
<情報開示> 先月小泉内閣の官邸メールを少々褒めたが、たちまちにして今度は失望させられた。それはメールの終り近くに<ご意見・ご感想、配信に関するお問い合わせなど>という案内があるのでここから次のようなメールを出してみたことに関する。
「今こそ考えるエネルギー(経済産業大臣 平沼赳夫)について」
大臣の問題提起はご尤もです。地球温暖化防止も含めて今後の原子力行政のあり方について行政当局は腰がひけているように感じています。小生は既に民間企業を退職した機械技術者ですが、もし本気で聞いて下さるなら多々申し上げたい事がありますので取り敢えずその旨ご回答ください。 02-1-17
これに対して官邸から2日後に次のような返事が来た。
小泉総理大臣あてにメールをお送りいただきありがとうございました。いただいたご意見等は、今後の政策立案や執務上の参考とさせていただきます。
皆様から非常にたくさんのメールをいただいておりますが、内閣官房の職員がご意見等を整理し、総理大臣に報告します。あわせて経済産業省へも送付します。
今後とも、首相官邸ホームページをご覧ください。―後略―
内閣官房 官邸メール担当
これを一読して分かった事は先方は到着したメールに対して半ば自動的に同文の返信メールを発信しているだけで、誰も舞い込んだメールの中味に目を通してはいないのである。受け取った当初は取り敢えず定型的な返事を出しておいて、内容に応じて担当部署に配布されるとやがて杓子定規な不適切な返事を出したことを謝るメールが改めて経済産業省の然るべき部署から来るのではないかなどと少しだけ期待していたが、2週間そのままなのでこれは待つだけ無駄だと悟った。"ご意見・ご感想"などと余計な仕組みを作っても魂がこもっていないから、こういう具合に馬脚を現わすのだ。官邸メール編集長安部官房副長官も御多聞にもれずエエカッコシイである。
ところで折角その気になったのに機会を失ったままでは腹ふくるる思いなので、ここで少しだけ鬱憤を晴らす事にする。最近の「クローズアップ現代」で国谷裕子キャスターは浜岡原発の配管破断事故を取り上げた。管径200mmほどの管材がめくれあがった事故写真を見てこれは一体何だと私も思ったが、多くの専門家が同じように異様に感じたと言う。滅多に見られない管材の破断形態だった。誰かがウオーターハンマーなどと言ったがそういうものとは違うと感じた。配管内に酸素と水素ガスを水中に混在させて電気火花を発する実験を試したところ、配管内に瞬間的に2000kg/cm2程の衝撃圧が発生して全く類似の破断形状が生まれた。しかし現場の配管内でそのような爆発が起こる必然性は考えられないと言う。事故後2ヶ月以上経過するのに担当部署では問題を抱えて原因対策を整理できないままに迷宮入りになりかけている。
以前にも採りあげたが多くの国民は原発の安全性について不安を抱いている。そのために今や日本全国で原発の新規着工は住民投票にかけると容認されない。当事者は原発は安全である、心配しないで専門家に任せなさいと言うが、必要な情報開示をしない。放射能自体が目に見えぬために不安感を誘うのに、何がどこまで安全でどのような危険に対してどこまで対策が取られているのかほとんど部外者に公開しない。また専門家が聞けば歯切れのよい返事が返ってくるかと言えば、最近の圧力容器に生じたひび割れ事故の如く長時間の微量の水漏れにようやく気付き、すべての原発で点検しなおすべき問題だなどと言い出す。先述の配管破断事故など水素や酸素ガス混入の可能性など周辺の状況を包み隠さず開示して問題解決のヒントを広く識者に求めるべきだ。今のままでは政策欠落のままのジリ貧容認だ。
地球温暖化対策の世界主要国会議で日本は対応する意思表示をしたらしいが、具体的な数量の計画と見通しは国民に開示されていない。今後日本のエネルギ需要をどう予測し、それに対してどの程度原子力に頼る積りなのか。成算はあるのか、環境庁・経済産業省!
