第8章
<旧約聖書の世界> これは最近私が知ったイスラエル建国の歴史の概要である。物語はユーフラテス川上流のほとりでアブラハムという男が神のお告げを聞いて西へ旅立つところから始まる。目指したのはヨルダン川の西岸カナンの地。神によってこの地を与えられたが、イサク、ヤコブからヨセフの代に至って凶作のために一族は南方のエジプトに移り住む。始めはエジプト王の友情に迎えられたが、イスラエル人は独自性が強く唯一神を信じ周囲に抵抗しながら人口を増やしたので、一族は代の変ったエジプト王に迫害されるようになった。更に4代後のモーセは神のお告げを受けて迫害を逃れカナンの地へ向かう事を決意する(出エジプト記)。脱出から旅の途中で神の助けで数々の奇跡を起こす。エジプト出国後3ヶ月、シナイ山に上りモーセは神の言葉を聞き神と契約をする(モーセの十戒)。この中には常識的な戒律と共に次のようなユニークな要求が含まれていた。
〇私はあなたたちの神、唯一にして全能の神である。あなたたちは私以外のどんなものも神としてはならない。
〇偶像を作って神としてはならない。私は嫉妬深い神であるから、私を憎む者には子孫にまで罪を問い、私を愛し私の戒めを守る者には末代まで慈しみを与えよう。
〇神の名をみだりに唱えてはならない。
〇週の7日目を安息日とし、いかなる仕事もしてはならない。
こうした神の教えを人々に徹底するのに40年かかり、その間イスラエル人は荒野をさまよった。そしていざカナンの地に入ろうとするとそこには既に住人がいた。これに対して次のような神の言葉が告げられた。「カナンの地に入り、その住民をすべて追い払い、すべての偶像を粉砕し、異教の祭壇を壊しなさい。そしてあなたたちはそこに住みなさい。私があなたたちにその土地を与えよう」。これを受けてモーセの後継者ヨシュアは徹底した攻撃をしかけて住民を皆殺しにし、北はヘルモン山、南は死海、西は地中海、東はヨルダン川が丁度中央に位置するほど深くシリアの砂漠に入りこんでこれを支配下に収め12の部族に分け与えた。中でもユダ族は最もよい位置を与えられ、イスラエルの中心勢力として台頭する。
やがてダビデ王からソロモン王までの80年間が古代イスラエル王国の黄金時代で、エルサレムに壮麗な宮殿が完成したが、ソロモン王は異教の神をも容認したため彼の没後神の罰が下り、イスラエル王国は分裂してエルサレムを首都とするユダ王国(南)と10部族から成りやがてサマリアを首都とするイスラエル王国(北)に分かれた。強大な勢力が周辺に起こりまずアッシリアに攻められて北王国が滅亡(BC722)、こちらは二度と甦らなかった。次いで南のユダ王国はバビロニアに攻められて滅亡(BC597&BC586)、強制移住によりバビロン捕囚となる。50年後に帰国を許されてイスラエル王国が再建されるが、一旦は従ったローマに反旗を翻し西暦70年ローマ軍に攻められて、再三の投降勧告も容れず寧ろ仲間の裏切りを許さず集団自決の道を選んで壊滅し(2000年6月の<ユダヤ戦記>参照)、第2次大戦後のイスラエル国の建設(1948)まで約2000年の流浪を余儀なくされる。
旧約聖書の冒頭に戻ると、神は第1日に昼と夜を、第2日に空を、第3日に陸と海を、第4日に太陽と月と星を、第5日に水に棲む生物と空を飛ぶ鳥を創り、第6日には地を這う獣、家畜、そして人間の男と女を創りすべての生物を支配するように命じ、第7日は聖なる安息日にした。かくして人間の歴史が始まったが、神の偏愛を怒ったカインは弟アベルを殺して永遠にエデンの東に追放され、神のエコヒイキは永劫に続く事になる。その後人間が悪事ばかりするので神は後悔して皆殺しを考えたが、ノアの一族は行いが正しいのでこれだけは残すことにし、ノア一家と多くの動物を雌雄を揃えて箱船に載せ、その後の大雨・大洪水により船の外のすべての動物が死に絶えさせた。また人間たちは町を造りバベルの塔を建てて天に届かせんとした。神はその傲慢さを危ぶみ、人々の話す言葉を変えて言葉が通じないようにした。人々は共同作業ができなくなり、塔を造りかけのままに残して四散した。
