国際テロ


 第13章

<テロ 究極の理由>   「だからアメリカは嫌われる」(マーク・ハーツガード著・草思社)という本を読んだ。著者は米国人ジャーナリストで、世界各国を巡り他国の声を聞き、アメリカの影響を見てきて、アメリカは次第に悪化しつつある不平等世界の頂上にいて、米国政権の施策にこそ国際テロを助成する根本的な要因があると主張している。以下の情報引用からは特に数字にも着目して欲しい。
 著書ではコフィー・アナン事務総長が状況を正しく理解しているとして、彼の2002年3月国連での次の演説「貧しい人々はテロリスト予備軍と見なされなくても、単に貧しいというだけで十分重荷を背負っています。大規模かつ組織的な政治・経済・社会的不平等が見られ、それらの不平等を訴える合邦的な手段が何もないところでは、平和的な解決よりも極端で暴力的な代替策の方が常に勝つような環境がつくられます」を引用している。これはまさに<<国際テロ>>の枠を設けて本欄で取り上げている諸テーマの根底の動機をなすものであろう。
 著者はこう述べている。−テロリズムに関してブッシュはそれを“邪悪な”人間が起こすもので、銃をたっぷり発砲しさえすれば止められると思っている。しかし自爆テロは間違ってはいるが、根本的な不平等が解決されないかぎり、その衝動に駆られる者は後を絶たないであろうーと。パレステイナの人々の相も変らぬイスラエルに対する挑戦はこの原理の象徴であり、米国とイスラエルはイスラム民族にとって共通の敵になっている。

 著者は米国政府がレーガン大統領以後継続的に内政・外交の両方面で社会矛盾の拡大を図り、民衆の潜在的な不満を拡大していることを指摘している。まず内政面だが、90年台になると米国内の所得の分極化が第2次大戦後のどの時期より顕著になり、しかもこの不平等は拡大しつつあるという。98年の米国労働力の30%は時給80ドルしかもらっていない。米国は民主主義を標榜してはいるが、勝者総取りの選挙は第3党特に左翼政党の台頭を困難にし、共和・民主両党の議員はエンロンなど大企業の献金を受けていて、人口の4%に当たる最富裕層が選挙運動の個人献金のほぼ100%をまかなっているから、この献金者層を不快にさせる政策をほとんどの候補者が取りたがらないのは当然だろう。レーガンは小さな政府の名のもとに社会福祉政策費を減らし、一律減税と称して企業の実質税率を33%から15%に下げた。後続の政権もこの方針を踏襲した結果前記の事態を招いている。
 次に対外政策だが、多くの米国人はほかの国々のことをあまり知らないばかりか、気にかけてもいないことが前提にある。米国人は世界のほかの大多数の国民が如何に貧しいかを認識していない。米国文化の常軌を逸したコンシューマリズムは地球人口の5%で人類の犯す環境汚染の25%の責任を負っているが、二酸化炭素削減に関する京都議定書を無視するなど身勝手を改めようとしない。世界銀行はグローバル化が貧困と不平等を増大させると言明した。世界最大の企業200社は世界の経済活動の30%を占める反面、全世界の労働力の1%未満しか採用していないという。米国人はイスラム教徒を原始的で信頼できない狂信者とみなし、彼らとつきあうに値する理由は、彼らが石油を持っている以外にないと考えている。今回の米軍によるイラク人捕虜虐待事件は起こるべくして起こった。

