2月の話題


2001年2月

<剪画> 「せんが」と読み、黒い一枚の和紙を小刀(またはカッターナイフ)で切り抜き物の形を表現するアートのジャンルである。俗に「きりえ」ともいうらしい。最近になってこの作品群に出会ってそのよさに魅せられた。技法にからんで輪郭のはっきりした対象がこの絵に適する。城郭・寺院など特徴ある建築物、漁船、山岳の稜線、石垣、看板の文字などである。かといって樹木や人物、動物なども描けばそれなりのよさがある。白黒以外の色彩は用いない場合もあるが、限られた色数で塗絵のように均一の濃さで塗る方が一般のようだ。人は複雑精妙な輪郭線があれば単調な色合いが気にならない。線の太さをあまり気にしてはいけない。目を皿のようにして細部を覗き込むのでなく、遠くからボンヤリ眺めて雰囲気を楽しむのがよいようだ。近眼の人が眼鏡を外して見るといいかもしれない。

<事故>  助けに行った人まで遭難する事故になったが、新大久保の駅でホームから線路へ飛び降りた人の頭には、いざとなれば落ちた酔っ払いをホームの下に引きずり込めば難だけは逃れられるということがあったに違いない。ところがホームの下に空洞部はなくブロックの壁が積まれていて逃げ場がなかった。これは構造上の重大な欠陥に相当する。最近造られた駅のホームの構造は皆そうなのだろうか。強度上の必要ではなくどうやら掃除の面倒が省けるかららしい。昔のホームはそうではなかった。救援に飛び降りた二人のうち一人は韓国から日本へ留学中の人で、母国では駅の構造上の欠陥を指摘する声があったそうだが、日本への遠慮で声が大きくなるのを抑えたという。全くけしからんことでどうして日本ではマスコミも誰も問題にしないのか。尤も飛び降りる前にちょっと下を覗き込んだら分ったとは思うが、そうなれば見殺しにするしかないわけで、保線作業者の立場からも安全上許し難い施設と思う。わざわざ金をかけて見た目だけをよくするのもいい加減にして欲しい。命を落とした二人の義侠心をたたえ死を悼むのはよいが、大基への反省が欠落している。JRでは早速非常押しボタンを沢山設置すると言い出したようだが、そうすれば押し間違いも出るだろう。ブロックを撤去すればよいのに皆どうかしているのではないか。

<想像力> 近頃若い人に自分がこれから取る行動の結果を少しは予測してみたのかと言いたくなるような事例が増えている。危ない思いでタクシー強盗をやって一日のタクシーの売上が凡そいくらになるか知っているのか。いじめで友を自殺にまで追いやって何の見返りがあるか。若い人だけではない。やや旧聞に属するが先日自民党の加藤旧幹事長は森首相の不信任案が野党から提出されれば反対しないと反旗を翻したが、周知の如く野中幹事長に追随者の離反工作を喫して涙をのんだ。朝自宅前で報道に勝算を尋ねられて十分あると胸を張ったがその日の夕方には頭を垂れていた。傍から見ても首謀者たるに足る気概や裏付け・立つべき客観条件が揃っているとはとても思えなかった。人間は自分のことになると盲目になることはよく言われるが、親身になってアドバイスしてくれる人を欠くとこうも脆く愚かなものか、自戒の種ともしたい。教育でこういう想像力を育てるのは無理か。

<マウス> パソコン付随の道具としてマウスというのはこういうものだと観念して使っているが、最近いささか不便さも実感している。文字入力の際に"IMEパッド"というのがあって、第1種当用漢字以外の漢字を呼出すのにその漢字の形をマウスで図形枠の中に書いてみると、その図形に近い漢字をいくつか案として提示してくれるので便利なのだが、マウスを操作して漢字図形を意図した通りに描くのがそれほど容易ではないのだ。文字を書く道具としてボールペンは扱いなれているが、これに比べてマウスを縦横に動かして複雑な字を描くのは結構困難である。掌の大きさは人様々で、私の掌は小さいにも関わらずマウスには大中小のオプションがないので正直に言えば大きすぎる。一日中マウスを握っていると後に鈍い痛みを感ずる腱鞘炎のような症状を呈するようになった。自分のサイズに合わないから右ボタン・左ボタンも時々押し間違える。こういうものは靴や手袋のように使用者に合わせてオーダーメードにしてもらいたいものだ。それにボールペンの如き入力装置があってもよいではないか。ITでの契約手続きで本人であることの認証に決め手がない現状だが、ボールペンの筆跡で鑑定すれば話は楽になる。またたまには手書きのメールがあってもいいではないか。

