
<歌枕> 昔国語の教科書で「月日は百代の過客にして(これは李白の詩の引用)、行きかふ年もまた旅人なり。・・・」で始まる凝った文章を読んだ覚えがあるが、ごく部分的に承知していたのに過ぎず、この度「おくのほそ道」全文に目を通す機会を得た。発句も含めて俳文は大した分量ではないが、その内容は一字一句をおろそかにしない寸分も隙のないものであることを改めて感じた。
広辞苑によると、− 歌枕 = 歌を詠む時の典拠とすべき枕詞・名所など。また古歌に詠みこまれた諸国の名所 ― とある。俳句の心得がなくて今まで知らなかったが、「おくのほそ道」俳文の随所にこの歌枕が織り込まれていることを知った。とりたてて陸奥は46箇所に及ぶ歌枕の名があがっており、歌枕のメッカと称せられるのだという。"最上川"などというのは一地点の名ではないが立派な歌枕の一つである。
松尾芭蕉46歳の春から秋にかけて江戸深川から美濃大垣まで奥羽・北陸約2400km、150日に及ぶ旅であるが、路程にある歌枕(関東も含めて77箇所?)をつぶさに訪ねて丹念にそれを読み込み、その地に生きた歴史上の名士を偲び、かつまた西行法師・能因法師など漂泊の旅をさすらった先輩達の足跡を辿り、李白・杜甫・東披など中国詩人の表現を随所に借りるなど実に意欲的に旅の成果をまとめようとしている。
それにしても当時の旅は苦難が多く、現代人には想像もし難い辛いものだったようだ。
曰く"宿を借るに土座に莚を敷きてあやしき貧家なり。灯もなければ囲炉裏の火かげに寝所を設けて臥す。夜に入りて雷鳴り雨しきりに降りて臥せる上より漏り、蚤蚊にせせられて眠らず、持病(胆石症)さへおこりて絶え入るばかりになん。"、また句に吟じては"蚤虱馬の尿(しと)する枕もと"。同行した弟子曽良は旅程の終り近く遂に発病して落伍してしまった。このように苦労を重ねた芭蕉の旅の主目的は先にも記した陸奥の歌枕探訪にあったようで、仙台藩などの領内整備のお蔭でそういった"定かならぬ名所"も比較的容易に尋ねあてることができるようになっていた。なお芭蕉の関心の深さに応じて紀行文は北陸路に至ると際立って簡略になっている。
載せられた句はいずれも完成までに随分推敲を重ねたようで、いくつも類似の句が残っている。また評釈を読むと短い句に多様な意味合いが込められていることに流石はと感歎させられる。敢えて好ましい一句を選べば
象潟や 雨に西施が ねぶの花
因みに"象潟"は"松島"と双称される歌枕。
<中国新事情> 5月21日付の中国紙、文匯報は、3年以内に中国は有人宇宙船を打ち上げる見通しで、現在訓練中の宇宙飛行士は14人などと報じた。
中国外務省の孔泉報道局長は日本領事館に次いで最近中国内の韓国領事館に逃げ込んだ北朝鮮の亡命志願者について身柄を中国側に引き渡すべき旨言明した。外交官事務所の外交上の特権とは別に、難民問題はバックに何十万ともしれぬ亡命予備軍が潜在的にいるだけに、当事者だけを如何に処理しても問題は残る。
このような客観状勢の中で日本の政治家たちの中で中国に対するO.D.A.を未だに続けているのはおかしいという声が強くなっている。元来戦後中国と国交を再開した時に周恩来首相が日本に賠償を求めないと言明し日本は度量の大きさに感謝したが、他方で双方にやはり何らかの償いがあるべきだという感情が残っていて、それがO.D.A.として対韓国は終了したのに現在も残っていると理解している。こういうものはなしくづしに尻つぼみに終えるのでなく、政治家同士がキチンと後腐れのないように話を付けるべきだ。
昨今の中国はW.T.O.に加盟したにも関わらず市場にコピー製品が氾濫していて、中国には動物と人間以外のコピーは何でもあると言われ、いくら朱鎔基首相が躍起になってもどこ吹く風の状況らしい。この国は当分新たな話題に事欠かないだろう。

