1月の話題


2002年1月

<年の始めに> 私事ですが喪中のために賀詞は差し控えます。激変の世の中21世紀の2年目は如何相成ることでしょうか。
 年末に近所で例年どおり松飾りなどを売る屋台が臨時開店している。おやじがニコニコしているので「景気はどうですか」と声をかけたら、「まあまあですね」と満更でもない返事が返ってきた。いくら世が不景気でも正月ぐらいはまともに迎えたいとご近所の皆さんは考えているようだ。
 皆元気を出して明るい年にしたいものです。希望のもてる世にするには、肝心なことについての考え方を思い切って変える必要がありそうです。頭を使おう!

<遺伝子の利己性> マット・リドレー著「徳の起源」(翔泳社)は人間の本性というものについてとことん考えさせてくれる本だというのが読み終えた感想である。すべての動物(植物)は自分の遺伝子をより豊かに繁栄させるために行動する。人間とてその例外ではない。
 しかし人間は利己的にばかり振舞うことでは社会の中ではうまく生きられない。そこでお返しをする智慧が生まれる。試行錯誤の結果、社会の中で信頼を得、善良に振舞うのが遺伝子の要求を満たすために最善と悟る。これが徳の起源である。
 更には智慧として体制順応主義がいいと考える。社会的に従順になり他人の云う通りにすることを選ぶ。"郷に入れば郷に従え"とか"長いものには巻かれろ"など多くの諺がある。協力と犠牲が求められる集団主義に従う。宗教にもだ。同族意識に動機づけられてグループ間の抗争が生じ、グループの結束が強まって戦争の原因にもなる。この項では著者はナチス・ドイツや毛沢東の文革などの例を挙げ、大勢に盲従する危険性も指摘している。だが実際問題として逆らうのは大変だ。根本的な解決策は示されていない。
 善良であれと他人を説得するのは人間の強い本能だが、そういう自分は本能的にそれに従いはしない。規制のない共有を放置すれば我先に利を求めるから、全員に破滅をもたらす。従って所有を明らかにする(私有制)のが生態学的美徳の鍵である。ただし独占は社会の敵になるから実質共有を図らなければならない。この辺が難しい所で、良い政治に期待する所以だ。
 官僚は汚職あるいはパーキンソンの法則によって常に自分の懐に金を入れようとする。共産主義崩壊の原因にもなった。我々は国有化を避け、生態学的な美徳を上からでなく下から作り上げるために、同等なものどうしの社会的・物質的な取引を奨励し、相互の信頼を築き上げなければならない。小泉首相の民営化政策の理論的な根拠にもなる。

<首相官邸メール> 小泉内閣から毎週木曜日にEメールが舞い込む。恐らくかなりの人が申し込んでこのメールを読んでいることだろう。毎号冒頭に[らいおんはーと 〜 小泉総理のメッセージ]という欄があって首相の現在の心境が率直な言葉で記されている。次いで時局のテーマに応じた担当大臣の意見が代わる代わる載せられる。内容は新聞記事で伝えられるものと大差ないが、このように継続的に語りかけられるとつい身近に感じて応援したくなる。編集長は安部晋三副官房長官だが全体に足元を見られるようなハッタリや変な気張りがないように気配りしているし、歴代内閣のやらなかった良い企画である。内外に多事多難であり次々と課題が降りかかる中で、今までの内閣なら息切れしてもう潰れる頃だが、この内閣は何とか国民の期待を繋ぎとめ、そこそこの支持率を当分維持しそうに思われる。

<歌謡の変化> 森口祐子の司会する"こどものど自慢"という番組がある。その中で仮に歌詞をもらっても自分では全く歌えない新しいジャンルの歌があることに少し前に気が付いた。メロデイが昔からある日本の定型的な歌とは異質なのである。歌手が自分で勝手に作曲したものも少なくないらしい。大晦日の紅白歌合戦でその種の歌がいくつあるかチェックしてみたら、全54曲中12曲に達していた。例えば安室奈美恵とか松浦亜弥、モーニング娘などである。若い人たちにとっては古い歌もこういう新しい歌も自然に抵抗なく受け入れられるのかもしれないが、音痴の私にとってはその気になれば自分でも口ずさめる歌とそうでない歌の間には画然とした差異がある。不思議なのは誰もそのような差異を指摘し、その理由を解説してくれる人がいないことである。
 自分は今や世の流れに付いて行けない古いタイプの人間になってしまったのかと自信をなくしかけたが、気を取り直して番組表を調べてみたらマークした歌手の歌う曲名はすべて横文字だった。歌詞を入手しなかったのでウッカリしていたが、これは日本古来の歌謡曲ではないのだった。そう分ればこれは私の趣味に合わないだけだ。だが待てよ、これは負け惜しみで、自分はやはり時代遅れなのか。

