8月の話題


2002年8月

<鉄道旅行> 一度紹介した宮崎俊三だが、海外まで足を伸ばした旅行記をこのほど2冊読んだ。台湾とインド。もちろん鉄道紀行である。この人のように徹底的に乗りまくると、鉄道という視点から見たその国のヴィジョンのようなものができあがる。2国とも自分ではたまたま訪れたことのない国だが、地図と時間表まで添えて地形と風景、気候、民情の説明をしてくれるので、あたかも自分でも訪ねたことがあるような錯覚さえ覚える。同じアジアにあって昔から日本と縁の浅からぬ両国について、このような形で知見を少しばかりでも増やせるのは悪くない事だ。

 台湾:九州とほぼ同じ面積に九州より2割ほど多い1700万人が住んでいるが、島の中央部は南北に山脈が走っており、東岸は峻険で山が迫っているから人口の大半は北岸から西岸沿いに集中している。先住民族300万足らずでその半数は山間地に住み、漢民族の渡来は17世紀ごろから盛んになったという。鉄道は主に戦前日本が敷設したが、西岸は基隆―高雄間の縦貫線が複線電化され超特急電車が快走するなど発達しているのに対して、東岸は20年前(著者が訪れる直前)に険しい海岸線に沿って北廻線が開通して全通したばかりである。年寄りには日本語が通じて気脈が通じるが、一般の意思疎通は主として紙片に漢字を書いて行う。阿里山鉄道という72km、標高差2244m、狭々軌762mm、所要時間4時間、琴山東大教授設計の登山電車がある。

 インド:鉄道 総延長日本の2.3倍、世界で4位の62000km。レール軌間1676mm(55%)、1000mm(39%)、762mm&610mm(6%)、複線区間22%、電化区間8%。その歴史はアジアで最も古く、日本より19年も早く英国が敷設を始める。幹線は世界一の広軌だが、後から敷設されたものは地域の事情で安価な狭軌を敷いた。このゲージの多様さが相互乗り入れを阻み貨車の積み替えを余儀なくされて、インド鉄道の悩みの種になっている。幹線はデリーから一方は東へカルカッタまで約1000km、他方は南へボンベイ経由デカン高原を縦断して南端のコモリン岬まで約2000km。この2本のはさみの如き鉄路を宮脇氏は2週間ほどで旅したが、これではまだ面で捉えるべき国を線で捉えたに過ぎない。でも酷暑を避けて冬期に旅行したのは賢明だった。
 指定席を申し込んでも予め座席が分らない。列車がホームに入ってくる少し前にホームの掲示板に乗客名簿と指定席番号の掲示が出てワッと人だかりがする。まるで入学試験の合格発表のようだ。寝台車に上段でも転落防止の柵がない。みんな死んだように仰向けに寝たまま動かない。日本人は畳の上で寝るせいか寝相が悪い。下段にさえ柵を設けるのは日本だけだと言う。
 面積日本の9倍、人口7億7千万、宗教はヒンドウー教83%、イスラム11%。菜食主義者が多く肉を食さない。これは仏教の影響らしく、ヒンドウー教やイスラム教以前から続いているらしい。そうでなくてもヒンドウーは牛を食さない。但し外国人に強制はしない。平常はカレーと小麦粉を焼いたチャパテイばかりでこれが嫌いではインド旅行はできない。飲酒には厳しい。インドは1956年の独立後25の州に再編成され、州ごとに言葉が違って州語の文字さえ違う。インドの学校ではヒンデイー語、英語、州語の三つを教えるという。インドの州は国と同然と言われ歴史・文化を異にして独立性が高い。米国の州の比ではない。ヒンドウー教信仰に見られる異質な物を包容するインド人の鷹揚さのために辛うじて抗争を免れている。州の事情を知らずにインドを理解できないが、それはインド国民にさえ容易なことではない。インテリが多く識字率がインド諸州で第1位というインド南端西部のケララ州でさえも、宮脇氏にアテンドしたインド人のガイドは、蛇がとぐろを巻いたような字形の州語で書かれた駅名が全く読めなかった。推して知るべきだ。

