8月の話題


2000年8月


<イルカ> 作業中に画面右上に青いイルカが左を向いて現れることに気が付いた。ファイルに書き込んでいると時折目をパチクリしているし、作業が済んでファイルを上書き保存するとイルカの左下に箱が現れ蓋が開いて中身が箱の中に入って蓋が閉じるのをイルカが確認する如き動作が続く。作業を中断している間もずっとじっとしているわけではなく時折後ろを向いたり前を向いたりする。魚体をしなやかにくねらせるのが自然で中々よい。ファイルを閉じるとファイルが画面から消えた後、体をひるがえしケヶと鳴いて宙返りをしながら画面奥に小さくなって消えていく。この青いイルカが現れるのは今回新たに入れ替えたMicrosoftのWORD2000、EXCEL2000、OUTLOOK2000のファイル処理を行うときと分かった。ファイルを開いた瞬間に出現するのではなく、一拍おいてからチチと小さく鳴いて出てきて、ファイル処理への対応動作も毎回同じとは限らない。Microsoftのプログラムにはお節介機能が多く日頃から不満をもっているが、この青いイルカはロボットとして愛嬌があって気に入った。イルカをクリックすると「何について調べますか」という例の役に立たない質問箱が現れるのは少々興醒めだが。

<夾竹桃> 今年も8月6日の原爆記念日になり、広島では例年の如く暑い朝日の下での黙祷が行われた。この時期の広島記念公園は夾竹桃の花が咲き夏の盛りを実感させるが、私にとっては何度となく通った東京都下水道局三河島処理場の敷地一杯に咲くこのピンクの花の思い出と自然に重なる。歴史を実感させる古いポンプ場があって、毎年夏になると改造修理の注文が出るのでそれに応じてポンプの分解点検調査をするわけで、畠山即翁が往時みずから手がけた鶴が首をもたげたようなポンプもスケッチの対象にした。ポンプ場の床に青図を裏返して広げ、部品のスケッチ図を作るわけだが、会社へ帰ってこの図面を机に広げるとほのかに匂うのを思い出した。同じ8月6日恒例のコンサートをさだまさしが長崎で開いている。今年は加山雄三のほかに小林幸子を招いた。二人ともけれんみのない好ましい歌手だ。さだまさし独特の語り歌いは会場に多分毎年聴きにきているのであろう多くは年配のご婦人方の満ち足りた共感の表情に迎えられていた。人間皆こうして年をとっていく。

<プリンタの発色> 母が楽しみにしている私製の絵葉書のストックが乏しくなったので久々に大量生産(印刷)作業を行った。もちろん各種1枚だが、インターネットで入手した画材は風景写真、日本画、油絵など多岐にわたる。雑多で断片的なネタは別として、少しまとまった作品が発表されそれを気に入って利用したい時は、予め作者にメールで事情を述べて了解を取りつけることにしている。ところでプリンタの発色は画面に表示された色調とかなり差異がある。最も顕著な差異は青空の色で、写真にしろ絵にしろ大体は印刷すると暗く深い藍色になって画面に見る快い晴れた日というムードはなくなってしまう。専門家ならばこの色調調整のノーハウをもっているのだろうが、現在の私にはそれがない。ところが今回扱った作品の中にこの問題点を十分にわきまえた画家のものがあって、主として油絵だが入手したファイルを開くと画面上では淡い色調で空も水も野原も定かには識別困難な部分が、印刷してみると鮮やかで快い色調のコントラストをもって出現する。一部の作品は水彩画でこれに至ってはどれも画面で見る限り全体が淡く気の抜けたものだが、印刷してみると実に好ましい色調の絵になる。実はそれを知らぬ最初は多くの作品の中からごく一部だけを取り込むつもりでいたところ、やってみて途中で止められなくなった。パソコンを意識した画法がここにある。

<徹子の部屋> 東京音楽大学声楽科卒業。テレビ女優第1号。日本人初のユニセフ親善大使。黒柳徹子の「徹子の部屋」は25年続き6500回を超えたという。最近ウイークデイの午後は努めて彼女の番組を覗くことにしている。最初に出演者の最近の話題を一言で明晰に紹介する。訪問者は必ずしも初めてではない場合も多いが、彼女の知友範囲の広さは驚嘆に値する。巧みに話題を訪問客の現在の最大関心事に誘導していくが、相手の立場を考えた言葉遣いに大層気を遣っていて、滅多にトラブルは起こさないだろうと推測する。実に記憶力がよく再度の訪問者については10年以上経過していても肝心なことは細大漏らさず再現する。また訪問客の言いたいことを短い時間の中で巧みに誘導発言させる座談は見事な芸である。民放だから途中で何度もコマーシャルをはさむが、この陰の時間を決して無駄に遣っていないのだろう。視聴者だけでなく出演者をも満足させまた呼んで欲しいと望ませて決してうらみつらみを残さないから、このような他に類を見ない期間の継続が実現できたのだ。彼女の頭脳に蓄えられた記憶の量は日本一ではないかとさえ思う。

