国際テロ


 第10章

<安保理分裂か> 米英両国は国連安保理に対イラク武力行使容認決議案を提出した。これに対して拒否権を有するフランスのシラク大統領は現時点で査察を止め開戦に踏み切る理由はないとこれに反対する意向を明確にするとともにアフリカ諸国にも同調を求めた。ドイツ・シュレーダー首相も強くこれを支持している。またロシアのイアノフ外相は28日「ロシアは国際社会の安定のために拒否権を行使する可能性がある」と語った。ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は米英と足並みを揃えるスペインのアスナール首相と会談し、イラク問題解決に平和的な方策を選択するように求めた。
 米国のブッシュ大統領はこの際にイスラエルを除く中東各国の民主化を図りたいとまで言明、いわゆる米国ネオコンと称されるグループの主張を公然と取り上げた。イスラム諸国の思惑を無視したこの主張は傲慢とさえ感じられる。

<デモ> 2月下旬になって世界60都市約1000万人が連鎖的にイラクへの開戦反対のデモを行なった。政府が好戦的な姿勢を見せる米国、英国、スペイン、イタリアでも大規模なデモが続いている。
 日本人はこの世界の趨勢に無関心かと情けなく思っていたらこのほど東京の日比谷公園や渋谷でも戦争反対のデモが起こった。各種の労働団体なども参加したが慣れぬデモの趣旨のために行進の順序などで戸惑いもあったようだ。
 中国政府はイラク問題でも北朝鮮でも曖昧な姿勢を続けていて、中国民衆はデモを禁じられているのは中国だけだと不満をつのらせているという。

<イラクの自主的な武装解除> 射程が150kmを超えていないと廃棄に難色を示していたイラクが国連監視検証査察委員会からの期限付きの要求に応じて3月1日からミサイル・アルサムード2の廃棄作業を開始した。
 ブリックス査察委員会委員長は以前よりイラクの査察への非協力を非難してきたが、今回の安保理への報告書作成にあたり“極めて遅まきながら”査察への積極協力の姿勢を示し始めたと述べ、状況に発展があれば追加してでも国連に報告する旨言明した。
 米国による本格的な攻撃の脅威が去らぬ中で、イラクが自主的な武装解除に踏み切ったのは相当な決断を要した筈で、今年に入ってから呪文の如く”disarm”を唱えてきたブッシュ米大統領だが、このように従順さを示し始めたイラクをその後に叩くのでは非道のそしりを免れないだろう。小泉首相が米国に求めてきた“大義”は消えつつある。

<米国開戦> ブッシュ大統領の3月17日の発言=「国連で決議の批准を得られないことが明確になった。特定の国が拒否権を行使することが明らかになったからだ。我々は行動する。行動しないリスクの方が大きいからだ。」 フランスは自ら米英両国提案の早期に査察を切り上げてイラクへの攻撃を容認する決議案に拒否権を行使することを明確にする一方で、安保理で投票権をもつアフリカ諸国に働きかけて国連による長期査察継続に動かせた。ロシアも決議が諮られれば拒否権行使に動く意思表示を変えておらず、パウエル米国務長官は半月にわたる外交交渉の失敗を認めた。
 結局米英両国は意図していた新たな国連安保理の決議のないまま、開戦に踏み切ることを余儀なくさせられた。早い時期にパウエル国務長官が提示したイラクが大量破壊兵器を所持している証拠は説得性が不十分だった。20年前にイランでパーレビ親米政権が転覆した後、これを抑えるために米国はイラクと蜜月状態に入り、大量の化学、生物兵器を供与したようだ。これらの兵器は9・11事件以後親米的でないイラクが所持し、テロ実行者に提供する可能性とその危険を最もよく知り恐れていても、米国はその詳細を公開できない事情があるらしい。
 従ってこの半年ほどイラクがもう危険な大量破壊兵器は所持していないと言っても、米国はそれらが隠匿され適正に廃棄されていないことを信じていて、決してイラクを信用できないでいる。不思議なのは米国がその点を第3者にうまく理解させられないでいることで、自ら後ろめたい事情があるとしか思えない。そういえば矢張り事件後米国東部で郵便物に混入させた炭疽菌を含む白い粉がパニックを招いた事件も犯人がアルカイダとは別だと発表された後、未だに迷宮入りしている。
 大分以前から米国は大兵力をイラク周辺の中近東地域に展開していたし、例の300人委員会の意思としてイラクのフセイン打倒は既定の方針としてブッシュ大統領に課せられていたに違いない。今回はしきりにマスコミを利用し活発な外交攻勢を展開したにも関わらず、芝居が筋書き通り進まなくなってしまっただけだ。一見何でも知らされているような現代だが、核心の真相は我々凡人には伏せられているのだ。ただこれだけ世界の世論が戦争反対に傾いている中で開戦するのは米国にとっても初めてで、意外に終結は長引き後味の悪いものになるかもしれない。