<怨恨と鎮撫> 先に聖徳太子に少し触れて自分がまだこの人についての詳しい知識をもちあわせないことを述懐した。この度梅原猛氏の熱情のこもった調査研究報告書「隠された十字架 法隆寺論」(新潮文庫)を読み、そんな事実があったのかと半ば驚きショックを受けた。
彼の指摘は法隆寺にまつわる様々な謎に始まる。世界最古とも称される五重塔の頂部の九輪には異様にもニ本の鎌が架かっている。その他いくつもある七不思議は未解明な点の多いことを何人かの関係者が述べている。
聖徳太子は3人の妃をもち子孫に恵まれたが、彼の没後約20年で彼の長子山背大兄はじめ一族25人全員が斑鳩寺(法隆寺の旧名)の塔中で無惨に殺害されたのは太子と従兄弟の蘇我入鹿のねたみによる仕業とされる。太子の血族はここで絶やされてしまった。絶大の権力を握った入鹿は2年後に入鹿と従兄弟の倉山田石川麻呂と皇極女帝の子である中大兄皇子によるクーデターで親の蝦夷と共に謀殺されたと日本書紀に記述されている。太子一家の仇を取ったと言うわけだ。厩戸の太子を"聖徳"と崇めまつって悪人入鹿を退治した人たちの所業は正当化された。更にその2年後倉山田石川麻呂は異母弟の蘇我日向に殺害されてしまう。こうして蘇我氏は内部分裂によって一歩一歩と滅亡・崩壊の道を進んだ。
ところが実はこの3事件とも陰で糸を引いていたのが藤原家の祖である中臣鎌足で、新しい政治勢力として古い政治勢力を滅ぼすために敵の勢力の分裂を図り、蘇我入鹿の無思慮に乗じて天皇家に近い蘇我一族の殲滅を計って成功したのが真相と梅原猛は説く。鎌足は中国革命の書「六韜」を読みふけり、レーニンがマルクスを読んでロシア革命を成功させたように歴史のドラマを実現させたと言う。鎌足は死ぬまで決して政治の表に出ず以後も着々と手を打った。
事件後入鹿の仕えた皇極女帝に代わって鎌足の推薦により孝徳帝が即位する。しかしやがて皇太子中大兄皇子は孝徳帝を難波に置き去りにして飛鳥へ遷都してしまう。鎌足の死と前後して(山背大兄殺戮の25年後)放火か失火か不明だが法隆寺は全焼し惨劇の跡は消し去られた。更に40年経って奈良への遷都が行われ、その際藤原氏の氏寺として奈良四大寺の中でも他を圧する配置で興福寺が建立された。ここに至っては藤原家の並ぶものなき権勢は確立された。藤原不比等太政大臣の時代である。藤原不比等が編纂に参画した日本書紀には藤原政権合理化という隠れた目的があった。聖徳太子を聖化し、藤原氏こそ太子の遺志を継いだ仏教の保護者であるとした。奈良遷都と同時期に聖徳太子の霊鎮めの事業として法隆寺は再建されたらしい。遷都後40年弱経過して疫病(天然痘)が流行し藤原家四兄弟相次いで死去という事件が起こるに及び、収まらぬ呪を感じて衝撃を受けた不比等の娘光明皇后や藤原家の人々は僧行信に説かれて嘗て太子が住み放火によって焼け跡となっていた斑鳩の宮の地に法隆寺東院(夢殿)建造を行い鎮魂に努めた。
梅原猛氏の指摘する現存する法隆寺に見出される数々の不思議・異様さ・不整合はこの小文には記しきれないが、それの多くは先祖の所業への藤原家の人々のはばかりと怨霊への恐れの気持ちと、彼らに命じられて現場で建築物の設計・築造に、或いは収納すべき仏像の制作に携った人々に現代人には知りえない生々しい惨劇の記憶が抑えきれずに影響したものと思われる。聖霊会と能楽の関係など未解明の問題が多くて、私の頭も混乱から開放されない。

<企業倫理> 米国のエネルギ資源を扱う巨大企業エンロン社が会社更生法を申請した。前副会長クリフォード・バクスター氏が車中で拳銃自殺した(これには口ふさぎのための他殺との説もある)ことで事態が一段と深刻さを増した。企業が系統的・合理的な分野にとどまらない貪欲な事業展開を行った結果収拾のつかない損失が発生し、そのような企業情報を公開しないままにインサイダー取引によって経営者側が自社株などの多額の売り抜けを行って、多数の無辜の従業員や関連取引会社関係者まで寝耳に水の深刻な被害を蒙る事になった模様である。従業員は職を失うだけでなく、経営を信頼して多額の自社株を保持していただけにダメージは大きい。従業員を愛さない人間に企業の経営をする資格はない。
