国際テロ


 第3章

<炭疽菌> 米ワシントンにある議会・政府郵便物専門のプレントウッド郵便局で肺を炭疽菌に侵されて二人の死者が出た。フロリダの騒ぎ以来郵便物に対する充分な警戒がなされている中である。炭疽菌は抗生物質で対抗できるから無用な心配をしないようにと当局者は言明したが、これは皮膚の傷などから体内へ侵入した場合であって、肺に吸い込むと抗生物質も無力になるらしい。速やかに検出しにくく具体的な感染の経緯はまだ不明確らしいが、多くの郵便物を扱う職員が開封したわけでもないのにやられるとなると、触らぬ神にたたりなしと郵便物がストップする事態さえ出かねない。
 10日ほど前にF.B.I.が近く新たなテロに米国が襲われる可能性が高いと警告を発したが、それがこれだったのか。前回の同時多発テロといい、今回の事件といい、人々の常識の裏をくぐり、少ないエネルギで尨大な損失を文明社会にもたらした点で犯行グループの智慧はただものではない。しかもこの影響はスッキリ終息する保証がなく、今後永く継続するだろう。明らかに敵の攻撃は第2段階に入った。
 米政府はホワイトハウスから数マイル離れたホワイトハウスへの郵便物を扱う事務所が炭疽菌で汚染され、同事務所を一時的に閉鎖したと発表した。先の郵便局でも郵便物はポスト番号で自動的に仕分けられているが、仕分け機械の激しい動きに応じて開封していない郵便物の綴じ目の隙間から(?)外部へ洩れ出した菌の胞子が送風機による空調の大気に乗って建物内に拡散されたことが疑われている。犯行元の探索も進んでいない。
 米政府筋は細菌が大気に浮遊しやすいように数ミクロンの大きさに細分化・加工されていて、高度に専門的な知識をもつものによって研究所あたりで作られたものだろうと言い出した。発見された場所もC.I,A.から米最高裁にまで拡大している。目に見えないだけに感染から発病までに1週間以上の潜伏期間があって関係者の心理的な動揺が拡がっている。有効な手立ての発案を懸賞募集し始めたとさえ報じられている。混乱は続く。

<新政権樹立工作> いつ終わるか定かでないアフガンの戦火が終息した暁にタリバンに代わって国土をまとめる政権についてはロシア、米国、パキスタンなどがそれぞれの思惑で準備を進めている。旧ソ連軍撤退後にこの地に安定政権が容易にできなかった理由の一つはこの国に住む人がパシュトウン人、タジク人、ハザラ人、ウズベク人など多くの民族に分かれているためだ。
 パキスタン政府は最大人口を有するパシュトウン人部族にタリバンからの離反工作を進めていたが、このほどその有力指導者であるアブドル・ハク氏がタリバンに捕捉され、国家反逆罪で処刑された。彼は亡命中のザヒル・シャー元国王を国民統合の象徴に据える第3勢力の結集を図っていた中心人物だっただけに、新政権樹立の動きは混迷に戻ると予想される。特にパキスタンは外交交渉の支柱を失った痛手が大きく、タリバン穏健派の政権参加も難しくなったと言われる。日本も米国から参加を要請されたそうだが、大体国の外からの政権樹立工作などは簡単にまとまるはずがない。中途半端なことはしない方がいい。

<第2波予報> 米NEWSWEEK誌によるとビン・ラデイン氏がこのほど「改めてカブールからの指示を待つ必要はない。速やかに実行に移れ」との指示を発し、アルカイダのテロ要員が相当の資金を持って大挙出国して近隣諸国経由でヨーロッパに向かったと報じた。但しニュース・ソースからしてこれがガセネタである可能性も否定できないと言う。
 しかし米政府ではアッシュクロフト司法長官が緊急の記者会見を行い、「向こう1週間以内にテロ第2波が実行される危険が大きい。炭疽菌事件に気を取られず国民は最高度の注意を払うように」という警告を発した。なお当局は事件の発生場所が米国内かどうかについても絞りきれていない。別途既に当局者が言明しているところによれば炭疽菌事件は米国内のアルカイダとは別のグループが起こしたもので、第2波とは別と考えるべきだと言う。

<景気後退> 米商務省は第3四半期(7〜9月)の実質国内生産高(G.D.P.)の伸び率は前期比年率換算―0.4%と発表した。91年春以来約10年ぶりに米国の好景気は終了し、景気後退に転ずることは必至の状勢である。テロの影響は航空・ホテル・レストランなどの観光産業にとどまらず、個人消費の広範な分野に広がった。設備投資はI.T.を中心に過剰設備が解消できず、2四半期連続で2桁減となり、その影響は日本のI.T.産業各社をも直撃して、不良債権処理がこれからというのに日本国内失業率は既に5.3%に達した。ブッシュ大統領の当初の強がりはどこかへふっとんで当分お先真っ暗だ。

<生物兵器禁止法案> 米政府は炭疽菌事件で生物兵器への恐怖が国民の間に強まっているのを受けて、生物兵器禁止条約の強化策を各国に提案した。先に関係各国は6年がかりで検証議定書草案を作成し本年末の最終合意を目指していたが、ブッシュ政権は本年7月米国企業の医薬品やバイオ技術が盗まれる恐れがあるなどの理由で拒否の方針を決めて合意交渉を中止に追い込み、各国から自国中心外交と批判されていた。しかし新しい米国提案は検証議定書には直接触れておらず、関係各国がこのような方針転換にどう対応するか目下不明であるという。ブッシュ大統領の自分勝手な政策がまた一つ裏目に出た。

