6月の話題


2001年6月

<暗証番号> 昔は金融機関からの現金引出しは預金通帳と登録した印鑑を後生大事に持参しなければいけなかったが、今やキャッシュカードをA.T.M.に差し込めば容易に用が足せる。但しその際に予めキャッシュカード作成時に取り決めた暗証番号を入力しなければならない。この暗証番号が銀行のコンピュータに記録されていると、データにアクセスできる銀行員が悪心をもつと客の口座から根こそぎ金を引き出すなどということができてしまいはしないか。
 調べたら次のような巧妙な仕組みになっているらしい。暗証番号はP.I.N.というが、銀行は個人の口座番号に対応する個別の鍵番号Eと全顧客に適用される共通鍵番号Nをもち、平文P.I.N.に桁の繰り上げなしで二つの鍵番号を足して暗号P.I.N.を作る。銀行のコンピュータにはNと個人鍵番号Eだけが記憶され、顧客のカードには暗号P.I.N.とNとEが書き込まれる。銀行のコンピュータは平文P.I.N.も暗号P.I.N.も記憶していない。こうしておけばA.T.M.に差し込まれたキャッシュカードと打ち込まれた暗証番号から銀行のコンピュータはカードと持ち主の正当性をチェックでき、なおかつカードを拾った第三者も銀行内の潜在的な犯人も平文P.I.N.を知り得ないので手が出せない。だからカードは紛失したら思い惑わず銀行で新調してもらえばよい。
 ここまでは納得したが、インターネット内での各種会員資格取得でのパスワード入力の機密保持の仕組みはよく分らない。入力欄には打ち込んだ桁数だけの*記号が現れるがこちらには分らないだけで相手のサーバー側ではその気になればパスワードは人為的に読み取って悪用されるのではないかとの疑念が去らない。少なくともパスワードだけで金銭がらみの契約行為をする気にはならない。一体パスワードによって何が保証されるのか。悪用を防ぐためにパスワードは時折変更してくださいなどと昔は言った(今はあまり云わないが)。そんなことをすれば肝心の本人が忘れてしまう。誰かその辺の事情をご存知の向きは分りやすく教えてください。

<バードストライク> 機械学会関係の情報として野鳥が風車に衝突すること(バードストライク)が新たな話題になっている。日本では三陸海岸でイヌワシの事故が報告されたが、先進の米カリフォルニアの風車地帯では既に相当の事例が出ているようで、希少種の猛禽類が犠牲になっているようだ。風の通り道になる谷を被うように等間隔で並ぶ風車は今まで空だけは人間どもののさばらぬ自由な空間と考えていた鳥類にとって相当な脅威になっていることは疑いない。高空から地上を動く生物を狙ってまっしぐらに舞い降りる鳥は回転翼に注意しなければならない。またヨーロッパではオフショアの風車が海鳥や夜間の渡り鳥に危険との懸念が強まっている。風車は都市より人のあまり住まぬ辺地に多く設けられるだけに始末が悪い。回転に伴って鳥に聞こえやすい周波数の警報音を発するとか対策が必要だ。

<日本シリーズ> 毎年野球の日本シリーズは注目しているが後になるとまず憶えていない。入社したての昭和33年巨人が3連勝して王手をかけた後、稲尾が4連投して西鉄が奇跡の逆転優勝した。今では全く考えられないことで福岡で「神様・仏様・稲尾様」とあがめられたのは尤もである。テレビも普及しておらぬ時期の勤務中の昼間のゲームなのに私にとって忘れられないのは次の事件によってである。確か第5戦だが静かな午後の広い設計室に突如大きな声が響き渡った。「稲尾がホームラン!」 声を発したのは長谷川コッコさんという仇名の見積もり担当の先輩で、時折私もマージャン仲間としてつき合わせてもらっていた。徹夜麻雀をやると宵の内は鳴かず飛ばずだが明け方になると果然大きい役を作って元気になるのでその名がついた。当時発売されて間のない携帯ラジオでひそかに実況放送を聞いていたのが、思いもかけぬ劇的な展開についこの叫びになったと一瞬の内に部屋の全員が悟った。すると田村キューさん(及四郎)と皆が呼んでいた設計部長が一瞬間を置いて「バカモン!」と叫んだ。この二声だけで後は何も起こらぬ静寂が続いたのが会社へ入りたての私にとってとても印象的だった。