<戦争の長期化?> 開戦後1週間が経過し、ハッキリしてきたことは当初米国が言っていたようにイラク民衆大勢は米英軍を解放軍として歓迎することは決してなく、軍事力が明らかに劣ることを承知しながらフセイン大統領を支えて徹底抗戦の健気な構えを示していることだ。従って米国政府の当初の思惑に反して10万人の陸軍の投入では不十分で、戦線の展開に伴って補給路の連絡不備が露呈し、新たに他方面から更に10万人の増派をすることになった。これら新戦力が実働態勢にはいるために1ヶ月近くを要するようで、ブッシュ米大統領は戦争の長期化を認めるに至っている。
 国連安保理の議決を経ずして戦いを始めただけに、世界世論の大勢は米国の行動を当初から是認していないが、戦争の長期化と事前に米国が主張していたような生物・化学兵器をイラクが使用する気配を見せていないことから、独裁者の圧制から民衆を解放するとかイラクが世界のテロ勢力に危険な大量破壊兵器をばらまくことを防ぐという根拠が薄弱になり、米国が仕掛けたこの戦争の大義は奈辺にあるか疑う声が世界中に拡大している。 最近開発された各種の強力な爆弾をロケットまたは直接都市に大量に注ぎこんでいて無辜の民衆の死傷者も増え、多数の歴史的な建造物が破壊され続けている。とりあえず米政府は議会に700億ドルの軍事予算を要求したが、規模の拡大によって更に支出は拡大するだろうし、そうでなくても危機的な状況にある米国の財政は悪化の一途を辿るだろう。
 そうまでしてこの戦争を実施する米政府の真の狙いは国内の産軍複合体に巨大な需要を提供して見返りを得ることと、世界第2位といわれるイラクの石油利権を掌中に収めることではないか。これは嘗て西欧諸国が世界の開発途上国から剥奪した強者の論理の延長線上にあり、人々が納得するような道義の精神は見られない。アルカイーダによる国際テロへの対応という当初の目的はどこかへ行ってしまった。米国国民の声を聞いてもこの戦争によって将来のテロの懸念は増大するということを認めている。今や米国人は世界のアチコチで嫌われている。追随する日本人も他人事ではない。

<イラクの戦後処理> 開戦時の大方の予測に反し、イラクでの戦闘は3週間で終結し米軍海兵隊は引き上げを開始した。戦争が短期間で終わったことは米国にとってはもちろんのこと、参戦した英国や国連中心の方針を一時的に放棄し追随した日本にとっても幸いなことだった。その原因はサダム大統領と側近が国民に徹底抗戦を呼びかけ、自爆攻撃を煽動しておきながら、首都の爆撃と地上軍の侵攻を受けるやさっさといずこへか逃亡してしまったことによる。こんな首領のために命をかけて戦う馬鹿はいなくなる。
 国連を無視して開戦した米国に真っ向から反対したフランス・ドイツ・ロシアも振り上げた拳の下ろしように当惑気味だ。但し米国開戦の大義だったはずの大量破壊兵器は依然として発見されず、その点で国連の同意を事前に取り付けられなかった米国は極めて後味の悪い思いでいるし、戦後のイラク国民の反米感情の高まりを抑える術がない。首都の相当な区域が爆撃で激しく破壊されたし、戦後の混乱に乗じて貴重な多くの文化遺産が盗難か破損に遭った。
 戦後の復興事業についてベクテル社が受注したと報じられるが、国の統治機構を如何に築き運営していくか、シーア派・スンニ派の対立の他に永らく抑圧されてきた北部のクルド族の感情もあり、全体を平和裡にまとめるのは容易でないだろう。また石油資源については米国の大義が裏づけられない状況の中で利権を欲しいままにすることは流石に国際世論が許さないだろう。このように再建への難関はアフガニスタン以上と推察される。

