
<情報交換の障害> パソコンでの外部の人との情報交換でさまざまな障害に出会う。ある場合は文字化けであり、e−メールの表題だけでなく本文にも発生する。転送された文章はしばしば<>の記号の挿入や行替えの頻発と同じ文の繰り返しがあってすこぶる読みにくいものになる。e−メールに同封したファイルが先方で開けない障害は多い。私の方はWINDOWSで相手がMACだとO.S.やApplication softの関係でうまくいかないことは容易に推測できるが、相手が同じWINDOWSマシンでも同封したプログラムの実行ファイルが開けたり開けなかったりする。今回は私のホームページに掲げた写真が見えないという話があり、その人のアドバイスで画像形式をbmpからjpgに変更したら見えるようになったという。障害は相手の環境の如何なる差異によって問題が生ずるのかよく分らない。多分こういった不便さはほとんどの人が多かれ少なかれ味わっているはずだが、障害発生時のO.S.側での親切な対応が不足している。誰かこの種の問題を徹底研究して本を出版したら売れると思うがご存知の方がいたら教えてください。
<無段変速機> 先日のドキュメント報道で日本精工の技術者が日産自動車と共同で無段変速機を開発する経緯が紹介された。原理は円錐形のローラ4ケを組合わせ押しつける角度を変えることにより原動機側と被動機側の回転速度比を動力伝達中に自由に変えるものだ。troidal CVTと称し省エネに貢献する。機構的には完成されているが問題はローラ自身の材質あるいはローラ表面の被覆材あるいは表面の加工法と接触面の潤滑材で、1978年にスタートして以来十分に信頼できるだけの耐久性を得るためのさまざまな試みがなされた。長期の耐久試験で有望視されていた潤滑油が高温高圧で変質、金属表面を剥ぎ取る事故など様々な試行錯誤の結果、1999年秋日産はこの技術を完成した。VW(独)、GM(米)など多くの自動車メーカがこの技術を買い取って使うことになるだろうという。それにしても開発に要した日時の長さに嘆息したくなる。機械屋にとって夢の技術の実現ではあるが。まだ公表されていない問題があるのかもしれない。
<鍾乳洞> 北米中央部カールスバッド大洞窟探検の報道を観る。全長30km、高低差350m。大昔海底に堆積した巨大な石灰岩塊が地殻変動で隆起し、炭酸ガスの溶けた雨水に侵食されてできた。内部は5.6kmにわたり照明と道路が整備され、車椅子で入れるBIG ROOMという巨大な空間、その奥311m下方に地底湖がある。2000年前の大量の蝙蝠の死骸が腐敗せずに残っている。蝙蝠は亜硫酸ガスの噴出で全滅したらしい。洞窟の壁一面に赤色の微生物が繁殖している。100種以上の新種のバクテリアが発見され、中には乳癌細胞だけを殺すものもいると言う。spider cave という這いつくばってやっと通れる細い孔が無数にあるが、閉所恐怖症の人には無理である。1916年にグアノ(蝙蝠の糞)を大量に採掘したが、あまり有効な肥料にはならなかった。その採掘跡に成長した石筍が85年で僅か2.5cm。人生は短いのだぞ。

<大相撲考> 秋場所に登場する元気盛りの壮年の巨漢たちだが、3人に1人は何か身体に不具合があるように見える。本場所での勝負にこだわる無理な態勢での怪我は止むを得ないと言ってしまえばそれまでだが、一旦傷めると回復に予想以上の月日を要するだけにもう少し何とかならぬかとも思う。また場所間の稽古中の怪我もバカにできない。機械でない身体はちょっとしたはずみで限界を超えてしまうことがある。後から考えると必ず思い当たることがあるはずだ。利口に立ち回るなら無理と思ったら力を抜いてあっさり勝ちを譲る方が大局的には得だろうが、執念がないと陰口を叩かれたくなくて若いうちはどうしても無鉄砲にやってしまう。考えようによっては右肩を傷めた今場所の栃東のように相手を倒した直後にじっと痛みを堪えて土俵に立ち尽くす姿などは当人はとにかく見ている方には如何にも人間らしくていいものでもある。引退した若乃花に言わせればこういう状況を忍耐力と気力で乗り越えて力士は成長するのだと。
