短い感想


杉原輝雄 

 1937年生まれ。1957年プロ入り。通算63勝。1989年に永久シード権を獲得。68歳でレギュラーツアーの予選通過の最年長記録を達成。何度もエージシュートを達成している。練習に熱心なこととスイングにぶれがないことは有名。打つとボール目がけてすぐに走る。人と約束すると30分前には着くようにする。人に迷惑がかからないようにの一心からだ。
 前立腺癌が見付かるが手術を拒否。最近はリンパ節に転移が見付かったが、“気にしてもしゃあないやろ”と相変わらず現役のツアー出場にこだわっていて、死ぬまでゴルフを続けたいと思っていて、投薬や放射線治療の副作用に耐えている。これこそプロである。
 2009-5-12


草薙剛 大トラになる

 2009年4月23日、 警視庁赤坂署は公然わいせつ容疑で、SMAPメンバーの草薙剛容疑者(34)を現行犯逮捕した。24日午後保釈されたがその間草薙の自宅が家宅捜索された。多量の飲酒の挙句、公園で全裸になったためだという。
 “2011年7月からアナログ放送が見られなくなるんですよ。ご存知でしたか。”これは草薙がイメージ・キャクターとして何度となく演じていた地デジのC.M.であったが、事件発生後(手際よく)打ち切られた。その鮮やかさはアナログ放送の停止が延期になると錯覚させるほどであった。広告料損失数億円が発生するという。誰が損をするのか知らないが。
 鳩山総務大臣が(はらわたが煮えたぎるほど)腹を立てていたが、草薙を非難する言辞は辛くも撤回した。何故そう怒るのかよく判らない。前記の広告料のせいか?
 酔っ払い運転をしたわけではないし、そう騒がなくてもよいではないか。草薙はこの際金銭的にも相当なダメージを受けるだろう。死ぬほどの大病でもした気になって当分おとなしく謹慎しているに限る。
 2009-4--25


WBC優勝

 日本国民は一喜一憂の連続だったが、原の率いる日本チームは最後を締めてくれた。変なシステムで、宿敵韓国とは5度も戦い、3勝2敗の戦績になった。準決勝で米国チームも破ったから実力で米国にも劣らなくなったことを証明したが、活躍したのはやはり大リーグに出向いている松坂・岩村・イチロー・城島などの選手だったし、日本にいても強くその影響を受けた選手たちだった。まさに米大リーグに育てられた結果である。
 最終戦は岩隈が好投したが、ダルビッシュが9回2死に打ち込まれて追いつかれ、次回同じく2死に不調で敬遠されなかったイチローの決勝打で勝利投手を岩隈から頂戴してしまった。こういうのは運の女神がどちらに微笑むかで勝負が決まるということだ。3年前の第一回大会は王監督が率いて優勝したから連覇になるのだが、日本が決して段違いに強いわけではない。敗者復活を認めるこの大会のシステムがやっているうちに乗ってくる日本人の性向にマッチしているのかもしれない。北京オリンピックで星野ジャパンが惨敗した悔しさを皆が憶えていて今回はその相手だった韓国に仕返しをした。韓国はプロ野球の規模は日本に比して劣るが、今や日本に伍して世界の野球強国になった。いずれ中国もでてくるだろうが、あと10年はかかるだろう。
 同じようにチームプレイが求められるサッカーも日本で野球以上のファンを生むスポーツに育ったが、日本人の体格的なハンデイが響いて世界制覇には程遠いだろう。それに比べれば野球はメンタルな面が強く影響するだけ微妙で日本人にもつけこむ余地が大きい。サムライ・ジャパンなどという言葉で日本選手が一体感をもって燃え上がるさまは嘗て中国侵攻を試みた日本軍と似た心情で恐ろしいほどだ。この世界はルールに従ってやっているのだから、非難されるような逸脱は起こらないだろうが、根深い不況もこれで吹き飛ぶようなこの日本人の興奮は生き甲斐は何かという大事なことを改めて考えさせられた。
 2009-3-25


金賢姫

 拉致された田口八重子さんの家族が待つ面会のための会場(韓国・釜山)に姿を現した(写真)のは黒い詰襟服に身を包んだ痩せぎすの嘗ての死刑囚・金賢姫だった。北朝鮮工作員として金正日の自筆承認を受けた計画書(ソウル・オリンピックを妨害するのが目的だった)により工作員金勝一とともにアブダビで大韓航空旅客機の座席の上の網棚に時限爆弾を置き残して機を降りる。航空機はミャンマー上空で墜落、二人は乗客名簿により航空機を爆破した疑いで1987年バーレーンで逮捕される。金勝一は服毒自殺を遂げるが金賢姫は未遂に終わる。韓国に引き渡されて死刑判決が確定したが、1990年韓国政府によって特赦される(当時韓国政府は北朝鮮と歩み寄りを試みており、特赦については北朝鮮側からの強い要請があったとされる)。1987年ボデイガードだった元国家安全企画部員の男性と結婚し、2児をもうけてソウル市内で普通の主婦として暮らしている。
 彼女は北朝鮮で日本語を教えてくれた田口八重子さんが現在の家族に会えない自分の境遇と同じであったことに共感を強め、彼女の長男・飯塚耕一郎に面会を要請、北朝鮮と一線を画する現李明博政権がこれを認めたために実現した。彼女の一生は日本の多くの拉致被害者と同様に金正日の悪辣な意思によって無慙に翻弄された。その運命に面会が実現した時に涙を流した姿は、しかし美しかった。耕一郎氏を抱きしめ、毅然として“お母さんは生きていますよ”と言ったのは視聴者に強い印象を与えた。彼女が現在できる北朝鮮政権への精一杯の抵抗である。
 田口八重子さんや横田めぐみさんなど大多数の拉致被害者が度重なる日本側の要請にも関わらず北朝鮮当局が既に死亡したとして返還に応じないのは彼女が言及するように当局にとって不都合な(複数の)事実を知ってしまっているためであろう。これが正しければ(まず正しいだろう)、いくら日本がわめいても政権が倒れる革命が起こらない限りまことに残念だが彼らは帰ってこない。
 2009-3-15