<人気> 6日届いたニューヨークタイムス記事抜粋には小泉純一郎首相の大きなポスターを自民党本部事務所に買いにきた二人の女子高校生の写真が紹介され、本部は1部50円のポスターを既に385,000部印刷したがまだまだ足らないという。毅然としていてハンサムでもある首相の写真には「さあ変えよう」というお得意のフレーズが添えられている。大勢のひとがやってきてはポスターを掴み、代金を投げつけるように置いていく、こんな事は未だ嘗てなかったと事務所の人は呆れている。前任の森首相の原稿棒読みに飽き飽きしていた家庭の主婦も最近の国会テレビ中継を熱心に見て、中継の中断時間に急いで買い物に行くと報じている。自宅の部屋に政治家のポスターを飾ろうという気分になるというのは確かに滅多にないことだ。いよいよ都議選も始まるがこの勢いはどういう影響を及ぼすか、また外交内政共にこれからいよいよ本番を迎えるが、この人気は今後どう変転していくか予断できないが、久々に長生きしていて面白くなったと思う昨今である。

<歴史教科書> 扶桑社発行の「新しい歴史教科書」(中学生向け)を書店店頭で見付けて早速購入し、一気に読み終わった。豊富な画像と振り仮名の徹底、ゴシック太文字でのキーワードの表示で実に読みやすい。決して事実や年代だけを事務的に羅列するのではなく、諸々の事件が起こったいきさつを詳しく説明していて読む者を飽きさせない。それぞれの時代に生きた人たちがその環境に応じて努力した様がよく描かれているし、古代中国文明と近代ヨーロッパ文明を日本人が常に自らを失わず柔軟に取り入れ巧みに消化していったことが実感でき、日本独自の文化の形成や生活習慣に関わる古来からの常識をさりげなく説明して自然に愛国心を醸成できる。戦後教育で殊更避けてきた明治以降の近代史叙述に半ばを割き、日本やアジア諸国の運命を左右した戦争とそこに至った経緯について詳しく説明している。教育勅語も注釈付きで載っていて誇るに足る先人達の業績が余すところなく盛り込まれたと実感した。嘗ての私の憤慨(99年5月末)にも応えてくれている。
 次いで同時に求めた「正論7月号」を読んだ。「新しい教科書をそんなに潰したいか」(藤岡信勝氏)ではまず教科書問題とは朝日新聞社問題であると断じ、文化大革命で中国当局が報道規制を行なって以来朝日新聞社は中共政府ベッタリになり、日本人が永久に中国に謝罪し続けるように日本世論を誘導し自虐的な歴史教育を強いてきたことを指摘している。その朝日は昨年4月扶桑社が文部省に歴史・公民教科書を検定申請して以来外務省とも結託してその検定不合格化工作に躍起になった。昨年10月に外務省出身の検定調査審議会委員野田氏が他の全委員に露骨な働きかけをした事実が産経新聞にすっぱ抜かれ、野田氏は外された上で扶桑社は137ヶ所の検定意見付きで不合格を免れた。朝日は新教科書の検定用素案を中国と韓国にご注進に及び、我々一般の日本人が内容を知らぬのに両国からのクレームが新聞紙上をにぎわせるようになって変だとは思っていたが、森首相は動ぜず両国の外圧に屈しなかった。今度は日教組が全組織を動員して「歴史をゆがめる戦争賛美の教科書を許さない」として都道府県単位で扶桑社の教科書採択に反対し各地の教育委員会に影響を及ぼそうとしていると論文は懸念している。朝日は勿論だが他の新聞やテレビなど多くのマスコミもこれらの情報を知っていながら詳しく報道していない。
 次いで同じ雑誌の「我々の歴史教科書は死なず!」では「新しい歴史教科書をつくる会」のシンポジウムを載せ、西尾幹二、西部邁、小林よしのり、田久保忠衛諸氏の発言が紹介されている。ここでは我々一般の日本人が内容を知らぬうちに中国・韓国から詳細な修正要求が来ているのに対抗して一般書籍として販売しようという提案がなされていて(前述の如く私はそれを入手できた!)、日本の将来を憂える諸氏がこの教科書の発売に至った苦労と喜びをこもごも述べている。これで流れは変わるだろう。万歳!