<氷川清話> 勝海舟は幕末から明治維新の混乱期に生死の関頭を何度も潜り抜け、徳川幕府から明治の薩長閥政府に政権を最小限の混乱で移譲させる大事業を成し遂げた後、明治32年に77歳で没するまで長生きした。最晩年に東京赤坂氷川町、氷川神社の傍の勝邸において問われるままに遺した小話集が「氷川清話」で、すべて余人には経験不可能ともいえる自分の生々しい体験から出た言葉だけに、極めて貴重であると同時に全く興味深い。
全篇何気なく気負ったところのない語り口で平易に、諸々の大事件や著名な人物の評価、更には人間社会を貫く普遍的な真理まで述べていて、このような貴重な知識を後世の我々が文庫本(角川ソフィア文庫)のような簡便な形で継承できるとは有難い限りに思う。日本人の長短所を知悉しているくせに自分自身は日本人の欠点に鮮やかなほど無縁で不思議な人だ。時代の変化に追随できなくなってしまった徳川幕府体制をその内側から解体させた人だが、その創始者家康に対しては深甚な敬意と評価をしていることが読み取れる。世の政治家たちはこの際本書を熟読玩味すべきだ。必ず思い当たることが多いだろう。
こんな事が書いてある。"維新の際、旧旗本の人々を静岡に移したのは凡そ8万人もあった。政府では10日の間に移してしまえと注文したが、それは到底できないから20日の猶予を願って汽船2艘でもって運搬した。その困難は非常なもので、1万2000戸しかない静岡へ一時に8万人も入り込むのだから、俺は自分で農家の間を奔走して、とにかく皆のものに尻をすえさせた。3,4日たつと沢庵漬はなくなり、4,5日たつとちり紙がなくなり、俺も実に狼狽したよ。"
"一個人の百年は丁度国家の1年ぐらいに当たる。それ故個人の短い了見であまり国家のことを急きたてるのはよくないよ。徳川幕府でも、もうとてもだめだとあきらめてから、まだ10年も続いたではないか。"
<記録映画作家> 羽田澄子という人が"老いを見つめる"というテーマで教育番組・心の時代に出演した。嘗て"薄墨桜"など多くの記録映画を監督・製作したが、近年は老人問題を取り上げていくつもの作品を作っただけあって、老人の痴呆化を見つめて傾聴すべき話を聴かせてくれた。
老人病院では入院している老人が人としての機能を皆失っていく様をまざまざと見せ付けられて、人間はこんな風に退化していくのかと唖然とさせられるが、院長の話としてそのような老人達を見る時に判断力や記憶の衰えばかり見ないで、情緒面の心の働きに着目するとそれぞれの人なりの良さが見付かり、皆自分の人生体験をふまえて真摯に生き続けようとしているのがよく分かるようになると言う。
ずっと一緒に住み娘の映画監督としての活動を支えてきたと自負する母が老い衰えて少し前に逝去するまで看取った体験を静かに語る。多くの痴呆老人を見つめてきた体験は肉親に対しても余計な感情をあまり混えずに、嫌がる病院へは入れないでごく自然に終焉を迎えさせることができたと言う。
彼女は自分自身について青春時代というのはまだ世の中が良く分らないし、自分の進路も迷いが多くて人が云うような幸せな時代ではなかったと云い、60歳の還暦を迎えてようやく自分の進路に迷いがなくなって自分は幸せだと感じた、変っているのでしょうかとおっしゃる。なお現在76歳になって先も長くないことは実感している。だが母のように死を迎えるにしても自分でやれる内はしっかりとやっていきたいと終始冷静な口調で目を細めて語る表情に魅入られてしまった。
<座忘> 1回の紹介で片付けるには惜しいのでー続氷川清話―として以下に続ける。
同年代の尊敬する人物として横井小楠・西郷南州の二人を挙げている。横井は極めて聡明で常に"今日はこう思うが明日になったら違うかもしれない"と言い、機に臨み変に応じて物事を処理できると評し、西郷は大度洪量で天空海闊、礼儀正しく大誠実の人だったとし、大勢の弟子のために情死せざるを得なかったと惜しんだ。勝はもしこの二人が組んだらとても敵わんと思ったそうだ。
政治・外交の秘訣は正心誠意であるとし、自分は心を明鏡止水の如く保ち、臨機応変に事に処する剣道の極意を応用して誤らなかったと明言している。また人間の相場は上がったり下がったりするがその間10年とはかからない、その10年を辛抱できれば運が向いてくるとも語っている。