その後の旧約聖書はアブラハムが登場して神話から歴史に変わる。詳しい話はまだいろいろあるが、ここへ出てきた話だけ見ても、この神は随分自分勝手で自己への絶対的な帰属を要求し、かつまた他民族の利害など全く省みないけしからぬ代物に思え、世界的な宗教に昇華すべき要件を完全に欠落している。そもそも、遊牧民なら安息日などと1日たりとも休んではいられない。世界のテロはこういう神(ヤハウエというのか?)があがめられる限り消滅する筈がない。宗教が特定の民族を"選民"として他民族を迫害した歴史を聖書で忘れぬように懇々と教え込むのだから悪質である。私は嫉妬深い神だと自称して、他宗教を容認した先祖の受けた報いを説く、何と恐ろしい事だ。

<独裁者の妄想> ヒットラーの「わが闘争」を入手した。十分な予備知識なしにその邦訳を読んでも理解が及び難い点が少なくないが、強制収容所であのような大量殺戮を行った思想的な根拠を探したところ、それに対応する言説を厭というほど見出す事ができた。
彼は若い時にユダヤ人を最初は軽い疑念をもって見、やがて彼らの多くがユダヤ教(それをシオン主義と呼ぶ)と結びつき、また自己防衛上そうでない生活を送っている別のグループの人たちも根底のところで同一民族としてつながっていることを見出して、急速にかつ激烈にユダヤ人を憎悪しはじめたことを告白している。彼は反ユダヤ運動が反ユダヤ教の形をとった事を誤りと指摘し、反ユダヤ民族でなくてはならなかったと指摘している。
きたない衣服を身につけ、外貌も雄雄しくない。藝術・文学・演劇上の不潔な作品の9割はこの民族によるものだと言う。文化生活の形式において不正な事や破廉恥なことが行われたならば、少なくともそれにユダヤ人が関係していないことがあっただろうかとまで言っている。凡そ大都市の廃物たる淫売業の支配人やマルクシズムを奉ずる新聞の発行者は皆ユダヤ人だと言い、このような思い詰めの結果、彼は青年時代に弱弱しい世界市民から一転して熱狂的な反ユダヤ主義者になったと述懐している。一言も触れてないが彼の脳裏にはシェークスピアの戯曲「ヴェニスの商人」におけるシャーロックのイメージが離れなかったことは容易に推測される。
次に彼は民族を文化創造的な人種と文化支持的な人種および文化破壊者に分け、アーリア人種だけが前者に属し、日本人は文化支持的な人種に属すると説く。日本人が自分の文化にヨーロッパの技術を加えたのではなく、元々それはアーリア民族の強力な科学・技術的労作だったと主張する。他民族は日本人と同様模倣しかできないと考えた。彼によれば独創力のひらめきは真に創造的な天分のある人間の頭脳に生まれたときから存在している。真の創造力は生まれつきであり、決して教え込まれたり習得されるものではなく、アーリア人だけに属すると言う。彼によれば人類の最初の文化は慣らされた動物よりはより劣った人間の利用(奴隷)に基づいたのは確実で、まず敗者が鋤を引っ張り、彼等の後に始めて馬が引くようになった、それを平和主義の馬鹿者だけがこれを人類の忌まわしさの特徴だと見なしているに過ぎないと言い切っている。アーリア人種がより劣った民族と遭遇してこれを征服し、そこに文化が発展するのが当然であるが、彼にとって恐るべきは征服者と被征服者の間の混血で、アーリア人種は血の純粋性を放棄して没落する。混血とそれに伴う人種の水準の低下はあらゆる文化死滅の唯一の原因である。
この世界ではよい人種でないものはクズである。
