
第1章
<序文> 米国東部時間9月11日午前9時前後にハイジャックされた米国国内便2機が次々にニューヨークの世界貿易センタービル2棟に激突、ビルは激しい火災によって暫く後に崩壊した。他に同様にハイジャックされた1機がワイントン郊外の国防総省のビルに激突、他の1機は大統領の公邸を狙ったらしいが機内の抵抗に会いピッツバーグ近郊に墜落。このような同時多発テロに対しブッシュ大統領は報復を声明した。
この事件は今後の世界の歴史に折り目をつけると思われ、どのように進展するか予測が難かしいが政治・宗教・人種などに関わる紛争にからみ、世界人類に大きな影響を与えることは明らかで、特別コラムとして私見を交えて継続的に掲載する。
混乱の中詳細は不明だが、とりあえず多くの犠牲者の中でも事故の収拾のために動員されたニューヨーク市の200余名の消防士と70名余の警官は危険を承知で現場に赴いただけに、弔意と共に特に深甚な敬意を表する。
<秩序の破綻> 恐らく犯行側に事前の周到な準備があったに違いないが、これだけ大きいダメージを経済の中心と軍事の中心のシンボルが受けたことは、世界最強を誇る超大国米国の威信が無残に突き崩されたことにほかならない。
様々な形で予測されていたであろう外部(ならずもの国家)からの脅威に対抗するためにブッシュ大統領は新たにミサイル防衛網を構築すると宣言しロシア・中国などの反撥を招いていたが、今回の事件で観念的な方策が如何に非現実的かを思い知らされた筈だ。燃料を満載した国内大型民間航空機を攻撃の武器として利用されるとは考えもしなかっただろう点に人間の常識の盲点がある。
第二次大戦では米・英国は日・独に暗号解読などの諜報戦で勝利したと言われるが、今回は事前に襲撃を探査できなかったのだから諜報戦に敗北したといわざるを得ない。後から考えてみればというのは色々あろうが、結果的に予防措置はとられていなかった。事件後丸2日経っても米国内の民間航空は停止したままで、如何に不意を突かれたか又今後の保安に自信がないかがよく分る。
勿論非人道的なテロ行為への非難はいくらしてもし足らぬことながら、このように大きな隙が見えたことで悪意をもつ潜在的な襲撃者を更に勇気付けることになったのではないかと懸念する。
<反米感情> 今回の民間航空機のハイジャックが如何に冷酷無情に行なわれたか、操縦を代行する技術を身につけた犯人たちがチームを組んで如何に冷静沈着に自爆テロを実行したかを考えると、未だ特定されていない人々の反米感情が如何に強くまた継続的なものかを思い知らされる。それは嘗ての日本赤軍のハイジャック事件の如き多分に思いつき的なものではなく、イスラム教の教える聖戦(ジハード)につながるのだろう。
第二次湾岸戦争以来徹底的にイラクを傷めつけ、イランやヨルダンなどの諸国を冷遇し、パレスチナと対抗するイスラエルの肩を持ち続ける米国に対してアラブ諸国がイスラム教の敵として程度の差はあっても反感を持ち続けていることは明らかである。鬱積した憎しみ・侮蔑・やり場のない絶望感が世界の警察官を自称する米国に向けられている。
加えてブッシュ大統領の最近の政策は地球温暖化対策など環境問題に背を向け、アフリカの人権問題やエイズなど疫病対策にも冷淡で、自分の国さえよければよいというように感じられ、自分は常に正しいと考え行動する米国の傲慢さを鼻持ちならないと感じる人も少なくなくて、表立っての非難にまではならぬまでも国連加盟諸国から一歩離れて見られていることが背景にある。

<ビルの強度> 今度は技術的な論議である。テレビで全世界に放映され衆人承知の事実として、世界貿易センタービル北棟はビルの中央より上部寄りを午前8時46分航空機の激突を受け午前10時27分に崩壊した。南棟はビルのほぼ中央部に午前9時3分激突され午前10時5分に崩壊した(NYタイムスによる)。従って北棟は被爆後1時間41分、南棟は被爆後1時間2分で崩壊したことになる。この時間は当時ビルの中にいて直撃を受けなかった多くの人々にとって超高層ビルの非常階段を経て待避するためにギリギリの微妙な時間であった。当時関係者の多くは火災の脅威は直ぐに考えてもビル全体が崩壊することは頭に浮かばなかったと思われる。そのために階段でパニックによる将棋倒しなどの2次災害はなかったようだが、消防士達が救助のために逆に階段を上がって行って犠牲になったようだ。