<運動能力> 思いついて散歩中に計測してみたら100mに約200歩(もちろん複歩)を要している。因みに一流の短距離ランナーは100mを45歩で走りきるそうだから、コンパスはその1/4以下ということになる。現在500mを歩くのに30分強かかっているので100mは6分=360秒強、凡そランナーの1/40の速度だから、ピッチは約1/10ということになるが、これは他人が見ればとにかく自分ではもうひとつ納得できない。だが考えてみれば鴨居駅前の横断歩道を渡るときに信号に気をつけて対抗方向信号が赤になった途端に人の一歩前を歩き出しても、大幅に人に遅れ毎回交通整理のおじさんのお世話になっているのもこれでは尤もである。運動障害はコンパスより歩行のピッチに如実に出るのだ。棺桶に入る一歩手前ということか。
<水の美> "地球に好奇心"の番組で中国四川省奥地の峡谷にある黄龍という景勝地の紹介があった。近年自動車道路が整備されて行く気さえあれば(高山病に弱い人はダメ)4000mの峠を越えて外部から現地に入れるようになり、1992年に世界自然遺産に登録された。標高3800mから3400mにかけての全長3.6kmの傾斜地に千枚田の如き形状で約3400の池が連なっている。水面は太陽の光を浴びると五彩に光り輝く。周囲には200種以上の薬草も含め珍しい高山植物が生い茂り、見上げれば切り立った石灰岩の白々とした高山が連々と聳え立つ。Calの成分が濃い水で魚は棲まないが、岸辺の緑には昆虫類が豊富にいる。石灰分が木の葉や枯れ枝を次第に固めて高さ数メートルの堰堤を築き、池ごとに微妙に異なる色の独特の景観を造り上げている。高い位置にある五彩池は淡緑、鮮黄、淡青、白、黒を帯びた緑で水面が風に揺れる様はなんとも言えない。標高3600mに立つ黄龍寺という道教の寺院には地元の人たちは漢民族、チベット族などの区別なく拝礼し、祀られている黄龍神人を通してこの自然を心から大切に保存しようとしている。磐梯湖の北の山地にも五色沼があるが、美しさと規模は遠く及ばない。石灰岩が作り上げる景観は鍾乳洞だけではないと思い知った。

<凋落> 読売巨人軍のマジックナンバーが一桁になり、大勢は決まったと思われる昨今だが、桑田が滅多打ちされた。10日ほど前に復活した斎藤が6回を1失点で終えて中継ぎ投手に後を託したとき、走者1塁で3番手に登板した桑田が四球に次ぐホームランを浴びて試合をぶちこわし、勝利投手を逸した斎藤に慰めの肩を叩かれた。その後しばらく登板機会を与えられず久々に休養十分で名誉挽回のはずの出番は、球速もなく球は高めに浮いてコントロールもなく球の切れもないためにヤクルトの各打者に思うように4連打された。表情に全くゆとりがなく1球ごとにやたらに額の汗を拭った。1死も取れず最後は主砲ペタジーニに四球を与えて降板するやベンチにいたたまれず早々にダッグアウトに消えた。満塁の走者を残して去ったあと次の若いピッチャが続く古田を三振、もう一人を内野ゴロと続けて討ち取ったのが対照的だった。背番号18、栄光のチームの嘗てのNO.1の男のあまりにも劇的な終焉を見る思いだった。解説者は救援投手には不向きで先発に戻せばまだメがあるかもしれないと述べたが、対抗した全打者にかすりもしない球が1球もなかった中途半端な球速では気休めにしか聞こえなかった。
<広告> このホームページはご覧の如く広告類は一切掲示していないが、別に純潔を保つなど特別の意図があるわけではない。どこからか忘れたが広告掲載の案内が舞い込んだので話題の一つにはなろうとメールで申しこんだら、1日おいて以下のような審査報告が舞い込んだ。
この度は、バリュークリックジャパンのネットワーク広告の掲載にお申込みいただき誠にありがとうございます。貴サイトを慎重に審査させていただいた結果、貴サイト()が、下記の弊社広告掲載規約の一部の項目に該当するため、誠に残念ながら今回のご登録は見送らせていただきます。
多分最後の項目に該当するのだろう。この生き馬の目をくりぬく世の中で商売をやっている立場からは素人さんのお遊びになどつきあっていられませんというのが本音らしい。
<停電> 台風が北上してくるために前線が刺激されて1日中暗雲がたれこめ驟雨が断続する中で絶えず雷鳴が鳴り響き、外出には危険さえ感ずるような日暮れ近く、ついにどこかの落雷でぶすっと云う音ともに停電した。状況としては執拗な攻撃に守りきれなくなって遂に敵に得点されたゲームのような感じだった。薄暗い日で点けていた室内照明も、シドニーで始まったオリンピックのテレビ放映も、パソコンの画面も、まだ蒸し暑くスイッチを入れていたエアコンも、アイスクリームの入れてある冷蔵庫も一度に全部止まった。外は至って静かで何も物音が聞こえない。こうなるとお手上げだ。平常は電気の利便を享受していながらつい不感症になっているので、こういう目に遭って初めて思い知らされる。ノルマになる仕事はないからいざとなれば早々と就寝すればよいのだが、安楽椅子でひたすら待つうち約1時間で復電した。こういう時の電力会社はさぞかし大騒ぎだろう。懐中電灯も所持していないことを反省し早速翌日スーパーで調達した。大地震で家が倒壊するような目にあったらこんなことでは済まない。覚悟だけはしている。