<誤爆> 米軍機によるタリバンへの攻撃が始まってから3週間以上が経過したが、病院などの救護設備や一般民衆居住地へ誤って爆撃する事例が相次ぎ民間の死傷者は2000人をはるかに超えたようで、タリバン側からは勿論中立国側からも非難の声が高くなってきた。
 91年のイラク空爆以来、米軍はピンポイント爆撃と称して精度の高い攻撃ができると宣伝してきたが、これは攻撃対象が都市など正確な地理情報を予め入手している場合であって、ろくに地図もない広大な地域で肉眼だけを頼りに攻撃するのでは誤認しないで済むはずがない。爆撃にはB52という昔聞いたことのある旧式の爆撃機も参加しているようで、洞窟に潜むビン・ラデイン達を地上から攻めるのは危険が多いので、山岳地へも絨毯爆撃を主体として行うようだが敵に盲爆と嘲笑われることになりかねない。

<世界最大の爆弾> 米統合参謀本部はアフガン戦線で通称デージー・カッターと呼ばれる重量6.8トンのBLU82型燃料気化爆弾を使用したと発表した。報道テレビの映像で山裾に黒い巨大なキノコ雲が立ち上がるのを見たがそれがこれだったか。地上90CMで爆発して衝撃波とともに直径80Mの範囲を一瞬で焼き尽くし地表を平坦にするそうで、原爆を別とすれば世界最大でヴィエトナムでも使用したと言う。地球温暖化防止をはるか彼方に吹き飛ばす効果がある。

<パレステイナ> 文春11月号で塩野七生女史が次のように提案している。テロを撲滅するにはテロリストの主張する矛盾を潰すことだ。ビン・ラデインの声明でイスラム諸国をはじめ中立国まで共感をもって迎えられる最大の問題点はイスラエルとパレステイナの紛争だ。ユダヤ民族は多方面で優秀な才能を発揮するが、他民族との共存共栄のノーハウだけは伝統的に乏しい。一方でパレステイナの人々は過去に英国からも米国からもユダヤ国家の建設により裏切られ続けた。彼等の国では石油も出ず貧困である。この際日本は民間の協力を得てパレステイナの人々がイスラエルに頼らず工業面を中心に自立できるように支援し、1日も早く独立国として再建させよというのだ。このような行動は紛争に困惑しきっている国際社会から歓迎されるだろう。
 私もヒットラーの仕打ちは別として政治的にユダヤ人を好まない。アラブ世界で囁かれている信じ難い噂として、事件当日世界貿易センター内に勤務していた4000人のユダヤ人が全員欠勤したという。こういう噂を立てられるだけの過去が彼らにはある。

<大攻勢> 米軍空爆の支援を得て北部同盟軍は急激に攻勢を強め、マザリシャリフを奪還するや、米・ロ両国の強い牽制を押して首都カブールに進攻、既にアフガン全土の過半の地域を占拠した上で、撤退するタリバンを追撃して最後の拠点南部のカンダハルに迫っていると報じられている。またこれに対抗してタリバンと同じ民族ながらタリバンに同調しないパシュトウン人がジャジャラバードを占拠した。1週間前にはマスコミの大半が予想もできなかった急な進展である。
 この結果実質的にタリバンの国家統治機能は失われ、治安の乱れが心配される中で、国連としてこれに代わる新政権の樹立が後回しにできない焦眉の課題として浮上した。北部同盟軍には国民の多数を占めるパシュトウン人がおらず、また過去に互いに殺戮を繰り返した複数の民族構成がある上、ロシア・パキスタン・米国などの思惑もあって、平和にまとめるのは容易でないと考えられる。最近宮沢元首相は国連で日本がタリバン後の政権樹立の国際協議を主催する用意があると演説したそうだが、安定した多民族国家建設の具体的な構想がない限り余計なお節介はやめておいた方がいい。「まず自分の頭の上の蝿を追え」と言いたい。

<自衛隊派遣> 小泉首相が躍起になって国内外に手を打った結果「テロ対策特別法」が国会を通過し、更に基本方針が内閣で承認されて事件勃発後70日を経てようやく自衛隊の艦船がインド洋へ向けて出発する事になった。その間アフガン国内の軍事情勢は変転していて、世界が納得する日本の役割は不明確になっている。
 昔豊臣秀吉が小田原攻めを行い諸将に参加を求めた際に、伊達正宗が相当に遅参して秀吉に冗談まじりに"もう少しでこれだったぞ"と扇子で首をそっと叩かれて平謝りをした故事が伝えられる。これほどではないにしても今回の日本と米国もやや似た関係にあるが、日本国内の乗り気でない世論を背景に、また米国が押し付けた平和憲法の制約の下で、小泉内閣が最大限の努力を重ねたことは米国側でもよく分っているから、実質的な貢献が少ない事は承知の上で外交辞令ながら最大級の謝辞が米大使から政府に寄せられた。
 社民党の田嶋陽子などは国会の委員会で軍隊の派遣など考えずに相手(タリバン?)を説得するのが日本の役割だと強弁していたが、力の政治というものへの理解がなく無責任な野党の限界を露呈していた。付き合う相手の顔を立てるということは大事である。我々庶民は何を言っても責任がないが、一国の首相は勝手な事はできない。
 皆が納得するのは難民の救済だがこの点防衛庁はまだ腰が引けているようだ。緒方貞子前国連難民高等弁務官に「難民と言ってもしたたか者も多いから武器の携行は必要です」と言われたせいか。或程度の覚悟はして笑われぬように行って欲しい。



第4章に続く

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