第6章
2002年7月4日
<悲観論後退か> 日経平均株価はこの2ヶ月の間に底値の7607円(4月28日)から9624円と2000円ほど戻した。また東京債券市場で長期金利は0.43(6月11日)から1.125(7月3日)と急上昇した。実体経済に目ぼしい好材料は見当たらないが、このところ外国からの投資が2兆円ほど株式市場に流入したと言われ、市場も“悲観のバブル”行き過ぎの巻き戻しとみて追随した。りそな銀行救済で金融危機不安が遠のいたことと、米国経済の立ち直りが背景にある。
株高は企業や個人の心理を好転するだけでなく、企業業績を下支えし金融システムの安定化をもたらす。多くの人々の願望だっただけにこの趨勢は簡単に尻つぼみにはならないだろう。たまには一息つかないと人間皆おかしくなる。そういえば最近衝動的な凶悪犯罪が巷に増えている。望むべくばこれが景気回復・設備投資拡大のきっかけになり、若い人たちに先への希望を高める状勢に発展してくれることを。
大手銀行7グループは長期金利の下落で含み損を出したものの、保有株式の値上がりは大きく差し引き約1兆円の含み益を出したと言われる。ジリ貧・四面楚歌に追い込まれていたところへ思わぬ救いの神だ。一方で長期金利の上昇は国債の利払い費を増大し国の財政圧迫要因になる。よいことばかりはないのが世の理である。

2004年1月10日
<日本振興銀行> 東京青年会議所の有志によって設立されるという日本振興銀行の構想が発表された。大手銀行の貸し出し縮小傾向が止まらず、資金需要はないと言い張って中小企業に対する“貸し渋り”・“貸し剥がし”を続けている。独自の審査眼や独特の貸し出し基準を持たぬ銀行が、金融庁検査局作成の金融検査マニュアルに頼って、貸し出しできる筈の案件を機械的に断っている。
メガバンクの実情は大企業に超低金利で貸し込んでいるだけでなく、破綻リスクのある大手企業に対して債権放棄のサービスまでしている。一方で中小企業に対しては、破綻リスクに対応すると称して貸出金利を高めている。日本では中小企業が事業所数で99%、従業員数で80%を占めている。本来なら@新事業の見通しをもたぬ問題企業とは手を切り、A大企業向けの金利を上げ、B潜在需要の大きい中小企業への貸し出しを増やすべきなのだ。
1929年の大恐慌を経て、日本の銀行の主流は不動産担保主義に陥り、それが業界の慣行になってしまった。一旦慣行になると、一朝一夕には改めにくい。銀行の保守的な融資担当者は前例と実績と担保ばかり気にする。しかしバブルの崩壊後、金融業界に機能不全を起こさせた最大の原因は土地本位制による担保主義だった。
戦前の経営者は人と事業と使い道を見て貸したものだ。嘗て安田銀行を一代で築き上げた安田善次郎は事業の成否を見極めるのに「一に人物、二に人物、首脳となる人物如何」であると言い、「その人物が満腔の熱心さと誠実を捧げ、その事業とともに斃れる覚悟でかかる人であれば十分」と明言して無担保でも企業に貸し出し、人物本位の銀行業を貫き通したという。
銀行というものは継続性の塊である。新しい構想で新しい業務を始めるのは容易ではなく、その動きは緩慢であり、その特徴は大銀行ほど顕著である。冒頭に記したように、この際既存の銀行と独立した新たな銀行を設立し、金融維新を起こしたいという銀行マンたちが現れた。この人々は石原都知事の提唱する東京都出資、中小企業対象の新銀行設立の動き(第5章)にも触発された。過去のしがらみ、不良債権に悩まされることはない。
激しい企業間の角逐の中で、また確実に進んでいる日本社会の高齢化の中で、年功序列・終身雇用・企業内組合という嘗て日本企業が誇った“三種の神器”が崩れている。このような厳しい状勢の中で金融維新を成立させる鍵は、この際安易な銀行業務に慣れた業界にあって、銀行業にとって本来おろそかにしてはならなかった筈の貸出先を審査する能力が新事業者たちにうまく獲得できるかに尽きるのではなかろうか。安田善次郎に言わせればそれこそプロたる銀行マンの真髄だということになるはずだ。
この項は主として目下立ち上げようとしている“日本振興銀行”の宣伝書とでもいうべき「金融維新 木村剛著 アスコム」の記事によったことを追記しておく。
<年金問題など> 政府は今国会に年金法案を提出し、NHKも連日長時間にわたって関係者の討論の形でこの問題を取り上げている。誰にも利害の面で重大な関心のある問題であるが、最大責任官庁を代表する厚生大臣を交えた討論も含めて様々な議論がなされていても、国会に提出されている法案が特に若年層の不安や不満を十分に受け止め解決できる事態とは程遠いことだけはよく分かった。また年金制度は国民年金・厚生年金・共済年金に分立していて一層事情を複雑にしている。
国民年金と厚生年金の実質的な収支は01年度から赤字に転落、04年度には約5兆円の赤字になることが明らかにされた。現行のルールをこれ以上放置すればこの赤字が急速に拡大するのは火を見るより明らかになった。特に国民年金は未加入者・未納者が急増しており、著しく空洞化が進んでいる。若年層に将来の納入金額の増大と支給金額の目減りについて制度への不信感が増大している。
現在の厚生年金の収支バランスは既に10年以上前から次のような諸要因によって崩れ始めていた。
1)少子化と高齢化
2)バブル破綻による経済成長・賃金上昇の停滞
3)長期勤続者の減少、転職・共働き・パート・フリーターなど労働形態の変化
4)資金運用の齟齬、不良債権の発生(グリーンピアなどに代表される各地の保養施設が建設後に極端な経営赤字に陥ったなど)
