6月の話題


2000年6月


<遺書> 昨年初夏の足指血栓以来通い続けている病院の血液内科で不治の動脈硬化症と宣せられ、連続服用を命じられている複数種の薬以外には方策はないと断じられてしまった。退職後母への絵葉書投函を兼ねて続けている健康保持のための毎日の散歩で一時は歩行距離を少し延ばしたが、散歩の後半で急に脚が痛くなり歩行を続けるのが困難になるので、医者に相談したら運動で酸素補給のために血液の流れを増そうとすると血管の断面積が減っていて痛みが出るので無理をしてはいけないと言われた。今週に入ってその痛みの度合いが強まり、ことによると小渕前首相のように突然脳血栓で仆れるかもしれないと考えて遺書を書いた。といっても内容は平凡で、意識がなくなり回復の望みがない場合には延命治療を一切しないでくれというものだ。死んでも死にきれない生への執着などないが、今のところ脚や手指の先のしびれはあっても頭脳の方は冴えている感じでまだ寿命が来た気はしない。

<日本画家> 鎌倉の建長寺に2年以上の歳月をかけて龍の天井絵を奉納したという日本画家にN.H.K.の加賀美幸子アナが語らせる。名は小泉淳作。一見龍のような恐ろしげな顔だが語る内容は極めて尤もで芸術家というのが決して特殊な人種でないことを思い知らせてくれた。芸大を出たけれど自信など全くなかった。若い内はトンでもはねても名作などはできなかった。天才でない人間にできるのは努力だけ。その内に水墨画を画きたいと思っていた。ある日突然、今画かないでいつ画くのだと思った。夢中でやっているうちに間口を広げればいつの間にか奥行きも延びる。絵を画くのと文を書くのでは頭脳の働く箇所が違う。今は何でもやりたいと言う。こう悟った頃には得てして身体が利かなくなるものだが彼はまだ意気軒昂である。

<ユダヤ戦記> フラヴィウス・ヨセフスという約2000年前に生きたユダヤ人が如何にしてユダヤの同胞たちがエルサレムでローマ軍に攻め滅ぼされたかを当事者として詳しく綴った。山本七平氏(故人)の強い遺志で最近邦訳された表題の全三巻を読了した。シーザー、アウグストスと続いた名皇帝の後のローマ帝国の政治の混乱に乗ずる形で、ギリシャ人との長期にわたる抗争もありユダヤ人たちは民族の自立心を抑えがたく、ペルシャの近傍まで拡大していた帝国の版図を覆す挙に出た。しかしすぐれた指導者が老死した後、内部抗争が激化し著者ヨセフスもローマ軍を相手に奮戦するが力及ばず九死に一生を得てローマ軍に付く。その後ユダヤ人たちは攻め立てられてついに難攻不落と称された城壁に守られたエルサレムの都に追い詰められた。ローマ軍の組織的な攻撃の前に8ヶ月で陥落したが、戦争の勃発から終結までの捕虜9万7千、死者は110万に達した。犠牲がかくも多かったのはユダヤ人たちが仲間内からの投降者を許さず、著者も城壁前で必死に説得したが却って裏切り者と罵られ、選民思想からか集団自殺さえ選んだからだ。この事件は世界的宗教(ユダヤ教)発生の背景になったと言う。またこれを読むと第二次大戦末期の日本の状景が想起される。原爆と昭和天皇の決断がなければ沖縄に次いで日本民族はこの二の舞をやらかしただろう。人間は歴史から学べそうでいて敢えて前車の轍を踏むのだ。

<世界最強> 15日のクローズアップ現代は"世界最強のビジネスウーマン"としてH.P.の社長(氏名を控えそこなった)を紹介した。見るからに賢そうな美人で対応に隙がなく、明晰で実に快い発音の英語を話す。スマートな体形で若くエネルギッシュで実に健康そうだ。社員誰からもEメールを受け取り目を通し必要な回答をする。自家用ジェット機で世界を飛び回り全社員に方針を伝え理解させ、必要な人と会う。彼女の口からは敵を知り己を知らば百戦危うからずと言う自信がほとばしりでる。パソコンプリンタ主力だけの会社だったのを世界中で進むIT革命に乗遅れないように変身したいと言う。人材の活用を図る。すべての部門に背伸びをしてやっと届くような目標を設定する。社員の目の色が変わってくる。これは軽視できない会社になるなと思ったら早速毎日デイリーニュースに次の記事が出た。
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     HP、ソフトバンクと提携して日本の家庭向けPC市場本格参入
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 米ヒューレット・パッカード(HP)とソフトバンクグループは15日、パソコンなど情報機器のコンシューマー向け販売で提携し、日本でオンライン販売を行う合弁会社を設立すると発表した。米国の家庭向けパソコン販売でトップのHPの日本市場本格参入となる。ソフトバンクのブランドと電子商取引のノウハウ、HPの製品、ソリューションを結び付けるもの。また新会社設立に先立ち、19日からHPのパソコン、インターネット接続、サポートをセットにした月額低料金サービスを発売する。
 家庭のパソコンをめぐる厄介な諸問題にどこまで解決策が出せるか見ものだ。

