
<失敗を考える> 2005年12月に<失敗学>で中尾政之教授の“失敗百選”を取り上げた。その時に予告したように、中尾氏の先輩である畑村洋太郎名誉教授の著書“失敗学のすすめ”(講談社文庫)をこのほど読んだ。
たまたま9月22日(午前10時)ドイツ北西部ラーテンでリニアモーターカー実験線試験走行列車“トランスラピッド”が軌道上にいた清掃車に時速170km/hで衝突、23名の死者を出す事故(右)が報じられた。このリニアモーターカーの実験線では、軌道上の異物を取り除くため、作業車が毎朝、軌道を清掃しているのだが、連絡の手違いのためにその作業が終わる前に試験走行を始めてしまった模様。列車は遠隔操作で運転される仕組みになっていた。ドイツは中国の上海―杭州間170 kmのリニア新線計画にも売り込みを図っており、この技術にはドイツの威信がかかっていた。
“失敗”とは畑村氏によれば“人間が関わっている”、“望ましくない結果”の二つが揃った場合の行為で、このマイナスイメージを伴う事態を直視することによって、創造というプラス方向に転じて活用しようというのを失敗学の目指すところとする。これを一つの学問体系としてまとめることを畑村氏に勧めたのが立花隆だという。あらかじめ手本を示してそれをマネさせれば、正解への最短距離を進むことができ、それが受験用の勉強だが、それでは吸収した知識が真の意味では身につかない。手本なしで初心者にものを作らせると皆失敗する。だがそういう挫折感を伴う体験学習が創造には必要で、失敗体験の積極活用が役に立つ。
畑村教授は機械科の新三年生への最初の授業で次の三大事故の話をしたという。
@ 米国ワシントン州タコマの吊り橋が横風の作り出す渦によって自励捩り振動を生起して自壊した(1940年)。
A 英国デハビランド社製のジェット旅客機が機体の内外圧力差による金属疲労破壊で就航2年後に続けて何機も破壊墜落した(1954年)。疲労破壊の知識は当時既にあったが、使用時と異なる条件で耐久試験をしたために、設計上の金属疲労の寿命計算を誤った。
B 第2次大戦中米国のリバテイ船と呼ばれる輸送船約1200隻の船体が自壊した(1942〜1946年)。事故は寒冷期の北洋で発生した。直接の原因は船体の鋼板接合を従来のリベットに代えて溶接で行うようにした製造法の変更にあり、低温脆性による亀裂の進行を止めていたリベットの穴がなくなり、亀裂の進行が阻止できなくなった。
このような大事故がそれまで軽視していた自励振動・金属疲労・脆性破壊という設計・生産上の基礎知識を人類に与えた。これらは学びやすい失敗・事故例である。
失敗にはこういう未知への遭遇に伴うものの他に、社会システムの不適合、行政・政治の怠慢、企業経営不良、組織運営不良、個人の不注意などに責任のある失敗があり、階層性をなしている。ピラミッドの底辺は個人だが、上に行くほど社会性が強くなる。著書はJ.C.O.の臨界事故を挙げ、よくあることだが、事故発生直後には末端の個人に責任があるとされたものが、詳しく調べてみると安全教育の不備やコストダウンのための行き過ぎた合理化要求などが明らかになる。多くの失敗・事故は複数の原因が重なっている。関係者・責任者の利害がからむためにその正しい究明が妨げられることが少なくない。多くの場合に見かけの当事者の責任が過大に追及される。
人間社会の発展の歴史に伴って必然的に発生する弊害と事故が挙げられる。すべての技術は萌芽期・発展期・成熟期・衰退期を通る。その期間は凡そ30年と言われ、それに関わる人間の一生のサイクルとも密接に対比される。新入社員もやがて習熟し、30年も経つと第一線を離れていき、技術の継承に断絶が生ずる。萌芽期には試行錯誤が常態で選択肢も不十分である。発展期には多くの失敗を繰り返しながらメインルートが完成に近づき、能率も向上する。成熟期にはメインルート以外の選択肢がほぼ切り捨てられ、競争に勝つために能率最優先になる。融通の利かない管理で思考停止に陥り、不測の事態への対処も不十分になる。衰退期にはメインルートも細くなり、意味のない失敗を繰り返す。人間も萌芽期に入った人は規模の小さい段階で参加しているために、全体的な視点からシステムを見ることができるが、発展期に入った人はシステムの一部しか任されないので、システム全体を見渡す能力は育たない。システムの改変が必要になると、“局所最適・全体最悪”をやってのける。これを防ぐにはシステム全体を理解させる全体教育が必要だが、それが困難であれば、今あるものを絶対に変えない“封印技術”が有効である。但しこれには時限の制約が必要になる。もちろんその場合には別途新技術開発を進めなければいけない。
