
<アウトドア> 赤井士郎氏。流通業の社長。仕事を離れてカヌーで仲間と26KM川を下る。本人は語る。アウトドアはマニュアルには書いてないことばかり。恐ろしい渦のことなどカヌーの本にはない。自然に触れて人間の動物としての本能が甦ると。河原で仲間と語らい合う屈託のない顔が実にいい。ついでに余計なことも言う。遊びを知らぬ人間は仕事の質も悪いと。憎いけれどうらまやしい境遇だ。
<疲労破壊> 原発で機械工学の教科書にでも載せたいような事故が発生した。冷却水配管からの漏水で調査の結果、エルボに亀裂があり損傷部の顕微鏡写真から疲労破壊の典型となる縞模様が発見された。本来大きな繰り返し応力の想定されていない箇所だけに更に追及すると、上流側の熱交換器の二重円筒構造の剛性と隙間の関係から冷却水温度が一定にならず数十秒と数十分の二つの周期でかなり大きく変動していたことが分った。配管の支持方法ともからんで曲管部に相当の変動熱応力が発生した。いわゆる自励振動で、こういう事故にまで発展するのは設計当事者には気の毒だが珍しいことだ。結果として同型の熱交を採用した何基かの原子力発電所では早速運転中止、取替え作業に入った。この種の新聞報道で残念なことは往々にして記事を書く人の理解力不足(失礼!)のために詳細の説明が分りにくいことだ。
<バラ> 以下は私には最も縁遠い世界なので完全な受け売りの断片的知識である。紀元前にクレオパトラはばらに浸かってその香りを取りこもうとしたが、西洋の錬金術師たちは10世紀に香水を作り出した。6TONのばらの花から1KGのエッセンスが蒸留によって得られる。モロッコではダマセナ(ばら)の花から水蒸気を用いて香りを取り込む(60万円/KG)。フランスのグラースではセントポーリア(ばら)をアルカリ溶剤でアブソリュート液として取りこむ(100万円/KG)。これはエッセンスの素材としてジャスミンとか多くのエッセンスと自在に調合できる。香りは人間の脳の原始的な部分に働きかけ、官能を刺激する。―五感の一つなのに何と私は疎かったことかー ファッションデザイナJEAN PATEAU氏は調香師として研究所を開設し多くの弟子を育てているが、香水の調合は決して偶然などではなく綿密な計算と計量に基づいてできると言う。そしてばらは常に香水の最大の要素だと。また一流の調香師は3000−4000種の香りをかぎ分けると言う。 化学式から求める人工の香料は結局自然の香りを凌駕できない。この世界に求められる究極の仕事は色や形でなく香りを主体とする新種のばらの開発だが、色や形では分っている遺伝の仕組みが香りについてはまだ分らないのだという。

<囲碁> 足の痛みで1月以上遠ざかっていたが、このところ少し回復してきたのでパケット通信による囲碁対局を再開した。相変わらず読み抜けが多く相手のポカにも助けられて勝ったり負けたりするが、我ながら形勢の変転が大きいと感じる。そこで気分転換に人の碁を観戦した。自分よりわずかに棋力の上らしいペアを選ぶ。感心するのは二人とも乱暴な手を打たず息の長い碁に持っていこうとする姿勢だ。さしたる妙手もないが、私ならうっかりするところを細心の注意で隙なく打ち進めていく。そうは言っても私とそれほど力の違わぬ二人だから明らかな緩着も出る。それなりに波瀾に富んだ寄せを打って終局したが、多分この二人は常時比較的に安定した勝負をするだろうと思った。自分の碁を省みるに着手を選ぶ時にツムジ曲がりで相手が考えていないだろう手から考える傾向があり、当り外れが大きい。仕事じゃないんだからあまりソツのない手ばかり打っては詰まらないとも思うが、本日の観戦でもう少し堅い打ち方をすべきと反省した。もう一点は優勢と感ずると最善手の追及よりはゲームの収束に向けて逃げ込みたくなる。エネルギの消耗を惜しむ必要はないのだから勝ち戦鬼の如しという打ち方をしたい。
<国連> 独立か従属かを選ぶ選挙を国連が管理し78%強が前者を選んだ東テイモールで、独立反対派の民兵による無差別殺戮と住居の焼討ちが始まった。インドネシア国軍は見て見ぬふりをしている。いずれ国連が何らかの形で介入するのだろうが、見通しは容易には立たないだろう。旧ユーゴ国内の紛争への国連の介入も最近コソボ地域でのアルバニア系住民の大量殺戮と国連の進駐後のセルビア系住民への報復をコントロールできないできている。当事者たちは民族・宗教などの異なる対峙者を決して安堵し許すことのできない心情を抱き、その不信を除くために命をかけるのっぴきならぬ境地にある。このようなことは予測できることだから介入前に当事者たちが対立抗争を控えるように思想的な基盤に十分な下工作を行うべきではなかったか。現状は国連が介入しない場合以上の死者と多くの人々の不幸を招来している。それこそ国連のレゾンテートルが問われる事態だ。
