2月の話題


2003年2月

<アニメの魅力> 1月の終りにテレビで「千と千尋の神隠し」(宮崎駿監督)を観た。映画上映で米国あたりでも随分人気を博して評判になった事だけは知っていた。粗筋などの予備知識は特になかった(ここでもこれから観る人のために敢えて開陳しない)ので、話の展開にもいささか引き込まれた。実は“囲碁ネット”で他人の対局の観戦をしていたのだが、たちまち画面から目が離せなくなり、集中を妨げる囲碁などは早々に打ち切った。後から理屈はいろいろ付くが、こういう番組の放映画像が頭脳に訴える単位時間あたりの情報量の多さには無条件に脱帽だ。ホームドラマなど既成のあらゆるジャンルの企画とはその点で一桁以上の密度の差を感ずる。
 宮崎作品はこれまでにたしか5点ほど鑑賞していて、話の展開の仕方や主役・脇役の登場し方、画像構成に若干の類似性は感じられるが、それを上回る独創性とストーリーを貫く温かみがあって嬉しく見せてもらえる。作品はご本人の人格の総合的な表出であるわけだが、全篇を通してここはない方がいいとか観たくないとかいう場面がない(少なくとも私にとって)ことはよく考えてみれば素晴しいことだ。話がどう展開するか予想もつかない発想のユニークさには毎度のことながら魅力がある。小難しい理屈や必要な予備知識がなくて小学生にも理解できる一方で、あらゆる階層の大人には期待とそれに応じた十分な満足を与えられる他に類例のないジャンルであり、まさしく見事な芸術作品である。
 独創と言えば赤い欄干の橋を渡ると、城郭のように聳え立つ和風のホテルというか御殿の美麗な建築があって、ここが様々な事件の舞台になるが、妖怪たちとの息もつかせぬ立ち回りの合間に窓外を見下ろすと橋の下の水面近くを電車が走っているのが俯瞰できる。また夜になると暗い水面の上を明るい電車の窓の列が走って行くのが映し出される。これは単なる傍景かと思っていたら最後に近い場面でその鉄道で6区間離れた駅まで電車に乗っていくことになり、ホテルからタライ舟に乗せてもらって行くと、延々と続く線路は水没していてそこで下ろされた主人公千尋は膝近くまで水に浸かって線路上を駅のプラットフォーム(水中から突き出た単なる高台)まで歩いていく。やがて2両連結の電車が水を蹴立ててやってくる。運転手は見えないがキチンと停車しドアが開き、車掌がいて行き先を確かめて切符を切ってチャンと乗せてくれ、妙に辻褄があっているのがいい。監督は筋書きを曲げてでもぜひとも電車を登場させたかったに違いない。芸術はこのように主題に関わらず見せたいものは見せられるのがいい。この部分は監督の遊びに違いない。

