第7章
<自己矛盾> とどまる事なく女性の参加も恒常化した自爆テロに対してイスラエル軍はパレステイナ全域への侵攻を再開し、圧倒的な火力の下に無差別の破壊と大量虐殺を続けている。この時期に衝突の仲介に現地に赴いたパウエル米国務長官の調停は国連やE.U.の期待に沿えず不調に終わった。
シャロン首相は米国の侵攻中止・撤退要求に応じるふりをしながら戦闘を継続している。幽閉を解かれないアラファト議長はイスラエル軍の全面撤退を自爆攻撃中止の前提条件としたが、これが満たされないままに抵抗中止の声明をやめてしまった。紛争当事者は互いに相手に責任があるとして口を極めて非難を続けている。
フライシャー報道官がシャロン首相を「平和の特使」と呼んで同首相が主張する"テロへの戦争"に理解を示すし、このほど米首都で発生した親イスラエルの大々的なデモを政府は容認してパウエル長官の調停の足を引っ張った。実質的に全権を委任されない特使に何ができようか。ブッシュ大統領は今回の調停で一定の成果を挙げたし今後もその努力を続けるとの声明を発したが、これだけ親イスラエルに傾いている米国に調停の資格はない。
今世界世論に率直な声を聴く事ができれば9割がパレステイナに同情しているだろう。明らかに時間をかけて第2の大規模な対米テロさえ容認しかねない国際的な感情を醸成していることに米国人は不感症になっているようだ。
<取引> シャロン首相は蛇蠍の如く忌み嫌い彼が全く力を発揮できないようにパレスチナ勢力から引き離し放逐せんとしていたアラファト議長の幽閉を一転して解除すると米政府に申し出た。それと引き換えに1週間前に国連アナン事務総長が宣言したジェニンへの調査団派遣を拒絶する動きをあらわにしている。
イスラエル軍のパレスチナ自治区への進駐に伴い、ジェニンではイスラエルの言うパレスチナ過激派分子の退治にとどまらず大掛りな無差別虐殺が行われたという噂が高まっていて、国連も放置できず緒方貞子前難民高等弁務官などを派遣することにしたが、シャロン首相はこの調査団の報告が自分の政治生命を脅かすと深刻に危惧しているようで、調査団メンバーが親イスラエル的でない(当然だ)とあからさまにその受け入れを無期限に引き延ばすか、報告を予めイスラエルが検閲する条件を付けるなどとしている。アラファト釈放の代りにこれを容認するかどうか米政府が鍵を握っている。国連も舐められたものだ。
結局アナン事務総長は調査団の解散を正式発表した。安保理決議に基づいて作られた調査団が当事者の抵抗によって解散に追い込まれたのは、国連史上極めて異例とされる。
<ハト派の声表面化> イスラエルで5万人規模の大集会が開かれ、"シャロン首相は我々を破滅に陥し入れようとしている。我々は無条件に侵攻地域から直ちに撤退すべきだ"と宣言した。いつこの声が過半数に達するだろうか。
シャロンはアラファトを釈放後、新たな自爆テロに対抗して改めてガザ地区に侵攻しようとしていたが、世論の動向を見て当面見合わせたようだ。

<万里の長城> 際限のない自爆テロを狙うパレステイナ過激派の侵入を防ぐためにイスラエルはヨルダン川西岸に115kmに及ぶ長大な防護壁の建設を第1段階として開始した。当面の建設予算は450億円、工期は1年と伝えられる。電流を流すなどして突破防止を計る。また第2段階はエルサレム近傍での設置を予定し、最終的にはヘブロン南方までの全長360kmを計画しているという。
分離フェンスとも呼ばれるその設備の写真を見たが、それは高さ10mにも達するとも思われ頂部は乗り越えが困難なようにオーバーハングした刑務所の塀の如き不気味で殺風景なコンクリート壁であった。イスラエル住民の居住地域に関する地理的な知識が乏しくて正確な論評ができないが、従来から私が抱いていた予備知識からすると、こういう物理的な設備で事態を収拾する事は次の二つの理由で無理だと思っていた。
1 一部のユダヤ人の入植地は突出してこのフェンスの外に位置し防護不可能なのではないか。またフェンスの設け方によってはパレステイナの人たちをも中へ取り込んでしまうのではないか。
2 パレステイナの人たちは生活が困窮していて、今までもユダヤ人の居住する地域に入り込み出稼ぎをしていた筈で、そういう人々を検問などによって今後シャットアウトする事が実際問題として困難なのではないか。
結局はパレステイナ国家の自立を容認して二つの民族が平和共存する方向しか解決の道はないのではないか。シャロン首相の退陣と両陣営に強力なリーダーシップをもった政治家が現われて手を繋がない限り、この期に及んでの現代版万里の長城あるいはベルリンの壁の構築は人類の愚昧さの証明を新たにするだけだろう。
<テロの影> N.Y.の株式市場は4日の独立記念日に懸念されていたテロが回避されたために史上10番目、今年最大の上げ幅を記録したし、ナスダック総合指数もワールド・コムの巨額粉飾決算発覚前の水準に復帰した。ロス国際空港でイスラエル航空カウンターを狙うテロがあったが、これは個人的な犯行で、また米国への攻撃ではないと見なされたのだろう。
一方でイラクの大量破壊兵器の査察再開をめぐり、ウイーンで開かれていたアナン国連事務総長とサブリ・イラク外相との協議は物別れに終わり、欧州やアラブ諸国を落胆させた。査察に関係なく米国はフセイン政権の転覆を目指すとの米政府の声があることにイラクは態度を硬化させたと言われている。