<ケナフ> ケナフという一年生の草木があって成長が早く適切に処理すれば紙の原料として十分使用できるという。広島にこの普及活動をしている組織があってその事務長さんが毎日のように活動の余話のような話題を精力的にメールで提供してくれる。パルプなど地球上に貴重な森林資源を伐採して膨大な紙の需要に応えている現状を何とかしたいと全国の小学校などでこのケナフを代替資源として育てる運動が結構盛んなようだが、目途がついた話は一向に聞かない。以下はその事務長さんの提供してくれた報告である。
沖縄のケナフについては聞く人によって話がバラバラで、ほんとの所よく分かりませんが、直接あってみたらと思いました。日本で唯一ケナフ産業が成り立つ可能性のあるとこです。
これまでの私の知っているところでは、今年は3万坪試験栽培しています。2月種蒔きにて第1期分は7月末に収穫されています。8月末そして今月と、時期をずらして順次順調に成長し、収穫されています。2期作は十分可能です。平成13年度は25万坪から30万坪の栽培を計画し、準備を進めています。アラコそして直接には住友商事が絡んでます。三木特も?農家への保証としてケナフ原木をキロあたり60円で引き取り(ただし水分18%以下が条件)
本当のところは???です。鮫島先生と宮地さんは怪しいといってました。
広島ケナフの会 木崎 秀樹
報告者はこの会の会長さんである。何事につけ採算性のある事業に育てるというのは容易なことではない。
<異常> 「黒柳さん、あなたはADHDだったんじゃあないですか」と尋ねられると「やっぱり分る?」と嬉しそうな顔をすると言う。毎日新聞によればADHDは注意欠陥多動性症候群と訳される学習障害の一つで「窓際のとっとちゃん」はその典型なのだそうだ。脳内の神経伝達物質の動きや量が平均とかなり相違し大人になっても続く。政治家との儀礼では全くつまらなそうな黒柳徹子は興味を惹く対象に出会うと露骨に表情を変え飛びついていく。こどもだとこういう態度を露骨に咎める大人もいるが、流石にユニセフ親善大使の現在は誰も口に出したりしない。退職後テレビでしばしばお目にかかり私が彼女に特に好意をもっているのは程度の差こそあれ私にも多分にその気があるからだ。私と大差があるのは"世界不思議発見"で発揮される抜群の記憶力だが、その基は彼女の強烈な好奇心にあることは確かで、それを平均と異なるからと異常視する人間社会は唾棄すべきものである。
<バナナ> 終戦後バナナは高価でとても庶民の口には入らぬ時代がかなり続いたのに、今では安い果実の代表のようになってしまった。日本ではほとんど生産していないし地球規模ではそう生産量が増えたわけでもないだろうにどういうわけか。最近耳にした話としてバナナが熟成して表皮がなかば黒くなるまで待ってから食すると癌を予防する効果が大いにあるという。家内がしばしば買ってくるバナナの房をすぐに食べたい気も起こらぬので毎日横目で眺めていて、気が向いたときにやおら一本取り上げると丁度そんな状態に近づいている。これは要領よく扱わないとダメで全長にわたり皮を剥いたら形が崩れてしまう。皮が新鮮な黄色のうちに剥けば全長にわたってピンとしていて歯ごたえもあり気分はよいのだが。

<教育> 近年青少年の教育問題は多々論じられていながら、収束よりむしろ発散の懸念さえ感じていたが、文春10月号に掲げた曽野綾子の分科会報告を読んでやっと日本人のあり方について一つの方向が出てきたなと思った。わずか4ページの論文だが言うべきことは尽くしている。中でも小中高校生に一定期間の社会奉仕を義務付けることにはもろ手を挙げて賛成である。私は終戦直後の中学に上がるかどうかの年令で燃料を確保するために、父を手伝って3里ほど離れた雑木山から伐り出して大八車に山のように積み、長い道のりを車のバランスをくづさぬように気遣いながら引っ張って帰った。焦らずに一歩一歩を踏みしめて歩いていればやがてはゴールに達するという何度かの経験が一つの原点になり、その後の人生への姿勢につながった。