
<蝶の旅> 衛星放送「地球に好奇心」の紹介。オオカバマダラ(butterfly-monarch)は羽根を拡げると10cmにもなるオレンジ色の蝶で、毎年北米大陸を最長4000kmを旅して冬はメキシコの山中で過ごす。暖かくなって好物の植物トウワタ(鳥には毒があって見向きもされない)が咲くとこれを追って北上する。寿命は4週から最大8ヶ月で交尾するとやがて死亡するが、トウワタに産みつけられ孵化した幼虫がじきに蛹から成虫となって種族の意思を継いで旅を続ける。夏を過ぎると北のカナダの方から南下が始まる。飛翔は昼間、平均速度18km/h、80−110km/dayで越冬地はメキシコ中部ミチョアカン州の標高3000mを越える南西斜面である。標高3300mのチンクアの森の高い木々にはビッシリ鈴なりに蝶がぶらさがっている。低温ではそのままじっとしているが、気温が上がると一斉に群舞し、これを見た人たちは思わず"Phantastic!"と叫ぶ。番組ではカンザス大学昆虫学教授テイラー氏がインターネットで呼びかけ、各地の多くの人たちの協力で通過観察報告を受けながら車で蝶を追う旅を紹介した。
<生存能力> 終戦記念日の毎日朝刊1面に衝撃的な写真が掲載された。丹沢上流山北町玄倉川の河原でキャンプしていた18人が激しい降雨により増水した水中に立ち、速い水流に耐えながら助けを待つ姿である。この撮影直後、自衛隊が両岸にロープを渡すのを待てずに人々は水深の増した流れに足元を掬われて一度に押し流され、13人が丹沢湖に沈んだ。報道によれば河川や上流のダムを管理する神奈川県企業庁利水課では気象予報をもとに前日夕刻より再三にわたりサイレンや拡声器でキャンプの人たちに危険だから河原を離れるように警告したという。同じ河原にキャンプした人たちでも本流より左岸寄りではゆるやかな斜面を岸に待避できたが、前日はおだやかだったにせよ流れを渡渉した右岸はけわしい崖で広い待避場所はない地形だった。遭難した人たちは空いていたこの右岸寄りの河原にキャンプを張り、警告を無視して寝こんだために翌朝は増水した流れを渡渉することができなくなっていた。それにしてもこの時刻(午前11時半)まで水の増えてくる河原に無為に立ち尽くすとは。最終的に押し流された後男3人は右岸の崖に辛うじて泳ぎ付き、うまく流れ付いた幼女と共にそこからは動けなかったにせよ1昼夜の後自衛隊に救助された。朝早めに右岸の崖の適当な場所に皆で助け合って這い上がれば命だけは助かったのではないか。またいざという時を考えて露営場所を選ぶのが生存本能からも自然である。私のような重度の障害者ならとにかく、死者には酷だが五体満足な人たちが都市文明の利便さに溺れて自然環境に適応し動物的に生延びる能力を低下させてしまった。 なお報道によると1行は職場を同じくする言わば大家族集団で毎年同じ場所にキャンプに来ていて慣れと油断があった。また行動はリーダーが一決し他の人は自主的に判断して動こうとはしなかったようだ。また上流のダムの放流状況は下流の河原では直接知る由もなく、最初のサイレンによる警報から実際の大量の放水まで12時間以上も時差があったことも人々の判断を誤らせた。ダムというのは本来雨水を自然に流さず貯めるだけ貯めて溢れそうになると始めて余剰分をどっと放流することをやる。下流の流量はダムがない場合に比して必然的に急変する。大きな悲劇はこのようにいくつかの要因が重なって起きる。
<炭酸ガス> 人類の活動が盛んになり石炭石油などの資源をはじめ森林を燃したりするので、大気中の炭酸ガスの量が増えて地球表面から宇宙への輻射熱が遮られ、地球を覆う大気の平均気温が上がるという。以下はテレビ解説の引用だが、金星はその典型で濃い炭酸ガスのために温室効果で気温は上昇し地表の水はすべて蒸発してしまった。一方で木星にも地表に大量に水があったが、大気中の炭酸ガスがその水の中に溶け込んで希薄になったために地表からの輻射熱が増えて気温が低下し地表の水は凍結し地中に潜ってしまったという。では同様に何故地球では昔からあった海に炭酸ガスが溶けこんで気温が低下しなかったかというと、海底に火山帯があって常時マグマと共に炭酸ガスを大気に噴出しこれが大気中から海水に溶け込む炭酸ガスとバランスしているのだという。では冒頭に述べた近年の人類の所業はこれにどの程度の影響を与えているのか、太陽表面の活動エネルギや太陽―地球平均距離の変化の影響はどうかなどと合わせて総合的に説明してもらわないと、これから経年的に平均気温が上がるという話ももう一つ信じがたい。どこかで火山の大爆発があって噴煙が長期に広い範囲で地表を覆ったりすれば気温は一遍に下がるかもしれない。金星・地球・木星の水事情も所詮は太陽との距離による受熱量の差異で決定されているのかも。