<多摩川> NHKの「小さな旅」が"多摩川の春"を紹介した。私にとって従来の毎日の通勤で何千回とその上を往復し、また幼児期来その下流沿岸を何箇所にも移り住んでこれ以上身近な地域はないわけだが、テレビの画像で見ると改めて何とも云えぬ懐かしさと美しさを感じた。東海道線沿い川崎のビル群のかなたに朝日を浴びた冬富士が遮るものなく聳える。小さな釣り舟で河口から中流まで移動してはハゼを釣上げ、河岸にビッシリと生えたよしの近くにもやった舟の中のコンロでてんぷらに揚げてゆっくり食している男がいた。羽田沖をジェット機が離陸していき、振り返ると新幹線が鉄橋を通過する。河口に広がった干潟の白く群がる野鳥を狙って三脚を据え望遠レンズで狙うのは野鳥クラブの人々で、セイタカシギ・まがもなど年間100種を見かけるという。信号のない堤防の上をかなり上流まで寒風をついてサイクリングする一団がいる。堤防下の湧き水に孫達を伴った老女がクレソンを見つけて、河原にはたからものが一杯あるしここへ来るとほっとすると語る。川辺に芦が広がり生まれたばかりの鳥の雛がたくみに姿を隠している。見なれた大師橋の上に夕映えが美しい。こんな都会の河に人工物と自然と人間たちの共生の見飽きない状景がある。

<遺伝子> ヒトゲノムという人間の全遺伝子情報の解読に成功したという。解読したのは日米欧の国際的なプロジェクトチームと、独立に活動していた米セレラ社で、今後様々な病気の治療の可能性が開けたということだが、その具体的な応用方法は未解明である。全体で約32億塩基対の中で遺伝子と見なせる配列の数は約3万個、既に分っている猩々蝿の約2倍と報告されて、もっと多い(10万個ぐらい)数を予想していた専門家たちをがっかりさせたらしい。皮膚の色や体格が違っても人類の遺伝子の構成は同じで人種差別論者を失望させたというが、類人猿などとは恐らくかなりの差異があるのだろう。何故遠く分散して生息した人類が構成要素の等しい遺伝子をもち、ヒトとわずかに遺伝子に差異のある動物が地球上に生息しないのだろうか。

<日本人について> 明治の廃仏毀釈の時に京都から「今日から仏教は廃止である。僧は還俗せよ」と通達が出たら、奈良の興福寺の坊さんは抵抗もせず仏像を薪にして燃やし風呂を沸かしてこれを仏風呂と言ったという。戦前参謀本部の独走と言論統制で抑圧されたにせよ、国民としては陸軍の言うままにそれほど憎んでもいず勝てる見込みのない米国と戦争をおっぱじめた。転じて終戦時もそれまでの経緯はあったにせよ、性能の悪いラジオから天皇が聞き取りにくい発音で詔勅を読み上げるや、大した騒動もなく人々は新事態を受け入れた。日本人は宗教にしろ戦争にしろ、確乎たる思想を基盤にして行動していないから、風向きが変わると長いものに巻かれろと簡単に宗旨換えしてしまう。原則論をぶって断固頑張るというのはよくよくの少数派で、大勢に押し流されてしまう社会である。
ハワイ沖で米原潜が水産高校の実習船をウッカリ沈めてしまった。以後日本は10日経っても行方不明の9人の捜索継続を主張し続けている。心情は分かるが視界遮るもののない海面を1日探したら後は実質無意味なことは誰でも知っているし、それを米国側からは言い出しにくいのに日本人は誰もそれを云わないのだ。事故の罪が専ら米国側にあるという事とは別の話である。そういう意味では昨今のマスコミが大衆を誘導する罪も大きい。