曰く"人は何事によらず胸の中から忘れきるということができないで、始終それが気にかかるというようではそうそうたまったものではない。いわゆる座忘と言って何事もすべて忘れてしまって、胸中闊然として一物もとどめざる境地に至って始めて万事万境に応じて縦横自在の判断が出るのだ。全体事の起こらない前からああしようこうしようと心配するほどばかげた話はない。時と場合に応じてそれぞれの思慮分別はできるものだ。第一自分の身の上について考えて見るがよい。誰でも始めに立てた方針どおりにきちんとゆくことができるか。とてもできはしまい。元来人間は明日の事さえわからないというではないか。"
坂本竜馬が薩長土肥を結び付け明治維新を導いたというが、彼を海軍に入れて世界を見る目を育てたのは勝だし、西郷隆盛の大度が最小限の流血で大政奉還を実現したというが、西郷は"勝サンにお任せ申す"と旧幕府に依存してなりわいを立てていた江戸150万の人々の始末を勝に預けて労を逃げてしまった。これは大久保利通の発案による遷都や前記の勝の苦労による徳川家臣団の強制移住などで格好が付いたが、旧幕臣から大逆臣呼ばわりされながら勝は徳川慶喜の命を全うさせ、明治31年には慶喜が明治天皇・皇后に拝謁して朝廷と徳川将軍の和解*に漕ぎ付けるお膳立てをして旧徳川家臣団の怨恨解消を果たした。
周知の如く早々と坂本も西郷も大久保も横死を遂げ、実質的に明治維新をまとめあげた第一の功労者は何と言っても継続的に苦労を重ねた勝海舟である。和解*に要した年月の持つ意味を軽く考えるべきではない。勝は決着を就けるのに時間が必要なことがあるのを熟知していて、それに自分の一生をかけてやり遂げた。この際日本人はこの事実をも銘記し、衷心から日本人らしからず肚が据わりかつ周到だったこの大先輩に感謝しなければバチが当たる。

<メモリーの管理> 中古パソコンから企業の秘密情報や個人情報が流出する事件が相次いでいる。うっかりミスという訳ではない。本人はちゃんと消去したつもりだから問題だ。パソコンに取り込んだ文書・数値・画像などを選んで"削除"操作をするとエキスプローラの画面からそのファイルが消える。もう少し追求して"ごみ箱"に移動しているファイルを連れ戻せばファイルは復活するが、"ごみ箱を空にする"操作をするともうそのファイルは消滅し復元できない。
しかし詳しい理屈は知らないがハード・デイスクの該当部分の書き込みが消滅して書き込み以前の無垢の状態に戻っているのではなく、書き込みの冒頭の部分に"削除済み"の記号が付いているだけで、書き込みそのものは残っているらしい。だから専門家は必要があれば削除した筈のファイルを復元できるし、私などの立場で申せば折角大きなファイルをM.O.などに待避させメモリーの余裕を設けたつもりが少しもハード・デイスクの空きスペースは増えていないことに気が付いてガッカリすることになる。
これらはM.S.WINOWSというO.S.のなせるわざで、結局パソコンというものは定期的にプログラムやデータを一旦外部に待避させて中味を完全に消去、新たに組み込まないとゴミだらけになって動作不良になるものらしい。こういった事はマニュアルには書いてないが、私のパソコンも目下その間際にあるようだ。
<簡潔ということ> 30年以上前に米国カリフォルニア州の片田舎に暫く居住していた。鉄道はないからどこへ行くのも車である。道路は対抗2車線に過ぎないが幅員は余裕をとっている。特別な事情のないかぎり直線に布設された道路面は舗装してあるが、地形の凹凸をならすように土を盛ったり削るなどの余計な手は加えていないから、高速(時速65マイル)で飛ばして行くとまるで大きな波のうねりに身を任せているように上下にゆさぶられて慣れないと軽い酔いさえ覚える。周囲は乾燥した原野で沙漠状になっていてロクに草も生えていない。道路の舗装面と路端の野とにほとんど高さの差異がないから、路面を踏み外すことへの危険感がなく、一度は走行中に地図に目をやっていて本当に右車輪を舗装面から外してしまった。途端に車は激しく搖動し車を舗装面に引き戻すのに手間がかかって、バックミラーを見ると走ってきた道路沿いに猛烈な土埃を長い距離にわたり巻き上げていた。見かけ以上に危険な行為をしてしまったと反省したが、対向車や追随車は一切なく事故を起こせば自業自得で他人への迷惑はない。道路へはこれ以上金をかける必要はないのだと納得した。
