国際テロ


 第12章

<憎しみの壁> 以前にも触れたことがあるが、イスラエルはヨルダン川西岸地区に営々と隔離壁を建設している。この隔離壁についてはNATOをはじめ西欧諸国がこぞって反対しているにも関わらず、米国が反対のそぶりを見せながら黙認しているので、米国の顔色を見ながら反対がノッピキならなくなる前に急いで進めている模様だ。 NHK“クローズアップ現代”の解説によると、当初この発想はイスラエルのハト派労働党がパレステイナ過激派の侵入を防ぐために、イスラエルとパレステイナの国境にほぼ直線的に設置する予定だった。そうすると国境を越えてヨルダン川西岸地区に進出し不法に入植したイスラエル国民は保護外に置かれてしまうので、シャロン首相は反対していた。一時はイスラエル政府は国際世論に押されてこれらの入植地からの撤退をほのめかしたこともあった。しかし当の入植者たちはこの地は神から与えられた土地であるとして譲ろうとしないばかりか、次々と新たに入植を進める人々が現れ、現在は20万人にも及ぶという。
 パレステイナ難民の過激派による自爆テロが続き、シャロン首相はその防衛のためと称して国境線ばかりでなく広範囲な入植地全般を防護壁で囲い込む積極策に転じた。壁はコンクリート製で高さは4mから場所によっては8m、その総延長距離は当初の180kmから変じて680kmに及ぶと報じられている。壁の上には鉄条網や人が乗り越えようとするのを察知する警報網が設置され、壁の内側に沿ってどの地点にも速やかに警備隊が駆けつけられるように新たに自動車道路が布設される。この防護壁は入植地周辺に祖先からもともと住んでいた少なからぬ数のパレステイナ住民まで取り込んでしまうために、彼らは元来交流のあった外部世界と隔離され、農作物の出荷やイスラム教のモスクへ赴くことも容易ではなくなる。
 元来は遠くに山脈も望める自然の四季を楽しめる風景は集団刑務所のような殺風景極まる灰色一色の無機質な塀によって遮られてしまった。イスラエル政府はこの防護壁は事態が沈静化するまでの一時的な措置と弁明しているというが、過去の経緯から見て半永久的な設備になる恐れが十分にある。“テロ防止”という名目によって人類にこんな非人間的な行為が認められてよいものだろうか。できないことは百も承知で言うが、この壁の写真を見ると無性に大型作業車で現地に赴き、片っ端から塀を突き崩してまわりたくなる。そんなことをすれば、イスラエル軍のヘリコプターによるミサイル攻撃の一撃で餌食になってしまうだろうが。
 国連のアナン事務総長は28日に国連決議をふまえてイスラエルに隔離壁建設の即時中止を申し入れた。イスラエルからの回答はない。多分一層建設を急いでいるのだろう。

<地下鉄> 2月6日朝モスクワ市内で進行中の地下鉄車両内で爆発があり、少なくとも39人が死亡し129人が負傷した。犠牲者は爆発のあった2両目に集中し、ラッシュ時の1500人の乗客は地下50mの暗い地下構内を歩いて脱出した。当局はロシアからの分離独立を求めるチェチェン武装勢力の犯行と見ている。
 人口100万人の大半をイスラム系チェチェン人が占めるチェチェン共和国は91年にロシア連邦からの独立を宣言したがエリツイン政権はこれを弾圧、プーチン大統領も軍事制圧政策を継承した。以後チェチェン過激派内部には夫や兄弟をロシア軍に奪われた女性たちの決死隊“黒衣の寡婦”が組織されて自爆テロ事件を起こしている。昨年7月のロックコンサート事件、12月のモスクワ中心部ホテル前自爆テロ事件にも“カミカゼ”と呼ばれるこれら女性グループが関わっている。
 モスクワの地下鉄は1935年に開業、11路線で1年間に運ぶ乗客数は32億人と世界最多であり、モスクワの交通機関利用率の59%を占めまさに市民の足となっているが、この事件を機に無差別テロの対象となる不安が一気に高まった。
 ロシアのチェチェン弾圧政策を西欧諸国は人権弾圧と非難するが、紛争は泥沼化し出口は見えない。また地下鉄がテロの対象になる恐れは日本をはじめとする世界の大都市でも強まるだろうが、改札が自動化されている現在有効な対策は容易ではない。

