
<絵の焦点> 今月から新しく始まった衛星放送朝の連続ドラマの表題画面は冬の暗い北海道の小さい町の駅舎を黒白の映像で背景にして、全面に明るい水芭蕉の苗が一株カラーで浮き出している。それは捨て子として駅舎に置き去りにされた女の子が駅長に拾われ、「萌え」と名づけられて明るく育っていくドラマの主題を端的に象徴するものなのだが、この絵の与えるインパクトは感動的で、どこかでこの技法にお目にかかったことがあるなと思った。それは先にも紹介した広重の浮世絵「蒲原の雪」だった。画像というものはポイントを定めて強調し、周辺はそれを支える役割を果たすと良い。私の好きな岡崎の写真家吉沢氏の作品にも随所にこの技法が使われている。こう書いているところへ戦火の後を訪れた平山郁夫の平成8年度芸術祭参加作品「平和の祈り サラエボ戦跡」が紹介された。爆撃の廃墟に立つ6人ほどの貧しい身なりの子どもたち。しかしそれは暗い背景の中で光り輝くように見える。彼は言う。「廃虚の中に立つこどもは泥沼に咲く蓮の花だ」。
<憲法> 以下は読売新聞の記事からの抜粋。 ―読売新聞社が先月に実施した全国世論調査で、今の憲法を「改正する方がよい」という意見が53%の過去最高となり、憲法のどんな点に関心を持っているかでは「環境問題」がトップとなった。一方、憲法の規定と社会の実態との間に矛盾を感じる人は74%で、昨年に続いて四人に三人を占めた。本社が憲法に関する世論調査を開始した八一年以降、改正賛成派が二年続けて過半数を占めたのは初めてで、特に二十、三十歳代では六割を超えており、こうした考え方が若年層を中心に国民の間に定着しつつあることがうかがえる。 その背景には社会状況の変化に伴う価値観の多様化があると見られ、憲法を改正する方が良いと思う理由では、「国際貢献など今の憲法では対応できない新たな問題が生じている」46%が最も多く、次いで「権利の主張が多すぎ、義務がおろそかにされている」30%だった。 また「環境問題」37%が昨年(29%)から大幅に増え、人々が良好な環境のもとで生活する権利や国の環境保全義務を憲法に盛り込むべきではないかという議論が高まった。― 戦後の憲法策定の経緯について多くの日本人が不満を持っていて、ここ5年以内に複数の大きい事件が契機になって国民の2/3以上が強く改正を望む事態が生ずるように私には思われる。
<音楽> アンドレ・リュー指揮ヨハン・シュトラウス・オーケストラの米国ワシントンでのウインナー・ワルツ演奏会を朝からテレビ観賞した。ワルツ「春の声」で始まりアイルランド民謡"the last rose of summer"(日本名「庭の千草」)で終る懐かしい数々の名曲を半数が若い女性からなる演奏者達が豪華絢爛たる大舞台で聴かせてくれた。千人を優に超える聴衆は熱狂的なスタンデイング・オベーションに続き全員が肩を組んで音楽に合わせてウエーブを贈った。久しぶりに感動し目と耳で味わう音楽の楽しさを満喫した(俺は何と安上がりなのか)。昔独りで出張帰りの寝台車の春の朝の食堂で、ワルツが流れて心の浮き立つ気分を味わったささやかな思い出がある。ワルツは春に似つかわしい。ホームページに好きな音楽を入れ込みたい。

<プログラム> 企画していたホームページの原稿が揃って、NIFTY SERVEのサーバに載せてもらうように申請し、原稿をサーバに送信するためのFTPソフトをシェアウエアで入手していざ送ろうとしたがうまくいかない。NIFTY SERVEへの手続きの際に相手から与えられた識別記号は慎重に控えたつもりだし、FTPソフトの取扱説明書をプリントアウトして1項目ごとにチェックした。それでもうまくデータが送れない、ということは送るには送ったのだが自分のホームページが開けない。厭になって2日ほど放置した挙句、NIFTY SERVEの担当窓口にメールを出した。