月に一度新横浜の横浜国際総合競技場近くの労災病院に定期検診に出かけるが、競技場周辺の道路がこの半年ばかりの間月ごとに変貌する様に驚き呆れていた。 Wカップが始まり先日日本―ロシア戦をやったから、もうこれ以上手を加える事もあまりないと思うが、既存の道路を車を毎日走らせながら少しづつ移動していき、立体的な複雑な交差形状を完成するまで、何もないところに単純に一本の道路を造成するのに比し何倍の土木工事費をかけたことだろう。道路改修以前の競技場と第3京浜港北インター・新横浜連絡道路は私などの素人目には別段相互に支障のない位置関係にあったように見えたので、後者を今回大改修して周辺の景色を全く変えてしまった意図が理解しかねている。
周辺の鶴見川は新たに造成された遊水地を含めて全面コンクリートで被覆され、自然の草地は消滅した。新たに高く盛り上げた道路の法面一つとっても非の打ち所のない完璧な幾何学的な形状に造成されていて美しい芝が植えられた。こんなところはペンペン草などの雑草の生えるに任せておけばよいと思うのだが、これではロクに虫も住みつかないし、子供が立ち入ったら叱られるだろう。競技場から新横浜と反対方向へも立派に敷石を敷いた広い歩行者用道路が続いていて、あんな道を誰が通るのだろうと不思議になる。無駄に税金を使って必要のない土木工事をする一つの典型だろう。
現代は最小限の費用で必要を満たし、人工的な匂いをなるべく避け人間社会と自然環境の繋がりを極力保持するような土木工学を再構築すべきだ。最近昔から残る下町の路地で盆栽を育てコオロギが鳴くような人恋しい雰囲気が見直されているが、林立するアパート群の中で視野に入るかぎりコンクリートが土を蔽った一見整い隙のない環境は非人間的で、そこで遊び育つ子供たちの情操教育上有害この上ない。
<クラシック> 以前から疑問に思っていることだが、もし玄人に話したら当然のこととして一笑に付されそうで口にしなかったことがある。それは音楽で"クラシック"と呼ばれる世界に新たな作品が現れないことだ。だからこそそう呼ばれるのだろうが、それならばこの世界は時と共に見捨てられてしまうかというと決してそういうことはなくて、続々と若い演奏家が現われ、彼らの活躍する舞台としての演奏会は昔とそれほど変わりなくアチコチで開かれている。そこで演奏される曲目が*ベートーベンとかモーツアルト、チャイコフスキーなど200年以上前に世を去った人たちの作品がほとんどで、新進作曲家のものは滅多になく、あっても現代音楽などと称すると今ひとつ大衆に受け入れられなくて、やがて立ち消えてしまう。
歌謡曲の世界ではほどほどに新進歌手が目新しい曲目をもって登場するし、古手の歌手達もある程度は新曲を作ってもらって面目を一新したりしている。既に採りあげたが年寄りには馴染みにくい自由型のメロデイをもつ新しいジャンルと言うべき曲目も現われているが、昔からある演歌調の新曲も平行して生まれている。従ってこの分野では何人もの著名な作曲家による曲目の更新が順調に進んでいる。
人間の感性は依然としてクラシックの旋律を身近に求め、また高度の技量を必要とするそのような曲目の演奏を一生の仕事として選ぶ人たちがオーケストラに必要なすべての楽器について依然として絶えず現われるのに、クラシックの曲目を新たに創りだそうとする人が目立たなくなり、またそのような新たな業績を賞揚する場がなくなってしまったのは何故だろう。かの*楽聖たちに匹肩するような才能をもつ人は現代では生まれなくなってしまった特別の理由でもあるのだろうか。誰かこのド素人の疑問に分りやすく答えてくださる方がいたらぜひ教えて下さい。音楽大学あたりに知り合いでもいれば直接訊けば済む事だが生憎なので。