更には米議会に多額の献金をばらまいて自社に不利な規制を抑え込み、昨夏のカリフォルニアの電力危機やそれに次ぐ電力費の高騰を惹き起こしたり、ブッシュ政権に働きかけて京都議定書に反対させるなど、自社の利益のためには公益を損なう事に平然と挑んだ。まだ我々の知らされていない大きな悪徳があるらしいが、これからは大企業の倫理冒涜は国際世論で糾弾しなければならない。また今回のエンロンの破綻は米国I.M.F.が推してきたグローバル・スタンダードという経済システムが信頼できないことを露呈したようだ。
<能・狂言の起源> 題記についてインターネットで検索してみた。すると「夢幻の間」というタイトルで7回にわたり"世阿弥との対話"という形で600年前足利義満将軍の保護を受けて観阿弥・世阿弥の親子が能の世界を大きく発展させた事情を世阿弥の口から語らせる手法で講座として紹介していて、無料でこういう知識を手に入れられる便利な世の中になったと感心させられた。
ところでその起源についてだが、聖徳太子の時代に秦河勝(はだのかわかつ)という人が創始し、これが円満井座―金春流と継承されたとある。これは先述の梅原猛氏の話と符号する。氏はたまたま50年ごとに行われる法隆寺での聖霊会が1971年4月に太子の1350年忌として行われる事を直前に知り、取るものもとりあえず駆けつけた。3日間の儀式であるがそれは東院(夢殿)から西院(法隆寺本殿)へ向かう舎利と太子の7歳像を載せた2台の御輿を囲む死者と生者を装う行列に始まり、普段は決して開かれぬ中門を通り舎利と7歳像が薬師如来の前に据えられる。儀式は振鉾・迦陵頻と胡蝶の舞・唄や梵語による法要と続き太子礼賛の表白文が読まれて最高潮に達する頃、笛吹きと共に仮面を被り白い毛に覆われた蘇莫者(蘇我一門代表者の亡霊の意)が現われ舞台一杯に狂ったように舞いめぐる。これこそ子孫一族を皆殺しにされた太子の怨霊である。かくして夢殿に封じ込められた太子の霊は久しぶりに引き出され3日間の儀式で憤懣を表しかつなぐさめられてまた東院に還御する。
舞楽・蘇莫者と笛吹きは後日大成された能と同じ構造を有していると言う。シテは怨霊、ワキは旅の僧である。シテは怨みを述べ荒れ狂う心の苦しみを語り、ワキは舞台の隅でじっとシテの狂乱を見ている。やがてワキに鎮魂されてシテは舞台を降りる。世阿弥の能は社寺を舞台にして行われた。それは鎮魂の儀式だからである。能におけるおどろおどろしい発声は先祖の霊とそれを鎮める厳粛な所作で、外来の舞楽はこのようにして日本化された。

<新進芸術家> まずインターネットでの人物紹介を引用する。曰く{ヨーロッパ、アメリカ、太平洋沿岸に神出鬼没して日本と世界のヴィジュアル・アートの最先端を走り続ける。その身体の奥にアジア古層の感覚を宿しながらそれを最新のメデイアで表出して21世紀文明の彼方への道を人々に啓示する代表的な現代美術作家 森万里子}。
彼女の多彩な作品が今東京都現代美術館(江東区木場公園)にピュアランドとして展示されている。彼女自身が色鮮やかな天女の姿で現われる。と思うとやはり自演で"巫女の祈り"と称して大きな水晶の球を持ち白髪に染めて瞳が透明な彼女のグラフィック・デイスプレー。今度は"DREAM TEMPLE"と名づけた法隆寺の夢殿(直径11m;高さ5.2m)を会場内に見る角度によって色の変わるガラスの建造物として設け、一人づつ建物内の球の中に入って5分弱の鮮やかなイメージと音で聖徳太子の時代を体験できる瞑想的な環境を造った。興味と暇のある方には探訪をお勧めします。
米国アリゾナの広大な原野に風車が林立する風景や炎暑のシルクロード・火炎山などを眼前にして触発された彼女はやがて大きく作風を変えたという。人の意表をつく(芸術家にはこういう行動がぜひ必要だ)作品を次々と発表し、楽しさと美しさをイメージとして表出して感歎を集め、次の作品に皆の期待を集めることにおいて、今や彼女は世界でひけをとらない一流の芸術家だと思う。彼女は日本独自の伝統社会と仏教文化を愛している。日本でまだ無名に近いが、やがて知らぬ人のない人気を獲得し、我々にも疎くなりかけている良き日本を世界に紹介してくれることだろう。

<民俗学> 今まで聞いてはいたが機会もなくつい敬遠していた。昨今近代文明のもたらすいわゆるグローバリゼーションへの不満が高まってきたが、それへの効果的な対案もなかなか見出せない中で柳田國男の"民俗学"の一端にふれてみようという気になって、彼の終生の力作「柳田國男全集」32巻の中から比較的に自分の興味のもてそうな分野として第13巻(先祖の話・日本の祭・神道と民俗学・祭礼と世間)を買い求めてみた。ところが読み進める中でたかが文庫本1冊(但し740ページある)の内容の多さにいささかタジタジとなった。それは1個人によくここまで蒐集できたものと感歎させられる日本各地の民情の具体的な記述であり、またそれを基に氏が展開する独自の論説である。そして他の部分を読まずに云うのは少々不遜だが、この巻が古きよき日本を理解する上で極めて重要でかつ多様な問題の存する分野らしいということを悟りだした。
