第6章
<第63期本因坊戦>

第2局
2007年5月27,28日
白番高尾、中押し勝ち(146手)
黒の羽根は左辺に手をかけて左上の白を脅かしたが、高尾は断然手を抜いて右辺と下辺の要所に先着した。封じ手以後黒は左上を攻めるが、執拗な攻め手を選ばず右辺への侵入を試みたりしたので、白は巧みに手を戻して虎口を脱した。ここらに羽根の棋風が悪いほうに出る。更に右上の黒に利かせるだけ利かして右辺を大きく取り込もうとする。黒は孤立した左辺の白を攻め、右辺への侵入とからみにかけるが、白は思い切りよく左辺の石を捨ててしまう。最後は黒の絶望的な侵入に白は最強に応じてこれを潰して終局。
第3局
2008年6月11,12日 北九州市門司港ホテル。

第4局
2008年6月23、24日
黒番羽根 中押勝(219手)
終局18時57分、残り時間本因坊10分、羽根挑戦者9分
高尾は右辺で地をかせぎ、羽根は右下を確保。
中盤高尾が1日目の打ち掛けをはさんで上辺で積極的に動き、羽根が追随する形になるが、右上の折衝は両者互いに譲らぬ折衝となり、羽根が79手目右上を下りきる強手を放ったことから互いに相手の石を割く激しい手の応酬になる。結果は本因坊側の形が今ひとつ整わず、難解ながら羽根が有利になった。その後高尾はアチコチで工夫の手を打ち、左下を捨てる展開になるが、一向に好転せず投了のやむなきに至る。
高尾の感想は“中盤難解でどう打ったらよいか分からなかった。でも一生懸命考えて打った結果が負けになったので悔いはない”というもので、羽根には特別な感想はなかった。結果的には控え室をも驚かせた右上の下りきりが勝着になったと言えるだろう。
第5局
2008年7月1,2日、銚子市きょうけい館。
羽根中押し勝(180手)
羽根の白番。黒の高尾に右辺で低い中国流を許し、左辺の両星からケイマに構える。黒は厚く構えて右上隅への白の侵入を許し、右下では白に根拠を許さず中原に追い出すが、白は左辺に地をかせぎ、地では一歩リードする。黒は白に稼がれた上に中央に追い出した白に対して攻めあぐねる形になる。打ち掛けの直前、羽根は高尾の断点のノゾキに対して長考した。コウで黒を切断に行く手はあるが、コウ材が足りない。解説の武宮九段はこの長考は変だといぶかる。ノータイムで点ぐところを考えているうちにおかしくするのではないかと懸念する。しかし封じ手は結局無難な点ぎだった。ここで白が乱れなかったことで手を渡された黒がもてあました。
左側から追い立てるが自分の模様に追い込む形になり、腰の伸びた左側の黒を白は分断した。初志貫徹で白の大石に眼形はなくなったが、遂に分断された一方の黒も眼形はなく、攻め合いになるが明らかに手数は黒が短く投了のやむなきに至る。局後の高尾の感想は攻め過ぎて失敗だったというのだが、攻めを自重して局勢を有利に導く適当な手段が見つからなかったというのが正直なところだろう。第4局も第5局も高尾は積極的に相手に挑んでいくのだが、相手の粘り腰に会って自分が腰砕けになった。攻められて辛くも凌ぐ第3局のような打ち方の方がうまく行くのではないか。羽根は毎度のことながら2日目に持ち時間がなくなるが、難解な終盤を乱れず冷静に収束した。
第6局
2008年7月16,17日、
羽根中押し勝(211手)終局6時6分。残り時間羽根4分。高尾1時間余。
羽根の黒番。第1日目は互いに腰を落として堅実に打ち回す。封じ手の羽根は右辺でツケからハネにハネ返して挑戦的に打ち進め、外勢を張る。高尾は右下隅で何手もかけて2線を這う。次いで左辺でも低く構える。長期戦の神経を使う寄せ合いかと思われたが、羽根が白を切断したのを契機に互いに切断する乱戦になる。高尾はウッカリして孤立した白石の更なる切断を許して一挙に敗勢になる。
高尾は1局を通じて我慢強く打っていたが、石の効率はよくなく、中盤では細かいミスを重ねた。羽根は要所で断乎強手を放った。これは省みて第4、第5局にも共通する現象で、結果として3連勝が3連敗に連なることになった。半目の勝負など一度もなく、勝負が一方に偏ること異常とさえ見えた。羽根は相変わらず第1日目に時間を使い頼りなく見えるが、2日目には別人の如く毅然としていた。
第7局
2008年7月22,23日、
羽根中押し勝
握って羽根先番。互いに隅に先着してありふれた折衝で石の形を決める。高尾の側からすればもっと序盤に工夫がないとリードできないのではないかと危惧の念を覚えるのだが、四隅を与えて平々凡々と打ち進める。どこかで必ず機会は来ると静かに考えて待っているのか。1日目も午後、左上のはさまれていた黒が中央へ飛び出した。ここで本因坊が熟考、予想に反し落着いて下を中央へ飛ぶ。黒のアタマ押さえに断然白がハネ出すと、黒は相手の気合を外すように一間トビの白のアタマにツケ(この手はハネだしに対して間をおかず、弾かれたように打たれた)、白はこれを見てやおら断点ツギに手を戻す。解説によればハネダシを黒が遮ればピッタリ黒はからめ取られる。白の封じ手は上側の白の右辺への脱出ではなく、下側の白の沿い曲がりだった。これからも黒の楽しみにない脱出行が続く。白は上辺への飛び込みを打った後再び中央の黒石へのカラミ攻めを続ける。
昼食前の白78手目のハネこみは右の3子の分断か2子の先手での取り込みを許すかを迫るもので、黒には厳しい選択になった。結果は黒が3子の分断を許すことになったが、この分断した石が意外に味よく捕獲できない。この辺から白の変調が始まる。実はこのあたりが本局の正念場で、右辺で白は2間開きから隅にケイマにすべった形だが、これにからみつく黒を丹念に取り込まなければいけなかった。例によって羽根は第1日目に2時間以上余計に時間を消費していた。この際高尾はじっくり腰を落として粘るべきだった。ところが高尾は黒が2間ヒラキの石にツケてからんできたのに構わず、4子の黒を小さく取りきる手を選んだ。この消極的な気分が敗因に直結した。ツケを放任された黒は右辺で暴れまわり、また白石は形が妙によじれて反撃の余地なく分断されてしまった。白の勢力圏だった筈の右辺は黒の勢力圏へと転じた。白に残された手段は分断したもう一方の中央の黒石を殲滅するしかない。しかし分断したもう一方の黒は既に大威張りで活きていてカラミにならない。大石死せずの諺通りこの石が2眼を確保するに及び、高尾本因坊には投了以外の選択肢がなかった。
思うに始めの3局で高尾には無意識のうちに楽勝できるような油断の意識が生じて(第3局では左辺でこれ以上望むのも無理と言えるほど鮮やかな渡りで楽勝)、羽根に比べて時間消費が少ないままに打ち進め、苦労して相手から勝ちをもぎ取る心構えをなくしてしまった。第5局も第6局も腰の据わらぬ攻め合いをして、一寸した油断から足元をすくわれている。一度も細碁になることなく、3連勝4連敗の大逆転はかくして生まれた。高尾に勝負師としての泣きが足りなかったと言えるのかもしれない。