<不作為の罪> 高速増殖炉もんじゅの原子炉設置許可処分について名古屋高裁は1審判決を取り消して無効判決を下した。判決は法律家が草したにしては珍しく技術分野に深く踏み込む専門的なもので、その意味でもまた原子力行政に法曹界が楯突いた点でも画期的と言えるだろう。判決文には
@事故究明ならびに実験の結果ナトリウムとコンクリートの直接接触を防ぐための鋼製ライナが損傷・減肉する点への配慮が不十分で2次冷却材漏洩事故への防止対策が万全でないこと、
A蒸気発生器伝熱管破損事故の解析条件には高温ラプチャ型破損を考慮対象としていないこと、
B一次冷却材流量減少時の反応度抑制機能喪失事象で炉心最大有効仕事量が380MJを上回る解析を省略し、炉心崩壊事故につながる事象への判断を省略している
などを指摘し、原子力安全委員会の審議で用いられた審査基準や審議判断の過程で看過しがたい過誤・欠落があると言い切り、安全審査の全面やりなおしを求めている。
 日本経団連の奥田碩会長は「日本のエネルギ政策全体を考えてみる時、原子力が要るのか要らないのか、この際考えてみる必要があるのではないか」と述べた。また電力業界は既に海外でほとんどの国が高速増殖炉を断念し、また次善の策たるプルサーマル計画は東電の原発トラブル隠しの影響もあって実施の見通しが立たぬこともあって、どうやら核燃料サイクルの計画全体を見直す機運にあるようだ。既存の通常型原子炉は軒並みプラントとしての寿命が迫っている一方で、どこにも新規原発の着工は認められていない。
 既にこの随筆でも何度か取り上げているように当事者である電力会社や行政当局は以前から住民を中心とする原子力事業への危惧の念を解消するための努力を怠っているばかりか、現実に存する多様な危険を解明し積極的な対策を講ずることなく、臭いものに蓋をする無作為に終始していると難じざるを得ない。ましてやエネルギ政策の根幹に原子力を据え、世界の大勢に逆らってでも技術の日本の面目を発揮するという気概はどこにも感じられない。それはもともと原子力技術全体が日本で開発されたものでなく、戦後まるごと米国から輸入され、手を加えにくい形で導入保持されていることに由来しているのだろう。手を打てる範囲が日本得意の品質管理の分野だけで、基本原理に属する領域は誰も介入が許されないのが実情であれば、包み隠さずそのような実情を公にしてこの際他国に倣って早々に撤退すべきだろう。
 悔しいことだが日本人の社会にはそのような面で若者たちが創造性を発揮することを敢えて許さない空気がある。そして年寄りたちは経済問題も含めて問題をひたすら先送りする。こうなれば折角暖冷房という文明の恩恵に浴しそれに慣れきった昨今ではあるが、電力不足から停電によって節電を強いられて、昔のように夏は炎熱にうちわを扇ぎながら耐える生活に戻る覚悟をすればよいのだ。

<隠居> “徹子の部屋”に杉浦日向子さんが登場した。“お江戸でござる”で活躍中の江戸研究家だなと思って話を聞くと、彼女は17歳の時にもう随分人生を生きた、今の倍の歳になったら引退しようと思ったそうで、実際その歳に今までやっていた漫画家としての活動をやめた、以後は隠居して勝手に過ごしている、週に1回“お江戸でござる”に最後に登場して少しだけその日のドラマについてのコメントを言うのは自分としては肩のこらない余技に過ぎないとおっしゃる。
 今は40歳だが隠居したのだから毎日朝から何もしなければならないことはなく自由だ、今日は何をしようかと毎日楽しみだ、その代わり収入も少ないから生活の規模を毎年少しづつ縮小しているが独り身だから気楽である、テレビも前よりサイズを小さくした、再び漫画を画いてくれと言われても全くその気はない、衣食住の内飲み食いには金をケチる気はないが衣住には金をかけない、これも(と言って自分の着ている着物を指して)古着屋で買ってきましたと言う。だからエンゲル係数は毎年上がっていきます、先日泥棒に入られたが何も取られませんでした、目ぼしい物がなかったのでしょうと笑っていた。
 皆さんにもせめて週1日は隠居することをお勧めしています。“そ連”というのを主催していて、そば屋の一番暇な午後2時から4時の間に行ってゆっくりそばを味わう、毎日行く専門の人が15人、たまに行くメンバーを合わせると現在100人会員がいますなどと言っていた。1度きりの人生、そうあくせく生きるのは利口でないよと言いたいに違いない。女性には珍しい人生の達人である。尤もこんな人ばかりだったら子孫がいなくなって人類は絶滅してしまう。

