
<樹木の生命力> 世界で最も高い木は北米西岸近くの湿気のある低地に生えているGoast Redwood、高さが111.4m、直径が6.7m、推定重量730t、推定樹齢2000年。冬の降水量は2500mmだが夏は40mmに過ぎない。しかし長時間海から流れてくる霧に包まれ樹葉が霧を水滴に変えて根元に落としこれが300mm以上の降水量に相当するのだそうだ。時に襲う洪水によって洗われた地表に種子が落ちたときに新しい芽が出る。
メキシコ、オアハカ州トウーレ村は二つの山脈にはさまれた砂漠にトウーレ・サイプレスという独立樹が生えている。最大の直径は15.84m、周長57.9m、高さ42m、推定樹齢2000年。40degCに達する高温の乾燥地だが両側の山脈から流下する水が地底深くにあり長い根でこれを吸い上げているという。
中東の砂漠に生えるブリッスル・コーン・パインは葉をつけていない。樹齢4000年を超え一見枯れ木だが平均10年で2mm幹が成長している。
CaliforniaのSierra Nevada山脈のGiant Forestに多いセコイアの大きいものは高さ83.8m、直径11.1m、周長31.3m、推定重量1380t、推定樹齢2700年。数十年に一度の落雷による山火事が長年月枝に付けていた球果を開き種子を地上に落とす。この時地表の落葉などの堆積物が焼けて種子を受け止める環境ができる。山火事で幹の中心部は焼けても樹皮の部分は水分が多く生き残ると言う。
水を10m以上の高所まで運び上げる原理は毛細管現象では説明できない。長い自然環境への適応の歴史の中で洪水や山火事まで繁殖に利用する生命の強靭さなど植物の世界にも人の知らぬことがなんと多いことか。
<ポンペイ> N.H.K.世界悠々でイタリアのポンペイ遺跡を見る。西暦70年代のローマ帝国の繁栄時の文化がベスビオス火山からの火砕流によって6-7 mの土砂に瞬時に埋められ表面は耕作されて畑となり、200年ほど前に発掘され始めるまでそのままに保存された。山の緩斜面を利用した直角に交わる道路による都市計画。平らな石を敷き詰めて造られた馬車道とその両側の歩道。多彩で機能的な商店街や市場。芝生や樹木を取りこんだ広壮で贅沢な住宅。至る所に壁画がある。アルファベットの文字が使われている。運動競技場や逆円錐型の観客席を具えた闘技場。5000人以上の収容能力のある野外大劇場と小劇場。公衆浴場や公衆便所。産業革命以前の都市の大抵の利便が揃っているように思われる。ただし上下水道だけは不備のようだ。これも機械設備の恩恵を受けなければやむを得ないことか。今でも周辺部はまだ発掘の手が及ばず畑のままだ。標高1277 mと低いが火山の噴火口はポンペイに向けて今でも恐ろしげな口を開けている。
<孫娘からの質問状> 「おじいちゃん戦争のことを教えて」 中条高徳 致知出版社 著者は陸軍士官学校卒業直前に終戦を迎え、アサヒビールの発展に尽くした人だが、父親に付いて米国に渡った孫娘からの質問を受けて日本近代史を自分の考えで説明している。私と年齢が近い(5歳ぐらい上)せいもあり、思想的には98%位私と合致しているが、正確な例証を付して自説を補強していて極めて説得力のある主張を展開している点に心から感心。著者はまた日本の現状をとても憂いており、日本は西暦紀元前のカルタゴがローマ帝国にやられたように敗戦後G.H.Q.によって精神的に壊滅された。今や一刻も早く教育改革が必要と述べている。まさに同感。人にも一読を勧めたい。
<大学入試> 新聞に大学入試センター試験の問題と解答が載っていたので、どのようなものか試してみた。世界史Aが55点、世界史Bは35点(いずれも100点満点)だった。日本史は設問を読んでいる内に不愉快で解答する意欲を喪失した。いずれも高得点をさせないためのワナが多く設けられている。時期的に適合しているか、人名と業績のミスマッチ、複数の事実の記載のどこかに虚偽の内容(例えば全く別の王朝名)を何気なく潜ませておくなど。歴史の流れの中の抜き差しならない特質を追いかけるといった必然性があれば設問自体が教育的であるし、誤りを指摘されてうーん参ったとなるのだがそういうのは滅多にない。日本史に至っては抑圧された人民のさまを時代ごとにクドクドと問題にする。如何に厭な国だったかを分析するような設問だ。固有名詞の羅列による断片的な知識を如何に多く持ちそれを設問の中に注意深く照合するかを試している。その方面の専門家になろうというならともかくそんなことはどうでもいいじゃないかと言いたくなる内容があまりに多い。