<米国> このごろ"※地図"を謳う文庫ものが出回っていてその一つとして「アメリカ50州を読む地図」を求めた。私は30余年前に9ヶ月米国に滞在したことがあり、結構米国を知っているつもりでいたが、とんでもないと悟った。米国をマスコミが報ずる時は主として外交と軍事を扱うホワイトハウスが中心だが、実態のほとんどは広い国土の個別の州を中心に展開している。米国の州の名前は曲がりなりにも聞いた事があるが州の行政機関がある州都についてはほとんど知らなかった。日本の"県"と著しく違うのは県庁の所在地は例外なくその県内の代表的な最大級の都市で県名と同じ場合も多いのに対して、州内の人口最大の著名都市は90%まで州都とは別にあり、州の名と州都の名が同じ事例はオクラホマだけだ。私が州都を知っていたのは長期滞在していたカリフォルニア州のサクラメントとハワイ州ホノルル、コロラド州デンヴァーだけだった。カリフォルニア州でもロサンゼルス、サンフランシスコ、サンデイエゴなどの大都市に比べれば州都の知名度は外部の人には低い。日本は首都に人口が集中するから首都移転というと大騒ぎだが、米国ではクールであり、わざと中小都市を州都に選んでいるようにさえ見える。州によって人種構成、気候、産業の差異は大きい。住人の日常の関心事は凡そその辺にあって地方分権が進んでいるから、日本のように連邦政治の動向などは普段はあまり気にしないようだ。
 一方で連邦政府は第1次大戦までは世界的な影響力を有していなかったが、第二次大戦以後核兵器を中心とする強大な軍事力をバックに台頭し、ソ連の凋落に伴い世界の警察官を自任するようになった。IT革命と称される技術革新もこの国から全世界に発信されたし自国には常に世界をリードする力と正義があるという自負心が過剰で、それが京都議定書への反対や自国中心のミサイル防衛網の建設というブッシュ政権の新しい政策として現われ、次第に世界主要国の反撥を招きつつあることは見逃せない。

<天才> 「アインシュタインは語る」と題した語録を読む。語録には彼の生涯における大きい事件を記した年表と彼の係累図が添えてある。彼はユダヤ人としてドイツに生まれたが軍国主義を嫌って17歳でイタリアを経てスイスに移住した。母の反対を押して24歳で同級生ミレヴァと結婚。27歳でチューリッヒ大学から博士号を授与され、34歳でドイツに戻りベルリン大学研究教授職を得る。40歳でミレヴァと協議離婚しいとこのエルザと再婚。43歳でノーベル賞受賞。54歳ナチスが政権を握ると米国に亡命、57歳エルザ死去。61歳で米国市民権取得。67歳原子科学者緊急委員会議長。76歳腹部動脈瘤破裂で死去。  
 彼は自分に特別な才能はなく好奇心が激しく強いだけだ、神は私にラバの頑固さとまあまあ鋭い嗅覚を与えてくれたと言う。更に自然の研究では基本原理につながるかもしれない物を嗅ぎ分け、頭を混乱させ本質的な物から逸らせる沢山の事を避けることをすぐに覚えた、また絶対的な知識を吸収する能力より空想の能力「想像力」の方が私には大事だったと言っている。まさしくこの辺に相対性理論を創り上げた偉業の鍵がある。  
 うまく行かなかった二人の妻との結婚生活、2度にわたる大戦と人種的な迫害や核兵器の脅威に囲まれる中で、後半生の彼は思想家として数多くの珠玉のことばを遺した。ここで簡単に紹介できるはずもないが、ひとつだけ取り上げると ー子どもは親たちの人生経験を気にとめないし、国家・民族は歴史を無視する。痛い教訓はいつも新たに学ばなければならないー と。ウーン認めたくないことだが矢張りそういうものですか。