<道路> 「ローマ人の物語第10巻」で著者塩野七生は歴史の時間を進めるのを一旦停めて、ローマ人が営々と築いた道路・橋梁・上下水道・浴場・競技場などの公共設備のインフラに関する叙述に徹した。中でも道路は豊富な写真と地図で単純な幹線道路でなく、複線化し平面を被う形でネットワーク化した道路網として紹介した。長大と云われる万里の長城が秦代から明代のものまで全部含めて5000kmなのに対して、ローマ街道は幹線だけで8万km、支線を加えれば15万kmに達し地球を4周する長さになる。
 道路は4m巾(対抗2車線)の車道・両側で一段下がった側溝・その両側巾3mの歩道と寸法規格が決まっている。1マイル(1000歩=1485m)ごとにマイル・ストーンが立ち街道起点から何番目かその他必要な情報を表示する。道路及び橋梁は軍隊の急速な移動を主目的とした。ローマ軍は制覇した地に軍隊を常駐せず、その代わりにローマに通ずる軍事道路を建設した。街道は大雑把に言えば地中海全周をカバーし、ドイツ以東を除く西欧・中近東・アフリカ沿岸に及んだ。ローマ文明はまさしく地中海文明である。
 このローマ人によるインフラ建設の基本理念は「パクス・ロマーナ」で、1 国境外の敵からローマ帝国とその住人を防衛 2 帝国内の内部紛争、特に宗教と民族間紛争の防止 3 治安維持の保証 を果たした。現在旧ユーゴスロヴィア、パレステイナなど旧ローマ帝国の汎図の中で収拾のつかない深刻な紛争がいくつも続いていることを考えると、ローマ人の4世紀余に及ぶこの実績は現代人の及ばぬ立派なものである。
 このようなインフラは建設に引き続き維持・修繕の絶えざる努力を必要とする。3世紀以後次第に帝国は政情不安定になり、インフラのメンテナンスに政治の力が及ばなくなってその機能を失っていき、遂にローマ帝国自体の崩壊を招くことになった。これは現代でも夢おろそかにできない教訓と著者は強調する。

<聖徳太子> 私にとって知っているようでよく知らない人の代表みたいなのが聖徳太子である。N.H.K.で日本の歴史を動かした15人と言う紹介があって、彼はその5位になっていた。因みに1位織田信長、2位坂本竜馬、3位徳川家康、4位羽柴秀吉だそうで、異論のある向きもあるかもしれない。
 聖徳太子の事績は多々あり、推古天皇の摂政として"和をもって貴しとなす"で始まる17条の憲法や冠位12階の制定で官吏・貴族の政治規律を作った上で、遣隋使を派遣し、大陸文化の導入・仏教の興隆に努めた。だが彼の考え方は新思想や宗教の一方的な押し付けや2者択一ではなかった。従来の日本にあった信仰や思想のよいところは残し、新しい考え方も併せて取る、つまりいいとこ取りの手法を推奨したという。西欧人が嘗てキリスト教を否応なく受け入れさせられたのとの明確な相違だ。
 これを聞いて思い当たるところがあった。日本ではこの時期以後新たに仏教が信仰されたが、古来からの神道や素朴な祖先信仰も残った。徹底的な多神教である。話し言葉としての日本語は大和言葉に古代韓国語も取り込まれた。書き言葉としての文字はカタカナ・平仮名が創り出されて漢字と併用され、そして近世に入ると西欧の単語も直接・間接(カタカナを使って)に取り込まれるようになった。このように貪欲によい文化は積極的に取り込み、自分の一部として吸収してしまう日本民族独特の手法というものは、事によると聖徳太子の創始・指導によるのかもしれない。日本人だけが自然発生的にこれをやったというのはどうも考え方に無理があるようだ。そうであれば、世界に誇れるこの日本人の特性付与に対して5位はどう見ても低過ぎる。