厖大な内容は勿論ここに紹介できないが、例えば氏神様の話で冬は山に入って山の神になり、春は再び里に戻って田の神になりなされる、家の主人は丁重にそれを送り迎えするのは南北かけ離れた日本各地で耳にする。これは天候の不順を心配する祖先の霊であるといった類である。なるほど日本は多神教の国だという例証は厭と言うほどあって、ややこしいことは神様どうしが相談なさるという信仰もある。日本全国の古来の様々な風習、伝統といったものが日本の近代化によって急速に消滅していくのを放置できない氏の心情がこれでもかとばかりに次々に材料を提示する。
氏は若い頃(35歳)"遠野物語"など民間に伝わる説話を集め始め、貴族院議長徳川家達と衝突して書記官長を辞めて(45歳)朝日新聞記者となり日本各地を旅行、また国際連盟統治委員としてヨーロッパを旅行する。次いで雑誌「民族」を創刊し(50歳)新しい民俗学の確立に努める。やがて「民間伝承の会」を設立(60歳)、全国各地から集積された民俗資料をもとにライフワークともいうべき主著を刊行する。「先祖の話」は終戦の年、連日の空襲警報の下で書かれた。戦後(70歳)日本の神、家はどうなるのかを憂えて「民俗学研究所」を設立、民間伝承の会を日本民俗学会に改称して会長となる。晩年(80歳)弟子達の不甲斐なさを歎じて民俗学研究所を解散した。
まだ一端を覗いただけだが、忘れかけている伝統的な日本のよさと祖先たちに代表される人間の本質が彼の作品に綿々と綴られていて、これをどう応用したらよいかは私如きには容易に解けぬテーマだが、我々の将来の生き方に決して無縁であってはならない事だけは明らかだ。
<躓く> ソルトレイク・シテイ冬期オリンピックでは凡そ勝つべき人が勝っている。スキーの距離競技など荻原健司がいくら頑張っても雪に慣れ親しみ体格のいい北欧人が勝つに決まっている。テレビのアナは出場前に過大な期待を持たせるようなことを散々云うが、終わった後では惨敗にもケロッとしている。商売上止むを得ないだろうが、毎度の事で興醒めである。そういう中で男子500m滑走で日本の清水宏保選手の一番の強敵とされていたウオザースプーン選手は優勝候補筆頭故に最後に滑ったがスタート直後につまづいて転倒したのが目を引いた。彼は敢えて2回目のタイム・トライアルに参加し僅差でトップを取って少し面目を回復した。
他にも滑走中に何人かの選手が多少なりとも爪先を氷面に引っ掛けてタイムをロスしていたが、ああ見事に転んだのは珍しい。私は障害者になってから左足先を引っ掛けて何度も転倒しているから、人の転倒にも関心が強い。説教するまでもないが、"つまづく"という現象は気をつけていれば決して起こさない。他に注意が行っている時に無意識に足を出す瞬間、爪先の持ち上げ方が僅かに不足するのである。
それにしてもワープロで半ば自動的に選べる"躓く"という漢字は面白い。ついウッカリして順調に進行できるはずの足を質に取られる。人間のサガは残念ながら気を付けていても八方には気を配りきれない。超一流の選手が最高の舞台でこれをやる。同様にどれだけの人間が過去に大事なところで躓いたことか。後でいくら悔んでも遅い。覆水盆に返らず。 併せて漢字文化に住む身故に字から連想の楽しさを味わうことができる。
<テレビの怖さ> 2月20日衆院予算委員会は午前中に田中真紀子前外相および鈴木宗男前衆院議運委員長を証人喚問し、午後からは小泉首相と川口新外相・外務省事務方関係者の出席を求めて、過日のアフガン支援会議におけるN.G.O.2団体の出席拒否問題を終日討議した。平日昼間の放映だったが田中外相更迭に対する主として女性層の不満から小泉首相の支持率が急落した後で問題の証言の食い違いを糺すテーマだったので、恐らく視聴率は異常に高かったと思われる。