一方で先の提案は教育改革国民会議の中間答申として森首相に提出するに際し実施上の問題が多いとして"義務化"を保留した。確かに容易なことではない。森林に入るにせよ農作業に従事するにせよ受け入れ側態勢の整備が前提だし、まず指導者をどうするかだ。学習指導要綱に飼いならされ、自分ら自体ろくに経験のない社会奉仕を今の大部分の教師達にすぐに期待するのには無理が多い。かと言ってピンチヒッターはそうはいない。戦争末期の私の幼年期の如き社会の必然的な要請もない。生めよ育てよの時代と異なり多くの家庭で少ないこどもは大事にされて育っている。これはまず大人たちを洗脳し、段階的な移行のための綿密な計画を樹てて社会全般の合意形成を行いその上で推進しなければ失敗する。新しいシステムを創りあげ定着させることは容易ではない。こう考えてくると曽野綾子さんこの話は竜頭蛇尾に終わりそうですね。
<ゲーム> 囲碁名人戦第2局を観る。趙治勲が中盤に形勢を損じているらしい状況が画面に映し出される。腰を据えてじっくり打ち進めるべきところを短気に過激な手段に訴えたためらしい。相手の依田紀基の白石は盤面中6分されていて個々の地もさして大きくなく、一方で黒石はほぼ繋がっているから常識的には黒が悪くないはずだが、解説の武宮正樹によれば形勢は白に厚く争点も限られていると言う。碁は黒の攻め白の凌ぎになって行った。2日目の夕方だから疲れていることは確かだが若い依田が端然と座っているのに対して趙は両足を思い切り左に投げ出してさかんに擦っている。これは10年以上前に遭った趙の交通事故の後遺症かもしれない。だが武宮に言わせると凌ぎの名手と言われる趙は逆の立場になって凌ぎの筋が見えるために戦意を喪失しかけているのかもしれないという。碁界トップのタイトルを争う覇気が心なしか画面から感じられなかった。一時は棋聖、名人、本因坊と碁界の3大タイトルを独占し向かうところ敵なしの趙だったが、昨年若い趙善津に本因坊を奪われ、また先に紹介したが劇的なドンデン返しを境に王立誠に棋聖を奪われて、ここに至って遂に最後の関門である名人も狙われることになった。考えてみれば碁界のタイトルは大竹、石田、武宮、小林と木谷門の面々に長期にわたりほぼ独占され、最後に一番若い趙治勲が引き継いできた形だが、ようやく更に若い世代に交代する時期が近づいたようだ。碁はある程度の年令と経験がないと覇者になれないゲームだが、一方において深い読みのための相当な忍耐力を必要とし、先に述べた面々もまだ一流の力はもっているものの、恐らく体力的な限界のためにタイトルからは遠ざかったままだ。私も最近は根気が続かず強くなることは無理と実感しつつある。因みに第2局は結局依田の中押し勝ち(連勝)に終わった。
<低迷> 過去に日銀理事を務め就任したばかりの日債銀の社長が大阪地区での挨拶回りの最中にホテルで縊死自殺した。日債銀は金融再生委員会の査定で破綻・国有化され、ソフトバンク連合に売り渡されて再生の道を辿り始めたばかりだ。ろくに内情も知らぬままに崩落しつつある企業の社長を務めることになった結果なのだろうか。さして騒がぬマスコミもおかしいし、全く異常な事件である。それとあまり時をおかず土木ゼネコンの間組に次いで熊谷組が銀行団に対して債権の放棄を要請したことが公表された。理解に苦しむことだがこれを銀行団はやむを得ぬことと受け入れた。1年程前に大手の銀行がこぞって政府から公的資金の借り入れを行なったがこの頃からこういった事象は業界内では周知のことだったようだ。1980年代に日本では地価が異常に高騰し人々は狭い日本においては土地の値段は上がりはしても下がることはないと皆が錯覚し土地を買いあさった。先の事件に止まらず今後も続々と発生するであろう破綻劇の原因はすべてここにある。土地の値段が上がれば皆がハッピーなのに1990年ごろ日銀の誰かがこの流れに冷や水を浴びせたと恨みがましく云っている人がいたが、人類の歴史の中で騰がりっ放しなどということは嘗てなかったことを、あの時だけは悪夢というか不思議というか皆がそう思ったのがこの長く続く不況の元凶である。企業の破綻に伴う不毛の作業は恐るべく多量で、巻き込まれた人たちの不幸は大きい。瑕疵担保特約付きで日債銀を救済したことが仕方がなかったのかどうか私など素人には分らないが徒に混乱に拍車をかけている気がする。人類は歴史に学び少しは進歩しているのだろうか。