<O.S.への不満> M.S.WORDで文章を編集中に突如「このプログラムは不正に使用されたために強制終了します」というメッセージが画面中央に現われて、後はどうもがいても確認ボタンしか利かないので渋々これを押すと、保存し損なった長い文章が一瞬に消えてしまう。その上に当該ファイルは"読み取り専用"に化けてしまい、癖のつかないバックアップファイルを新製した上で、削除しようとしても拒否される始末の悪い事になる。
 またこれとは別だがファイルを探したり開こうとすると、頼みもしないのにやたらに補助ウインドウが開いて"表示"だの"貼り付け"だののメニュのどれかを選ばないと先へ進まない状況が頻繁に生ずる。頼みもしないのに余計なお世話であり、作業能率を落とす事甚だしい。マウスを変えてからこれが著しくなった。
 諸般の事情から未だに私がWINDOW95を使っている事もあるが、恐らくO.S.のヴァージョンを上げても多分状況は改善されないであろう。嘗て会社でマックを使っていた時にはこれほどひどい事はなかった。O.S.の設計者は余計な機能を付け過ぎる。おまけに出すメッセージが不適切極まる。大勢の人がああでもない、こうでもないと議論した結果なのだろうが、船頭多くして船丘に登るということだ。
 多分現代のパソコン使用者大多数が抱える不満だと思うが、マイクロソフト社の独占の弊害からかいつまで経っても問題が解決した朗報を聞かない。この世界はよいものだけが生き残る競争社会ではないかのようだ。「悩み無用!シンプル・イズ・ベスト!」というスッキリしたO.S.の出現を望む事切である。

<老指揮者> 朝比奈隆氏が他界した。彼はごく最近まで現役最長老として指揮棒を振っていたが、その映像を追憶番組で改めて懐かしんだ。ザ・シンフォニーホールで大阪フィルハーモニー交響楽団による交響曲第5番"運命"を長身・端正・総白髪の氏が几帳面に指揮した。演奏者を次々に丹念に指差し、感情を抑えた眼、体力上の負担からか口は軽く開いているが長時間の演奏にも姿勢は崩れない。子孫の年代の楽団員達も指揮を受ける機会が間もなく失われるだろう高齢の"親分"に面して、全員この貴重な時間を惜しむように真摯に演奏に取り組んでいた。
 演奏が終わると氏は主だった演奏者と微笑を湛え丁寧に握手を交わした後一礼して舞台の袖に一旦引込み、改めて飄々たる足取りで登場すると全員を起立させて聴衆に深々と頭を下げる。楽団員全員が退場した後再度単独で舞台に登場し聴衆の鳴り止まぬ拍手に応えた。控え室に戻っての第1声は"いい演奏ができた、オーケストラがうまくなった"だった。言葉を次いで"ベートーベンは全部やらなければダメだ"と言った。実際にベートーベン全交響曲を世界最多の7回演奏の快挙をやりとげたと云う。考えてみれば89人の構成によるオーケストラ演奏というのは全くぜいたくな催しである。
 京大法学部および文学部哲学科出身で一旦は鉄道会社に勤めたこともある異色の経歴だが、終戦直後に旧関西交響楽団(現大阪フィル)を結成して50年余に亘って育て上げ、大分前から楽団創立時からの唯一のメンバーになっていた明治生まれの男は皆に惜しまれつつ昨年暮れも押し詰まった12月29日に逝ってしまった。享年93歳。

<アフガン状勢> 「医者井戸を掘る」という一見奇妙なタイトルの中村哲氏のレポートを読んでいたく感動した。九大医学部を出た氏は1984年パキスタン北西のペシャワールに赴任して以来一貫して貧困層の一般診療に従事、1986年からアフガンにも入って無料診療を実施、1998年基地病院ペシャワール会医療サービス(PMS)を建設した。著書は米軍によるアフガン進攻直前までのPMSの現地活動報告である。