<北朝鮮の挑戦> 北鮮にとってイラク戦争の早期終結は予想外だったかもしれないが、それだけに脅威も大きく感じたようで、以前から2国間でと主張していた米国との交渉に中国を容れることを容認して対話が始まった。北鮮は既に核兵器を所持していることを認め、それらの廃棄には米国が決して北鮮に攻撃を加えない旨の保障を求めていると言われる。
 国際テロに見舞われ、その再発を未然に防ぎたいブッシュ米大統領がイラクと並べてイランと北朝鮮を悪の枢軸と名指しして以来、金正日総書記は自らの政権が力で屈服・転覆させられるのを何としても防がなければならないと考えたらしく、一連の悪あがきともとれる強硬路線の政略を取り始めた。まずプルトニュームの抽出が可能になる自力による原発の運営宣言と査察員の放逐、次いでN.P.T.からの脱退、日本海へのロケット発射実験。小泉首相を招いて始めた講和交渉は自分の思惑を外れて拉致問題が大袈裟に騒がれ始めたために、実質的に休止に追い込んでしまった。
 今後若干の日時を得れば自力で数発の原爆を製造できるようになるとほのめかすかと思えば、今回の米国との会談でもう既にそれを所持しているかの如き発言をする。一連の行動は事前の周到な思慮・政略に基づいているようで、詳しく観察すると今ひとつ一貫性がない。それは反対者のいない独裁政権故の勝手な思い込みとそれゆえの危うさを感じさせる。
 日本外務省は従来からのつきあいの延長線にあって思いつかなかったし、そのために第三者に訴えることを発想しなかったようだが、拉致され今回帰国した5人と拉致被害者家族が渡米して“拉致問題”を米政府やマスコミに訴えた効果は一般日本人の予想以上に大きく、今後の米国の対北鮮交渉の大きなテーマになるだろう。韓国もそうだがアジア人の拉致問題への対応は米国人にとって歯がゆい限りのようで、これはまぎれもないテロ行為だと明言している。
 今後なまじ日本や韓国が米国対北朝鮮の交渉のテーブルに直接参加しない方が話はスッキリするかもしれない。船頭多くして舟山に登るのたとえもある。いずれにしても金正日政権に対して現状では太陽政策は有効とは思えない。当面は米国のお手並み拝見と決め込む方が賢明だ。

<自爆攻撃の普遍化> ロシアが民衆を強圧しているチェチェン共和国の首都グロズヌイの政庁敷地内で12日トラックによる自爆攻撃があり、54人の死者が出たと発表された。次いで14日同地で集会中に女性が手に持っていた爆弾の起爆スイッチを押した。被害の詳細は不明だが相当数の死傷者が出た。
 先にAP通信はアル・カイダの首領ウサマ・ビン・ラデイン(U.B.L.)が自爆攻撃を促す録音テープを入手したと発表した。内容は対イラク攻撃を支持したアラブ諸国政府即ちパキスタン、アフガニスタン、バーレーン、クウェート及びサウジアラビアの各国政府に対する攻撃を促している。
 12日深夜サウジアラビアの首都リヤドでは外国人居住区3ヶ所への乗用車による自爆攻撃がパウエル米国務長官のサウジ訪問直前に行なわれ、9名の犯人を除き米人8名を含む28名が死亡、200人が負傷した。同長官はテロ行為は多くの面でアルカイダの特徴が現れていると述べた。
 イラク戦争を契機に米国内では反米テロの激化が懸念されていたが、この事件でそれが現実のものとなったわけで、ブッシュ政権にとって相当な打撃になると観測されている。英国際戦略研究所はアルカイダが依然として存続しており、その危険性は9−11事件以前と変わらないとの報告を行なった。ブッシュ大統領の強硬な姿勢はアラブ民族の深刻な反感を買っており、状況はむしろ悪化していると私は見る。
 次いでモロッコのカサブランカで自爆テロがあり、41名が犠牲になった。国際テロ組織のモロッコ・グループの犯行と言われ、当局はイスラム原理主義者33人を逮捕した。
 イスラエルと新たなパレステイナ・リーダーの2年ぶりのトップ・レベルの和平会談が行なわれた数時間後にイエルサレム市街で路線バスが自爆テロに襲われ、7人が死亡20人が負傷した。シャロン首相は予定していた米国訪問を延期し、米政府に推されアラファト議長に代わって登場したアッバス首相は窮地に立った。パウエル米国務長官など米政府ハト派が推進しようとしているパレステイナ国家の樹立・イスラエルとの平和共存を最終目標とする“ロードマップ政策”にも暗雲が投げかけられた。