<マンハッタン鳥瞰図> 7月の話題で紹介した石原正氏の作品集の中からニューヨーク・ミッドタウンの図(A1版)をこのほど入手した(有料)。添付されていた氏の解説によれば、始めてここの鳥瞰図を描いたのは1962年ドイツ人のヘルマン・ボルマン。次いで1981年亡命ロシア人のアンダーソン。3人目が1988年の石原。4人目はコンピュータを使って作図しだしたが街に生活感がないという。ボルマンは道路巾を2倍に、また建物高さも引き伸ばしたがビルの階数は忠実に表現。但し1962年作成以後改訂していない。アンダーソンはビルの階数、窓の数を省略、改訂はマンハッタン・マップ社に引き継がれているが改訂の度にドンドン質が落ちていると言う。1920年代に建築家ル・コルビジェが自身の建築完成予想図をアイソメトリック図法で表現したのを、後日ボルマンが街全体に応用したのが始まり。
 石原は1984年にこの街をヘリコプターで空撮、地上取材と合わせて撮影した12000カットの写真を基に制作を開始、3年後に再取材して4年かけてこの絵を完成させた。アイソメトリック図法を使いビルの高さと道路巾を1.2倍に拡大している。小さいビルも高いビルも窓の数は忠実に画きこんだ。但し道路には車も人もいない。
 現実に高層ビルの間の街路をいくらうろついても、天空に聳える摩天楼に視界を遮られて到底街の総合的なヴィジョンは得られないのを、これは1枚の絵で見事に目的を達成している。ビルの頂部は通常の視点ではロクに眺める機会のないものだが、この絵では精細に描きこまれている。斜めに殺ぎ落とした形や尖塔形式などそれぞれの建築家が強い個性を発揮していて興味深い。作者の遊びは遭難して遂に到着しなかったタイタニック号が4隻のタグボートに引かれて無事に目指していたニューヨーク港に入港しようとする姿と、セントラル・パーク南端の林に4人の大統領の顔(どこかの岩山にも彫刻があった)を隠し絵で画きこんでいることだ。整然たる画面は実景に近い彩色をしてあって美しく、地図としての利用はもちろん街を詳しく知っている人ほど見飽きない完全な景観を提供してくれて、立派なデータベースになっている。
 但し半島東端近くの例の世界貿易センタービル2棟は故意にか画面から外れている。建築中だったのか。別にミッドタウンの中心部をアップして、拡げた道路巾を元に戻し、車4300台と8000人の人間を画きこんだA0版の「或る日のミッドタウン」も購入可能だというが遠慮することにした。

<国語復習> 「常識として知っておきたい日本語」(柴田 武著)という本を入手した。凡そ350の語句についてその語源と現代使われる意味について正確に2ページに3語句のページ配分で解説をしている。最初にペラペラと本をめくった時には目にしたことがない語句は皆無だったので、大した事のない本だと一旦は脇に置いた。しかし思い直して自分でその語句を使う立場に立った事を想定してもう一度熟読してみると、意外に知っているつもりの語句についての自分の知識が不正確なことを発見した。著者の経歴を見るとまさにこの分野の専門家、第1人者で、あとがきでまさにその点を指摘している。
 例えば"落とし前をつける"は元々は"競りで値段を適当なところに落とす"意味で、これが転じて"もめごとの後始末をつける"となったと言う。私たち日本人は自分たちの言葉について知っているつもりが意外にもあやふやな知識しか持っていない事を認めざるを得ない。特に語源については弱い。仏教など日頃は縁遠くても、そちらから来た言葉を無意識に使っていたりする。この際反省して著書に挙げられた語句全部をEXCELの表に書き出してみた。多少の間違いは気にしない寛容な方でご希望の向きは遠慮なく声をお掛けください。メールに添付してお届けします。当然無料です。著作権の侵害にはならないでしょう。



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