
<マイクロソフト> マイクロソフト社を米司法省と20の州が訴えた裁判の一審判決が出た。
判決は、まずウインドウズがPC(インテル互換機)の95%以上のシェアを占めるOS市場独占状態にあり、参入障壁が作られていることを認定した。
そのうえで、「ネットスケープ・ナビゲーターや、OSに依存しないJavaなどの技術に脅威を感じ、開かれた市場で競争することを阻止」「OEM(パソコンメーカー)を拘束し、すべてのウインドウズPCにインターネット・エクスプローラー(IE)を搭載させ、プロバイダーには利益誘導や制限などでIEの使用を増やさせ、反競争的な方法でナビゲーターを追放することに成功した」。また、「ウインドウズとIEの統合には技術的な必要はなく、IEの占有率を獲得するまで競争を抑えようとした結果」とした。
ユーザーの一人として私はマイクロソフト社の提供するソフトの利便を享受している一方で、以前に5年以上にわたりマックのユニークな世界を重宝してきた立場からはOSならびに各種のアプリケーション・ソフトが自由に選択できない現状にかなりな不満を持っている。自宅に新しいパソコンを導入するにあたり、外部とのコミュニケーションが不可欠であったためにウインドウズをなかば強制的に選択させられた。その意味で今回の判決は歓迎だがマイクロソフト社は控訴をするようだし、我々の利用環境に大きい変革が及ぶにはまだ2年ぐらいはかかりそうだ。
<涙> 青木官房長官が再度の小渕首相の入院先訪問から戻っての記者会見で脳梗塞で昏睡状態にある首相をそのままに政治の空白を作ることはできないと、首相代行として内閣総辞職の決定を告げた後感想を求められて、小渕内閣がさまざまな課題に取り組みながら解決の見通しがハッキリしない内に急遽終焉を迎えることと、あれだけ熱意を燃やしていた沖縄サミットに首相として参加できないのは残念であると述べ、右目にうっすらと涙を浮かべた。テレビのカメラは無情にかつ執拗に長官の表情を追い続けるが、涙はそれ以上増えず長官はまたそれを拭おうともせず次ぎの質問に答え続けたのは流石であった。小沢自由党との連携解消を決めた直後深夜の総理の急な発病は一見健康そうに見えたが実は思うに任せぬ現実にさいなまれていたらしい事と人間一寸先は闇を強く印象付けた。
<月進年歩> 日課の散歩は足の血栓による中断はあったが始めてからやがて2年になる。身体障害による脚腰の硬直と戦いながらというハンデイはあるが、毎日規則的に行っているのでそれなりの進歩はある。ただしその度合いは歳のせいもあるのだろうが人には察しられないほど緩慢で、日進月歩という言葉があるが、私の場合月進年歩というのが適当だなと今日歩きながら思った。テレビの「試して合点」という番組で健康の基は歩くこととして、歩くときはダラダラと緩慢にではなく大股に脚を伸ばして歩くと下半身の血行がよくなる、心臓だけでなく脚の筋肉の伸縮が静脈の逆止弁と相俟って血流にポンプ作用をするのだという話を聞いた。私も以前からピッチや歩幅は小さいがなるべく股を開いて歩くように努めていて、この話に我が意を得た思いがしたが、このところ脚が痛まずに持続できる距離が少しづつ増してきた。残念ながら心臓の動悸が強くなったり呼吸が荒くなるような激しい運動はしたくてもできない。