 地球温暖化の影響からかこの2〜3年アフガン山岳地帯ヒンズークシュ山脈への冬期積雪が激減し、春季に雪解け水が減って大旱魃がアフガン全土、特に東部全域を襲った。突然の赤痢の大流行が飲料水不足にあることを知ったペシャワール会はこれを契機に活動の主体を直接の医療活動から旱魃対策即ち井戸掘りに切替えた。「とにかく生きておれ!病気は後で治す」というわけだ。
 当初の惨憺たる失敗と試行錯誤の挙句、ボーリング・排水ポンプセットアップ・鉄筋コンクリート製井戸枠の生産の分業体制を作り安全対策に心を配って、日本人主体の活動に徹した結果、現地人任せの他のN.G.O.が失敗・敗退を繰り返す中で次々と新たな井戸の開削に成功して住民たち並びに現地タリバンの絶対的信頼と協力を得られるようになった。枯野を緑の麦畑に戻した。
 特筆すべきは若い日本人が何人もこのPMSの活動に参画し中村医師を助けていい仕事をしている事で、よく言われることだがアフガン現地人は日本人に親愛感を持つようで、それには日本の歴史への彼らの愛着と併せてこの人たちの貢献も少なくない筈である。意外なのは中村氏が国内の治安を維持していたタリバンを評価していたことで、2001年初頭タリバン制裁決議をしてアフガン民衆の窮状を放置した国連を無知による国際社会の蛮行と非難している。欧米に人気のあったマスード派の所業も民衆を苦しめただけとにべもない。
 中村氏の主張は何とかして民衆が居住地を離れて難民化するのを防ぐ事で、国連の無策のために隣国パキスタンはその犠牲になって難民帰還計画・難民受け入れ計画・難民阻止が並存する稀代な政策を取らざるを得なくなったと指摘している。難民キャンプに凍死の脅威におびえながら暮らす人々の劣悪な環境を見ると胸が張り裂けるようだと言い、頭に水瓶を載せて数時間の道程を新たな井戸までやってきた若い主婦達のあふれる笑顔が忘れられないと言う。
 タリバンが掃討された最近の状況が心配でインターネットを探したところ、"ペシャワール会"(http://www1m.mesh.ne.jp/~peshawar/)でPMS所長中村哲氏の報告が間断なく入っていて、お元気で活躍されているようだ。昨今の状勢と日本のなすべき役割についても傾聴すべき意見を述べられている。来週日本でアフガン復興支援会議が開かれるが、とにかく現地を知っているこういう人たちの意見を尊重する事が大切だ。
 本人が一旦日本に帰国しての感想は「飢えや渇きもなく、十分に食えて、家族が共に居れる、それだけでも幸せと思えないのか」だ。日本に充満する閉塞感など贅沢以外の何物でもないと云われると返す言葉がない。この際自分らの立脚点を見直すべきなのだろう。

<支援会議> 緒方貞子政府代表は日本・米国・EU共同議長団を代表して「アフガニスタン復興支援国際会議は大成功のうちに終了した」と総括した。会議は総額45億ドル、02年分18億ドルの支援額と行政能力向上・教育・保健衛生・道路電力通信の整備・経済システム・農業と地方開発を支援の6項目を優先分野として挙げ、女性の地位向上・地雷除去にも触れる議長最終文書を発表した。民族間紛争の火種は残っているなど課題は多いが復興への第1歩はうまく踏み出せた。
 前国連難民高等弁務官として今回会議主催国としての日本を代表した緒方貞子議長は事前に現地視察や関係者との予備会談などの準備も済ませ、参加者からその会議の巧みな運営を賞賛されたように堂々と主役を務めて日本の国際的な役割を明示したし、公務員への即刻給料支払いなど実務的な処置や彼女の持論である息の長い継続的な支援を強調して、一部の日本N.G.O.代表の会議出席を拒んだ外務省官僚などとの見識の差を見せつけ、久々に日本にも世界から敬意を払われる政治家がいることを示したのは嬉しい事である。現場も知っている思慮深そうな白髪のおばあちゃんに出てこられると何処の国の人も一目置くような気分になるらしい。
 当事者代表のハミッド・カルザイ暫定統治機構議長が感謝したように日本世論がアフガンに暖かい支援の心情を表した事は、当初爆撃によってタリバンを壊滅させる役割を果たしたと直接の財政援助を渋った米国など共同議長国だけでなくイランなど近東諸国からも多額の財政支援を引き出して予想にまさる成果をもたらす雰囲気造りを果たした。先の見えぬ下降を続ける経済の中でよくやるものだと呆れ顔の米国、我々と同様に相手のことが分りもしないのに余計な手出しは無用と言わんばかりのドイツ、少しはこちらの方も考えて欲しいと羨ましがるアフリカ諸国だが、日本マスコミの役割も大きく民族的な親近感もあって日本・アフガンの親密度はこれを機会に増大するだろうし、貧すれば鈍するにならない日本の心意気に賛成する。一神教を信ずる人々に他宗教への寛容を求めても、そこには明らかに限界がある。それ自体が自己矛盾になるのだ。
 若い人はワークシェアリングなどと言って閉塞感の強い日本をこの際飛び出して、こういう国で民衆に融け込んで働いたら生き甲斐を感じるかも知れない。但し文明生活の恩恵とは当分おさらばする厳しい気構えが必要だ。また他所の地へ乗り込んで大きな顔をするのでなくよき友人に徹すべきである。前項で紹介した中村哲氏も言っているが、日本のやり方を押し付けるのは禁物だ。



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