
<独占> 米マイクロソフト社に対する反トラスト法訴訟で、米ワシントン連邦地裁は5日(米国時間)、同社がパソコンのOS分野で独占状態にあり、これを利用した反競争的な行為で消費者の利益を損ねた、とする事実認定を公表した。判決は来年早々にも下される見込みだが、司法省側の主張を全面的に認めた内容で、事実上のマイクロソフト敗訴となるという。毎日デイリーニュース経由で入手した事実認定書は7章412項207ページからなる詳細なもので、全文に目を通すのは容易でないが、この業界のこれまでの経緯も含めた実情の解説から説き起し、如何に独占の影響が大きいかを説き下す長文に執筆者の執念を感じる。論文は同社が如何にしてOS分野で実質的に独占状況を実現したか(どうもこの件に関しては告発の主題ではないらしい)に始まり、Middleware(OSとは異なる API)分野でNetscape社のインターネットの閲覧手段とSun社のJavaへの対応にその主力を置いている。前者についてはマイクロソフト社はInternet ExplorerをOSに強制的に無料添付し、後者については多面的に競争障壁排除防止の手段を講じたと主張し同社を論難する。率直に言うと私はビル・ゲイツという男を嫌いではないが、彼は幾多の障害をこれまで乗り越えた聡明さと政治力で今度も徹底的に痛めつけられることなく乗り切るのではないかと思う。
<2000年問題> このタイトルの意味するところを知らぬ人は今や日本では稀有ではないだろうか。確かにコンピュータソフト技術に関わる対応は心配過ぎるほどで丁度良いかも知れないが、もうそろそろ卒業してもよいのではないか。最近米クリントン大統領が米政府機関に関わる分野でもう心配はないだろうと述べた勇気に好感をもった。日本の政治家はまずこういうことは言わないだろう。正月前には皆日用品を買置きしてパニックを防げとついこの間誰か偉い人が真面目に言っていた。大きな不幸や災害は予測していないところで起きる。家内は正月2日から国内旅行したいと言う。多分空いていていいだろう。

<陽と陰> NHKの朝ドラはいや応なく見てしまうが、今「雲のじゅうたん」というのをやっている。浅茅陽子主演で実は20年以上前に放映されたもののリヴァイバルだ。主人公の単純な一途さは屈折した状況を超えて明るく、気を許して見られる雰囲気がある。新しいものを積極的に取り入れようとする前向きのいわば「陽」の気に満ちているからだ。今日の朝刊一面には来春卒業予定の就職未定者が37万人、内定率は大学で60%高校で40%の過去最悪と報じている。その横には自民税調が退職金所得控除の20年以上の長期優遇を廃止する方向で検討に入ったと記している。ひとつの企業に骨を埋めるなんていうのは時代遅れになるわけだ。それならそれでもいいが、新しい時代を支える誰にも納得できる思想があるか。教育現場の荒廃とか少子化とか親による児童虐待の増加とか、近年の日本には資本主義の行き詰まりとも見られる「陰」の気が増してきた。
<常備薬> 11月も半ばと言うのにまだ日中暑いと言った方がよい日が続き、皆さんから頂くメールにもそのようなご挨拶が多い。お蔭で蚊が未だに跳梁し、いつのまにか屋内に侵入して黙って刺す。刺された跡と思うのだが夜ほっぺたが痛痒くて度々目が醒める。昼間これを思い出し、ほっぺたにオロナイン軟膏を薄く塗ったところ、夜の悩みはスッキリ収まった。世の中新製品がやたらに喧伝されるが、実効のあるものは少なくじきに淘汰される。大塚製薬のオロナイン軟膏は昔から愛用している数少ない家庭常備薬だ。容器の中の軟膏は一度に使う量が少ないから永くもつし変質しないようで5年以上買い換えていない。私は世話になっていないが、富山の薬売りというのも同じ類かもしれない。新しいもの好きということもあるが、人間の本質は変らぬ良いものを求める。
<ロケット> 「H2ロケットまた失敗」と新聞1面に大きく報道されてしまった。種子島宇宙センターから発射された第1段ロケットが計画より107秒早く停止し、宇宙開発事業団は8分後に第2段の自爆を指令した。純国産ロボットで追跡管制まで含めた総事業費は340億円という。科学技術庁は東海村J.C.O.社の臨界事故に続く失態と論難されている。素人がこういう場で言及することは関係者に対しては不謹慎ではあるが、まだ諦めるわけにはいかないそうなのであえて一言書かせてもらうと、一発勝負のロケットは自動車などの量産品とは全く異なる品質管理手法が必要だが、組織全体にそのような仕組みができあがっていなかったのではないだろうか。徒らにお役所的な管理を積み重ねるのでなく、故障を許さぬ製品の製造・運用に必要な品質工学体系をまず完成することだ。それを基にどこか1社が責任を負ってやると多分うまくいくだろう(無責任居士の言)。