<技能について> 本田宗一郎の随筆「俺の考え」を読む。当然故人だし原著が発行されたのは昭和38年だから凡そ40年前の古い話で話題も今ではピンと来ないものもある。しかし戦後の創業者として個性的でかつ合理的な強い信念が借り物でない文章としてどのページにも脈打っていて爽快感を覚える。その中に「技能オリンピックにもの申す」という1節があった。世界だけでなく日本でも大会があって会社から若い人が何人か参加したが見事に落ちた。テスト内容を見ると例えば旋盤で2/100mmの精度を要求しているがそれは研磨機でやる仕事だ、いまどき左甚五郎や正宗みたいな名人芸を育ててどうするのか、工場生産で大事なのは如何にいいアイデアを出し個人の技能を必要としない体制にもっていくかだと言う。名人芸は個人崇拝を生み、新しいアイデアを生むのを妨げ進歩を阻害する。アイデアを分ければ入ってすぐの連中も立派に職場で働け生活水準も上がる。小企業が大きくなれないのは得てして技能だけを大事にし、排他的な個人プレイを許しアイデアを大事にしないからだと言う。なるほど、今春スタートしたものつくり大学もその辺の理念をしっかりしないと自己満足はしても応用の利かない職人を育てるだけになる恐れがある。

<沙漠> 米国の地図を調べている内に長期滞在していたカリフォルニア中部の海岸に沿った西の低い山脈と東のシエラネヴァダ山脈にはさまれて南北に長いPleasant Valleyと呼ばれる平原地帯の風景を想い出した。水蒸気を含む風は山に遮られて年間降雨量は僅か7インチ(175mm)だから天候は晴れ続きで毎日の挨拶には使えない。珍しく雨が降ると地表に一斉に青い草が現われるがじきに枯れて一面に黄色になるのが常態である。夏は連日気温が40度を越す。東の山脈から何条かの細い川が平原に流れ込むが水量に乏しく大地にしみこんで終わる。川岸に僅かに樹木が生えているが流れが淀んで水面は黒く濁っている。自動車道路の両側は行けども行けども人家や耕作地がない。沙漠のアチコチに僅かな水分を集めて嵩ばかり大きくて密度の低い形が球状でこどもの背丈ほどの1年生の植物が生えるが、乾ききった秋も半ばを過ぎると根本が朽ちて大地と遊離し風に吹かれてコロコロといつまでも転がってゆく。これを地元の人はtungle weedと呼ぶ。ああして種子を遠くに運ぶのだろうが、荒涼とした野に数多くの茶褐色のボールが転がる様は何か物寂しかった。
 北部から蜿蜒Pleasant Valleyを縦貫しロス近郊まで500kmを導水する水路が設けられ、私の住んだ小さな町周辺の農地を灌漑すべくその一部を分水する導水設備の建設に私も機器据付のsuperviserとして参加した。工事が長期にわたったために交替で後任を勤められた佐藤主計氏は帰国後間もなく病を得て帰らぬ人になってしまった。完成後の状景を眼にしていないし、共に語る人がいないのは残念だがまだあの広い沙漠の大部分はそのまま残っているだろう。

<ヨーロッパ鉄道紀行> 宮脇俊三氏のこの題名の随筆を一読した。昨年10月に紹介した鉄道狂が何度かヨーロッパに挑んだ記録である。7歳年上だがまだお元気のようで比較的最近の旅だ。遠く離れていて平生は日本のことなどあまり関心がないような顔をしているヨーロッパ諸国だが、新幹線や青函トンネルに刺激を受けてドイツ・フランス・イタリアなどの高速鉄道や英仏海峡トンネル線が建設されており、氏は飛行機の併用で往復乗車を避けながら目ぼしい鉄道を総なめにしている。路線を欲張るのに事前調査が十分とはいかぬ上に言葉が全く不自由ときていて、旅の苦労と不安は相当なものだ。ヨーロッパと言えども乗り換えなど昨今流行のバリア・フリーとは程遠く、身障者でなくとも老人が重い旅行かばんを提げてローカル線の移動は楽ではないことがよく分る。頭端式の駅というのがよく出てくる。終点で列車の先頭の先に出口がある形式だから歩く距離が長い。おまけにこの人は乗る時は列車の先頭まで行ってその姿を眼に納めなければ気がすまないから尚更だ。
 パリの地下鉄で路線図を老眼鏡で眺めていると4人ほどの女学生が横から路線図を覗き込んでいると思ったら顔に新聞紙をかぶせて数本の手がいっせいにポケットをまさぐった、必死になってもがき暴れ肘鉄を食らわしてやっと逃れたら彼女らはさっと消えた、幸い被害はなかったが、それ以後ドイツ、イタリアなどアチコチで不案内の旅行者と狙ってくるらしいスリかヒッタクリとおぼしき男達に同伴者と共に怯える記述が続く。ホテルや食堂などで予期せぬ楽しみもあるが、こうまで盗難の心配をしなければならない旅では全くご苦労様と言うほかないのが素直な感想である。

