国際テロ


 第5章

<意識のギャップ> 世論調査の結果によると、今回のテロについて米国自体にもその原因があると考える人は米国内では18%なのに対して、米国外の世界では58%に達すると発表された。この種の調査は調査対象や方法によってかなりの差が出ることはあるが、それにしてもこの二つの数値の大きな差は何を意味するか。よく言われる米国のダブルスタンダードや唯一の強国であるおごりに対する世界の反感をもう少し米国民にも理解させるように米政府自体が配慮しないと、テロの脅威は今後も大いに持続することが懸念される。

<貧困について> IMFは従来市場原理主義を説き、世界経済はアダム・スミスの云う神の見えざる手に任せればよいとした。経済学者ステイグリッツ氏はこの考えは通用しない、1日1ドル以下の絶対的貧困者が世界で12億人(1987)、15億人(2000)、19億人(2015)と増えていき、いわゆるグローバリゼーションが貧富の格差を拡大すると訴える。バランスの取れた政策を採って富を得るための機会不平等を是正しないと、テロの原因になる貧困はますます拡がっていく。中近東だけでなく、年末に露呈したペルーの危機に見られるように南米諸国は経済の破綻に瀕している。
 自爆テロに向かうパレステイナの人たちの心情は貧困の中でもう失うものはないというところまで追い詰められている。同じイスラムでも石油のとれるサウデイ・アラビアでは状況は違う。

<戦死> 米国はヴィエトナムで5万人の戦死者を出したが、これに懲りて対イラク戦争では皆無、またコソボでは数十人、ソマリアでは数人の犠牲者になったと云われる。今回のアフガンでは空爆によって民間人を含め調査困難なほど多数の現地人の死者を出した(恐らくN.Y.の被害者数を超えただろう)が、米国軍人の死者は皆無に近い。海兵隊などレンジャー部隊の投入も再三報じられたが、結局危険を伴う山岳地帯の捜索を主として現地人に頼っているらしいのも米政府が米人の戦死に対する国内世論の強い圧力を懸念しているためだ。こういう姿勢は力の威力とともに割り切れない不公正感を世界に与える。

<語録> ノルウエー・オスロでノーベル賞100周年の記念シンポジウムが開かれた。ノーベル平和賞受賞者などが今回の国際テロを念頭にいくつかの胸に響く言葉を残した。 国連事務総長コフィー・アナン「人類を人種・宗教・地域によって差別してはならない」 亡命中のラマ教指導者ダライ・ラマ「隣人を破壊する事は長い目で見れば自分を破壊する事だ。しなければいけないのは対話だ」 地雷除去を推進するNGO代表ジョデイ・ウイリアムス「行動を伴わない主張は意味がない」 国境なき医師団総裁モルトン・ロステループ「政治家が彼らの招いた結果から離れた場所にいる。現場に責任をもつべきだ」 東チモール政治代表者ラモス・フォスタ「紛争がなくなるというのは幻想だ。実行可能な方策を!子供たちに教育と交流を!」
 事件を契機に人々が否応なく地球上の人類全般を、そしてその共通の問題としての人間の本性について今まで以上に考えるようになったのは確かだ。対策はある。絶望していては仕方がない。

<風の行方> 致知1月号で小島直記翁が熊田亮氏の以下の評論を絶賛している。曰く
 「ニューヨークの悲劇はアメリカ数十年来の中東政策の致命的な過失である。テロリズムは常に政治の所産である。」また「物事はテロリズムに始まったのではない。ブッシュ2世はアメリカの犯してきた過失など自覚することもなく、"限りなき正義"の"十字軍"を起こしつつある。だがこの道は、出口のない迷路に迷い込んでいくばかりか、第2の"ニューヨーク"の到来を早める危険しかもたらさないであろう」

<言論の弾圧> 9・11直後から米国のマスコミはテロリストを利するような情報を明らさまに抑え込むようになった。これは米政府の強い働きかけによるもので、それもあってアルジャジーラ・テレビの報道が殊更に目を引いた。
 このたび毎日新聞は"失われつつある言論への寛容さ"と題して米司法省が有無を言わせず中東出身のイスラム系男性5000人から事情聴取したことに端を発して、米国内に政府批判を非愛国的とみなす風潮が出始めていてナチス・ドイツを連想させると報じている。ベトナム戦争当時にもあったが政府批判や市民権擁護などのリベラル派への風当りは強くなる一方で識者を憂慮させていると言う。言論の自由の府だったはずの米国でである。戦争というのはこのようにしてエスカレートしていくのか。

<爆撃の後遺症> D.G.Cutterと併せてクラスター爆弾CBUを米空軍は多量に使用している。いずれもヴェトナム戦争で用いられたもので、前者は球場の数倍の面積を一瞬に焦熱地獄にすると言われ、後者は投弾されると数百の子爆弾に分離し広い範囲にばらまかれて爆発する。ところがこのクラスター爆弾は1割以上が不発弾となり地雷化すると言われ、既に36000発の不発弾があってこの爆撃を受けた地域は以後容易に立ち入りできなくなる。また普通の地雷と異なり、N.G.O.など素人にはこの処理は困難という解説を聞いた。
 当初から懸念されていたことではあるが、米軍の爆撃は一握りのテロリストを効率悪く追いかけて罪のない多数の人々を殺傷した上に、更にこのような形で復興を困難にしている。米国はこの件に関し罪はテロリストとそれをかばう人々にあると形だけの遺憾の意を繰り返すだけで、心底から反省している気配がない。国際社会はこのような事態に対して被害者たちに代わって米国に相当の補償と修復事業を要求するべきではないか。

<報復の応酬> イスラエル北西部の宴会場でのユダヤ教の集会でパレステイナの男が自動小銃を乱射、イスラエル人6人が死亡、33人が負傷した。犯人は射殺された。P.L.O.主流派ファタハの武装集団"アルアクサ殉教団が犯行声明を出し、14日同団の指導者1人がイスラエル側に暗殺されたことへの報復で、攻撃は今後も続くと言明している。アラファト議長が武力闘争の停止を宣言して以来1ヶ月ぶりの本格テロとなった。既に議長はイスラエル側によって軟禁状態にあるが、シャロン政権が更なる報復措置を強めるのは必至と見られる。もうお手あげだ。

<テロの混同> イスラエル紙ハーレツ論説委員でC.B.S.ニュースの顧問でもあるアキバ・エルダー氏は説く。同時多発テロ直後米国民は遠因がアラブ・イスラエル紛争にあると見て、それを解決できないイスラエルを冷たく見た。ところが子供たちまで殺される自爆テロの映像を見て米国の反応が変わった。ブッシュ大統領は「テロによい悪いはない、すべてが悪である」と言明し、シャロン首相が必要と思うことすべてにO.K.を与えた。
 すべてのテロは悪い。然しすべてのテロが同質ではない。ウサマ・ビンラデインのテロは米国の文化や価値を破壊し狂気じみている。一方パレステイナ人のテロは基本的にイスラエルの長期占領に抵抗し、国家を求める独立戦争だ。この混同のために国連安保理決議に基づきイスラエルが撤退すべき占領地問題も覆い隠してしまっている。中東に狂気のテロを蔓延させぬためにも政治的なテロは区別しなければならないと。ご尤も。



第6章に続く

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