ビルは2棟とも鋼板製の外壁と中心核部のエレベータ・ホールのダブルチューブ型2重構造であり鉄筋コンクリートは使われていなかった。マンハッタン島地区は地震の心配がないために異常な水平力への配慮はしていなかった。然し米国東岸から西岸までの長距離飛行のために満載した燃料が激しく燃焼して外壁鋼板の耐火被覆を時間と共に剥脱し、遂に高温に曝されて強度の低下した外壁は上から下へと一気に崩壊した。それはまさに役を終えた古いビルを撤去するために要所に爆薬をしかけてたくみに破壊する工事で、ビル全体が外に飛び散ることもなく下方に向けて崩壊するシーンに似ていた。
滅多にない事例であり事前に現場で速やかな崩壊の危険と対応を教える人もいなかったと思うが、少なくとも消防士・警官など事故後現場に駆けつけた人々にその知識があれば彼らの犠牲はずっと少なかっただろう。ビルの設計者(日系人らしい)にこのような危険への配慮を求めるのは酷かもしれないが。
<内外の反応> 事件の報道にともない直ちに世界主要各国からは犠牲者への弔意と、事件はすべての民主主義国家への重大な挑戦であり決して許すことはできない、犯行グループへの制裁には全面的に協力する旨の意思表示が一斉になされている。これは無予告で前代未聞の規模になった国際テロに対しては当然の公式な反応で、従来の米政権に対する様々な不満や反感は当面一切影をひそめている。
米国国内はこのような国家の危機に直面した時の常例としてこの脅威に対して断固立ち向かうとする政府への全面的な忠誠の意向が示され、在来民主党を中心にブッシュ大統領の政策に批判的だった議会の動きは当面消滅している。
目立つところではP.L.O.のアラファト議長は今回の事件は許し難いことで事件には大変なショックを受けたと事件直後に唇をふるわせてテレビ報道に告げた。尤も近くではパレステイナの女子供がニュースを聞いて嬉しそうに踊り舞っている正直な姿が合わせて報道された。
アフガニスタンを実効支配するイスラム原理主義タリバンの最高指導者オマル氏はアフガニスタンには旅客機を操縦する技術を習得できる設備などはない。ウサマ・ビン・ラデイン氏は事件に関与していない。もし明確な証拠なしに我々を攻撃するようなことがあればそれこそ無差別テロであると言明した。
私に送られた広報メールの一つに次のメッセージがあった。"報復に燃える米国政府に、くれぐれも慎重な節度ある対応を望むものです。正義の戦争は、もういらない。我々に必要なのは、正義の平和なのです!" 全く同感である。一方的に米国に追随している日本政府に求めたいのはこういう姿勢である。
<被害の実情> 2棟の世界貿易センタービルの被害者救出は難航し、事件から丸5日経た現在行方不明者は約5000人と報ぜられるが確認された死者は100人に満たない。これは崩壊した膨大な建築廃材・たちこめる粉塵の他に周辺ビルの2次崩壊の危険が去らないため(事実何棟かが日をおいて崩壊した模様)と言う。現場の整備は1月では到底出来ないだろう。犠牲者と思われる日本人家族が再開された航空便で早速現地へ向かったが、当分空しく日を過ごすしかなさそうである。
ペンタゴンも火災を収めるのに3日以上を要したようだし、許されて遠方から被災建物を見物する市民の感想から推定すると、最終的にペンタゴンのあの5角形の建物全体について将来の使用を放棄せざるをえないのではないか。貿易センタービル周辺地区も広範囲に同じ運命にあると思われる。その地区の俯瞰写真が公開されたが2棟どころではない被害の広大さに唖然とさせられる。
敢えて犠牲者には不謹慎な言い方を許してもらえば、犯行を費用対効果で見るときにこんなに効率のよい破壊活動は滅多にない。