<宇宙旅行> アインシュタインを少し調べた(前述)ついでに相対性理論のやさしい解説書(−学校で教えない教科書―面白いほどよくわかる相対性理論・大宮信光著・日本文芸社)を読んだ。氏の研究が特殊相対性理論に始まって重力や加速度の影響を考えた一般相対性理論に発展した過程を分りやすく説明しているが、この理論を応用して次のような宇宙旅行を考えた男の話が興味深い。
 銀河系の空間に満ちている水素ガスなどの星間物質を宇宙船の吸入口から取り込み、核融合炉でエネルギに変換、推進に使う。これで宇宙船内を常時地球上と同じ加速度1Gに保つことができれば生活に好都合だ。100光年の彼方など行き着くまでに死んでしまうと思うがさにあらず、宇宙船内の時間は特殊相対性理論により光速に近づくにつれて短縮されるから1生の内に宇宙の涯までも行き着くことができると言う。試算によれば銀河系の中心(5万光年)まで20年、観測される最遠の星雲(10億光年)まで約40年で行けるそうな。ただし宇宙船と地球の交信は出発直後を除き望めないし、地球で見送った人たちには相対性理論効果は適用されないからとうの昔に寿命が来て、もし無事に地球に戻ったら浦島太郎になることは必定である。信じられますか。

<暴力事件> 近頃国内で凶悪な事件が次々と起こる。今まで1億以上の人がいれば確率的におかしな人間もたまには出るさと思うようにしていたが、犯人側の動機が短慮で突発的、相手への思いやりが皆無、その上に連鎖傾向があるなどの特徴があって教育倫理上更には政治的にも放置できない感が強くなってきた。この際関連して日頃考えていることを述べてみる。

1 私の小学校時代には修身という教科があった。細かい内容は忘れたが"修身"とはいい言葉だ。不勉強のままこう云っては申し訳ないが今の教育カリキュラムではこの要素が欠如していないか。
2 教育審議会で奉仕活動を児童に義務づけることにしたらしいが、何か併せて打つべき手があるのではないか。曽野綾子さんの考えが素直に今の子ども達に受け入れられればよいが、無理がある気がしてならない。
3 裁判にかかる日時が長すぎる。オーム真理教など一体何年かけているのか。即断即決。地裁、高裁、最高裁と3段階あるのに米国に比して余りにも遅い。早くなるのなら陪審員制度も結構。
4 ヨーロッパでは廃止したそうだが死刑はぜひとも存続すべきである。人の命は何より重いなどと云うから凶悪犯罪へのブレーキも利かない。昔の中国には残酷極まりない死刑があった。今回の大阪・池田の犯人など慄え上るような刑の恐怖を味あわせるべきだ。
5 事件が起こると法制度に不備があると考えて直そうとするが大抵は運用でカバーできる。小細工は止めた方がよい。但し少年と精神異常者の保護は最小限にすべきだと思う。人並み以上の身体能力があるのなら精神的なハンデイを顧慮しすぎるのは社会的に不正義である。


6 毒をもって毒を制するということがある。法治国家としては褒められた話ではないかもしれないが、暴力団だって所業によっては適切に酬いるようにすれば小回りの利かない警察を補うことができる。電車内の暴力沙汰にこれが応用できるといいと思う。多少面倒だが証人を立てて表彰したり報奨金を出す値打ちがある。簡単にキレル若者に大衆の正義感を敵に回したら怖いと思わせるべきだ。
7 コンピュータ・ゲームで残酷なもの乱暴なものは単純な利用者が現実と混同しないような配慮を制作者がするべきだろう。具体的な方法はうまく思いつかないが。



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