T.Q.C.による管理は徹底したマニュアル化によって最大効率と品質保持を両立させることができるが、日頃から考えないことに慣らされてしまい、異常が発生した場合には担当者を思考停止に陥しいれる。I.S.O.も同様で形だけ整えればよいという風潮を助長する恐れがある。俗に“せんみつ”と言われるように開発は千に三つ、うまくいっても百に三つしかうまくいかない、即ち創造行為に失敗はつきものである。ところが日本では失敗が忌み嫌われ、悪いものと見られがちな風潮がある。多くのダメ上司は失敗を隠蔽し、一方で失敗リスクのある改革に抵抗する。組織の中で働くすべての人にとって、このような失敗への対処の仕方について上司を如何に監視するかは重要な課題である。最近の例では三菱自動車のリコール隠しが目を引いた。不祥事の後の記者会見で社長が実態を全く把握していないことが露呈し記者たちの失笑を買ったことは、トップを含む会社全体の隠蔽体質の根深さを露呈した。組織のリーダーには大失敗を防ぐ大きな責任がある。
最後に著者は失敗事例のデータベース化についての意見を述べている。ある企業人が2万件に及ぶ失敗事例を集めたが、社内で一向に活用されないし類似トラブルが後を絶たないと嘆いたのに対して、データを利用しやすいように加工整理することと、300個程度に絞り込む必要を説いている。一般人の頭脳は使える知識としては300件程度しか受け入れないものだと語っている。また日本の失敗を忌み嫌う風潮を改めるために、企業のバランスシートの負債の項目に“潜在失敗”を加えて会計処理を行う提案をしている。失敗に伴う損害額に失敗の発生確率を乗じて含み損としておくもので、これによって失敗に対して否定的な企業風土を変えることを狙う。最大効率をお題目に、仮想演習さえ禁止して作業者を思考停止に追い込んだ挙句、失敗が起きたときの決まり文句に“思いもよらなかった”、“予測できなかった”と繰り返すのでは余りにも情けない。これではマネ文化を助長するだけで、創造力は生まれない。

<季語> 歳時記ということばがある。Wikipediaによれば、“俳句の季語・季題をまとめたもの。季寄せ。四季の風物や動植物、衣食住などの生活、年中行事などが季節ごとにまとめられている。”とある。“季語集”(坪内稔典・岩波新書)という本を読んだ。内容は四季ごとに時候・天文・地理・生活、行事・動物・植物の分類で季節を代表する300余の、ことばを選び出し、それにからむ短い随筆とそれを季語とする代表的な俳句2首をキッチリ1ページにまとめて載せている。こういうのを歳時記というのだろう。“古今和歌集”は歌を四季に分けた。その伝統が伝わって今や和歌には適用されないが、俳句という文学形式を流行らせた人たちが短い五・七・五の中に季語を入れて季節を表現すべしというルールを作ってしまった。
私は自分では俳句を作ることはないが、ひとの俳句の観賞はするから、どんなことばが季語になるのかこの際認識しておくことにした。本の冒頭に断りがあって、季語というのは約束事である、例えば苺は夏の季語だが、今ではハウス栽培などで夏場より冬の方が生産量が多いという、でも植物では露地で育つときの旬をめどに季節が決められるのだという。私などはあまのじゃくだからそう聞くと冬に苺を食する句を作りたくなってしまうが、そういうひねくれた精神は俳句作りに向いていないのだろう。
