
<超大陸パンゲア> 子供の頃から世界地図を眺めて南米大陸とアフリカ大陸の南端の形状が極めて類似しており、北米大陸の南端もやや類似していわくありげな形で南米大陸に繋がっていることに気が付いていた。インド南端もやや似ている。地理に興味のある人なら誰でも多かれ少なかれ同様な感想をもったに違いない。
約100年前にドイツの気象学者アルフレッド・ウエゲナーは南米大陸とアフリカ大陸の輪郭がジグソー・パズルのように組み合わせられることに気が付いた。彼は地球上に離れて存在する6大陸は昔は一つに固まっていたという大胆な仮説を発表した。



<時代の変遷> テレビで息抜きの“みんなの歌”をやっている。毎日やっているので聞き流していたが、ふとオヤと思って注意して聞いてみた。画面では二人の少女の人形が踊っている。
「テレビが来た日、それは歴史に残る日 テレビが来た日、この僕は学校を休んだ 電気屋さんの来る道に赤いじゅうたんを敷いた ご近所の人も集まってテレビの到着を待った テレビは何故か床の間に ドンとすわった テレビが来た日、八帖の部屋は劇場に変わった 八帖の部屋はすし詰めで、立ち見さえもあった」・・・一体これは何だ。最初は最近躍起になってN.H.K.が宣伝しているデイジタル・テレビのP.R.かと思ったが、歌詞を聴いているとそうではない。どうも昔々(もう50年近く前)一般にテレビが普及し始めた頃の状景のようだ。“ご近所”とか“床の間”など団地や高層ビルの現代住環境とは異なる昔からの長屋の感覚らしい。
ただし踊っている女の子の姿は50年前のそれではなく、現代の少女の風体をしているから変に錯覚してしまう。今の若い人がこんな歌詞を作るわけがない。どう考えても作ったのは我々の世代の人だろう。調べてみると阿久悠作詞作曲で復活したピンク・レデイーのケイこと増田恵子が歌う。大学3年の頃街角に街頭テレビが設置されて、大相撲の放送の時などは人山ができたことを憶えている。次第に手の届く価額になって急激に一般家庭にも普及した。しかし歌詞にあるような感慨は明らかに過去のもので、いくら開局50周年記念だと言っても感情は若い人には復活しない。
「兎追いし かの山、小鮒釣りし かの川」(“故郷”の一節)という歌詞が多くの人にとってもう実体験としての馴染みがなくなっているように、環境や文明の変遷は懐旧の情まで遠く押し流してしまう。たまに昔の歌として口ずさむのはいいが、そういう内容を“みんなの歌”として毎日流すのは私にはどうにも奇妙に感じられてならない。それとも若い人たちは自分らの知らない昔にそういう状況があったのだということを認識して興味深くかつ快く感ずるのだろうか。ただしこういう企画に反対しているのではない。私自身懐かしく思ってもいるのだから。
<生命の歴史> 今月冒頭の話題に次いで、宇宙船地球号に芽生え育った諸生命の来し方を考えてみたい。教材は「生命40億年全史」 著者は地質学者リチャード・フォーテイ(草思社)。如何にして無生物の世界に生物が生まれたかという謎には流石に著者もまともには答えられないが、熱心に論じてはいる。彼は「無生物を生物に転ずる生命の火は一度、たった一度だけ火花を散らした。その理由は存在するすべての動・植物の遺伝子を構成する分子を調べても、すべての系統は一つの共通の祖先から分かれたことを示す証拠しか見つからないからだ。」と言っている。また彼は地球上に最初に出現した細胞は細菌で、それは深海底で高温の熱水が噴出している中央海嶺で発生した嫌気性細菌ではないかという。生命は宇宙から飛来したのではないかという説もあるが、何の裏づけもない。
最初に繁殖したのは藍藻(藍色細菌)で、光合成によって小さな酸素の泡を吐き出した。凡そ35億年前の岩石から現生する藍藻そっくりの糸状体微化石が発見されている。当時の大気には炭酸ガスはあっても酸素はなかったが、以後の厖大な時間をかけた光合成作用によって大気中の酸素は増大して現在に至っている。現在もオーストラリア周辺浅海域でマット状のストロマトライトに太古と同じ藍藻の生態が見られる。細胞は他の細胞を捕獲することでそのサイズと複雑さを増大させた。多様化は性の分化によって加速された。両親から受け継いだD.N.A.を組み合わせる方法によって遺伝的多様性は容易になる。