<宗教に関わる同時多発テロ> 3月2日イラク中部シーア派の聖地カルバラと首都バグダッドで同時刻ごろ自爆テロとみられる爆発が10回ほどあり、イラク統治評議会は少なくとも125人の死者が出たと発表、また占領当局は143人が死亡と発表した。この日はシーア派最大の宗教行事“アシュラ”の祭礼日で、イラク内外から200万人以上の信者が集まっていた。いずれも爆発は市最大のモスク付近で発生した。またパキスタンでも南西部の都市クエッタで“アシュラ”を祝うシーア派の行列付近で爆発があり、また直後に付近のビルから発砲があって29人以上が死亡した。
 事件は新生イラクの憲法の骨格になる“イラク基本法”発表予定の前日に行なわれ、テロの標的がシーア派に向けられたことはイラク統一が実現すれば最大派閥となるシーア派に対して旧政権の主体だったスンニ派が易々とは統一政権の実現を許さないという予告と思われるし、同時多発テロの実現はスンニ派原理主義過激派組織の陰にアルカイダの支援があることを窺わせる。
 フセイン政権下で長らくシーア派は隠忍自重を強いられてきたわけだし、その抑えがようやく取れた現在またこのような挑発を受ければ、シーア派はスンニ派に対して強く反発して同じイスラム教同士で宗派間の宗教戦争の恐れさえ出てくる。また別にクルド族の存在も無視できない。先に国連のアナン事務総長が6月末の新政権成立はもちろんのこと、年内の統一政権確立も無理との見解を示したことが如実に裏づけられる。
 ブッシュ大統領は先にフセイン政権を倒してイラクに民主主義をもたらすことができると述べたが、もし民主主義が多数決による最大宗派のシーア派を主体とする政権造りを意味するのであれば、少数派となるスンニ派やクルド族は収まらないだろう。かといって、この問題をすべての派閥に属する国民を納得させる成案を米国政府もしくは現在のイラク統治評議会が用意しているとは思われない。シラク・フランス大統領がブッシュの唱える民主主義のイラクへの押し付けに反対するのはその意味で尤もだ。民主主義は全能ではない。特に宗教上の対立がある場合はそれが顕著になる。
 しかし成案が出ない限り混迷が容易に収まるとは思われない。日本は小泉首相が米国に義理を立てて遂にサマーワへ自衛隊を派遣した。治安維持ではなく、この地方都市周辺の給水や医療を担当するというが、それが現在のイラク全体の状況を根本的に改善するのにどれだけ貢献するだろうか。前記の政情の混乱が長期化すれば、日本は直接テロに巻き込まれなくても引くに引けない立場に追い込まれることを憂慮する。嘗て君臨したフセイン・イラク大統領は理想とは程遠かったが、とにかく国をまとめていた。現状は安定という意味でそれ以下であり、そのための理念もない。乗り出した日本にもそれがない。

<スペインの列車爆破> 3月11日朝午前7時半ごろスペインの首都マドリード市付近の4地点で13個の爆弾が4本の通勤列車に仕掛けられ、内10個が爆発する同時多発爆破事件が発生した。その結果これまでに確認された死者数は199人、負傷者数は1400人以上に上っている。スペインでは14日に下院総選挙と上院選挙を控えており、当初当局は北部バスク地方の分離と独立を求める非合法組織”ETA”の選挙妨害と見ていたが、国際テロ組織“アルカイダ”に関連する組織から犯行声明が出され、スペインが「米国に協力しイスラムを攻撃した」、また「旅団の分隊が十字軍戦士の欧州の中心に潜入し、その一つの柱であるスペインに痛烈な一撃を加えることに成功した。今回の攻撃は十字軍戦士の過去の恨みを清算するものの一つだ」と述べているという。
 欧州各国を始めとして米国、日本の株式市場は全面安の展開となった。昨年末のウサマ・ビン・ラデイン氏の声明とされる録音テープは「我々はこの不正義の戦争に参加した国すべてに対して、適切な時と場所を選び対応する権利をもっている」と述べている。事件が極めて近い時刻に異なる4地点で10ケの爆弾によって惹き起こされた事実はアルカイダの同時多発戦法が採用されていることを示唆している。”ETA”は犯行への関与を否定し、このような深刻な被害を及ぼすことが政治活動に寄与するはずがないと述べている。
 スペイン総選挙はイラクへの米国支援の是非が大きな争点になっていたが、イラクへ派遣された軍隊の撤退を唱えた野党社会労働党が43%の得票を得て得票率38%の与党国民党を制した。選挙直前に発表されたアルカイダ・グループによる犯行声明によって、イラクへの支援がテロを招いたという国民の判断を呼び、与党有利という事前の予想を覆してテロが選挙結果を左右する影響を与えたようだ。次期首相に就任する社会労働党のサバテロ書記長は公約通りイラク撤兵を表明、米国に追随していた現アスナール政権の方針転換を示した。残念なことだが、国際テロが国際政治の方向を左右し、テロ組織の欲する方向に変更することに成功したように見える。
 アブハフス・アルマスリ旅団と名乗る団体が声明を発し、「スペインは我々の意向に従って平和を選んだのでこれ以上攻撃しない。我々は次の攻撃を準備している。まだ米国に追随している日本、イタリア、サウジアラビアはその報いを受けるだろう」と国名を名指しして警告を発した。過日イラク駐在のイタリア軍は自爆テロを見舞われて少なからぬ死傷者を出したが、今回のスペイン・テロでイタリア国内にイラク駐留軍の引き揚げを要求する声が強まっている。イタリアに限らぬこのテロ恐怖現象をマスコミは“スペイン・ショック”と呼び始めた。こういうテロ集団を事実上野放しにしているのでは、世界の警察官を自認していた米国の権威は地に落ちた。
 25日EUは首脳会議を開き、“テロとの戦いに関する宣言”を採択、テロの被害にあった加盟国にあらゆる支援を行なうことを規定した。