こんなテストのための受験勉強が楽しいはずがない。またこんなテストに好成績を取る人の素質は果たして世に役立つという尺度とマッチしているものか、日頃テレビのニュースなどでの論調と対比する時その格差の大きさに呆然とした。このような試験問題の作成者は学校教育のあるべき姿を考え後世に恥じない内容と胸を張る自負をもっているか。反省も無く過去の流れに惰性的に追随していはしないか。最近よく言われるように入学は容易に、しかし自他ともに認めるような成果を出さないと卒業できないようにエネルギを試験勉強でなく個性ある資質の育成に教育システムを改めるべきだ。

<ノモンハン> 半藤一利著の「ノモンハンの夏」を読む。参謀というのは陸軍大学を優秀な成績で卒業した軍のエリート官僚なのだそうだが、陸軍本部と関東軍に分かれた彼等の無責任で杜撰な所業を容赦なく抉り出している。ノモンハン事変というのは相当な苦戦だったという漠然たる印象しか持っていなかったが、動機といい戦いぶりといい当時の日本陸軍指導部の悪いところが露呈している。敵を知り己を知らば百戦危うからずというのがあるがまさにその逆を行っていた。ロクに偵察も行わずいざとなれば日露戦争と同じ肉弾戦法を取り、戦死だけでも約1万人という。背景に中華事変の長期化と英国との摩擦の激化、米国の干渉など当時の日本は現代のイラクの如き四面楚歌の状況にあった。天皇の心痛も並大抵のものではなかったようだ。何も知らぬ子どものときに耳にした歌がある。「ここはお国を何百里離れて遠き満州の赤い夕日に照らされて 」その哀愁に満ちた調子が心に残っている。一方でモスクワに凱旋したジューコフ司令官は日本軍下士官・兵の頑強さと勇気を心から賞賛したという。このような一途さも今や帰らぬ昔の話である。
<ウオーホル> N.H.K.の西洋名画百選でアンデイ・ウオーホルを知った。キャンベルスープの缶詰が1ヶ画いてある。なんだこれは単なる商品広告ではないかと思った。そう言えばまさにそうなのだがスッキリとしていて厭味がなく何となく見惚れてしまう。別の作品というとまるでスーパーマーケットの売り場のごとく同じデザインの多種類の缶詰が隙間なくビッシリと陳列棚に並んでいる。消費製品を商業的に再加工したのだという。平気で反復する。これがまさに現代のアメリカなのだと主張してポップアートという新しい芸術ジャンルを作ってしまった。有名人の顔写真(黒白)に数種の原色で着色してしまう。それは決して自然な色ではないのだが不思議に美しく抵抗感なく素直に受け入れたくなる。
今まで知らなかったが私より5歳年長のこんな男が私が米国に長期出張した30年前には既に後世に残る作品を次々と発表していて、米国中をいやというほどかき回した挙句10年以上前にあの世へ去っていた。彼の後に亜流でさえも現れないのだという。まさに天才である。よく分析してみると輪郭形状は写真を使う。色はにごった複合色を避け少ない数の原色で塗りこめる。画材の選択とこの色の付け方だけなのだがそれがまさに絶妙なのだ。ところで彼はこう言っていたという「一度ポップになってみると、もうそれまでと同じようにはアメリカを見られなくなる」と。これはまさにすべての人に共通する悲しいさがを意味している。
<学級崩壊> 主としてテレビ報道で知ったことだが、小学校でしかも低学年から授業を真面目に受けようとせず教室全体が全く統制の取れない状態になってしまう(これを学級崩壊というそうだが)現象が日本全国で発生しているという。紙ヒコーキが飛び交い何人も教室の内外を歩き回る。誰も先生の話を聞いていない。大分以前から小さい規模でこういった現象はあったがここへ来てその規模が顕著になり日教組大会(?)が主要なテーマとしてこのたび取り上げた。授業がつまらない、塾の方が進度が早いし教え方もうまい。だから学校で授業を受ける意味がない。むしろ正式の教科でない脱線の話の方が面白いし学校は孤独になりがちな子ども同士の交流の場でもあるのだが、その面での適切な指導もない。子どもはバカではない。これでは学校とは何ぞやということになる。一体文部省は何をやっているのか。ホーチミン政権下でついこの間まで大量虐殺のあったカンボジアではまだ乏しい教科書を大事にして子どもたちがむさぼるように授業を受ける映像を見た。対照的である。