<論文作成法> 機械学会誌6月号の表紙にパソコン操作手順の一部を示す具体的なタグが印刷してあり、何だろうとページをめくったらM.S.WORDを使った論文作成方法と称していわゆるD.T.P.用に論文の版下作成方法の詳細を記した講座が載っている。最近はほとんどの人がワープロで原稿作成をするから、不特定多数の人の文書をまとめて扱う事務に関わる人にとってこのような取り決めは極めて有効且つ不可欠の事項になるだろう。学会誌にこういうことを載せることに一瞬違和感を覚えたが、考えてみれば至極尤もである。8ページにわたって書いてあるからこの種の内容は意外に簡単ではない事が分かる。読んでみて我が意を得たりと思ったのは、WORDのお節介機能 オートコレクト機能を解除するということだ。私などこの年になって大げさな論文など書くことはないが、このような随筆を書いていても例えばある箇所で@、Aという記号を使ったらその後自動的に継続番号が文頭に付いて、もう必要ない箇所なのに消去できず慌てた。「ツール」の設定のところを修正すればよいということだが、デフォルトでそういう馬鹿な設定がなされていることはやはりけしからん。大体自動的に作動する仕組みなどはうまく機能する自信がないかぎり最小限にすべきなのだ。

<トレッキング> オセアニア・トレッキング紀行と称して衛星テレビが4晩にわたり1時間半の番組を組んだ。ニュージランド南島に田中好子、タスマニアに伊達公子、オーストラリア本島に国生さおり、ニュージランド北島に松田みゆき。いずれも地元に詳しい日本語の堪能な山のベテランがアテンドし、1日20KM近くの山道を4〜5日頑張った。いくら若くて健康でも日ごろ親しんでいない上り下りの激しい山道と慣れない山小屋での寝泊りと常に撮影対象になっている気苦労は4人の女性たちにとって相当な負担だっただろう。人口の濃密な他の世界の地域と異なり人の手が加わらない自然が至るところにそのまま残り、また隔絶した環境に守られた独自の生態系が物珍しい風景を展開する。観ている方は気楽だが1日中歩く方は脚は棒のようになり痛くて次第に景色どころではなくなる。その日のゴールに到達すると皆大きな歓声を挙げる。旅を終えた女性たちは来て良かったと言いながら静かに涙を流していたのが印象的だった。例外は伊達公子でテニスのツアで鍛えただけあって、使う筋肉が全く違うと言いながらも細い眼で常に微笑していた。歩行が思うに任せない身にとってN.H.K.のこの種の番組は実に有難い。

<ノーハウ集> 最近めっきり物覚えが悪くなり、折角重宝な知識を入手しても右から左へと忘れてしまうので、パソコンの一角に入手した情報手段をノーハウ集として蓄積することにした。必要に応じまた思いつくままに書き込んだ当面の内容をテーマだけ記すと次のようになる。 画像取込ソフト・画像形式の変換法・内容証明郵便・イメージ画像取込・自己解凍ファイルの作成・広帯域通信技術・文字入力法・イソップ(K.J.法)・M.S.WORD ・文字化け。 雑然としたものだが、目次を作って時々見直してみると、体系化できてもう少し役に立つものになるかもしれない。心がけるべきは作ったことも忘れてアチコチにノーハウ集を作らぬことだ。

<トルコ> ボスボラス海峡を隔ててヨーロッパとアジアが間近に対峙するイスタンブールからの風景を初めて衛星放送で観た。1453年のオスマントルコによるコンスタンテイノーブルの陥落を知識としては知っていたが、人口920万人の大都市、6世紀に建立されたアヤソフィア(大聖堂)、緑豊かなトプカプ宮殿を見て、百聞は一見にしかずとつくづく思った。西安からはるばる1万kmに達するシルクロードのヨーロッパへの入り口と言われ、黒海と地中海をつなぐ細い海峡を多数の船が往来し、上方にはそれをまたぐ立派な吊り橋を切れ目なく自動車が往来するのを見る時、歴史の重みをこれほど感じさせてくれる場所を他に知らないと言いたくなるような感慨を覚えた。この嘗てのビザンチン帝国の首都を離れて東方へ踏み込むと昔と変わらず羊の群れを追う遊牧民や岩山をくりぬいて住む人たち、馬を疾駆して争う闘技に興ずる男たちや、遥か遠い地域に関わらず相貌に類似性もあって日本人に親近感をもつ国民性が紹介された。それこそシルクロードの交流のたまものだろうか。心なしか長い日時を費やして織ったじゅうたんを敷いて1日5回礼拝を繰り返すイスラム教にもほんの少し親近感を覚えるようになった。

<慎太郎> 文芸春秋を毎月何気なく読み流していたが、このところ巻末に近く石原慎太郎が「わが人生の時の人々」を連載しているのに気付いた。その内に彼の政治家としての後半生に関わる人々が出てくるのだろうが、いまのところ若くして文壇の仲間に加えてもらった頃の見聞録が主体だ。文人という、会社に勤めるサラリーマンとは異なる人種の直接執筆に関わる以外の言動を側面から眺めるのは興味深い。どこの社会でも人が受け入れられてその中で一定の地位を得るまでには紆余曲折があるものだ。彼の場合始めから若い割に反感をもたれなかったようだが、ある時酒席で大先輩にいじめられている新入りの作家をかばったことで一人前の仲間として皆の無言の評価を受けるようになったらしいことが書いてある。人間臭さとは個性のことだ。個性のない人間なんて毒にも薬にもならない。折角この世に生を受けて多くの人の迷惑にならない程度の個性を発揮しなければ詰まらないではないか。今度の衆議院選挙はカリスマ性のある人物不足で盛り上がらなかった。彼が予め然るべく手を打って一党を率いたら大分様相が変わったとは思うが、一方で本来作家であるこの人は都知事ぐらいで収まっているのが幸せに一生を終えることにつながるだろう。その内に誰かに担ぎ出されることにならいように同じ世代の彼のために望む。


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