そして彼は最後にユダヤ人に言及し、アーリア人と最も対照的な立場にあるのがユダヤ人で、過去2000年間に内面的な素質や性格が彼らほど少ししか変化を受けなかった民族がどこにあるだろうかと云い、他のどの民族より大きい波瀾と破局を体験しながら、種の保存に対し不屈極まりない意思が存在したことを認め、然しそれは民族の勝手きわまるエゴイズムであって、理想主義的な志操と労働を前提にした独立した文化の形成とは結びつかないと断ずる。ユダヤ人は自前の文化をもっていない。ユダヤ人の藝術など存在せず、建築・音楽の分野でそれは特に著しい。金融業と商業はあますところなく彼らの独占になる。ユダヤ人は寄生虫に過ぎない。悪性のヴィールスと同様に母体に取り付き、やがては母体民族を死滅させる。この吸血虫に対する民族の激怒が燃え上がると、彼らは一旦立ち去るが、じきに前のままの姿で戻ってくる。彼らは有害無益な憎むべき"文化破壊者"であり、彼らの究極の目標は民主主義に勝利することである。それは人格(独裁者のことか?)を排除し、愚鈍・無能・臆病さで構成される多数決をもちこむからである。ユダヤ人は議会制民主主義・拝金思想・インターナショナリズム・マルクス主義等の諸要素を通して世界を支配しようとする陰謀をたくらんでいる。
ここまで来ると彼がユダヤ人の抹殺を図った思想の根底はほぼはっきりしてきた。アーリア人の厳密な定義はよく分からないが基本的にはドイツ人及び周辺のイギリス・フランスなどのヨーロッパ人を指し、日本人を含む東洋人が毒にも薬にもならぬ民族として除外されていることは明らかであり、日独伊三国同盟締結当時彼の民族観に関する偏見に満ちた主張は日本国内には伏せられたと伝えられるのも頷ける。またダーウイン以来の欧州人のコンキスタに繋がった傲慢な思想との繋がりも見出せる。
あれだけの事をやらかした男の思想的な背景にはもう少し傾聴に値する何かもある筈と期待したが、東洋文明に対する無理解なままの独断専行ぶりは案外であった。思慮ある人々と論議を深めた形跡はなく、独り善がりな思い込みと偏狭さと多くの歪曲によって物事を断定し、第1次大戦敗戦による窮乏から民衆の不満を逸らせる絶好のネタとして彼の特質である熱烈な演説を通して民衆の扇動に努めたのだろう。彼の主張にイスラエルとこれを支える米国の現今に対する反省材料が内在する事を否定できないが、独裁者の思想の独りよがりが余りにも強烈なので、ここではその方への言及は一旦控える事にしておく。
<テロ、世界に拡大> 10月12日夜、インドネシア・バリ島のナイトクラブで乗用車に積載された爆弾が爆発、182人以上が死亡、300人以上が負傷した。被害者の多くが外国人観光客特にオーストラリア人、イギリス人、フランス人だった。
ブッシュ米大統領は6日イエメン沖のアデン湾での仏タンカーの爆発、8日クウエート沖のファイラカ島での米海兵隊への銃撃事件と並べて“国際的な殺人者の細胞”が行なった一連のテロとの見解を表明、アルカイダの関与を確信していると述べた。
アブバカル・バシル師が指導するJemaah Islamiyahという組織が関与しているという説が流れている。師は急遽入院したが当局に拘束された。フィリッピンでも小規模な無差別爆弾テロが連発し始めた。パレステイナ紛争が飛び火したようにも見える。
<ロシア> 10月23日夜首都モスクワのミュージカル劇場公演中にチェチェン武装勢力が劇場を占拠し、“チェチェンからの連邦軍の即時撤退”を要求した。劇場にいた約800人の観客が人質として拘束され、犯人グループは子供や妊婦、チェチェンを含むカフカス地方出身者と外国人、イスラム教徒の解放を宣言したが若年の子供のほかはほとんど実行しなかった。
今回の犯行はチェチェンで肉親を殺害された兵士らの復讐とも伝えられ、武装勢力は男女合わせて約50名で食料・飲料の受け入れを拒否し、銃や手投げ弾で重武装して死を覚悟している模様で自ら投降する可能性は極めて低かった。一方でカメラマンが潜入し、劇場の事務室を占拠したリーダー・バラーエフ司令官を撮影しているが、彼はただ一人覆面を脱ぎ一見平静な表情をしていたのが印象的だった。