すると返事のメールが来て、サーバの中に確かに私の領域が確保されているが、そのフォルダー(名前はhomepage)の中にデータが入っていないと言う。そういえばFTPソフトの送付データ編集画面でいくつかの識別番号記入項目のほかにホスト開始フォルダーという項目があって、分からなければ記入しなくてもよいように書いてあったのでそこは空欄にしていた。考えてみるとNIFTY SERVEへの手続きの際に普通名詞でhomepageという語を扱った気がするがすっかりこれを失念していた。これだとその項目に入力したら果たしてうまく行った。今までは架空のフォルダーにデータを送っていたことになる。それにしても相互に人が介在してのメール交換で始めて問題が解決したわけだ。毎日新聞の川柳の一句「コンピュータ、君は融通きかんねえ」。
<誣告> 月刊誌「噂の真相」の掲載記事が原因で東京高検の則定検事長は検察の士気に影響が出ることを考慮して辞意を表明した。実質的には各新聞が5年前の公務出張の際の女性との交際が月刊誌に取り上げられたことを報じ、法務大臣が事実関係の徹底調査を命じたことによると思われる。記事の中の「女性を同伴し公費で宿泊した」というのは事実無根で公私混同はしていないと本人は述べている。氏は次期の検事総長が確実視されていた。この事件に対する反響として評論家大宅映子は「クリントン大統領でも辞めないのに女ぐせの悪い人というだけで職を失わせるのはおかしい」、ジャーナリスト鷲見一雄は「こうした情報が暴露された裏には法務官僚と検察現場の対立がある」と述べている。どうも公私混同は偽りで月刊誌はそれを承知で記事にしたし、大新聞はその事実関係をロクに調べもせずに騒ぎになったことを主眼に報じたように思われる。浅はかな人間どもは有名人の女性関係というだけでとびつくが、長い人生の中で女性関係に神に誓って潔白なんて男はまずいないし、居たってそれは一種の変人だ。マークすべきは冷静に考えれば大したことはない情報を雑誌に書かせることにより一人の有力者を確実にほうむることができると考えた陰の存在である。むしろこのような暴露の試練を受けた人ならむしろ神ならぬ人を裁く適格者だと私は思う。
<南極> NHK「地球に好奇心」での南極大陸の紹介。大陸は最大2500Mの厚さの氷に覆われていて淡い太陽の光を白い地表がはね返し、さえぎるもののない地表を風速45M/Sを超えるブリザードが突如吹きすさぶ。アルゼンチンのエスペランサ基地。この周辺で近年アデリーペンギンが急増したという。オゾン層の破壊で紫外線が増え、海水中の植物プランクトンの増加で南極オキアミが爆発的に増えて、それを食料とするペンギンが年率30%以上の比率で増加し続けているそうだ。水中写真を見ると確かに大量のゴミが海中に浮遊していてこれがすべてオキアミ(小エビ)なのだ。フロンの放出でペンギンが増えるなど人知の全く及ばぬ話だ。

<都知事> メールで毎日取り寄せているNEWYORK TIMESの要約ニュース国際欄に次ぎの記事があった。"Nationalist Critical of U.S. Air Base Is Elected Governor of Tokyo" Voters humiliated Japan's governing Liberal Democratic Party in elections on Sunday, choosing a maverick nationalist, Shintaro Ishihara as the new governor of Tokyo. 雨に降りこめられる条件の中での東京都知事選は自民党推薦の元国連事務次長明石康氏(4位)らに大差をつけ再選挙なしで無党派の石原慎太郎氏が得票率30%強で勝利した。このような結果を見ると元外相柿沢弘治氏(6位)の立候補に大モメした政府自民党は影が薄く見える。都民は平凡に飽き飽きしている。タカ派でダンデイストで運輸相も務め自民党の裏も表も知って役人嫌いで、外国からも注目されているこの著名人は果たして青島幸男が封じ込められた都議会を牛耳ることができるだろうか。