<教育への提言> 文春3月号に「教育再生」私の提言と称して次の諸氏の論説が載っている。要約を紹介すると

曽野綾子 若者に強制的に奉仕活動をさせよ
榊原英資 "ゆとり教育"に示される悪平等思想の文部行政を一掃せよ
細野真宏 詰め込み教育は必要だ。教育内容の上限を規制する新指導要領に反対
川島幸希 英語を教えるのなら読み書きもやれ。講師は非常勤で小学校から
陰山英男 読み書き計算は習熟によってめざましく上達するので習練が重要
板倉聖宣 杓子定規な教科書を廃し、仮説実験授業を基に考えさせる教育を
立花 隆 知的世界の見取り図を作ることを学べ
金子郁容 学校を多様化すべく地域に根ざしたコミュニテイ・スクールを作るべし
鹿島 茂 自分の子供3人の経験から現状では私立中学を受験するしかない
藤原幸博 荒れる中学の現状。出席停止もやむなしと断ずる渦中の校長
松居 和 米国の真似をせず親は子の幸せを祈りしっかり子育てをせよ
桐野夏生 敗者復活戦を許さぬ社会が脱落を予感するこどもらをムカつかせる
佐藤愛子 教育とは施肥である
殿前康雄 私立に負けない"伸びこぼし"をなくす都立八王子東高校を作った
丹羽健夫 入試問題はその後の大学教育のスタートという認識が乏しい
森 健  少子化でも地方自治体は大学新設を続ける。破綻は必定
永瀬昭幸 教育ビジネスは学力をつけてなんぼの世界。予備校の命は講師
重松 清 子供を本屋に放り込み読みたい本を選ばせる
石原慎太郎 本質的に画一的な規格大量生産になる学校教育には期待せず、親は自らの責任で子供を教育せよ
 話を要約することに若干無理があるが、皆さん全員が自分の経験や立場だけで或いは局部的な問題指摘だけで答えを出していて、誰一人包括的で問題を収約する話にまとめていない。この内の何人かは森首相が委嘱した教育改革国民会議のメンバーだから、その意見は2000年12月末の最終報告書にも反映されているはずである。1987年に提出された臨教審の最終答申と変わり映えしないという声もある。桐野氏の観察あたりはかなり厳しく、これだけ大人たちが希望のもてない社会にしておいて、社会奉仕だの教育勅語など容易に受け入れられるかと言われるとたじろぐ感は否めない。今の大人たちの不甲斐なさも含めて何が大切でそのために何をすべきか分かりやすく懇々と説明するのが先決だろう。

<受験秀才> 文春3月号の記事の一部に"「受験秀才」が国を滅ぼす"という小題で次のような文が載っていた。
  まず一時間で百問の問題を解く場合、最初の十分で問題をすべて読む。難しい問題を二十選んで、それは最初から捨ててやさしい問題八十問だけを解く。時間が余っても決して難しい問題には手をつけず、解き終わった簡単な問題のケアレスミスのチェックを繰り返す。どんな大学でも八十点取れば合格できるため、このテクニックで東大に合格する。その東大生が同じ要領で公務員試験も通過して霞ヶ関に入ってくるのだから、こうした受験秀才に「さあ、難題が起こった。不良債権問題だ」と云っても、まともな解決策が編み出せるわけがない。「これは難しい問題だ。やめておこう」−子供心に本能的に植え付けられた意識に基づいて、彼らは問題を先送りするだけだったのだ。
 この指摘は急所を的確に突いている。多分著者も身に覚えがあるのだろう。東大だけでなく早大や慶大出身者も同様で、そうした文化に従順すぎる官僚たちに危機に対応する能力を期待するのは無理だと著者は説く。20世紀末における官僚の統制は皆裏目に出て、経済を中心に広範囲に収拾困難な状況を呈している。であれば学歴に関係ない志士が輩出して明治維新のように過去の体系と秩序を破壊しなければ今の日本の窮状は救えないか。

<マックラサンベ> 伊藤信吉なる仁の収録した村言葉の本を読んだ。前橋市と利根川をはさんで対岸の群馬の村に育った著者が消え行く方言を惜しんでコマメにまとめた。村言葉はすべてカタカナで記してある。私は少年期を岡崎の片田舎で過ごしたが、かなり距離が隔たっていても共通の言葉が1/3はある。聞いて意味を説明されればなるほどと理解できるのが1/2で、残る1/6は解説を受けても一度には憶えられない。しかし言葉の持つニュアンスというものは外国語とは全く異なり素直に受け入れられるし、その言葉が発せられる状景が大抵想像できる。現代日本の小都会のコンビニなどとはかけはなれているが、何百年と変わらず続いた日本農村の素朴でつましい生活に根ざした懐かしいことばだ。本の表題の「マックラサンベ」と言うのは"一目散に"という意味で、マックラサンベに逃げていったと使う。標準語だけの味気ない日本語のほかにこういう世界も残したいが、残念でもことばは人ともに消えてゆく。復活は望めない。



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