菌類に次いで植物が先行して発達し、動物はその後に続いた。植物は光と水さえあれば生育できるが、動物は食物の確保という難題を背負い、生存競争に負ければ絶滅が待っている。まず海洋にクラゲや多様な軟体動物が発達した。だがカンブリア紀の始まる前(約10億年前)に有史以後最大規模の環境激変があり、動物群の継続性は途切れている。その詳しい状況は不明である。全世界中のカンブリア紀の地層からは代わって炭酸カルシウムの固い殻をもつ動物が発見されている。そしてこれらの生物は生き延びるために爆発的な進化を遂げた。
オルドビス紀(5億年前)になるとサンゴが出現し大量の礁が発達した。だがこの紀の終ごろは氷河時代に入り、代表的な動物三葉虫の大部分が死滅した。シルル紀(4.4億年)に入ると植物は上陸を開始した。陸に上がった植物は樹木として自立するために管を束ねた構造をとり、リグニンで組織を補強するようになった。植物を追って動物も上陸したが、初めは大型の動物ではなく、土中の有機物を細かく砕き食べて分解し糞にして再び土に返すリサイクル活動に従事する土壌分解動物群である。これらは目立たないが大事な役割を果たして植物と今日に至るまでよい相互依存の関係を築いている。

<気象予報> このところ天気予報の外れが目立つ。前にも触れたが、長期・中期予報はおろか次の日の予報が外れる。最近は翌日指定時刻の雨雲の分布状況を日本地図の上に重ねてテレビ画面で見せることができるようになったが、これが当らない。ああやって推定結果を具体的に画面表示するのだから、裏ではスーパーコンピュータによる3次元流れ解析を繰り返しやっているのだろうが、入力データが杜撰なのか或いは計算ロジックの適用方法に不備があるのか。
毎日夕方に気象予報士であろう専門家が素人の女アナウンサーにやんわりと昨日の予報が当たらなかった旨指摘され、あまり納得しにくい弁明をするのは格好が宜しくない。その癖に明日の予報になると性懲りもなくシャアシャアと断言する。少しは自信のない様を見せてくれと言いたくなる。
一般的な傾向としては気象の変化が予報より遅れることが多い。予報より変動が早いことは滅多にないのだから、計算結果に対して統計的な手法で修正を加えたらよいのではと思う。私のような素人が見ていて計算結果にある程度自信がもてるのは6〜8時間後までではなかろうか。またこれだけずれの大きい手法をそのまま中・長期予報にそのまま適用しているのではないと思うが、一度その内幕を公開してもらえないだろうか。
素人のアナウンサーが明日は携帯用の傘を持参したほうがいいでしょうなどと言うのは適当に聞き流せばいい。昨夜はテレビ朝日のニュース・ステーションで上山千穂アナが「梅雨入り宣言が出たので明日は肌寒く長袖がいいでしょう」なんて言ったが、予報に反して今日は日差しもあったし蒸し暑かった。
<通信社会の混迷> 昨年9月に自宅のパソコンが壊れて、すったもんだの挙句パソコンを新調するとともにインターネットへの接続をISDNからADSLに改めた顛末は既に詳しく書いた。当時N.T.T.はまだISDNの宣伝をやめていなかったので、そのN.T.T.にADSLを利用するために一旦ISDNを止めて通常の接続に戻してくれと申し入れるのに時代に逆行するようないささか奇妙な錯覚を覚えた。だが結果的に見るとそれまで月々2万円台かかっていたN.T.T.への支払い費用が2千円台に激減し、なおかつインターネットに1日に何時間入ろうと費用は変わらないという通信事情の激変振りである。
また昨今電話がかかってきて「お宅の電話を“BBフォン”にしませんか、電話代がただになります」と言う。取り敢えず断ったが、別の新しい事態が進行していることは察知できた。
関連して今回読んだのは「通信崩壊」(藤井耕一郎・草思社)、その副題に「“構造改革”で通信業界は死滅する」とあって“I.T.革命と規制緩和の結末”という解説が付いている。この本(報告書)に沿って通信業界の現況とその混乱の要因に立ち入ってみよう。
まず世界的に見て大規模な通信事業者は軒並み巨額の赤字に転落している。先ずこれから詳しく述べるN.T.T.は前年度にやや持ち直したものの、前々年度は史上最悪の8000億円の赤字を出した。K.D.D.I.、日本テレコムも同様である。N.T.T.と同様に国営事業から民営化への道を辿ったヨーロッパの電話会社ブリテイッシュ・テレコム(英)、ドイツ・テレコム(独)、フランス・テレコム(仏)も皆赤字だし、米国のAT&T、ワールドコムは破綻または破綻寸前になっている。
