑色の着色を消す方法があれば御教示ください。―


<オリンピック招致不成功> 前項末に記した2016年のオリンピック開催地はI.O.C.委員による投票の結果、候補の4都市のうちからまずシカゴが脱落、次いで東京が、最後にマドリードが脱落してブラジルのリオ・デ・ジャネイロに決まった。ブラジルのルラ大統領が感激してペレ氏と抱き合う姿と歓呼するブラジル国民が放映された。

 石原慎太郎東京都知事は大会でのプレゼンテーションを終えて感想を求められ、“最高のできだったと思う。結果についてはー神のみぞ知るーだ”と答えた。シカゴについてはオバマ大統領夫妻が、またマドリードは元オリンピック組織委員長が肩入れしたが、開催都市を決定づけたのはそういう一時的な応援では及びがつかないもっと根源的な理由だと感じた。東京は既に第2次大戦後1度開催されているし、前回は隣の中国・北京で開かれている。米国もヨーロッパも既に一度ならず開催されているのに対して南米大陸ではまだ一度も開かれていない。またブラジルは近年BRICSなどと呼ばれてインドなどとともに新興国として国際的な地位を高めつつある。利害関係のない一般人が集まって素直に選べば4候補の中からリオが選ばれるのが常識だろう。

 石原慎太郎が何年か前に東京を候補地に名乗り出る決意をした時にもこのような客観情勢は現在とさほど相違なくあったに違いない。だから利害関係のない人間だったらこういう招致活動には踏み出さなかったであろう。招致に失敗した今、招致活動に費やした150億円以上の公費が改めて論議の的になっているが、もし招致できたらテレビの放送権料の利権だけでも数兆円を下らないと言われる。開催地域の開発整備に莫大な資金が公然投じられるし、魚河岸移転の問題も正当化されるだろう。政治家としてそのような大変革を招来するプロモーターになれるということは後世に喧伝できる偉業と評されるだろう。一昨年から始めた新年の東京マラソンもそのための布石だった。これ自体は参加者が多く東京の新行事になったし、新開発地域の宣伝にもなったが、オリンピックには結実できなかった。

 石原都知事の着手した事業がすべて非難されるべきものであったわけではない。しかし任期1年半を余してこれからは業績の功より罪のほうがより多くクローズアップされるだろう。都民銀行もその一つで、私は設立当初から関心をもっていたが、実効をあげるまでに時間がかかり過ぎて肝心の中小企業の救済に役立たなかったばかりか、経営者が不心得で多額の都の公費をムダ使いさせてしまった。結果的には素人の火遊びに過ぎなかった。

 石原慎太郎の政治家としての業績を眺めると、結果論(尚早ではあるが)としてはマイナスポイントの方が多いようだ。しかし過去の歴代の都知事たちの仕事ぶりは可もなく不可もないもので印象が薄い。これが決して褒められるものではなく、試行錯誤がなければ進歩もない。失敗をしても昂然としてめげない慎太郎に私は好意を持ち続けている。その男が帰国直後の記者会見で“帰途の飛行機の中で泣いてしまった”と語った。確か77歳である。未だに枯れない情熱振りには驚いた。“今回の経験を将来に活かしいずれ招致を実現したい”と言う。敢えて言えば、彼の側に冷静なアドバイザーがいてうまく活用できるようであって欲しい。


<温室効果ガス削減> ニューヨークの国連本部で世界90カ国以上の指導者が出席した国連気候変動首脳会合が9月22日に開かれ、鳩山由紀夫首相が演説の中で、温室効果ガス削減の中期目標について、主要国の参加による「意欲的な目標の合意」を前提に「1990年比で2020年までに25%削減を目指す」と表明した。25%の削減は、民主党が先の衆院選で掲げた政権公約(マニフェスト)に盛り込んだ主要政策。首相は潘基文国連事務総長の夕食会において、「国民のみなさん、世界のみなさんに理解をしていただきたいのは、この約束が守られなければ結果として生命が脅かされると、人間の存在が脅かされるという事態になるわけでございます。そのときに、人間が生き延びていかなければならないために、もっともっと大きなコストがかかるということを考えたときに、そうならないためにわれわれは今から準備をするということであります」と述べた。麻生前政権が示した「05年比15%削減」(90年比8%削減)より大幅に踏み込んだ目標を事実上の国際公約としたことで、日本は実行へ重い責任が課せられた。以下にはインターネットによって全般的な情報を集めてみた。