<TVタックル> 再度北野たけしだが昨夜は20代の女が自分より年の若い男を何人も取替え引き換えハントする話題だった。かってもっぱら男が何人切りとか称してガールハントをしたようにまた年増の女が恐る恐るやったことを今や若い女が都会の夜を獲物を求めて歩く。これを田島陽子が幼児期に虐待されたことへの代償行為と断定的に決め付けて出席者の猛反発を買い、憤然と途中退席した。残りの人たちの分析によると恒常的な夫婦間のつきあいではどうしても逃れられないドロドロしたものがイヤで、キレイなところだけを求めて演技してでも新しい関係を作りたがると言う。飽きたら手を出すのをやめればよい。あとぐされがない。昔は男だけがやっていたが今や女も同じようにやる。要は人間の本性は男も女も変らない(田島陽子先生は反対らしいが)。私が思うに電子メールが流行るのもこのような本性に適合するところがある。応接に飽きたら余計な気兼ねなしにやめればよい。

<囲碁> 中学以来の知人からの誘いがあってパソコン通信による囲碁対局システムIGO-NETの導入を企て、接続に少し苦労したが何とか使えるようになった。早速IGOセンターの指導員とテスト対局をしてみたが、腰がすわらずに簡単に負けてしまった。考えてみれば身体の障害によるハンデイキャップのためにこの10年ほど腰を据えて碁を打ったことがない。日曜日の昼の対局観戦や毎日の新聞の囲碁欄を見ることは実践の腕を上げるのに全く役に立っていないばかりか、注意力を集中して大過なく一局を打ち切る気力がいつの間にか衰えていることに気が付いた。息の長い碁にしないで無意識に短期的に決着をつけようとしている。直観的に着手の候補が脳裏にひらめく事については昔に比して衰えないと思っているが、候補手の中から以後の展開を見越して最善の着手を選定するのは会社で仕事を進めるのと同質の頭脳の負荷になると感じてわずらわしくなり、在社中人に誘われない限り碁を打つことを避けてきたところがある。しかし仕事が無くなった今、頭脳に新たな負荷をかける必要がある。何事も慣れだからあせらず騒がず私向きのこの新しい環境に適応するように努めよう。
<生き方> 生命化学専攻の中村桂子がこう言った。田んぼって人間が作ったものだけれど長い年月の中で完成させたものだからあれを見るとほっと安心するんですよね。だけど最近の工業製品は目まぐるしく変って人の心まで不安にさせる。現代は人々が科学を宗教の代りになると錯覚しているところがある。人は皆二人の親、更にその果てしない祖先から遺伝子を引継いで他の誰とも違う個体を形成しているかけがいのない生き物なのに、機械と同じように考えたりしていないでしょうか。新しいものをやたらに追いかけないで昔から続いてきたものをもっと大事にしないと内部崩壊が始まりますと。確かに例えば特許とか新製品開発とかあるいは学会へ提出する論文までよそより一日でも早く出さないと競争に遅れるといって四六時中それに憂き身をやつすというのは、その大部分が不毛の努力であるし代償として生を受けた人として大事なものを失っているのかもしれない。
<アフガニスタン> 私の敬愛する歴史学者アーノルド・トインビー氏の旅行記「アジア高原の旅」を読む。ずっと以前に求めておいた本(430円)だが書棚に眠らせていた。彼は40年前の1960年、71歳で2月下旬から6月末まで極めて意欲的にアフガニスタン国内を巡った。彼は言う。この50年間過去2500年の世界の歴史を文書や地図で研究してきた。今このイスタリアの丘(峠を越えた高原の入り口)に立ち、ただ一望してそのすべてが理解できた。その一望は私の50年間の読書研究より価値が大きかったのであると。また言う。自国イギリスは文明のさいはての地で文明世界の中に巻き込まれるようになってからまだ200年余、一方アフガニスタンは2500年文明世界の十字路としてその流れの中に浸っていたと。
記述の大半はヒンヅー・クシ山脈をはじめとする難路をジープで強行突破する苦労と厳寒と暑熱の急変する環境に費やされる。そう言えば約30年前にイランのカスピ海南岸からエルブルーズ山脈を越えて首都テヘランに戻った時のことを思い出す。日本に似た美しい風景の初秋の低地から高度の増加につれて雪が激しくなり舗装された山道なのに苦労して夜中過ぎにホテルに戻った。近代化の度合いは違うが同じイラン高原で地勢的な条件に類似性がある。日本も英国と同様のさいはての地に属し、昔苦労してアフガニスタンの山野を通過した人々がシルクロードを経てはるばるもたらした文明の恩恵をもっぱら受けているのだ。