真紀子さんは期待(?)に違わず責任のなくなった立場から質問に答える形で遠慮会釈なく鈴木議員、外務次官と官僚、官邸の福田官房長官、遂に小泉首相にまで批判の爆弾発言をぶつけた。続く鈴木議員は質問に如何に間接的な答え方をするかの見本のような応対をしてしぶとさを見せ、午後からの小泉首相は彼一流の強引な表現を譲ろうとしないために興醒めで、ハンセン氏病患者の告訴問題に対応した時のような柔軟さがなかった。外務省官僚陣は議員の執拗な質問をかわしきれず、省内の人事権まで握る鈴木議員の名を最後には口に出す往生際の悪さを見せた。
じっとテレビを見ていると、人間正直なもので個々の発言内容はとに角、全体的な雰囲気で真相は凡そ分ってしまうから恐ろしい。真紀子さんへの質問者は皆猫なで声で彼女の想いを表情たっぷりに最大限に引き出す事に成功していた。結果的には誰の解説がなくても福田官房長官が野上前次官とつるんだ官邸の悪役になり、首相までも工夫もなく同じ台詞を繰り返す(意地になったか)だけで、判官びいきの日本人にピッタリの芝居を悪役の親玉として共演してしまったから、テレビ放映の効果は怖いものだと感じた。
首相にしてみれば大臣たるものは与えられた環境で清濁併せ呑む度量を見せ、一国一城の主として組織を何とかまとめあげる政治家の力量を発揮して欲しかっただろうが、お嬢さま育ちの彼女は自分の思うようにやれる環境(主として人事権に関して)を露骨に妨害されて短絡的に抵抗し、クビになった自尊心の傷を我慢ならず今回の爆発でわがままの地を出してしまった。大勢として男は首相を支持するが、女は多分に彼女の側に付くだろうというのが私の率直な感想である。

<企業の没落> ハーバード・ビジネススクールの秀才クレイトン・クリステンセン教授の著書「イノベーションのジレンマ」(翔泳社)は感銘深かった。1980年代に私達が優良企業として社内OA化の軸に扱っていたDEC社、XEROX社が1990年代初頭から急速に落伍していった理由をも見事に指摘している。サービス業におけるシアーズ社も然り。"このような優良経営企業の場合、すぐれた経営こそが、業界リーダーの座を失った最大の理由である"と。これだけでは全く分らない。だが更に云う。"現在広く認められている優良経営の原則の多くが、実は特定の状況にしか適合していないのだ"と。
企業は主要市場の主だった顧客の評価する性能指標に従って既存製品の性能の向上に努めている。このように企業が専念している"持続的技術"に対してある時突如"破壊的技術"が出現する。破壊的技術は当初小規模な市場で最も収益性の低い顧客に受け入れられる。最高の顧客を相手に収益性と成長率向上に努めている大企業とは全く競合しないように見える。ところが異なる分野で機能・品質を向上し、競合する市場に参入した時には急速に競争力を増していて、もう大企業が開発に投資しても手遅れになっている。
企業の能力は資源・プロセス・価値基準の三つによって定まり、ある分野に次第に特化して異なる分野には無能になっていくと著者は説く。資源(人材・設備・技術・取引相手など)は投資によって切替え可能だ。一方プロセスは会社組織が価値を生み出すメカニズムで、これは一旦作り上げられると変化を拒む。そして在来の持続的技術で永い間に作り上げられた価値基準、これが実は変化に対して最も手ごわく抵抗する。結局企業が大きくなり成功体験をもつと、在来業務に伴うプロセスや価値基準はその企業の文化を形成するようになる。この文化は経営者のみならず従業員全体を革新的な事業への強い抵抗力となる。
1例としてミニコンに注力していたDEC社はパソコン事業に対応する資源は十分に所持していたが、そのための外注管理中心のプロセスは全く所持しなかったし、高付加価値の価値基準ではパソコン生産に求められる激しい価額競争に勝つ戦略追求は無理だった。だがパソコンがやがてミニコンでしか果たせないと考えられていた役割までカバーするようになった。
こうして破壊的技術が特殊な市場で競争力を高めて一般的な市場に踊り出てきた時に、市場を持続的技術で支配していたかに見えた在来の"優良企業"は一挙に競争力を失い没落の道を辿る。在来優良と考えられていた経営方法は破綻する。
これへの対応方法は主流組織から独立で小規模な組織をスピンオフさせ、破壊的なイノベーションに挑戦させるしかないと言う。試行錯誤が必要だし、定まった経営手法などはなく、マーケッテイング上の挑戦だからいつ成功するか分らない。闇夜を行くようで不確実極まりない世界だが、この道を諦めては今の日本産業界の未来は開けなさそうだ。