<平和の喪失> 文春4月号の随筆集“葭の髄から・八十四”の中に片山恭一という作家が“戦争と文学”という題で書いている小文の次のようないくつかのコメントに、題とは別にして深刻な共鳴を覚えた。
○2001-9の同時多発テロの発生により、世界は勝者も敗者もいない永久戦争に突入したように思う。
○メデイアによってもたらされる遠い国の惨禍は自己の体験なのだろうか。有史以来、惨禍は当事者のみに現れるものだったが、現代の体験は情報とほとんど同義になっている。
○欧米の保険会社によるテロ保険の日本企業への売込みが目立つという。このようにテロをリスクとして計上して企業活動を行なうことが常識化していく社会は果たして平和なのだろうか。
○私たちがかりそめにも手にしている平和は正義に裏付けられたものだろうか。この世界で平和を望むことは、戦争を望むことの裏返しになりかねない。戦争と平和という二項対立は実態としては成り立たなくなっている。
○目の前の平穏は、目に見えぬ他者の恐怖や苦痛を代償としたものになりかねない。それを“平和”と呼ぶのなら、平和とは醜悪なものだ。そして戦争と同じくらい残虐なものというべきだろう。
○無邪気に望まれ、求められてよい平和は既に地上には存在しない。私たちはもはや平和を祈る資格を失っているのだ。
 ―ただ一点片山氏の危惧と慨嘆に隙を探せば、それは惨禍発生がまだ局地的で、世界の平均としては無視できるほど確率が小さいことだ。そうでなく惨禍が近隣にも及び日常茶飯事になれば、まさしく片山氏の言うとおりになるだろう。現実はまだそこまで行っていない点に、我々に錯覚の生ずる余地がある。その度合いは冷たい言い方をすれば、テロ保険の加入金額が今後どのように高まるかで評価できるだろう。−

<ヤシン師殺害> 3月21日イスラエル軍はヘリコプターからのロケット攻撃でアラブの過激派組織“ハマス”の創始者であり精神的指導者であるヤシン師を礼拝堂からの帰途に殺害した。師は2年ほど前からイスラエル市民に対する自爆攻撃を正当化する発言を行なっており、イスラエルのシャロン首相はこの攻撃の陣頭指揮を執ったと伝えられる。
 一説によればシャロン首相はイスラエルのガザ地区からの撤退に際して、決してパレステイナのテロ攻撃に屈するのではないことを示しておきたかったのだとされる。スポークスマンは「我々は平和に対する最大の障害を取除いた。」と述べた。これに応じてパレステイナの人々の報復感情はピークに達しており、ハマスはイスラエルへの徹底的な報復と報復の対象には米国も含まれる旨を宣言した。
 イスラエル国防省内治安会議は22日夜テロ防止には攻撃的防御が効果的として暗殺作戦継続を確認、モファズ国防相はパレステイナのイスラム原理主義組織ハマスの幹部全員の暗殺を決め、シャロン首相もこの方針を認めた。国防相は更に「我々が断固たる姿勢で暗殺作戦を継続すれば、更なる安全をイスラエル国民にもたらすことになる」と述べた。
 ハマスはヤシン師の後継者として最高幹部の一人、ランデイシ報道官をガザ地区の指導者に任命した。医師でもある氏はハマスの中でも最強硬派として知られており、“ハマスの顔”として世界中のメデイアに度々登場、イスラエルの生存権を認めていない。
 日本政府は“深い懸念と困惑”を示すに留まっている米政府と一線を画し、福田官房長官が「無謀な行為」とイスラエルを強く非難する政府見解を公表した。また暗殺を“テロとの戦い”と主張するイスラエルに対し「事件とテロとの戦いを同一視することは難しい」と同調しなかった。今月末のアラブ首脳会議には日本だけがオブザーバーの立場で参加する方針で、どこまで中東外交に独自性が出せるかが注目される。
 25日国連安保理はイスラエルを非難する決議の採択を行なった。仏、中、露など11ヶ国が賛成したが、米国が拒否権を行使し、否決された。英国など3ヶ国は棄権に回った。同決議案はアラブ唯一の安保理事国アルジェリアが提案したものである。多数の国連加盟国からは“イスラエルに暗殺が容認されたという誤ったシグナルを送る”と落胆の声が出た。