<百日紅> サルスベリを百日紅と記すことは以前から知っていたが、今年は車での病院通いのほかは外出もできず毎日庭を眺める中で6月末から咲き始めたピンクの花が9月も半ばを越える現在まで健気に咲き続けるのに百日の長さを実感した。それは丁度左足中指に血栓ができ、痛みに耐えて暮らす日時の長さとほぼマッチしたからだ。花が盛りを過ぎて勢いを失ってきた今日この頃痛みの方もようやく収束に向かっている。血栓の本来の原因となった血小板の過大な状況の改善は朝夕の薬の服用にも関わらずまだハッキリしない。然しとにかくこの痛みから解放される有難さは何物にも代え難い。

<川柳> インターネットの毎日新聞に川柳の欄がある。休日を除き毎日1ダースほどの新しい作品群が紹介される。これを覗いてみるとそこには和歌や俳句の生真面目さとは全く別の、気楽な庶民の日常の一寸した感慨が披露されていて気が休まる。深く考える必要のない世界で気に入った。最近の作品の中から気まぐれ半分で3点紹介する。
友がみな携帯もっていて便利
孫うたう祖母うたいだす母うたう
読み書きも出来ない孫にゲーム負け
<山の巡礼> N.H.K.「地球に好奇心」で「試練の巡礼 大峡谷を行く」と題して中国雲南省の奥地、ヒマラヤの横断山脈の標高7000Mに近くチベット教の聖地とされる秀麗な梅里雪山(メイリシェイシャン)を眼近に望む300KMの巡礼コースを60歳を越えた初老の男と9歳の孫が挑む2週間を紹介した。彼等の故郷は標高2600Mの山地で険しい傾斜地の段々畑に大麦を栽培している。巡礼のコースは標高4800Mを頂点にいくつもの富士山をはるかに越える高さの峠と灼熱の乾燥地帯である標高1700Mの谷を巡る。苦難に耐えた者に来世につながる幸せが来るという信仰に基づき一生に一度か二度の挑戦だ。峠を越える強行軍のために昼食抜きの登山の途中でも石を積み神に祈る。頂上では竿に色とりどりの旗をくくりつけ、五体投地でまた祈る。疲れた時の食事はバター茶と麦こがしだ。途中の竹林で竹を伐り杖を作る。これは最後まで持ち帰って家宝にする。この慣れぬ厳しい環境に付き従った日本人のカメラマンの苦労も察して余りある。一度は体調を崩したが始終明るい笑顔で歩き通した少年と、それをかばい気圧の低い高地で血圧の上昇に気遣う医者に対しこの巡礼で命を落としても本望だと頑張る初老の男。私は心からこの素朴なチベットの人たちを愛する。遥か祖先は彼らとつながっていると半ば信じている。
<ペインクリニック> 3ヶ月ほど前になるが、左足中指の血栓による痛みに悩まされて通い始めた総合病院の血液内科による投薬治療だけではとても短期日で埒があかないと考え、インターネットで見付けたペインクリニックの案内に溺れるものは藁をも掴むの心境でE−メールで自分の症状を説明し相談をもちかけた。結局その医師の勤める五反田の病院に3日間入院し腰部交換神経ブロックという施術を受けた。レントゲンで覗きこみながら腰椎の狭い箇所にアルコール液を注入する。説明によると痛みは一旦発生すると神経節から絶え間なく脳に信号を送り続けるが、これをブロック(遮断)して症状をやわらげるもので、半年ぐらい効果が持続すると言う。ペインクリニックというのは医療の現場ではまだ十分認知されているとはいえない部門で、たまたま私が退院した日から年1回のペインクリニック学会が開催され、その病院から学会長が出ていてまた私の施療に当った医師はその病院の同会メンバーNO.3なのだが、同じ病院の中の他の科からもまだ十分に理解されていないとこぼされた。直接病患を治療するのでなく患者の苦痛を和らげるために力をつくすのが目的だという。ペインクリニック科の同室になった老人はギックリ腰で脊椎を痛め軽度のブロック施療を受けていたが、鎮痛効果は数時間しか持続せず所詮これはまやかしだと批判的で、整形外科で手術を受けるしかないとそちらへ移って行った。私も施術を受けた当日は患部を消毒しても痛みを感じずこれは助かると思っていたら、退院の翌日に足を踏みしめる際の痛みが復活し1週後には消毒時の痛みも以前と変らなくなった。それにも増して参ったのは左そけい部痙攣が発生し1日あまりのたうちまわった挙句、左腰に痛みが残り数日間は寝床で寝られず安楽椅子で夜を過ごすはめになったことだ。これは明らかにペインクリニック施術の後遺症だ。昼間今まで座っていたパソコンの椅子が腰の痛みのために使えなくなった。腰と足先の二重苦になってしまった。約3週間で腰の痛みが去り、その後足先の痛みも徐々にではあるが軽減して鎮痛剤の服用回数が1日4回から3回、2回、1回と減らせるようになった。1週に1回皮膚科に通院して消毒してもらうが、こちらの痛みは軽くなったもののまだ残っている。この状況でも或いはここへきてペインクリニックの効果がようやく出始めたのかとお人よしにも思ってしまう。医療技術も発展途上なのだろう。
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