これらについて厚生省当局ならびに国会議員など関係者は早くから年金制度の健全な運営に必要な前提が崩れつつあることを承知していたにも関わらず、前述の如き非常事態に至るまで必要な対応措置を講じなかったばかりか、国民に対して警告の一つも発せず、4)の如きは大穴をあけてその補填のために血税を無駄遣いする羽目に陥る。官僚・政治家たちの情報隠し、責任回避の罪は糾弾されなければならない。彼らは良心の呵責を覚えても、違法行為をしたわけではないから、結局なし崩しに見逃され問題は先送りされて若い人たちへの負の遺産となってしまう。
問題の深刻化の原因はこのような関係者の怠慢によってフィードバックが働かなかったためだ。「逆システム学」(金子勝・児玉龍彦共著・岩波新書)という本がある。フィードバックを利かせる為には意識的な継続努力が必要だと説いている。この本は人間社会の諸システムと個々の人間の健康には類似性があると力説している。中高年の健康を損なう生活習慣病を防ぐためには、多重フィードバックがきちんと利く範囲に保つ、もしくはそこまで戻すことだという。銀行の不良債権問題、この年金制度、ゼネコンと公共事業政策、これらはいずれも行政当局がからんで適正なフィードバックが不当に抑制されたために、その解決のためにそれでなくても増大している国家の負債を更に増やす結果をもたらすだろう。最近2割から3割に医療費を値上げし、かつまた全国で医療過誤が問題化している医療・薬剤業界も次第に問題が顕在化している。
逆システム学はシステム全体をモデル化するような複雑な理論は把握できなくても、部分的に理解できている制度や制御のしくみをもとに、政策や治療の含みうる問題点を予測しようとするのだという。大手ゼネコン倒産救済のために近い将来またしても公的資金が投入される懸念があるが、冷静に考えれば10年も前からゼネコンが従来の業態で日本社会に貢献を期待される役割が減っていることは関係者には分かっていたはずだ。国が難病に陥る前にその兆候を捉えて早めに手を打つ必要がある。
こういう社会情勢の変化に応じて積極的に国家の重点政策を変え、その方針を国民に明示して予算や投入人員の機動的な変更の提案・実施を図る強力な部署の新設が政府に必要ではないか。業界と監督官庁との癒着に無縁な独立性と強い情報収集機能・監査権限を持たせる。国会の重点的な審議はそういう部署の活動にからんでこそ行なわれるべきであり、その政策の功罪についてきめこまかいフィードバックが常時必要である。こうすれば、世の中は今の後追い政治よりずっとよくなる。頭を使え。
<UFJ銀行の混迷深まる> 6月の金融庁による業務改善命令に対して昨秋の金融検査の際に指摘されたような“書類・データの隠蔽”や“資料の改竄”、“資料破損”などが意図的・組織的に行なわれたことはないと主張していたUFJホールデイングスおよびUFJ銀行首脳は7月28日記者会見を開いて、当初の説明を撤回して事実を全面的に認め、経営陣の関与の下で組織的な法令違反行為が行なわれたことを認めた上で非を謝罪、80人以上の役職員の処分を発表した。
また前記の金融庁処分によって単独での再建見通しが立たなくなり、UFJグループは三菱東京フィナンシャルグループとの経営統合を目指したが、これに先立つ5月21日UFJホールデイングスは住友信託とUFJ信託の売却に関する基本合意を発表していた。これに基づき住友信託は投資家に“メガ信託”になると説明した。ところがUFJグループは三菱東京との合併話の浮上で急遽UFJ信託の売却を白紙撤回した。これに対して住友信託はUFJの背信行為と非難、東京地裁に対してUFJ信託に関して住友信託以外との統合協議差し止めの仮処分を申請、7月27日地裁は住友信託の主張を認めて統合協議を禁ずる仮処分命令を出した。三菱東京グループは統合があくまでUFJ信託を含めることが不可欠との立場をくずさないため、三菱東京とUFJの統合交渉は中断し、30日に予定していた基本合意書の締結は不可能になり、今後の見通しは立っていない。UFJグループは東京高裁に上告した。
この状勢を見た三井住友フィナンシャル・グループが新たにUFJ銀行との統合に名乗りを上げた。三菱東京グループに統合で先を越されると企業規模で劣勢に立つという思惑があり、また元々UFJと住友信託がいずれも住友財閥に属していた事情もあると見られる。しかしUFJグループ側はこの申し出に応ずる気はない旨意思表示している。また三菱東京グループはこの動きに対して最悪の場合UFJ信託を切ることも選択の内に入れているとも言われ、裁判の行方とからんで事態は混沌としてきた。
更にはUFJグループには金融庁から不良債権がらみで早期処理を迫られているダイエーの問題がある。金融庁の意向に従ってダイエーを産業再生機構に移すか、それとも他の大手銀行の協力を得てダイエー経営陣が望む民間主体の再建計画を立てるかが八月中間期決算にかかっているといわれる。ややしいことにダイエー問題は近鉄を発端に浮上したプロ野球パリーグのセ・リーグ合体騒動ともからんでいる。あちらもこちらも経営者の手腕不足が混迷に拍車をかけているようだ。
8月11日東京高裁は先の東京地裁の裁定を覆してUFJ銀行と住友信託との間ではUFJ信託の売却に関する合意の精神は既に失われているとし、UFJグループと三菱東京との合併交渉の再開を認めるむね裁定した。このところ東京地裁と東京高裁の間で裁定の逆転が起こるケースが目立ち、ともに第3者を納得させるに足るに十分な論拠を示していないことから、世に裁判不信を招くきらいが生じかねない。