春夏秋冬を直接語に取り込むのが無難なことは確かだが、直接的でやや季語としての趣には欠ける。でも40ほどある。また師走や梅雨など明確な季節を表す語が20ほどある。植物は主として花の時期で呼ぶので、比較的にハッキリしている。但し椿は我が家ではよく冬に咲くので冬の花かと思っていたが、これは文字通り春の花なのだという。糸瓜や柿、栗など実のなる時期で用いるのも多い。これら植物は素直に季節感を覚えるから概ね違和感がない。65件ある。それに比して渡り鳥は別として動物はいつでも生活しているから、季節感が少ない。だから秋の蚊などという。それでも40ほど挙げられている。虚子忌など忌日にからむ語が10ほどあるが、これは面白くない、大体いちいち憶えていられない。芭蕉忌というのは書いてない。
共感を覚えたものに蚯蚓(ミミズーこんな字は空では決して書けない)。夏の季語になっている。解説に曰く、−初夏の天気のよい日、路上でたくさんの蚯蚓が踏まれたり干からびたりしている。なぜ蚯蚓は危険な路上へ這い出るのだろうか。−実際私も近所を散歩すると、大雨の降った翌日天気になると、草の茂った空き地から舗装道路面に数多くの蚯蚓が這い出て死んでいるのを見る。多分雨で地中に水が満ちて苦しかったのだろう。でもそうならば、地下水位が下がった今こそ空き地の地下は快適になった筈なのだが。待ちきれなかったか。
―きりのない行列を作る蟻を、3時間もの間、錆びた包丁で叩き続けた男がいる。与謝野鉄幹である。晶子が有名になり、鉄幹が世から忘れられ失意に陥ったときである。−やはり我が家の玄関先の石畳でも蟻の行列は夏に見られる。蟻の道雲の峰より続きけり 小林一茶
単に鯨と言えば冬の季語であるが、“鯨来る”と言えば夏の季語になるという。これは捕鯨ではなくて、“ホエールウオッチング”だからだと言う。どうでもよいけれど、何とか国際世論をなだめて捕鯨を復活すべきだと思う。海洋の鯨は近年過剰になっている。
前記の如く約束事だと言われれば仕方がないが、納得できない季語に次のようなものがある。“あんパン”(春)−コンビニで売っているあんパンに季節感は皆無−、“昼寝”(夏)−ちかごろ昼食後の30分ほどの昼寝は最高の健康法だと思っている。季節は無関係ー、“雀海に入りて蛤になる”(秋)−荒唐無稽、今や海岸でアサリは獲れてもハマグリは絶滅してしまったー、“海鼠(なまこ)”(冬)−全くピンとこないー 億年と億光年の海鼠かな 和田悟朗
季語に登録(こういう言い方は不適当か?)する方法を知らないが、大相撲の年六場所などは通にとってはそれぞれ季節感がある(“初場所の”などと使う)し、春・夏の甲子園高校野球などスポーツ関係の季語をもっと増やす方がよいと思う。冒頭に掲げた曼珠沙華(秋の季語)は特に私の好きな花である。

<竜巻> 9月17日強い台風17号が九州北部を通過した。宮崎県延岡で竜巻が発生し、午後2時10分ごろJ.R.日豊線の別府発南延岡行きの下り特急にちりん9号(5両編成)の先頭から2両が脱線、転覆した。乗客40人の内5人が負傷した模様。J.R.の運行責任者は“風速計のデータは25メートルを越えていなかったので、(運行停止をしなかったことについて)問題はなかった”と言明した。運転手は“突然木の葉などが宙に舞い上がったので、危険を感じて非常制動を掛けたが、次の瞬間に車体が浮き上がった”と証言している。
被害者の数が少なかったし、死者が出なかったので、台風のもたらしたその他の災害の蔭に隠れて大きな事故として取り上げられなかったが、過日の山形特急脱線事故とは異なり現場は平地であったし走行速度も速くはなかったようだ。また脱線事故というが、正確には車両が突風によって横倒しになったというべきだ。屋根瓦が飛ぶなんてものではない。これほど大きな重量物を台車を残して転倒させる力は凄い。付近の目撃者の話では、竜巻が(.日豊線を横断する形で)一直線にやってきたという。丁度そこへ特急が出くわしたということらしい。こういう災害を未然に防ぐには山形の場合もそうだが、沿線の風速計の数を増やすのではなく、気象予報によって事前に突風対策としての運行制限を機敏にかけるしかないだろう。運行責任者はルール違反はしなかったが、判断が不適切だったのだから、責任は免れない。