<コロンビア> 1月16日打ち上げられスケジュールを予定通り消化して帰還中のスペースシャトルは米国時間2月1日午前8時50分過ぎ、大気圏突入後のマッハ約20(時速約22000km/h)、機体表面推定温度1500degの状況においてテキサス州上空で空中分解し四散した。
 報道によれば打ち上げ約80秒後外部燃料タンクを覆う断熱材の一部が剥離してシャトル左翼下面の車輪格納庫付近を直撃したという。燃料タンクの断熱材はポリウレタンで、管制センターは材質の物理的な性状から翼に与えた衝撃は小さいと推定したようだが、凍結した氷塊が付いていればその限りではないともいうし、格納庫のドアが可動なためにこの部分でタイルは分断されていてその僅かな欠損も高温ガスを車輪格納庫内部に呼び込む弱点になっているようだ。
 事故直前の監視データによればまず格納庫内の左車輪圧力に異常が生じ、次いで左翼に設けられたセンサー類が一斉に異常に急激な温度上昇を記録して信号が途絶した。管制センターとの交信途絶(この瞬間に恐らく機体破断)の直前には自動制御されている筈の機体の姿勢は大きく左に傾いていたと報じられている。
 シャトル本体は高温には耐えられないアルミ合金構造で、その外面を炭素繊維とグラスファイバからなる30cm角の断熱タイル27000枚で覆う構造だが、前記の諸事情を総合すると大気圏突入時には左翼のタイルの一部が既に剥離していた上に、更に新たな剥離が発生したかと思われる。タイルは軽量(約210gr)で衝撃を受けた場合の物理的な強度が大きいとは考えられない。金属構造の本体の振動や空気との摩擦熱に伴う変形に対して断熱材はどのような工法で接着強度を確保しているのだろうか。私の大学時代“接着”に関する機械工学の講座はまだなかった。 もし外部燃料タンクの断熱材剥離が誘因であれば、使い捨ての大型タンクはその表面積も大きいから施工に手を抜いた可能性があり、その裏には伝えられているNASAの予算削減が影響したことが推定される。
 いずれにせよ厖大な予算を消費し尊い優秀なクルーの人命を支えるスペースシャトルの命綱が断熱材の“接着”であるという点に現代技術への不安を感じざるを得ない。接着技術と剥離のメカニズムそのものに未解明の要素が多いのではなかろうか。報じられるNASAの推論もシャトル断熱材剥離の時期が発射時なのか大気圏突入時なのか混乱している。カリフォルニア州で最初に落下した断熱材のピースを捜索しているというが、それは発射地点付近の海中からかもしれない。
 朝のテレビドラマ“まんてん”で主人公は「宇宙に行きたかぁ」と叫ぶが、そんなにあの不気味に暗黒な宇宙に飛び出したいか。宇宙はまだまだ怖いところだ。生身の人間など隙があれば簡単に食い殺される。物見遊山の気分で行くところとは度台違う。

 ところでNASAは2月5日になって一旦認めた“外部燃料タンクの断熱材が機体を覆う耐熱タイルを直撃して損傷させた可能性”を詳細な映像の調査と検討計算の結果改めて否定し、交信途絶後32秒にわたって送信されていた信号を重視して別の事故原因を究明すると発表した。この話は詳しい説明を聞かない限りよく分からないが、私など素人の判断と全く食い違い、極言すれば当事者たちは血迷ったかとも思われる。いずれ真相は改めて公表されるだろうが、機体の耐熱タイル剥離が事故に直接関係していることを私は信じている。

<ホープ登場> 棋聖タイトル戦に山下敬吾七段が登場した。現棋聖は王立誠で十段位も確保しているダブル・タイトルホールダーで、変幻自在な棋風でつかみ所のない碁  といわれる。不思議なことにこのような目覚しい実力者王立誠が山下敬吾に対する従来の成績は1勝6敗と断然負け越している。 山下敬吾挑戦者は北海道出身、高校数学教師の息子で父の手ほどきを受け小学2年に小学名人戦優勝、菊池康郎氏の主宰する緑星学園に入学、以後囲碁一筋に研修に努める。緑星学園では対局をする子供たちに正座をするように指導していて、山下氏も当然そこで鍛えられているからタイトル戦の厳しい対局で夕方になっても決して正座を崩すようなことはしない。
 棋聖戦は今までのところ2勝1敗で山下リードだが、第1局は特に印象が強かった。山下は白番で厚く打ちまわし、王は機敏にアチコチ侵略してくるが、黒は死活のはっきりしない石が2群あってとにかく薄い。その内山下はどちらかを御用にするのだろうと見ていると夕方テレビ中継の終わる直前には両方とも活かしてしまった。解説の林海峰九段はこれでは望みがないというご託宣だったので残念と諦めたが、後でインターネット・読売新聞に入ってみたらなんと山下が圧勝している!棋譜を辿ってみると実は一度も王が優勢になった場面はなく、厚く厚く打っている山下は終盤ジワジワと優勢を拡大して遂に盤面でも白がリードしてしまったのだ。
 第2局では黒番山下が封じ手の手番になり、専門家たちの予想ではずっと手を抜いていた左辺黒模様の不備に手を入れる筈というものだったが、着手は右辺から中央に配した一群の石をガッチリ補強するものだった。果たして王が左辺に手を付け、そこでも妥協する手段があったのを黒が最強に応じたため、外壁は残したものの黒模様変じて白地になってしまった。解説の専門家の批評では負ければこの封じ手が敗着になるだろうというものだったが、山下は厚く打った封じ手の石を足場にして右辺の白石を攻め、決してその白石を取りはしないもののジワジワといつの間にか全局的な優勢を築いてしまった。
 私も随分専門家の碁も見ているが、大抵は決めるべき機会に決めないと形勢を失してしまう。強い碁打ちは皆言い合わせたように機敏に走り回る。彼のように行くべきと思う時に慎重にジックリ打ち進めていて、悠長なようでなおかつ最後にはチャンと元を取る腰の重い打ち方には舌を巻いた。碁の深遠さに改めて感じ入る。実は本日第3局の実況放映があり、白番だが期待していたのだが今日ばかりは悠長に打ち過ぎて、王に先手で生きられてしまい万事休した。今回は調子に乗り過ぎて安易に流れたようだが、今後に期待したい。
 最近台湾、韓国、中国出身の若手が母国だけでなく日本の囲碁界での活躍もが目立って、生粋の日本人は木谷門の面々の高齢化で寂しくなったが、依田紀基(現名人)に次いでようやく囲碁界に待望の若いホープ山下が現れた。頑張って欲しい。