 アメリカ最大のジョークはこの国に“リベラルな”報道があるというものだ。米国の報道機関はすべて国に都合のよい報道機関であり、民間であるが故に批判的な距離を保っていても報道内容は政府の見解に近い。9.11後の米軍アフガン侵攻での民間人の巻き添え死亡者は恐らく9.11テロの犠牲者数より多い筈だが、そんな報道は決して表面化させない。米国民の多くは「なぜ我々は嫌われるのか」と問い、言外に「我々はちっとも悪くないのに」と含む。著者は政府や軍や企業にその責任があるが、メデイアは情報を操作して実情を国民に報せず、低俗な番組か政府に好都合な内容しか流さないと指摘する。
 著者はまた米国が外国人を怒らせる最大の原因は自分が何もかも知り尽くしていて、その知識を他の皆に押し付ける権利がある、と何の根拠もなく思い込んでいる傲慢さだという。ソ連崩壊後の米国は“単独行動主義”に立ち、他の国や同盟が超大国になるのを阻止し一人勝ちの状態を維持しようとする戦略に立っている。米国の傲慢さと謙虚な反省の欠落は9.11後の次のブッシュの演説に端的に表れている。「諸外国は(アメリカ主導の対テロリズム戦で)我々の側に付くか、それともテロリストの側に付くかだということを理解しなければならない」と。当時は派手な惨劇に動揺していた先進国の多くの人々はこの言葉に反発しなかったが、これこそアルカイダのみならず多くのイスラム民族を米国が敵に回す宣戦布告のメッセージだったと私も回想する。
 一方で著者は「思いきって夢みる夢は、本当に実現する」という“オズの魔法使い”のドロシーが好きな米国人だ。このおとぎ話の教訓―自分を信じ、友を見捨てず、正しいことのために闘えーを思い出し、米国中を支配している市場原理主義に立ち向かえという。彼はまだアメリカの底力を信じている。その自己修正能力だ。国民が目覚めて声をあげれば国の進路も変わるという。我々もぜひそう願いたいものだと思う。

<イスラエルの暴虐> ヨーロッパの識者はここへきてのイスラエル軍のガザ地区への攻撃に本心から憤激している。シャロン首相が先に言明し、米国にも約したイスラエル側のガザ地区からの撤退は強欲な国民からの反対を受けて実行されないだけでなく、ガザ地区に通ずるラファ地区の一般民衆の居住区域に無差別の攻撃を加え、少なくとも191戸の民家を破壊し、少なくとも34人の死者を出した。攻撃は第3次中東戦争以来最大規模とされ、瓦礫の中で泣き叫ぶ子供たちの写真が放映された。
 またラファ地区では数千人が繰り出した葬儀の列に対して上空からアパッチ・ヘリが攻撃を加え、路上至るところが阿鼻叫喚の地獄と変じた。国連安保理は前記の件でイスラエル軍事作戦を非難し、民間人保護を定めた国際法を遵守するよう求める決議を採択、流石の米国もかばいきれず棄権にまわり拒否権発動を控えた。
 シャロン首相は27日ガザ当初の撤退予定の駐留地21箇所を3箇所に削減すると発表した。

<米軍誤爆> イラク北西部のカイム村付近で結婚式を祝っていた村民を米軍は空爆し、少なくとも41人が死亡した。攻撃機は100発以上の爆弾を落とし、結婚式中の2軒を攻撃した。米軍司令官は「攻撃は対空砲火への反撃であり、交戦規定に従ったものだ」と述べたが、慣習による祝砲を誤認した可能性が高い。地元病院の医師は死者が45人だったと述べた。

<イラクへの主権委譲> 6月8日国連安保理は主権委譲後のイラク統治のあり方を定めた決議案を全会一致で採択した。決議は米英占領当局からイラク暫定政府への主権移譲(6月末までに行なう)に伴い、暫定政府に“完全主権”を保障するとともに多国籍軍の駐留継続を確認した。イラク軍の多国籍軍への参戦の是非については規定が保留され、フランスは抵抗していたが最終的に妥協した。多国籍軍の駐留はイラク政府から要求があった場合か決議から12ヶ月以内に見直す。また決議はイラク人が自らの政治的将来を決め、経済的にも完全な主権を履行すると明記した。
 米国の影響下で発足する暫定政府がイラク国民の総意を反映していないことは承知の上で、移譲後の当面の受け皿として機能させようという安保理各国の思惑が見える。当面フランス・ロシアなど主要国が多国籍軍に参加する意向はなく、最近も爆弾テロが頻発している国内の治安が急速に回復する見通しも立っていない。そのような状勢の中で開かれたサミットに参加した小泉首相は事前のブッシュ大統領との会談でサマワに駐在している日本自衛隊を国連多国籍軍に参加させる意向を表明した。なお帰国後首相は自衛隊が多国籍軍の統一された司令部の指揮下に入ることなく、日本政府独自の判断・指示で活動ならびに撤退するむね言明して与党・政府内の合意を取り付けた。