こういった事実は一般にはあまり知られていないが、端的に言って通信業界は崩壊直前にあり、その理由に1)各国が採っている国際レベルの競争政策、2)インターネットにからむ通信技術の加速度的な進化、3)政策立案・推進者間の利害関係が挙げられる。
通信業界に森内閣の時から“IT革命”なるスローガンが登場し、やがてこれはインターネットの高速化を目指す“ブロードバンド革命”に変じて国策として推進する政府の“IT戦略本部”のメイン・テーゼとなった。これは経済危機からの脱却に成功した韓国の先行に追随し直輸入する形で行なわれた。もともと通信の規制改革を進めたのはW.T.O.で、それに従う本部の政策の基本は“アンバンドリング”で通信に関する諸機能を“分割”して競争を促進する。以下は日本における最近の主要な変化の特徴に注目してみる。
まず2001年春から夏にかけて“マイライン”騒動があり、N.T.T.東西と新電電各社が消費者の登録獲得をめぐって激しい値下げ競争を演じた。結果としてN.T.T.は従来の顧客の大部分を取り込んだが、電話代は下がった。
次に携帯電話だが、激しいモデルチェンジを繰り返して昨年夏には契約数が7000万を突破した。その内5000万を超える人たちは“iモード”に代表される“携帯IP接続サービス”によって電子メールやインターネットサービスを申し込んでいる。
N.T.T.は全国津々浦々を網羅する電話線網を所有しているが、他の事業者に接続を申し込まれれば断れない仕組みが法制化された。これが“アンバンドリング”の第一歩であり、“マイライン”騒動の基になった。脱線するが日本語ワープロ・ソフトは市販のパソコンに自由に組み込めるようになり、在来のワープロ専用機の販売が停止されたのも“アンバンドリング”の結果である。“アンバンドリング”によってユーザーは今までより安くサービスを受けられるようにはなるが、今までのように一括まとめて面倒を見るところがなくなったので、得失を承知して自分で適正に選び裁かなければならない。

<阪神と巨人> 阪神タイガースが今年もスタートから突っ走っていて、どうせ昨年と同じようにいずれ息切れするだろうと思っていたが、6月下旬になっても勢いは衰えず貯金は26、2位巨人とのゲーム差は11と開いた。阪神ファンの応援は甲子園にとどまらず、東京ドームや神宮球場でも相手チームを圧倒する勢いになってきた。私は以前からアンチ巨人だが、ここへきて大の阪神ファンになってしまった。隠れ阪神ファンというのは結構多いらしく、この度は福井新日銀総裁が星野監督と30分余にわたって歓談・激励したという。
これだけの差がついた第一の原因はやはり2位巨人の不振で、対阪神4勝11敗と大きく負け越したことだろう。スタート直後から故障者続出でこれがチームの足を引っ張った。清原も高橋も頑張ってはいるがまだ完全な体調には程遠いようだ。ペタジーニも脚を痛めた。原監督は長島の後を継いで2年目だが、逆境に関わらず暗い表情を見せず采配は誤ってはいないしよくやっていると思う。ただチームの攻守のバランスを見るとき長島巨人の時から尾をひいているが、投手陣に不甲斐なさがあり今年は特に目立つ。上原をはじめ桑田も工藤もダメだし中継ぎ陣が頼りない。河原、岡島などスッカリ精彩がなくなってしまった。長島も原も打撃重視の内野手出身で、投手の替え時はよく分からないだろう。それにも増してよいピッチャーを育てることが苦手らしい。斉藤も投手コーチとしての力量は疑問だ。指導者として苦労が足りない。
その点投手出身の星野の方は勘所を抑えられる。阪神投手陣は多数の補強を行なったわけでもないのに見違えるほど強力になった。米大リーグの落ちこぼれ伊良部は復活した。藪、井川、下柳なども頼りになる。打撃陣は金本が加わっただけだが、この人が強力な反撃を行なうチームのつなぎ役を兼ねた原動力になっている。老兵八木の活躍まで引き出した。逆転勝ちが続くのは投打が理想に近いほどうまくかみ合っているからだ。バックの熱狂的なファンたちは18年ぶりの優勝をまさに待望している。勝ちがまた期待を高めるいい循環に入っている。球場をゆるがす声援には選手も応えたくなろう。
やがて夏の高校野球が始まると阪神はいわゆる“死のロード”に出る。ここで腰砕けにならず折角の貯金を増やさずともあまり減らさぬようにできれば、今年の優勝は決して夢ではない。阪神が優勝すると景気がよくなるという説がある。人間思わぬことが起こると発奮するから、マンネリ打開は確かに効果がありそうだ。星野仙一さん頼むぞ。