<老年> マルコム・カウリーの「八十路から眺めれば」を読んでいる。老人だけの愉しみとして、ただじっと座っている。このときのえもいわれぬ怠惰の味は、老年以前には滅多にあじわえないものであると。男は人生の戦いを超越している、というより戦いの局外に立っている。遠くから戦っている男たち女たちの競い合う気配が伝わってくるが、どうしてあんなに戦うのだろう、勝ったところで死亡記事が少しばかり長めになるだけなのにと。確かに誰でも死後はここまでも来れないのだから、余裕をもって死を考えることができるのは結構なことだ。またカウリーは説く。農耕社会では老人の仕事が絶えることはないので通常は老人はよい待遇を受けるが、狩猟採取民は長い距離を移動しなければならないので足手纏いになる老人はしばしば置き去りにされると。確かにそうだろう。私のような身体障害者は狩猟民族社会だったら老人になる前にスンナリ見捨てられたに違いない。
<マスコミ> この頃気に入らないマスコミの姿勢は、世の中で行き過ぎて目立つことがあり、これはネタになるとなると、テレビも新聞も束になってこれでもかとばかり連日報道することだ。日榮商工の借金取立ての苛烈さが話題になった。これは流石に度を過ぎたようだが、一方で大手の銀行が大口の貸出し金を回収不能のまま不良資産として処理し、国から多額の資金援助を受けているのは見て見ぬ振りをしているように思われる。神奈川県警の身内をかばう体質もこれでもかと攻めたてる。他だって似たようなことがあるのだろうが。未だに日本では「皆で渡れば怖くない」が形を変えてアチコチで流行る。先日ソニーの盛田昭夫氏の葬儀が盛大に行われたが、私は全く日本的でなくわが道を行くソニーの社風を心から愛する。
<パソコンのトラブル> 毎日新聞が情報通信関係の日刊ニュースをメールで配信してくれる。その中に本日の主題とでもいうべき論説欄があり、「トラブルたずねて三千里」という題でMACを使用している企業と契約してトラブルは何でも引き受けますと活躍している人の苦心談が時々載るので、興味をもって読んでいた。ところが編集形態が変わりこのテーマの記載頻度が3週に1度と減ってしまったので、ご意見欄を利用して掲題について以下の意見をメールで送信した。 ―昨今パソコンに親しむ需要層が急増しましたが、大部分の人が家庭であるいは職場でさまざまなトラブルに遭遇し、バカチョンでも使えるパソコンとは程遠いのが現状と思います。この手のトラブルの多さに着目し、その解決の方法を探るのも報道の大きな使命と存じます。できればMACだけでなくこの種の問題に奮闘されている方の手記を頻度多く取上げてください。― 目下のところ馬耳東風で聞き流されている。

<戦争> 毎日新聞のコラム欄。最近学生が研究室で先生にこう言ったという。「私達戦争を体験した人がうらやましい。だって戦争を体験した人たちが自分の思い出を語るとき、すごく楽しそうじゃないですか。いろんなことを生き生き語っている。私達にはそんな風に語るものが無いんです」と。平和ボケなどというがこれはそんなものではない。人の歴史は至るところで戦争に彩られている。環境がどう変ろうと人間に永久平和は所詮守れるわけがない。それはまさしく人の業である。
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