話題提供3a


1999年2月


<適応> 囲碁対局システムIGO-NETを使用し始めて約2週間が経過、最初の1週は観戦を主とし、次の週から実戦対局に入った。最初の内は消費時間が経過するのが気になって落ち付いて考えられず優勢なのにポカを打って自滅したりしたが、次第に慣れてきて連戦連勝。申請した4段では楽過ぎることを悟りセンターに格上げを申請した。対局相手に特別なメッセージを送ることもできるが、通常はシステムの用意した機能で必要な意志伝達はできる。碁会所を訪れたときと同じく対局の条件を申し出て相手がその場にいなくても人の対局を観戦しているとやがて条件に合う相手が現れて呼出しがかかる。対局待ちの人のリストや対局中の人たちの着手手数を含めたリストがいつでも見られる。関東周縁の人が多いが広島、岡山といった関西方面の人も参加していて面白い。碁会所と少し違うのは対局途中で小用に行っても相手には分からないのと、まだやってはいないが手元に定石辞典を置いておきそれを参照しながら打ち進めることも可能な点だ。また今までは打った碁は記録もしていないのでその場限りで忘れてしまうが、この場合は記録を残しいつでも再現できるので反省検討をも楽しむことができる。会員数が3万人を超えていていつでも相手に困らないからこのシステムの運営は実用的に十分成立している。もう少し時間の経過を待てばなお一段のシステムへの適応が望めそうだ。

<広重> 毎日新聞と共催の歌川広重風景浮世絵展を見に平塚美術館へ赴いた。大きな駐車場もあり広いスペースをもつ立派な設備でまず感激した。広重の東海道五拾参次と渓斎英泉と広重の合作である木曽街道六拾九次の版画および該当する地域の写真が欠落なしに展示してあった。よく知っているようで東海道の半分まして木曽街道はほとんどが初めてお目にかかるものだった。画一的な絵の構図というものはなく一枚ごとに工夫のある斬新な構図を選んでいるのが良い。山河や樹木の曲線がそれぞれ特異の、それでいて如何にも日本らしい風景を描き出しまた多くの人物が風景の中に溶け込んでいる。
 版画の多色刷りの技法も紹介してあって油絵のような複雑な色調は勿論無いけれど、先に紹介した淡彩画に比べれば多彩な色を使い分け一部ぼかしの手法も使っている。場所ごとに四季の季節と時刻と天候を変え色を選んでそれらしい雰囲気を表出するさまは憎いほどである。例えば夜の雪では近景の旅人だけわずかに着色している。ゴッホもほれ込んだこの浮世絵を東海道について一枚づつスキャナで読みこみ葉書に印刷して楽しみたいと思う。

<らん> 東京ドームの「世界らん展'99」がテレビ紹介された。8万株が展示され初日だけで4万8千人の入場者があったという。冒頭グランプリに選ばれたという比較的清楚で大きい白の3枚の花弁に紅の花芯の花が写された。次にデイスプレイ大賞として間口20mほどの大作が「21世紀共生の地球」と題して現れた。これは大変な手のかかったものでさまざまならんの花が立体的に豪華にアレンジされ、簡単に視線を逸らすことが許されないようなムードをもっている。らんという花は形状も色もそして大きさも実にさまざまで原産地もアジアや南米など全世界に及んでいる。
 ガーデニングが今や大流行になって中でもこの花の人気は上がる一方らしく、入場者の9割以上が女性のようだった。異種交配によって独自の品種を作れる魅力が玄人受けする大きい理由らしいが、改良を成功させるには15年はかかるという。デイスプレイ大賞の展示の中央に直径2mほどの地球がゆっくり回っていて海や陸地を何種類ものらんを植え込んでいる。日本はやや大きく紫の日本らんで象ってあった。昔イランの博物館で多数の宝石を埋め込んで造った地球儀(陸地はルビー、海はサファイヤ、赤道と経度線にダイヤだったと思う)を見たことがあるが人の考えることはあまり変らない。

<人の能力の限界> 世のさまざまな事象が先行きどのように展開するのかについては誰もが気にかけていながら見通しが立てにくい。人によっては一寸先も見えないと言う。囲碁になぞらえて考えると死活の決定的な局面に至ると棋力がある程度以上であればこれはもうハッキリしているということがある。ところがそこに至る過程において1,2手先の形勢は見当がついてももう少し先になると加速度的に推測がむづかしくなる。これを結果が出たところで過去に遡って一手一手を検討してみるとそれなりの必然性があり、こういう結果になることはもっと明確に予測できても然るべきだったのではないかと思えてくる。ところが実際にはそうはならないのはその数手の中に思いもかけない一手があったりするからである。人間というのは勝手なものでその一手を見た後ではそれも必然の経過と受け入れてしまう傾向があるが、大切なことはその一手から先は流れがガラリと変るので、そこを見通していなければ後の推測はしてもムダになる。
 政治も経済もこのような先の読みの中で多くの人たちが参加しているゲームだが、現在はすべて地球規模で戦争や天変地異の類まで枠の中に取り込んでいるので如何にもむづかしい。歴史を過去に遡れば起った事件の原因はほぼ解明されているが、これから生ずる事件の芽となる現在の顕在潜在の事象についてその影響度の大きさまで含めてどこまで人が認識しているかは甚だ頼りない。要は先を読むということは相当習熟している分野でも極めて困難なのだ。