<タウヒード・ワ・ジハード集団> 6月末の主権移譲を前に24日イラク北部のモスルの警察署など5ヶ所で同時多発的に44人が爆発で死亡したほか、イラク全土でイラク人70人が死亡、270人が負傷し、1日の死傷者数では最大規模となった。イスラム過激派組織“タウヒード・ワ・ジハード(統一と聖戦)集団”が犯行声明を発した。同組織は国際テロ組織アルカイダ幹部のヨルダン人アブムサブ・ザルカウイ氏(36)が率いているとされる。
 ザルカウイ氏はイスラム教スンニ派に属し、彼の率いる組織はヨルダン・エジプト・チュニジア・レバノンなどアラブ各地からイラクに侵入した戦士たちで構成される。氏は米英人を中心にイラクに軍を派遣する国の外国人のほか、イスラム教シーア派教徒をも“邪教”教徒として敵視、暫定政府を米国の傀儡と見なして徹底的に戦うことを明らかにしている。イスラム教シーア派で反米闘争を行なってきたムクタダ・サドル師を中心とするグループが主権移譲を受け入れる姿勢を示しているのとは対照的である。
 米軍は最も過激なテロリストの一人としてザルカウイ氏の殺害を狙い、最近もファルージャを再三爆撃して失敗している。一方でザルカウイ氏は暫定政府のアラウイ首相暗殺を予告宣言した。彼は先にイラク統治評議会議長のイズデイン・サリム氏や韓国の金鮮一氏殺害の実行犯ともされており、人質殺害ではイスラムの慣習に従い刀で首を切断する方法を取っている。彼はモスルやバクバなどフセイン政権時代に比較的に優遇されたスンニ派住民の多い北部地域を根拠地にしている。イラク駐留米軍はザルカウイ氏に関する情報提供に最高1000万ドルの賞金をかけた。
 ブッシュ大統領のイラク攻略は本来テロリストを駆逐するためだったはずだが、この事実は結果としてテロリストの総本山アルカイダをイラクに呼び込んでしまったことを意味する。

<ロシア旅客機> 8月24日午後11時頃モスクワ発ボリグラード行きツボレフ134型旅客機(乗客34人、乗員7人)がトウーラ州で、またほぼ同時刻にモスクワ発ソチ行きツボレフ154型旅客機(乗客44人、乗員8人)がロストフ州で墜落した。134型機は数分前の交信で異常のないことが確認されており、154型機からはハイジャック信号が発せられた。両機とも突然レーダーから機影が消えており、当局は数日後に空中爆発があったと認定した。巷間ではこの事件をロシア版9.11と呼び始めた。
 29日にはチェチェン共和国で5月のカデイロフ大統領の暗殺に伴う大統領選挙が行なわれることになっており、大統領選挙に反発する武装勢力は21日夜に首都グロズヌイを襲撃し、攻撃続行を宣言していた。また5月の暗殺・爆弾テロ事件の犯行を認めた武装勢力過激派リーダー・バサーエフ司令官は“二つの大型テロを準備している”と述べていた。プーチン政権はカデイロフ大統領に次いで治安を担当してきたアルハノフ内相を全面支援して傀儡政権樹立を進めており、独立派の反発によるテロほ発生は十分に予想されていた。
 モスクワの国際線中心のシェレメチェボ空港は最近警備態勢が強化されたが、2機が飛び立った国内線のドモジェドボ空港は比較的に警備が緩やかだった。プーチン大統領はテロ対策を担当する連邦保安局に事件の捜査を命じ、ロシア全土の空港は厳戒態勢が取られた。
 ロシア航空保安局は二つの航空機とも残骸の中にヘキソーゲンという強力な爆薬と激しく破断されたチェチェン出身の女性の遺体を発見し、この事件が同時多発自爆テロであることを認めた。過去のチェチェン人による自爆テロはほぼ例外なく夫や肉親をロシア軍に殺された女性の仇討ちで、今回の女性の一人もそれに該当するという。2人とも事故後肉親から問い合わせはなく、離陸直前に航空券を入手したという共通点がある。