 温室効果ガス(おんしつこうかガス、Greenhouse Gas, GHG)とは、大気圏にあって、地表から放射された赤外線の一部を吸収することにより温室効果をもたらす気体の総称である。対流圏オゾン、二酸化炭素、メタンなどが該当する。近年、大気中の濃度を増しているものもあり、地球温暖化の主な原因とされている。京都議定書における排出量削減対象となっていて、環境省において年間排出量などが把握されている物質としては、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O)(=一酸化二窒素)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)、六フッ化硫黄(SF6)の6種類がある。

 最新のIPCC第4次評価報告書では、人為的に排出されている温室効果ガスの中では二酸化炭素の影響量が最も大きいと見積もられている(地球温暖化の原因を参照)。これに対する懐疑論も見られるが、多くは反論されている。長期的には2009年のラクイラ・サミットで、先進国が50年までに温室効果ガス排出量を80%削減することで合意がなされている。

 世界の主要国の排出量は、2005年時点で二酸化炭素に換算して約266億トンに達している。2005年時点での各国の排出量は、アメリカ(22%)が一番多く、それに中国(19%)、ロシア (5.8%)、日本(4.7%)、インド(4.5%)、ドイツ(3.0%)と続く。

 日本における温室効果ガスの排出量は、2007年度は前年度よりも2.3%増加して過去最高を記録し、二酸化炭素に換算して13億7100万トンになっている。これは京都議定書の基準年(1990年)に対して8.7%の増加となっており、2008年 - 2012年の平均値として約束した-6%を達成するには現状よりも最低9.3%の削減が必要になっている[4]。世界の排出量に対しては約5%を占めている。また一人あたりの排出量では2005年時点で4位である。

 鳩山首相は「あらゆる政策を総動員して実現を目指す」とし、具体的な政策として、(1)大企業に削減義務を課す国内排出量取引制度の導入(2)再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度の導入(3)地球温暖化対策税(環境税)の検討――などを挙げた。25%削減を宣言したからには、温室効果ガス削減に向けた新たなエネルギー政策の推進と、排出量取引制度の整備が加速することになる。具体的には、太陽光、風力などの再生可能エネルギーの拡充。電気自動車、ハイブリッド車の普及加速。省エネ家電の開発、住宅・ビルなど建築物の省エネ技術の確立などが実行に移される。

 しかし、中国、インドなど今後比較的短期間に急速な経済成長を遂げようとしている新興大国の温暖化ガス抑制まで考慮して、世界規模での環境保護の立場では、現実問題として原子力発電の積極推進”を抜きにすることは不可能である。 原子力発電は発電時に地球温暖化の原因とされる二酸化炭素や、窒素酸化物、硫黄酸化物を排出しない上に、発電コストは 1キロワット当たり6円程度と、石油火力の20円程度に比べて極めて割安となっている。

 米国は、原発建設を積極推進しており、2025年までに、電力消費量の半分(原発200基相当)を原子力発電に変える計画を立てている。また、中国は2020年までに30基(約3000万キロワット分)、インドも2020年までに25基以上の原発を新設する予定。このほかの地域も合わせて今後20年間には少なくとも150基以上の原発が建設され、この間に毎年5兆円が建設関連費用として投じられるという。日本は地震多発国故に厳しい世論の反対を受けているが、この際このテーマを避けては通れないだろう。

 2016年のオリンピック招致に奔走してきた石原慎太郎東京都知事は10月2日にコペンハーゲンで開催されるI.O.C.オリンピック総会(ここで候補の4都市の最後のプレゼンテーションが行われ、開催都市が選ばれる)に向けて皇太子の出席を要請したが、事なかれ主義の皇室事務局に受け入れられなかった。しかしこれまで野党だった鳩山新首相に出席要請を快諾され、温室効果ガス大幅削減を東京に結びつけられると、先行して現地入りしている石原知事は決め手を欠いていただけに喜んでいる。米国はシカゴ開催支援のためにオバマ大統領が出席するというし、果たして開催都市はどう決まるか、残る2都市はスペインのマドリードと初めての南米開催を求めるブラジルのリオ・デ・ジャネイロである。


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