2004-4-14

<イラク反乱拡大> 米軍によるイラク制圧1年を迎えて国内治安状況は収まるどころか収拾のつかない混乱が拡大し、イラク全土で反米感情が益々高まっているようだ。シーア派の一部を代表し、独自の民兵組織を率い反米を謳いあげるサドル師に対して、米国が支援するイラク統治組織(C.P.A.)は逮捕状を発していることを公表した。これに対してサドル師は根拠地を攻撃の対象となっているクーハから聖地ナジャフに移し徹底抗戦を宣言した。このほどシーア派の大勢を掌握し、穏健派と称されていたシスタニ師はサドル師支持を表明したとも伝えられる。
 米軍はフセイン前大統領の支持基盤だったスンニ派が首都バグダッドと北部を中心に依然として強力に抵抗しているために、このスンニ派とシーア派への二面作戦を余儀なくされている。このほどスンニ派による反乱の火の手が上がったファルージャに対しては軍事的にこの都市を包囲し、時間をかけて反乱軍を制圧しようとしていると伝えられる。米軍司令官は躊躇の末、遂にモスクに対するミサイル攻撃を実施し、多数の民間人が死傷した。攻撃の根拠は(米軍下請けの)4人の米民間人の殺害と死体の引き回しへの報復だというが、元々自分で蒔いた種である。今や“ファルージャ”はイラク反米のシンボルになりつつある。
 先に米国主導のC.P.A.はこの6月末に政権移譲を意図していたが、統治能力をもった信頼できる政治組織は存在せず、懸案のシーア派、スンニ派、クルド族の合議体形成に成功していないだけでなく、折衝の過程で各派閥の不信感を買ってしまったようで、先にアナン国連総長が指摘した如く国内統治に関する見通しは立っていない。そもそも米国はイラクに侵攻した時点から、国民を承服させるに足る具体的な統治方針をもっていなかった。大多数の国民が慣れ親しんでいない民主政治を標榜するだけで、そのための効果ある民衆教育も行なわず、人々の信奉するイスラム教のすべての派を敵に回す結果を招いては、米国のイラク政策は破綻したと断ぜざるを得ない。
 一部の人々のささやく“第2のヴェトナム”と早期の米軍引き揚げ勧告を当局者は懸命に否定しているが、基本方針を改めない限り、多数のイラクの民衆を更に殺害し、米軍兵士の死者も増える泥沼から抜け出ることは絶望的と思われる。ささやきはたちまちはっきりとした声に変わってきた。ブッシュ大統領は4月13日国内で記者会見を行なったが、従来に比して声に力がなく、発言内容に新味はなく説得力も減った。あくまで6月末に政権移譲すると言い張っているが、頼りになる委譲相手がいると信じる人は少ない。このような大局的な状勢が続けば、派遣された日本自衛隊もピエロと化するだろう。
 イラクでは外国人の誘拐が頻発しはじめた。日本人も5人がスンニ派に誘拐されたが、米軍と無関係と分かり釈放された。但し日本自衛隊の引き揚げを求められた。一方でイタリアの民間人4人も誘拐され、釈放条件のイタリア軍撤退要求をイタリア首相が拒絶したところ、捕虜が米軍支援と関係ありと見られてまず1人が射殺された。ファルージャではイラク人600人が殺害されたと言われており、イラク人も殺気立っている。

<ハマス最高幹部を殺害> ハマスの指導者ヤシン師を殺害したばかりのイスラエルはその後継者として最高幹部に就任したばかりのランデイシ氏をヘリコプターからのミサイルで乗用車ごと破壊・殺害した。ハマスの人々は改めて報復を叫んでいるが、新たな攻撃を避けるために新しい指導者の名を公表せず、地下に潜ったまま活動させることにした。葬儀には10万人の民衆が集まった。国連のアナン事務総長と中国は直ちに強い非難声明を発した。
 先にブッシュ米大統領はシャロン首相との会談で、設定されていた休戦ラインを越えてパレステイナ側に入り込んだ入植者たちの居住区を公認するというシャロン首相の方針を米大統領は認め、改めてパレステイナ民衆の強い憤激を買っている。ヨーロッパでもこの決定に反対する声が強まっている。ブッシュ・シャロン会談の直後にランデイシ氏が殺害されたのは象徴的である。
 反米感情の強まりは同じイスラム教ということもあり、パレステイナとイラクの民衆の連帯感を強める結果に結びついて、のっぴきならぬほど高まっている。



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