<学校占拠> ロシア南部・北オセチア共和国の首都ウラジカフカス近郊のベスランで起こったテロは筆舌に尽くしがたい悲劇であった。9月1日朝、チェチェン独立派と見られる20人前後の武装集団が中学校を占拠し、始業式で校庭に集会中の生徒や生徒の保護者、教師ら1000名以上を人質にして体育館に立てこもった。その際武装集団と警官隊との間で銃撃戦が起き、生徒の親など9名が死亡した模様である。
 武装集団は先に逮捕されたチェチェン独立派メンバーの解放と現在7万人規模に達するというチェチェン駐留ロシア連邦軍の撤退を求めた。食糧、飲み水などの持ち込みは犯人側によって一切拒否された。自爆用の爆弾を身体に巻きつけている女性武装メンバーもいた。後で分かったことだが、武装集団の一部は事件発生に先立つ学校改修の際に作業員に紛れて大量の爆薬を体育館の地下室に運び込んでいた。それは爆薬に鋼球や釘を混ぜて殺傷能力を高め布で包んだものだった。それを持ち出して体育館のバスケット間に張り渡したワイアや四周にくまなく仕掛け、外部から攻撃を受ければ直ちに一斉に破裂するように準備した。
 プーチン大統領は事件発生直後に“人命を最優先にする”方針を明らかにしたが、具体策はまだ打ち出せないでいた。10数名の幼児だけが釈放された。後で分かったことだが、体育館内の熱気のためにこどもらは上半身裸になった。トイレへも行くことは許されなかった。渇きと飢えはひどく、体力のない幼いこどもは失神したり息を引き取った者も出た。事件発生52時間後連邦軍側が遺体の引き取りを交渉中に、突如仕掛けられた爆弾が一斉に爆発した。一説によればこの時連邦軍でなく一般市民の一人が忍耐の限界に達して発砲し、武装集団側がこれを連邦軍側の攻撃開始と受け取った模様だ。体育館の屋根は崩れ落ちた。これを契機に逃げられる人質達の脱出が始まった。これを狙った武装メンバー側からの激しい銃撃とそれに対応した連邦軍側の銃撃応戦が長く続いた。
 事態を全く予想していなかった当局は当初拘束された人質の数を120人と発表した。体育館に閉じ込められた人質の数はその後報道された350人を大きく越えて1000人以上だったことが明らかになった。死者の数は322人、内こどもは155人、病院に搬入された負傷者の数は707人、内入院したもの542人、武装集団のうち銃撃戦で死亡したもの32人、また多くの人質たちの死因は爆弾の破裂によると発表された。しかし事件破局後4日経っても死者330人の他に260人が行方不明と報じられたままである。葬儀も行なわれたが、死体にさえめぐりあえない関係者が多数残っている。保護者・教師たちの死はこどもたち以上に多かったはずだが、それらについては具体的に報じられていない。また人質が閉じ込められたのは体育館だけではなく、教室(1,2階)・講堂・食堂も使われていたことも事後に分かった。
 プーチン大統領以下当局がこの残虐なテロに対して全く無力・無策であったことが明らかになった。2日間が国民服喪の日とされ、大統領を咎める声は表面化していないが、音楽会、航空機テロに続いたチェチェン関連のテロがこれで収まる保障は何もない。但しこの事件でロシア国民が受けた衝撃は米国の9.11にも匹敵するもので、今後対策も講じられるだろう。
 この惨劇についてロシア政府当局が事件発生直後から現在に至るまで厳しい報道管制を布いていて、被害者の人数その他詳しい事件の状況は時日が経過しても明らかにされていない。犯行グループに対して被害の実態を必要以上に伝えて手の内を見せたくない配慮もあるのかもしれないが、強行突入は本当になかったのか、裏でどのような折衝があったのか、明らかにはされておらず、暗い独裁政治が依然としてロシアを支配している実情を露呈した。