<第3国人> 石原都知事の自衛隊での挨拶が問題になった。最近不法入国した第3国人が次々と凶悪犯罪を犯している、事と次第によっては鎮圧のために自衛隊の出動を願わなければならないかもしれないとの発言で、昔を知る人たちには第3国人というのは穏やかならぬ表現だと物議をかもした。私達より年上でなければピンと来ない話だが、出る杭は打たれるということか河野外相と防衛庁長官が不穏当な表現とコメントしたので、都知事の行き先にマスコミがどっと集まった。都知事は改めての記者会見で誤解を招いたのは遺憾で今後は第3国人という言葉は使わないようにすると述べたが、記者の一人が謝罪するか辞任するかと追及すると眼を剥いて論外である、そんな気は毛頭ないと開き直った。同感である。最近は警察や病院、銀行関係で隠していた事実が露見してあちらでもこちらでも記者会見で頭をペコペコ下げるのを見なれてしまった。マスコミも自分等が偉いわけでもないのに問題を起こした相手はマスコミに謝るのが当然と錯覚している。都知事ではないが自分らは何様のつもりかと言いたくなる。それにしても第3国人という語句に特定の国の人を指すようなニュアンスは私にはもう時効になったようにも感ずるが。
<4頭立ての馬車> 「ローマ人の物語」で著者の塩野七生は言う。皇帝の政治はローマ人が最も熱狂した4頭立ての馬車(戦車)を競争で操るようなものだ。なにしろ一頭でも手綱さばきを誤れば戦車は競技場の観客席に激突し戦車も御者も粉々になるのだったと。ローマ皇帝の最大の責務は安全と食の保証である。これを広大なローマ帝国の汎図の中で様々な変動要因を抑えて皇帝独力で軍制と税制を中心に民衆に不満が生じないように維持するのだから並大抵ではない。2000年の昔に総じてよくやったものだ。
<ロケット> 私から在職中に研究を支援してきた後輩のG博士への最近のEメールを少し専門的になり、またやや長文だが以下に載せる。彼はポンプの流れ解析に関する世界的な権威である。
ー4月17日のNHKクローズアップ現代でH2ロケット8号機エンジンの液体水素用軸流型ターボポンプの事故調査報告の一部が発表されました。
報告によるとインペラに発生した旋回キャビテーションがポンプ上流のベンド部に伸びて発達し、通常(入り口部にベンドがないポンプ)の発生はするが実害のない範囲を大きく超えて、ベンドとインペラの間で破壊的な自励振動を起こした模様です。
構造図を見るとポンプ直前の曲管は相当に乱暴な設計になっていて2枚の整流板はあるものの、曲率は最大で外形は角張ってなめらかなベンドさえ使っていない。大体ポンプ上流側のベンドは10d(dは管径)離してもかなりの影響を免れないというのに配置上の制約があるにしてもポンプ直前に設けるとは無神経もいいところです。
よくあることですがフランジで区切られたポンプと称する機械部分については綿密なモデルテストを行っているのに、上流の流路については驚くべき無関心が払われています。流路はつながっているのですからこのケースでは明かに入り口曲管もポンプの一部として扱わなければならなかったはずです。

<椿> 寒椿という言葉に惑わされたのかも知れないが椿という花は冬の初めに咲くというイメージがある。現実には花冷えの季節も終り本格的な春になる5月の連休直前の今、自宅の純白の椿が多くの蕾をふくらませ次々に清らかに開花している。3月が寒かったせいで後れたのかもしれない。桜を皆さん騒ぐけれど咲き始めの椿は実に美しい。縁が変色してぼとりと落ちるのは残念だが。
<二芸> なかにし礼という人は著名な作詞家で、現代よく唄われる日本の歌謡曲の1/3は彼の手によるものだという。美空ひばりの晩年の名曲「塩屋の岬」もひばりが彼に頼んだものという。私でも名は知っていたのだから日本人で彼を知らぬ人は半分以下だろう。その人が「長崎ぶらぶら節」という小説を書いてこの度直木賞を受賞した。女優吉永さゆり主演で映画化されると。インタビューを受けるこの人の態度にはおごりのようなものが全く見られず淡々としていたが、同じもの書きでも歌詞と小説では180度違うのだと説いていた。それはそうだろう。人間ひとつうまく行けば大体慢心してしまうが、この人は還暦を大きく越えてから新しいジャンルに挑戦し見事に二芸をものにした。エネルギッシュな顔はしていないが人生に貪欲なのだろう。そうでなければそんなに沢山のヒット曲を作ること自体不可能だ。無条件で敬意を表する。

<ものつくり大学> 梅原 猛が文春に来年4月埼玉県でスタートするという「ものつくり大学」の構想を書いている。当初発案した労働省あたりでは国際技能工芸大学という名称を用意したらしいが、初代総長を勤められる梅原氏は日本の伝統であるものづくりを復活するためには漢字でなく大和言葉がふさわしいと強く関係者を説得した。氏はトヨタの技術の基礎を作り品質管理の思想を導入した梅原半二の息子として、父の期待に反して哲学者になった75歳の今日、今のままでは日本の技術力の根底が崩れるとこの事業に情熱を傾ける。記憶力ばかりが重視される今の偏差値教育とその成果を試すような入学試験を廃し、好奇心・想像力・耐久心・周囲への思いやりなどすぐれたものづくりを生み出す資質を選別するための入試と育成のための授業のありかたを熱心に考えている。近頃は技能オリンピックも日本はすっかり弱くなってしまったが巻き返しなるか、またこれを契機に頽廃の感さえある現代日本の価値観の改革に成功するか、二度も癌を患い老齢の氏の意図を継承する人が一人でも多く現れることをひそかに期待する。