一夜経って調べると、竜巻の通過跡は海岸付近から直線的に約6kmにわたって住宅などを吹き飛ばしていることが判明した。被害の発生した幅は最大でも250m。それにしても竜巻は米国ではともかく日本では滅多に発生しないと考えられてきたが、最近気象が変化してきた兆候がある。一つ前の台風も結果的には日本列島を掠めたが、東太平洋で発生したハリケーンがはるばる日付変更線を横断してやってくるというあまり前例のない事態が起こった。昔はなかったことでも、何でもありと構えているほうがよさそうだ。

<ピエゾインジェクタ> デイーゼル・エンジンは有害な排気ガスをまきちらし公害の原因を作るという我々の既成概念は覆りつつある。最近ヨーロッパを中心に乗用車エンジンにガソリンエンジンに代えてデイーゼル・エンジンを採用する動きが強まっている。トヨタなど日本車も負けじとこの動きに追随しようとしている。機械学会誌でも紹介されたこの新技術の概要に触れてみよう。革新技術の中核は1)高圧に圧縮された燃料をコモンレールと呼ばれる蓄圧室に蓄え、インジェクタから燃焼室に噴射するシステムと2)高速高応答のピエゾアクチュエータを採用して噴射時間の短縮化と噴霧の微粒化をはかり、従来よりエンジン出力を向上するとともに、排出ガスの有害成分である粒子状物質(P.M.)と窒素酸化物(NOx)の抑制を実現した新開発のインジェクタにあり、特に後者の優れた性能に負うところが大きい(写真左上 サプライポンプ(180MPa)、右上 コモンレール、左下 制御装置、 右下 各気筒のインジェクタ)。
コモンレールシステムは、電子制御できる蓄圧装置と応答性に優れたインジェクタにより、運転状況に合わせて燃料を噴射するシステム。燃料を送り込むサプライポンプ、燃料の蓄圧装置、インジェクタ、運転状況を検知するセンサーで構成され、サプライポンプで高圧にした燃料が、コモンレールと呼ばれる蓄圧室に蓄えられ、インジェクタから燃焼室に噴射される。コモンレールシステムがないものでは、エンジンの回転の力を使って燃料を噴射しているため、エンジンの回転数によってシリンダに噴射される燃料の圧力も変わってしまっていた。このため、エンジンの回転が高まるとエンジン効率が良くなり、回転が低くなると効率が悪くなるといったように、エンジンの回転速度に燃焼効率が依存していた。しかし、コモンレールシステムでは、常に燃料を高圧の状態でコモンレールに貯めておくことができ、そこから電子制御で燃料を出せるため、エンジンの回転速度に依存しないで噴出圧力と噴射時期を制御し、燃焼を効率的に行える。
従来ソレノイドインジェクタが使われていたが、新開発のピエゾインジェクタを使うことで、ソレノイドインジェクタを使ったものよりノズル噴口部を速く開閉できる。ソレノイドインジェクタでは最短噴射間隔が0.4msであったのに対し、この新しいインジェクタでは0.1msと短い。ノズル噴口部の燃料圧力が瞬時に高くなり、噴射される燃料の圧力をより高くできるため、燃料をさらに微粒化できた。圧力が高ければ高いほど、燃料粒子もより小さくなる。噴口部の開閉が遅い、つまり、ゆっくり開閉するとシリンダ内に噴射される燃料の圧力も徐々にしか高まらないため、せっかく高圧にした燃料の圧力が低下してしまい、燃料粒子も大きくなってしまう。ピエゾインジェクタを使うことで、瞬時に制御バルブを開閉し、インジェクタの先端にあるノズルニードルを高い精度で制御して、ノズル噴口部を燃焼効率が最適となる時間で開閉できる。つまり、より最適な量の燃料を最適なタイミングで噴射できるようになった。ピエゾインジェクタを使うことで、ソレノイドインジェクタを使ったものよりノズル噴口部を速く開閉できる。ノズル噴口部の燃料圧力が瞬時に高くなり、噴射される燃料の圧力をより高くできるため、燃料をさらに微粒化できた。圧力が高ければ高いほど、燃料粒子もより小さくなる。


<習熟の成果> 次のような記事を見た。