<炎の画家> インターネットで試みに“ゴッホ”で検索してみると多くのサイト案内が現れるがその中から“ゴッホの生涯”を選んだところ、「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの生涯」(http://www.twentyfirst.net/gogh/)に到達する。驚いたことにこのサイトを誰がどういう経緯で運営しているか一切表示がないのだが、この中にはゴッホの経歴の5ページにわたる説明とともに彼の主要な作品一切が惜しげもなく紹介されている。
 経歴紹介によるとゴッホは37年の生涯でオランダに生を受けてからヨーロッパを転々とし13回も住地を変えている。経歴の文の中にその時々の主たる作品が挿入されていて、随時拡大して鑑賞でき彼の作風の変化を辿ることができる。また“Slide Show”という企画があって、ゴッホの871全作品を順に表示してくれる。そこでは随時”stop”、“back”の押しボタンにより途中で停めてジックリ眺めることができる。一通り鑑賞するのに2時間強を要するが、私のように足が悪く仮に美術館で展示があっても落ち着いて見られない者にはこの上ないサービスである。
 また“リンク”という項目では65件に及ぶサイトの紹介があって、そこを適宜訪問すれば主要な作品を拡大表示して眺めることができる。最近日本で1枚の農婦の絵が1万円程度に値踏みされていたのが、ゴッホの作品と分かり競売に付されて6600万円で落札されたそうだが、確かに“Slide Show”の中に当該作品があると思ったら、ニュースになってからホームページの管理者はその絵を経歴紹介の文の中にも組み入れてしまった。このようにインターネットで誰でも何時でも見られるようになると芸術品の価額も影響を受けざるを得ないだろう。従来からある美術館などという仕組みにとっても大きな衝撃になるに違いない。
 名前は知っていてもごく僅かな作品しか知らなかったゴッホだが、871全作品の中には初期の習作と見られる多数の静物(日常品)の他に素朴な労働者の働く姿を多く題材にしている。それらの初期の絵と思われる作品は概ね色調は単色に近いが、デッサンは対象の特徴を的確に捉えて流石に非凡さを感じさせる。華麗な色調はパリ時代に浮世絵を知った後にアルル時代になって花開く。この時代以後の作品は一目で他の画家とは違う特徴がある。ゴーギャンと知り合い、彼の強い個性と衝突して後サン・レミ時代には狂気が現れ、作品にも糸杉と太陽や星が描かれる。自殺直前に描いた「オヴェールの教会」は快い色調の絵だが、空は暗く路は明るく教会の屋根の線はゆがんでいる。それが全体としてはバランスがとれているように見えるのが妙だ。また麦畑に多数のカラスが飛ぶ絵も明るいが異様だ。
 ゴーギャンと会わなかったなら多分狂気にもならなかったし、もっと長生きしただろう。ゴッホのために献身的に尽くした弟テオもゴッホの没後精神に錯乱を来たし、半年後に後を追った。二人の墓は並んでいるという。インターネットのお陰でゴッホは忘れられない人になった。




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