米政府は犯人グループとテロ組織“アルカイダ”との関係を懸念しており、テロ非難の声明を発しロシア政府に全面協力の構えである。一方で対テロ強硬姿勢を取るプーチン大統領は「テロリストとは交渉しない」基本姿勢で大統領直属の特殊部隊“アルファ”を現場周辺に配備した。
事態が進展しなければ26日朝深刻な措置を取ると予告していた武装勢力は果たして同日人質の殺害を開始し、パニックに陥った人たちが銃撃の中を脱出開始した。劇場を包囲していた特殊部隊はエアコン設備を通じて特殊ガスを建物内に注入し、内部へ突入・約40分にわたる銃撃戦の結果、司令官をはじめ占拠部隊約50人を殺害、鎮圧した。
その結果約750人の人質を解放した。当座の市当局の発表によれば銃弾によって死亡した人は2名、ガス中毒で死亡した人質は115人、入院者646人、集中治療室入りが150名、その中でも重体45名と伝えられたが、後日死者は128名に達した由である。犠牲者は多量の麻酔性ガスを吸引して心臓麻痺あるいは呼吸麻痺で死亡したと言う。長い拘禁で体力が落ちていたことも災いしたかもしれない。予想を超えるガス被害の大きさに関係者は困惑している。明らかにガス注入方法、注入量に誤算があったようだ。使用した薬剤はフェンタミールとのこと。
イスラム世界の反発は米国と西側同盟国だけでなくロシアにも矛先が向いたことを意味する。100万人の人口を抱えるチェチェンという小国はロシアに軍事的に制圧されているが、圧制する大国に対する国民の悲憤はこのような形で噴出した。パレステイナ民衆の自爆テロに刺激を受けたことは明らかだ。プーチン大統領は重い課題を突きつけられた。

<イラク攻撃> 国連安保理事会は11月8日イラクの大量破壊兵器開発疑惑に関する米英両国提案の決議案を採決、シリアも含む安保理15ヶ国の全会一致で採択した。対イラク決議の期限は米東部時間15日午前である。米大統領はホワイトハウスで演説し、決議採択を歓迎するとともに、フセイン・イラク政権に大量破壊兵器の「完全な武装解除」を求め、」この最終的な要求に従わなければ「最も深刻な結果」が待っていると警告した。
これに対しイラク政府は13日上記決議案の受諾を表明したが、併せて“悪意を持った査察要員による不適切な行為”を注視していく姿勢を強調している。書簡は大量破壊兵器開発疑惑は米英の「うそとごまかし」と批判し、大量破壊兵器を所有していないと主張した上で、国土と国家主権を守るのが政府の義務とし、査察団に国際法に従った任務を求めている。
既に米軍は2隻の空母を始めとする6万人の兵力を周辺諸国・海域に展開しており、米大統領は僅かな違反も見逃さず攻撃に移る構えであるという。
<反撃> カタールのアルジャジーラ・テレビは11月12日ウサマ・ビンラデイン氏と見られる録音メッセージを放送した。声明は米政府を現代の最大虐殺者と指弾し、バリ島の爆破やクエート、ヨルダン(2週間前)のテロを賞賛、米国と同盟国への新たなテロを呼びかけるものだった。音声分析の結果米政府高官も本人の声であることを認めた。これはアラブ社会の反米感情を扇動・増幅するもので、米政府にはいささかの打撃になるだろう。
パキスタン軍情報筋によればビンラデイン氏はアフガン南部に潜伏、移動しながらタリバン最高指導者オマル師とも連絡を取っていると言う。米軍による高額の懸賞金とアフガン南部山岳地帯の500m平方を一時無酸素にするような殺傷力の強い爆弾による盲爆をも逃れて生き延びたわけである。
腎臓を患っているという説もあるが厳寒の高地、不便この上ない環境で米国憎しの執念だけで生きているような気がする。