<ビル強度の続篇> この“国際テロ”の話題の発端になったWTC双子ビル崩壊の詳しい事由について、あれからずっと詳しい情報を求めていたが、なかなか明快な説明に辿りつかない。もう3年経ったから誰かが論じていないものかと”ビル強度”についてGOOGLE検索をしてみたら、非常に案件が少なくまともな(?)記事は私自身が3年前に載せたものだけだった。世の中の人たちは思考を停止しているのだろうか。
 この際1冊の図書を見つけた。曰く“ビルはなぜ建っているか、なぜ壊れるか”(文春新書)。著者は望月 重氏で建築構造学の専門家。私より2歳年長である。題名からして当方の関心事にからんでいるのではないかと購入してみたら、果たして冒頭部に7ページほどを割いて9.11事件を論じていた。
 このビル建設前の1945年に近くのエンパイア・ステート・ビルデイングの79階にB25爆撃機が突っ込み、反対側の壁も突き破って付近に墜落した事件があったという。これはもちろん自爆テロなどではなく、事故だったのだがこの時ビル自体はビクともしなかった。爆撃機の重量は11トン時速400キロで、ビルの総重量は8万トンだった。
 WTCの場合はボーイング767の重量125トン時速900キロだったので運動エネルギは約60倍になる。しかしビルが直ちに崩壊したわけではないので、壊れた原因はその運動エネルギではない。WTCの壁面は99cm間隔で林立する鋼柱とアルミニューム壁パネルで構成されていた。一辺が63.4m、高さが411.5mの言わば四角い竹の筒のような形状・構造だった。2機の航空機に搭載されていたガソリンはそれぞれ9万リットルだったと言われ、激突階付近は火の玉になりその温度は600〜1000degCに達したと推定される。鋼材の強度は材料が600degCに達すると半減するので、激突階から上の重量を支えきれずに崩壊に至ったのだろうと著者は推定している。
 しかしそれだけでは激突階以下の建物の崩壊の説明はできない。WTCの実際の崩壊の様子を見ると、激突階に直接関係なく数秒の間に上から下へと崩れ落ちているようだ。熱伝導によって上から下まで強度が下がった鋼材がビルの重量を支えられなくなり、全長にわたって挫屈する形で崩壊が起こったのではないか。いくら建築構造学の専門家でも高温時の金属材料の特性や挙動に詳しいとは思えないので、著者を責めるのは無理だが今後のことを考えた時にシミュレーション実験ぐらいはこの際行なっておくべきではないか。ビルが崩壊した時間―北棟で1時間41分、南棟で1時間2分は世界の消防関係者にとって生死に関わる重要なデータである。
 またあくまで仮定の話だがもしエンパイア・ステート・ビルデイングの事故の時のように航空機がビルを突き抜けていたら、周辺の被害はもっと拡大したに違いないが当該ビルは大きな火災は起こさず、倒壊もなかったであろう。何故前者では突き抜けて、WTCでは2棟とも突き抜けなかったのかよく分からない。2機目の衝突の映像を見ると航空機がビルを突き抜けるタイミングでビルの反対側から激しい炎の柱が噴出しているが、機体自体はビルの中に収まってしまっていて、燃料はほぼ全量建物が受け止めてしまっている。
 事件の跡地には以前のビルの高さをはるかに凌ぐ高層ビルの建設が始まるという。その構造設計の詳細はまだ発表されていないが、米国の威信にかけて強度的により優れたビルになるのだろう。しかし人間の仕事だから限界はある。



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