オバマ大統領の年頭議会演説

 “We have duties to ourselves, our nation and the world, duties that we do not grudgingly accept but rather seize gladly."
 2月24日の大統領就任後初めての議会演説において、前途の難局を説いて当面の弛緩を戒める説教者・求道者は演説中一度も、白い歯を見せて微笑まず、眉間の深い縦皺に厳冬期の辛い仕事が待っていることを示唆した。演説の内容の90%は経済問題で、外交問題を最小限に留め、アメリカをやりかえ(Renewing America)、世界を再びリードするのだと決意を表明して、国際テロとの対決を説いたブッシュ前大統領とは対極の姿勢を見せた。
 “我々は短期的な利益を生むことが、長期的な繁栄よりも褒めそやされる時代に生きてきた。目前の利潤のために(市場の)規制を骨抜きにし、重要な議論や困難な決定を先延ばしした。 だが、ツケを払う日が来た。未来に対して責任をとるべき時が来た。今こそ、永続的な繁栄に向け、基礎を築くために、大胆かつ賢明に行動する時だ。”と述べ、前政権への冷厳な評価と再建への決意を示した。
 だが新大統領への国民の支持率は厳しい政策の選択とそれにも関わらず容易には回復しないだろう景気の見通しを前に60%を割った。今後数字は更に厳しさを増すことは明らかだ。オバマ大統領にとって当面辛い時期が続くだろうが、彼の決してめげない姿勢を評価し応援する。頼りない日本の首相とは大違いだ。
 2009-2-26


山火事 

 オーストラリア南東部ビクトリア州で、2月8日、山火事による死者が84人に達したという。このまま推移すれば100人を超えるだろう。同州の首相は“この世の地獄だ”と述べている。気温が46degCに達したためと報じられている。隣接するニューサウスウエルズ州でも山火事が発生し、シドニー市内にも煙が流れ込んでいる。消火の具体策などなく、逃げる先もない。よそから援けようもない。頼むのは当てにならない雨だけだ。コアラの好むユーカリの葉は樹脂分が多く、生でもよく燃えるそうだ。こうなると地球温暖化も冗談では済まない。
 2009-2-9


朝青龍

 初場所前に負けたら引退かと盛んに懸念が出ていた朝青龍が千秋楽の決勝戦で白鵬を破って優勝した。相手を渾身の力で寄り切って土俵中央に向き直った顔がぶはっとふくらんだ笑顔になった瞬間が見ものだった。この時の視聴率は36.7%だったという。左ひじを痛めたせいで3場所休場し、心がけが悪いとか稽古不足とか言われっぱなしだったが、14日間全勝したので、皆沈黙した。“皆さん、朝青龍が帰ってきました!”と叫んだ。この場所の話題をさらい、入場者数を増やしたのがもっぱら彼のせいだったから、こう言う権利はある。
 2009-1-25


○ 裁判員制度

 もう二度も“話題”で取り上げたテーマだが、文春2月号で玄侑宗久氏が“裁判員は日本人の美徳を壊す”で述べられた論旨がまさに我が意を得たりだったので、もう一度私も吼えたくなった。世論調査で国民の7〜8割が人を裁きたくないからできるならやりたくないと答え、氏はこの感覚を日本人の最後の美徳と称えている。そして参加した人には評議の内容一切について死ぬまで守秘義務が課せられることを指摘して、こういうことを無作為に選ばれ、一回限りの裁判のために招集された一般国民に望むのは無理だと評している。夫婦の間でもしゃべってはいけないなんて人間をコマのように扱う法律と憤っている。詳しくは氏の論説を読んでもらえば済むことだが、“人を裁きたくない”という理由での辞退が認められない制度は、世界共通の倫理にも反していますーという氏の主張に全面的な賛意を表し、改めてこの制度の全面廃止を求める。
 2009-1-9


飯島 愛 

 ○ 突然の死亡通知。クリスマスを前にして逝った。36歳。若くして人生の深淵を覗いたのかもしれない。 抜群の美貌で、頭も大層よかった。口を開くとドキッとしたことを言うので知名人の中でも異色だったが、その割に悪口はあまり聞かれなかった。“私的には”という言葉は彼女が言い出したという説がある。バカには流行語はつくりだせない。若い女の子など怖くて近づけなかっただろう。2年前に惜しまれる中を芸能界から引退した。 最近は孤独と深刻な体調不良に悩んでいたらしい。しのびよる若さの衰えは辛かったのだろう。彼女を幸せにする男は遂に現れなかった。死因は肺炎とのことである。2009-2-6夜の金スマは彼女の追悼番組を組んだ。 何の縁もなかったが、淋しそうな笑顔が心に残る。ご冥福を祈る。 2009-2-6


 新聞の一面全体にデカデカと“東條英機”という映画の広告があって、東條の顔だけがまっすぐこちらを向いて大きく映し出されている。その右目(こちらから見ると左側)の瞼が左目に比べて少し垂れ下がっている感じに相手を射抜く鋭さがあって、それが独特の魅力を具えている。私は東條英機という男は大嫌いなのだが、こんな眼をしていたのかと見直す気分になった。後でこの東條は北野武が扮していることを知った。映画は悪いのは東條だけでなく当時日本を包んでいた軍国主義全般だと主張したいらしいが、とにかくあの眼は悪くない(但しこの写真ではない。まだ入手できない)。
 2008-12-24


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