<傘> 退職後の日課として距離は無理をしない程度でなるべく毎日歩くことにしている。天気が悪くても小雨なら構わずに歩く。ただし降り続くと路面が濡れそぼって杖の接面がすべるから、降り始めに限るようにしている。今日は天気予報で午後から本降りになるようなので、平常は夕方なのを空模様を見て午前中に出かけた。ところが生憎出た途端にパラパラ降り始めた。普段は引っ掛けるだけで前を開けっぱなしのジャンパーのチャックをキチンと閉めて歩く。土砂降りならともかく小雨ならこれで眼鏡が濡れて見にくくなる程度で大した支障はない。ところが500mほどの歩行で4人の女性に声をかけられた。2人は走ってきた。1人は走ってきた車を私の前で止めた。皆傘に入って行けあるいは傘を貸すという。雨は承知で勝手にやっているのだから構わないでくれと言ってもなかなか聞いてくれない。上着はよいとしても頭が濡れるではないかと言う。
 前の2回も降り始めだったから同じように会う女性が皆声をかけてきた。雨の中を傘をささずに歩くのは非常識なのだ。ただし男に声をかけられたことはない。右手は杖、左手は傘を支えるようには機能しないから傘はさせないが、いちいち知らぬ相手に説明するのは厭でしないから尚更変な人と思うだろう。これは大げさでもぜひレインハットを求めて目深にかぶるようにしなければいけない。

<宰相> 小渕恵三という人が自民党総裁選挙に勝った時に頼りないという評判がもっぱらだった。彼は広島長崎の原爆記念日も大相撲千秋楽も内閣総理大臣として出るべき場があれば代理でなく直接出席した。私は彼が優勝力士に総理大臣杯を授けるのを見て好感をもった。誠実で体力には無理が利きそうだ。話し始めるときに朴訥で何か頼りなげな感を与えるが言葉をうまく選び失言はしない。ゴルバチョフとかサッチャーなど嘗てのすぐれたリーダのもつカリスマ性|何をこれから言うのかと息を呑むような迫力はないが、当面する場面ごとに事無く収めていく。面倒な質問には官僚の作ったメモを読む。これを非難する人がいるが何でも独力で答えなくても良いはずだ。考えようによっては今の日本は天才的なリーダーより彼のような人が前面に出るしかないのかもしれない。「富国有徳」を唱えている。英語では"Nation with wealth and virtue"なのだそうだ。力点はもちろん後半にある。日本人は精神的な美徳を大事にしようという。むづかしくはないが大切なことだ。、普通はどの首相も国民の支持率が最初は高くて次第に下がってくるが、彼の場合は最初低かったせいもあるが次第に上がって来ているという。

<O.S. > マイクロソフト社のO.S.は今や世界を席巻している。そのマイクロソフト社が今までパソコン用(Windows 95,98)とE.W.S.用(Windows NT)に別々に開発してきたO.S.を一本化し、最新のパソコン用のマイクロプロセッサやメモリの能力を引き出し、かつ情報社会の新しく採用される技術要素を極力採り入れるという極めて野心的な企画を新O.S. Windows 2000で実現させようとしている。Windows 2000の全バージョン(4種類ある)は、DVD、MPEG、デジタルTV、広帯域公衆ネットワーク、ホーム・ネットワーキング、USB(現在よりも高速な周辺機器をPCに接続することを可能にする)、IEEE 1394、OnNowをサポートするという。この新O.S.はマイクロソフト社の汎用ソフト製品群OFFICEを使う分には問題ないが、ユーザーが独自に開発して既存のO.SのWindows 95の下で使っているアプリケーションは恐らく新たに造り直さないかぎりうまく動かないだろうと云う。またパソコンハードも最新の物以外は設備の一部追加や改造が必要になり、新製品を買い直した方が安上がりだろうと云う。これは従来からあったパソコン世界の問題点が凝縮した形でかつ世界規模で新たに提起されることを意味する。多量の新品同様のパソコンのスクラップ化と新環境でソフトをうまく使いこなすための膨大なマンアワーの浪費である。E.O.A.を進めている企業はもちろん、一般個人のユーザーも盲目的に新O.S.に追随する時代は終ったというべきだろう。ただし極めて魅力的な新環境に結局は皆が従わざるを得ないだろうが。

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