<チェチェン> 12月27日、ロシア南部チェチェン共和国の首都グロズヌイの共和国政庁に爆発物を満載したトラックと乗用車が警備を突っ切って侵入し、大爆発によって当時400人いた4階建て庁舎はほぼ全壊した。敷地内には深さ6mの穴があき、TNT火薬1トン以上の威力があったと報じられる。ロシア非常事態省は46人が死亡、76人が負傷と発表した。
プーチン大統領はモスクワ劇場占拠事件後、チェチェンの武装勢力掃討作戦を強化する一方で、来年3月に新憲法や大統領・議会制の賛否を問う住民投票を実施し、チェチェンがロシア連邦の一部であることを明確にして親ロシア政権の樹立を図っていたが、分離独立派のこのような抵抗によって状勢は険悪化し、チェチェンのパレステイナ化が懸念されている。

<国連のイラク査察> 国連による査察は11月27日以来1月を越えたが目ぼしいものを発見していない。イラクのアジズ副首相は「我々は国連の査察に全面的に協力している。大量破壊兵器は何も見つからないだろう。我々はそれを所持していないからだ。それにも関わらず米国はイラクを攻撃するだろう。彼らは我々の石油が欲しいのだ」と言明した。
1月8日国連外交筋は「現時点で査察団はまだ大量破壊兵器そのものも決定的な証拠も見つけていない。結論を出すには更に時間が必要だ。」と言明した。一方で国連査察団のブリクス委員長は提出されたイラクの報告書に新味がなく、査察団の要請に真剣に応えていないと非難した。
米軍は着々とかつ公然とイラク攻撃の準備を進めていて、既に湾岸地域に15万人の兵力が配備されたと報じられている。
<北朝鮮の挑戦> 米国との折衝の中で核兵器の開発を進めていたことを示唆して米国から重油の供給停止を受け、対抗措置として封じられていた原子炉の稼動準備を始め、先にI.A.E.A.(国際原子力機関)の原子力施設監視団の国外退去を強制した北朝鮮は1月10日核拡散防止条約(N.P,T.)からの脱退を宣言した。これで今まで強く北朝鮮側の措置を非難していたI.A.E.A.は監視活動を続ける法的根拠を失う。
1日前に米国は在来拒否していた北朝鮮との対話に応ずると柔軟な姿勢を見せたばかりのタイミングだけに、特に最近の選挙で金大中大統領の太陽政策継承を掲げて辛勝したばかりの韓国新政権にとってこの北朝鮮の行為は当惑以外の何者でもない。北朝鮮当局は発表に際して今回の措置は米国の敵視・抹殺政策に民族の尊厳をかけて反発するもので、あくまで核兵器製造の意思はないと言明はしている。
<フランスの抵抗> 1月27日に査察団は国連安保理に査察結果を報告することになっており、米国はこれを契機に対イラク開戦に踏み切りたい構えだが、フランスは査察を最低でも更に2ヶ月継続するように米国を含めた安保理常任理事国に働きかけていることが明らかになった。中国・ロシアも査察継続を主張しているが、フランスの態度が突出して厳しい。常任理事国でないドイツもフランスと協調路線をとっている。
イラク政府は事前の予想に反して国連の査察を辛抱強く容認する姿勢を続けており、米国の強調する大量破壊兵器は存在しないことを継続して主張しており、また著しくその主張に反する事実は未だに発見されていない。
ブッシュ大統領は「イラクが武装解除していないのは明白だ」、「時間は尽きようとしている」と述べて同盟諸国の反戦ムードにフラストレーションを高めており、新たに2隻の空母の中東派遣を決めるなど2月中旬には開戦に必要とされる25万人の7割の米軍兵力がイラク周辺地域に集結する。
今や米国が協調する諸国を従え国連を無視して行動に移るか否かの瀬戸ぎわにきているが、どうやら既に引き返せない道を進み出してしまっているようだ。小泉内閣は徹底した米国追随姿勢のようだが、この際日本も毅然と開戦反対を唱えてもらいたい。第2次大戦直前の抗米政策がもたらした破滅が頭から離れず、あつものに懲りてなますをふく愚策を取れば、世界中から軽蔑されるだろう。