<中東和平会談> サンクト・ペテルベルグに次いでフランス・エビアンで開催された主要国首脳会議(サミット)の第3日を開催国ならびに出席各国代表者に失礼にあたることを重々承知の上で、ブッシュ米大統領はシャアシャアと脱け出して中近東に向かった。まずエジプトでアラブ諸国首脳の基本的な合意を取り付けた上で、ヨルダンでアラファト議長を排除した形でシャロン・イスラエル首相およびアッバス・パレステイナ自治政府首相との3者会談を行った。アッバス首相は反イスラエル武装闘争を終結させる方針を明示し、シャロン首相はパレステイナ自治区内での無許可入植地の撤去に直ちに着手すると明言した。これは今回米政府が提示した新和平案「ロード・マップ」の第1段階に相当するもので、最終的にはパレステイナ独立国家の樹立を目指す。
 一方パレステイナ側のハマス報道官はイスラエルへの武力闘争をやめるつもりがないことを強調し、イスラム原理主義“イスラム聖戦”も同調した。またイスラエルのエルサレムではユダヤ人入植地の一部撤去に反対する大規模な集会(4万人)が開かれた。
 入植者の大半は彼らが占拠している入植地は神から与えられた土地であるという宗教的な信念に基づいて生活しており(これは今に始まったことではないが、ユダヤ教という一神教の最も許しがたい専横である)、シャロン首相自身が今まで強力にそれを推進してきただけに、米国の圧力があるとはいえイスラエルが本気で撤退を実行するとは世の人も信じないだろう。またアッバス首相が自爆テロを根絶するために必要な手段を米国が与えるというが、在来からの経緯もあってこれも容易に信じられない。シャロン首相が今まで米国の牽制を受けて一旦パレステイナ人居住地への進駐を止めるふりをしながら、自爆攻撃が散発するたびに進駐と居住民への攻撃をエスカレートしてきた。
 クリントン前大統領がかなりの努力を払いながら果たせなかった中東の平和を果たしてブッシュ大統領が本気で達成する意思と戦略があるか、とても小手先の政略だけでうまく事が運ぶとは信じられない。最近世人は不感症になっているように感ずるが、命をかけて爆弾攻撃する心情は並大抵のものではない。

<執念> 脱北し韓国の保護下にある元北朝鮮最高幹部 黄長Y氏が遂に6/20朝日テレビ・ニュースステーションに永らく公表の機を得なかった所懐を開陳した。金正日総書記にとって彼の離反は極めて手痛いものと言われ、故国に残した彼の家族は処刑の憂き目を見たと伝えられるが、それを覚悟して脱出した黄氏の心情は並々ならぬもののようだ。
 彼は金大中前大統領の太陽政策の下で発言を抑えられており、大統領の交代を機に渡米して米国政府に主張を訴えると伝えられていたが、太陽政策を継承する盧武鉉新政権の許しが出ず、この際日本を自らの主張を最初に訴える先に選んだ。彼は熱情をこめて永らく使っていないに違いない日本語で訥々と語った。家族を捨てても国民を救いたいという彼の悲愴な心情がにじみ出ていた。
 「糾弾すべきは金正日の人権抑圧政策である。軍事を優先し300万に及ぶ大量の人民を餓死させた。目下の関係国の戦略は核武装を押さえ込もうというものだが、それを咎めることは第一義的に重要なことではない。人権擁護の旗を掲げよ、国際世論をそこへ集中させよ。(国境を越えた中国内に)脱北者の村を作れ。金正日に無償援助を与えるな。援助を与えるのなら条件を付け、それが人民の手に届くのを見届けよ。金正日の最も恐れるのは国民の離反だ。一旦それが始まれば止まる事はないだろう。彼に忠実なのは彼を取り巻く数十人に過ぎない。(彼は切羽詰ったら何をやるか分からないという声に対して)あの男は臆病だ。いざとなれば何もできはしない(黄氏は幼少の頃の金正日の家庭教師だった)。」
 不思議なのは朝日新聞を含めて大部分のマスコミが21日にこのニュースを扱っていないことだ。日米韓三者会談で北朝鮮に“圧力をかける”ことが決まったとして北鮮の船舶の日本への入港に厳しい検査で対応し、一部の船には入港さえ認めないで変な嫌がらせをやっているなと思ったら、北鮮の船の大半は船舶遭難の際の保険にも加入していないそうで、防波堤に乗り上げて放棄された船の映像を見せつけられると、台風の通過する日本海に空しく留まる船を許さないのも仕方がないとは理解する。しかし黄氏の説くようにもっと直截な攻めを進めないと罪のない大多数の人民は救えない。



第11章に続く

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