<ユーゴ> コソボ地区のアルバニア系住民約50万人を居住地から追い出し難民化させたユーゴ政府を懲らしめるためにNATOが始めた空爆は、相手の姿勢を強硬化させただけで引くに引けない形でもう20日以上も続いている。今日は戦略上峡谷の鉄橋をロケット爆破せんとして鉄橋を渡っていた国際列車を破壊し10人以上の死者を出し、NATOは誤爆を認め遺憾の意を表した。テレビは同じく戦略上重要故に狙われている別の橋梁の上に人間の盾と称して何十人もの人ががんばっている風景を写した。施設だけを選択的に破壊して人間は傷つけないという米軍の高精度のピンポイント攻撃はやがて限界を迎えるだろう。戦争とはそんなカッコいいものではない筈だ。一方でコソボはセルビヤにとって神聖な土地(どこかで聞いたセリフだ)とし民族浄化とまで言って、無慈悲に殺戮を行うユーゴ民兵の行為は第2次大戦中のナチスのユダヤ人殺戮を思わせる。相互に情報管制をしているから関係者には中々本当のところが伝わらないようだ。ローマ法王の呼びかけはセルビヤ(ロシア)正教を奉ずる相手には通じないだろう。空爆開始後ロシア人はこぞって米国を憎むようになったという。泥沼の戦いは容易に終りを迎えないと思われる。歴史は繰り返す。人間の業だ。
<仕事> ふと耳にした話 ―知り合いの老人は囲碁・ダンス・民謡・ゲートボール・カラオケと多彩に老人会サークル活動しているが、この前ふとつぶやいた「妙なもので、毎日遊んでいるにもかかわらず、一つ一つの活動が仕事に思えてくるのは、おかしなことですよ。」とー また −料理教室や木彫教室で年配の男性をつぶさに観察すれば、彼は長年培った仕事上のノウハウを遺憾無く発揮している。手持ちのノートに、細かく丁寧な文字で書かれたレシピがあり、作業手順があるー これは痛く思い当たる節がある。このパソコンにもMICROSOFT OUTLOOKという管理用のソフトがあって、電子メールの授受などの他にスケジュール管理、仕事管理などの機能がある。平行して進めているいくつもの仕事について、件名、開始日、期限、進行状況、達成率、具体的な事柄のメモなどを記載し随時編集できるようになっている。本来これは会社などに勤めている人間が積み残しなどしないようにコマメに複数の仕事を自己管理するためのものだが、私のように退職した人間にも結構便利に使える。上に記した人たちはこのようなソフトが手元にあれば便利に使うだろう。人間は積極的に取り組む対象は金になろうとなるまいと、仕事として同じ姿勢でやりたいのだ。また一つだけでなく欲張っていくつか平行してやろうとするのだ。そして歳とともに忘れっぽくなるからメモが欲しくなる。

<勝負> このところパソコンネットによる囲碁対局を原則一日一局楽しんでいるが、その中でいや応なく対局相手との勝負にかかわる心理的な葛藤を味わう。システムには詳しい意志疎通の為に対局中の電子メール機能もあるのだが面倒だからまずそんなものは使わない。しかし相手が目前に居なくてもこちらの着手に相手がどう応ずるかまたどのように時間を使うかで相手の心理が如実に分る。碁は手談と言われるわけだ。こちらが苦心してひねり出した手に相手が予期していたように即座に次々と応じてきて、当方に妙手が見つからないと焦りを感ずるし、相手がじっと考え込むと手応えを覚える。逆に打った途端に見損じに気が付き、それに対して相手にじっと考え込まれると針のむしろだ。浅はかだが相手も手拍子で応じてくれないかと念じる。経験的に体得したことは終盤で相手が明らかに先手と思いこちらが手を抜かないことを期待して打ってくるときに、こちらは一見手が抜けそうに思い(アマノジャクだからそういう時はすぐそうしたくなる)深く読みもせずにそうすると思いがけない手があって手になることが多い。今まではどうせ遊びだし誰に責任をとらなければならないわけでもないから、打ちたいように打って負けたら負けたで構わないではないかと思ったりしたが、そのような負け方はやはり後味が悪い。時間が無くて読めなければ一目二目は損しても勝負を大事にすべきと改心中である。