<文化大革命> 4半世紀経つと中国に吹き荒れた文革の嵐は多くの人の脳裏から薄れているが、周恩来が中国をその魔の手から救った秘話を始めて知った。中国共産党による支配体制確立後に狂信的な農村改革事業に失敗した毛沢東は、頽勢を挽回すべく妻江青をそそのかし紅衛兵を使って体制派の徹底的な駆逐を試みた。それは丁度カンボジアで時期を前後してクメール・ルージュ(首領はポルポト)が知識人を掃討する大虐殺を行ったのと類似している。延安時代に毛沢東を首領にかつぎあげ自らは裏方になって彼を支える役に徹してきた周恩来は「これは地獄だ、しかし国を救うには自分も地獄に入らなければならない」と述懐したという。江青と紅衛兵の攻撃を避けるために不本意ながら毛語録を携えて改革派側に立つふりをしながら陰ではあらゆる手段を講じて迫害される人々の救済に努めた。それでも一旦動き出した大衆の勢いは容易に止められず、劉少奇は拷問で虐殺され、周の娘も殺された。ケ小平も迫害され僻地に追放された。中南海の簡素な執務室で周恩来は不眠に近い働きを続け、次々に手を打った。米大統領ニクソンに次ぎ、田中角栄首相を招き米、日と国交を回復した。日本からの賠償放棄を決めた。目の上のこぶと付け狙う江青の要請には毛沢東も若い頃から一途に支えてくれただけに流石に首を縦に振らなかったが、激務の連続のためか周恩来は膀胱癌にかかった。17回の手術を受けたというが、その間毛沢東の僅かな気変わりを捉えてケ小平を中央に呼び戻し後事を託した。国民は皆知っている。1976年1月8日77歳で死去した周恩来は国父とあがめられ、葬儀は人民広場での大集会に発展し、出席した江青は民衆の「江青、帽子をとれ!」の合唱を受けたと言う。毛沢東の死後1月を経ずして江青が逮捕されたことは周知のとおりである。20才に満たぬころ東京に学び日本人と共感をもったという周恩来の業績に深甚な敬意を捧げる。

<俳句と随筆> 森内俊雄著「短編歳時記」を読む。百篇にわたる随筆に俳人遠藤若狭男選出の俳句をタイトルとして付けてある。一文が3〜4ページで全体を四季に分けて配置してある。著者は序文でどうか気ままに、順を追わないで読んでくださいと書いている。根が素直だから本を机の脇において言われるように気の向くままに拾い読みした。これは能率が悪く同じ箇所を何度も読むしそれでいて全部目を通すのに凡そ半年かかった。総じてこの随筆は人生というものはこういうものだよと手を変え品を変えて詠ずる詩のように感じられた。夢の話が何度も出てくる。タイトルの俳句がまた一句ごとに大層骨のあるもので、著者が文の内容に則して詠ったのとは異なり吟じた人は本来全く異なる状況で生んだものだけに、選者がその句に惚れこみどこかに文との共通性を見出したことは確かだが、違和感を払拭できぬ場合が多いことはやむをえない。何度も手に取ってみてこういう文芸形態は子供にはおよそ向かない、老境に入った暇人がはじめてその値打ちを味わう資格を辛うじて得ると悟った。巻末で選者が述べているようにタイトルに選ばれた百句はいずれも秀逸で、後ろに従えた文章とは切り離して味わえる重みを持っていると感じさせられた。無理に一句選ぶと 朴の花しばらくありて風渡る

<先見性> 国会での金融再生委員会がらみの論議がテレビでも流されるが、これを見ていると何ともやりきれない気分になる。無責任な筋がいくら勝手なことを言っても、バブルの時期に高い価額の土地を担保に多額の資金を借り入れたゼネコンや貸し出した銀行業は共に動きが取れなくなっている。乱立している銀行の経営を建て直すような抜本策(例えば銀行員の給与を半減するような)も採らずに興銀、日債銀を公的資金で救済している。挙句の果てには私企業の経営破綻まで税金で次々と処理する結果になる恐れが出てきた。元はといえばバブルの折の土地価額の上昇を政府・日銀・大蔵省などが悪とみなして徹底的に抑え込もうとしたことに端を発している。どういう道徳律かとにかく民間の資産を有無を言わさず減らしにかかったのだ。当時の地価の高騰は日本に限る現象だったから世界市場からの目立った反撥もなく、政策の狙いは鮮やかに実現された。その間従来どおりの土地を担保にした資金調達に対する反省は心ある少数の人以外は考えなかったのだから、政策の整合性がないというか、抜けているというか我々経済の素人から見ても理解の枠から外れている。多くの経済人は今まで経験がなかったためにいくら騒いでも日本の土地は騰勢を抑えることはできても大幅に下がることなどないと信じていたらしい。一時下がっても何また上げに転ずるさと思っていたようだ。何と言う先見性のなさか。日本だけは特別だということはない。これで景気が回復するなどあり得るのか。お陰で若い人たちは一層やる気をなくし、厭な事件も頻発するなど世の中暗さを増しそうで心配だ。

<からす> 昨朝雨戸を繰ると向かいの家の屋根の突端に一羽の鴉がいてこちらを見下ろしている。じっと動かない。この2.3日早朝散歩に出かけると頭上でけたたましく鳴く。闘志満々の声でこちらが襲われるのではないかと気になるほどだ。4回ほど鳴くとやや離れたところから別の声が鳴き返す。その応酬がしばらくやまない。はるかかなたで第3の鴉の声が聞こえてくる。彼らは鳴くだけであまり位置を移動しようとしていないようだ。昼間の炎天時はひっそりしているが、この時間は傍若無人である。ところが今朝は全く声がしない。天候は日差しが差し込む前の蒸し暑いどんよりした空であることに昨日も今日も変わりない。どうなっているのか。鴉の交尾期が終わったのか。 付記 その後1週間経ったがひっそりしたままだ。鴉の生態につき研究不足である。


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