<官製データベース> 総務省は既に法制化され本年4月1日から発効となった住民基本台帳ネットワーク・システム(住基ネット)を、国会で審議中の情報保護法案の成否に関わらず実施しようという構えだが、"国民共通背番号制に反対する会"というのがさかんに反対キャンペーンを張っている。曰く「収入、借金、買い物履歴、図書館やレンタルビデオでの借り出し記録、電話やメールのやりとり、本籍、家族構成、学歴、病歴、結婚歴、妊娠・出産歴 等の個人情報が一元管理されるプライバシー・クライシスが目の前まで来ています!」
東京都の東久留米市議会は8月5日稼動が予定されている住基ネットについて、セキュリティー対策未確立を理由に稼動延期を求める意見書を賛成多数で採択した。また長野県は住基ネットの国による個人情報の目的外利用に歯止めをかけるための新条例を県議会で審議中であるという。だが神経質になるのもほどほどにしたい。電話番号などどこから入手したか知らないが墓地案内や新設マンション購入を募るなどの勧誘電話が毎日2,3件かかってこない日はない。迷惑ではあっても枯れ木も山のにぎわいみたいなこともある。
問題の住民票について法令を見ると、氏名、生年月日、男女の別、世帯主または世帯主の氏名及び世帯主との続柄、戸籍、住民となつた年月日、選挙人名簿・国民健康保険・介護保険・国民年金・児童手当などに関する特記事項の他、政令で定める事項を磁気ディスクに記録するとある。
今までのお役所仕事がペーパーレスになり、何かというと戸籍謄本、戸籍抄本を取り寄せてという作業が簡略化されるのなら結構ではないかと思うと、冒頭に紹介したようにプライバシーが容易に侵される危険が出てくると騒ぐ人が出てくる。ここで皆が考えなければいけないのは共用のデータベースはどうあるべきかということだ。重要なのはその中味(データ項目)だが、法令の記載事項と反対する会の採りあげている事項とでは全くと云っていいほど違う。後者であればこんなものが関心を持つ他人の目にふれては敵わんと誰でも思うが、こんな面倒なデータよほどのV.I.P.でなければ誰がまともに入力するか。混同してはいけないのはキチンと公式にデータ入力するものと泥棒まがいにひそかにデータを入手・登録するものの違いだ。反対する会の挙げているようなデータは捨てたパソコンだとか病院・銀行など公共設備から闇で収拾したもので、体系的なものにはなり得ない。お役所仕事とは無縁である。
一方で前者であれば大半の人はまあよいと考えるだろう。納得づくだから体系的にデータは整備できる。しかしそれでも私は厭だという人もいようから、そういう人は登録を免除する代りにペーパーレスの便益も受けられないようにすれば自業自得で合理的ではないか。段階的にもう少しデータ項目を増やしてそのデータ・グループにも自由意志で登録する人はそれなりに更なる便益が受けられるようにするのも一法だ。何事も強制すると無理が出る。データの公開と便益が相応ずるようにして選択させれば、程度問題はあるが次第に公開に協力するようになる。
法令で問題があるとすればデータ項目に"その他政令で定める事項"という文言を入れたことで、今回の国会もそうだがいくら法案をうるさく審議しても、官僚がこういう抜け道を設けると後日どうにでも改変されてしまうと不信感を抱かれる。人の心は微妙だから共用のデータベースにこの種のあいまいさを残すのは禁物だ。他に意外に人々が杜撰なのが登録データに改変の必要が生じているのにそのまま放置するケースだ。定期的なデータ再登録システムが必要だし、その辺で犯罪者の介入余地は封じておかないといけないが、所詮は完璧なデータベースを過度に期待しない方がいい。