<門> 四国八十八ヶ所遍路は自分には無理なことは分っているが、多くの日本人がこれを実行しているので興味を持っている。それぞれの寺社が相応の山門を有していて写真でこれを見ることができる。中国、日本の伝統的な建築物における門は象徴的な意味があって、それを眺めることで全体をある程度窺い知ることができる。多くの人が関わり合い感慨を持っている門の写真をこれから収集整理してみたいと思っている。そういえば大学4年の冬毎夜のように10時の閉門時刻を過ぎて機械科製図室から帰宅の途上、一人で本郷正門の鉄の扉によじ登り飛び越していた。卒業設計に時間がかかったためだ。同じように遅くまで残っている仲間も居たが皆御茶ノ水駅方面に出るため閉じることのない病院側の弥生門から出ていた筈だ。駒込駅方面の追分寮へ帰る私にはそんな遠回りはできない。勢いよく石畳に着地する靴の感触を懐かしく思い出す。学生服のせいだろうが一度も咎められたことがない。守衛は知って知らぬふりをしていたのだろう。
<津波> 海に関するT.V.ドキュメントで次のような話があり数字に興味をもったので紹介する。海の波には何種類かあるが、風による波の波長は数百Mで、一方津波は数百KMと桁違いに大きい。メキシコ・ユカタン半島に数百万年前の直径200KMの隕石衝突の穴がある。これは後日海底が隆起したもので、また近くに動物の形跡の全くない150Mの堆積土層が見つかっている。試算によれば隕石の衝突で海面が一旦凹み次に盛り上がって波長800KMの津波が発生し、時速600KMで伝播した。これはメキシコ湾を渡り300Mの高さの波となって北米大陸に上陸し、海水は数百KMの内陸に達したと。ヨーロッパ大陸でも数十M、ユーラシア大陸でも約十Mの高さの津波となったと。沢山の生命が一瞬に死滅したことだろう。どこまで本当かよく分らないが天変地災はこんな形をとることもある。
<フランジ> 荏原へ入社してまだ1年経っていなかった。畠山社長(初代)の恒例の巡視が設計室を通過した。当時は皆そうだったが私も製図板の前に突っ立って図面を見下ろしていた。突然社長がツカツカと通路から入ってきて私の製図板の前に向かい合って立った。お付きの人々は皆通路に立っている。新入社員だったからストレーナか何か大したことのない図面を画いていた。社長は黙って図面を見ている。こんな図面を見てどうするのかと思っていた。突然社長がボソッと言った。「フランジというのはなくてはならないものだが、手間のかかる実に厄介なものだ」と。学校で基本的機械要素として教わり無批判に受け入れてきたばかりの私としては返事のしようがなく黙っているとそのまま社長は去った。部長と課長が飛んで来て社長は何を言われたのかと訊くのでその旨答えると、皆当てが外れたようなホットしたような具合で社長の後を追って行った。この件につきその後誰も何も言わなかったし、私は多くのノルマを抱えていたので忘れはしなかったがそのままになってしまった。当時はあの図面を見て他に言うべきことがなくやむを得ずああ言ったのだろうとも思っていた。近頃改めて考えると確かにポンプ、バルブを始めとする配管要素の接続に当然の如く実に多くのフランジが使われているが、木型と鋳造や溶接、機械加工から据え付け接続作業まで随分の資材と手間がかかっている。V.E.としてフランジに求められる機能を満たすためにもっと別の形状構造が考えられて然るべきとツクヅク思う。工業規格で定めたからといって不合理なものは改めるべきだ。これは夢中になって取り組む価値のある普遍的なテーマだった、当時他の誰かが動機付けをしてくれたらと40年も経って改めて思う。今でも課題はほぼそのまま残っており、私には時間と若干のアイデアと未練があるが会社を離れて一人で取り組むわけにもいかない。
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