<作家> 故人になったが開高 健の足取りが紹介された。彼は戦争こそ文学の対象とヴィエトナムへ行った。若者たちは祖国のため民族のためと迷いもせず戦いに赴く。打算などとかけ離れた狂気の世界を自分自身死と背中合わせで取材して歩く。時移って平穏無事な日本でのある日。「私は52歳になりましたがここへきてものを書く気力がなくなりました。どうしたらよいでしょうか」と20以上年上の井伏鱒次に真剣に問い掛けている。また「オーパ」という世界を股にかけた豪快な釣りの話を書いた。ある人が彼は万年青年で他人には真似のできないハラハラする道を歩いてきた人だと評した。自分にはできないが羨ましい生き方だ。チマチマ生きたって一生だ。
<電子出版> 東京国際ブックフェアでは本の電子化が主題だったと言う。出版社は返本の山を抱えて悩むと言うお決まりの事態が様変わりするかもしれない。電子商取引などの付随する環境も色々課題はあっても次第に普及するだろう。自分でホームページに随筆を掲載してみてこれは新しい文化に参加しているなと感じた。しかし一方で内外の新聞社のニュースをパソコンで眺めていても、これはという骨のある記事にぶつかるとプリントしてジックリ眺めたくなる。要点に赤や緑で色をつけたくなる。一概に画面で済ませるわけにもいかない。評論家も現状のモバイル環境では手軽に読めない、活字を読むにはハードウエアの進歩が必要と言う。本屋さんが失業するにはまだ時間がかかりそうだ。

<リンク> 人のホームページを訪れるとリンクフリーという文言がやたらに出てくる。訪問カウンターがあり、あなたは何人目のお客様ですと言う。皆自分のところへの訪問者数を増やしたいし、そのために作成者相互に相手のホームページを紹介しそこをクリックするだけでそこへ飛べるリンクという仕掛けを設定する。たまたまあるホームページを紹介されたが、そこからリンクを辿っていくと鼠算式に限りなく訪問数が増えていく。興味半分で内容を少し調査してみると、大抵の人がここ1〜2年の間に開設し同じようなメニュー(その中に大抵リンクの欄がある)を設けている。どちらかというと実社会の職業としては平凡な人が勝手なことが許される新しい世界を得て張りきっている感を受ける。それと子育てを終えた奥さんたちの進出が顕著である。皆さん人のホームページを見てかなり真似をしているようだ。もっと独創性を発揮するといいと思うのだが。
<宇宙> ハワイ島マウナケア山頂に最近設置された世界最大の反射望遠鏡の映像が次々と紹介されている。標高4200mを超えるなだらかな丘陵には12の国が14基の宇宙観測所を建てている。かって同島の商工会議所に勤めた一人の日本人が島の活性化の方策として、雲の上に突出し気温や風の安定し人工的な光や塵埃の少ないこの地点を世界一の環境として米国をはじめ有力な国の関係機関に熱心に宣伝した成果だという。1/10000mmの精度で磨き上げられた直径8mを超える反射レンズで集光された映像の一つは赤い小さな土星のような輪をもった形状で、これは10億光年の距離にある大星雲なのだそうだ。どうしてこの距離が求まったか知らないがあまりの遠さ宇宙の大きさには唖然とする。そういう彼方のどこかに人間と類似の生物がいてものを考えたりしているのだろうか。
過去の話題に戻る