<戦争準備の進展> 14日米大統領はウサマ・ビン・ラデイン氏を事件の主犯であることおよび報復のための軍事行動は大規模且つ継続的なものになると明言した。パウエル国務長官は容疑者をかくまう組織に対しては容赦ない制裁を加える事とパキスタンが軍事行動における領空通過と国境封鎖に同意してくれた旨言明した。米議会は当面戦争準備に必要な臨時予算の支出を大統領に認めた。国防省は急遽予備役の招集を開始した。また大統領は主要国首脳に対して軍事行動への協力を電話で呼びかけている。
一方でロシア大統領は軍事行動は極めて信頼すべき情報に基づいてのみ行なわれるべきこと、従って絨毯爆撃のごとき無差別大規模攻撃には反対すること及びロシアは軍事作戦には参加しない旨言明した。
タリバンの最高指導者は米国の挑戦に対して国民は恐れることなく立ち向かうべきこと、および米国に協力する国家に対しては従来の同盟国であろうとも断固宣戦布告する旨言明した。
<懸念> 報道で見るかぎり近代の歴史の中でここまで踏み込まれた経験のない多数の頭に血の上った米国人達に突き上げられている米国政府に、このような暴挙を敢えてせざるを得なかった当事者とその背後で無言の支持を与えている多数の人々の心情への配慮とそこに至るまでの米国側の様々な所業に対する反省は一切見られない。
このまま推移すれば当初はおとなしく報復の中身を見守っている人々も紛争の長期化と軍事行動の行き過ぎに対応して、非難や反抗に公然と立ち上がる可能性が大きい。それは乱暴な言い方をすればキリスト教文明とイスラム文明の正面衝突の形をとるかもしれない。
更に近年米国に代表されるグローバリゼーションの波は当初の宣伝に反し限られた一部の人々だけを利して大多数の人たちを不幸な境遇に置き去りにすることを次第に悟ると、いわゆる西洋文明側に立っていた人たちにも無反省なまま唯我独尊を決め込む米国政府に反撥が生まれる契機になりそうである。人は誰も謙虚さを失えば破滅に近づく。
<金融情勢> 1週間ぶりに再開したニューヨーク株式市場は10%以上も下げ、当面回復の兆しは見られない。アメリカ市場が深刻な打撃を受けたことを証するもので、大統領の米国はテロには屈しなかったという主張をいささか裏切った。投機筋では事件前にウサマ・ビン・ラデイン氏グループが航空会社など打撃を受けるであろう関連企業の株を大量に空売りしたらしいという噂が囁かれている。犯人たちにしてみればこうして憎き資本主義の弱点をあばくことに何の痛痒も感じないのみか、敵から多額の活動資金をやすやすと獲得したことになる。仮に首魁が捕らえられてもノーハウは残る。事件を契機に世はまた変わろうとしている。
日本の株式市場もいささか打撃を受けて一旦はあっさり1万円の大台を割った。小泉首相の構造改革は景気の激しい落ち込みで更に足を引っ張られる。日銀総裁は一段の金融緩和を発表したが、金利はもう下げようがないから回収見込みの立たぬ札束を大量に印刷して銀行に供与するということか。

<大統領の施策> 米国大統領は20日夜議会の上下院合同総会で異例の演説を行った。今回のテロ行為はビン・ラデイン氏を支えるテロリスト組織アルカイダが起こした自由社会への重大な挑戦と受け止め、長期的な作戦でその世界的なネットワークとそれを支持する組織に逃げ場を与えず徹底的に壊滅する。我々はイスラム教の信条を尊敬する。彼等テロリストはアラーの名を自分らの目的に利用している。今回の戦いは米国とテロ組織との戦いであり、すべての国・組織はいずれに就くか態度を明らかにしなければならない。国民には冷静さと忍耐を、また世界には民族と宗教を超えた連帯を要請した。議会の出席者全員は再三の起立と拍手で大統領演説に熱烈な支持を表明した。
これまで大統領はロシア・中国も含め世界主要国のリーダーと精力的に話し合った。惨劇の起きた国防省・世界貿易センターの現場を訪れ、彼のパーフォーマンスは詳細に全世界にテレビ報道されている。目下この危機に際しての大統領の統率力に批判の余地はない。これだけ強く米国民が精神的に団結したのは滅多にないことでそれは多分に彼の功績である。この人は平時より戦時に向いた大統領かもしれない。私も暫く批判を差し控えて推移を見守ることにする。