−近頃の日本人は、常に“繋がっている”状態にある。ケータイは、もはや単なる携帯可能電話ではない。人間の五官の一つになり、人と人をガッチリ繋いでしまった。
山梨県で、下校途中だった小学一年の女の子が、男の人に手を引っ張られた。振りほどいてランドセルに付けていた防犯ブザーを鳴らしたので、咄嗟に近くにいた小二の女児がケータイで撮影し、オートバイのナンバーから逃げた犯人(少年だった)はすぐ捕まった。
ニュースを見て私は、女児の機転に感心するより先に、反射的にケータイを取って操作することのできた、その使い慣れように唸った。−
文春巻頭の随筆“葦の髄から”の一節である。この短文には二つのいずれも昭和の時代には想像もできなかったケータイにからむ世相が描かれている。この随筆の作者は結構長い文章の大半を前半の主題に割いていて、昔は駅などで人と別れを惜しむ慣行があったが、今はメッキリすたれてしまった。それは一つには必要を感じればすぐに相手をケータイで呼び出せるから、空間的な距離は人とのつきあいの障害ではなくなった、つまり別れが消えたのだと言う。別離と孤独がなくなった人間はこれからどうなるのであろうかと新しい時代の不安を訴えている。
私は寧ろ小二の女児の機敏な行動に感心する。一般的なケータイの機能を知らぬ時代遅れを自認するが、一つのケータイで通話と撮影を兼ねるのであれば、操作は簡単ではない筈だ。オートバイで逃げ去る少年を慌てずに素早く画像に残す腕前は並みの大人では期待できない。私など到底及びも付かぬ能力である。小一の女児の、振りほどいて防犯ブザーを鳴らす行為も訓練していないと咄嗟にはできそうでできないものだ。しかも場所は都会ではない山梨県の田舎(どこだか知らないが)である。少年犯罪が増える現代社会においては、こどもの対応も見直すほどに変わっていく。文明のなせるわざだ。我々老人には届かぬ時代になったと改めて感心し且つ嘆いている。

<唯脳論>
“唯脳論”というのはあの有名な養老孟司氏の著書である。氏の本は分かりやすく且つ得るところが多いと思っていたが、本書はやや難解である。1989年にこの初版本(青土社)が発行された時には特異な言説と見なされた“ヒトの作り出すものはヒトの脳の投射である”という主張は今や多くの人の受け入れられるところとなった。養老氏の主張のポイントは“心”が脳の機能であるということと、人間の心=脳が作った“社会”や“文明”に脳の仕組み・構造が浸透していることである。今やマスコミがそれを受け入れ、“世界は脳の産物”という人まで現れるようになった。
著者は巻頭に次のように書いている。―現代とは要するに脳の時代である。情報化社会とはすなわち、社会がほとんど脳そのものになったことを意味している。脳は典型的な情報器官だからである。都会とは、要するに脳の産物である。あらゆる人工物は、脳機能の表出、つまり脳の産物にほかならない。都会では人工物以外のものを見かけることは困難である。そこでは自然、すなわち植物や地面ですら、人為的に、即ち脳によって、配置される。我々の遠い祖先は、自然の洞窟に住んでいた。まさしく“自然の中に”住んでいたわけだが、現代人はいわば脳の中に住む。我々は、自然という現実を無視し、脳という御伽噺の世界に住むことにより、自然から自己を開放した。現在その我々を捉えているのは、現実と化した脳である。脳がもはや夢想でなく現実である以上、我々はそれに直面せざるを得ない。そこから我々が開放されるか否かは私の知ったことではないー
脳による感覚の受容については次のように述べている。網膜は半球状だが結局は1枚の膜である。視覚の受容器の相互の位置関係は目から脳の中まで神経細胞の配列としてずっと維持される。これは背中や腹などの皮膚感覚でも同様である。身体のどこを触られたか、どこが痒いのかの二次元的な位置情報はそのまま脳の中の地図に反映される。末梢器官の二次元配列は大脳皮質でも神経細胞集塊の二次元配列に伝達される。文字認識と似た脳の機能として星座の認識がある。いずれも教えてもらわないと読むことはできない(私は星座が苦手で北斗七星とカシオペアしか判らない)。
