合唱生活向上委員会
第10回 子連れ合唱生活実践編 9〜10ヶ月の巻 (03/5/16)
北海道への演奏旅行を終えて、やれやれ、と言いたいところですが、そうではありません。またまたビッグイベントがありました。私の所属する合唱団の音楽監督が「還暦」「指揮者生活30周年」を迎え、さらに「第20回中島健蔵音楽賞受賞」というトリプルなおめでたがあり、その記念演奏会に私も出演したのです。
この演奏会、出演者が言うのもなんですが、とにかくすごい演奏会でした。17人の作曲家によるオール新作、出演者はピアニストなども含めると総勢400名近くにまで上るもの。チケットは完売し、せっかくご来場いただきながら客席に入れなかったお客様もおられました(本当に申し訳ありません)。
会場となった東京オペラシティコンサートホール(タケミツメモリアル)にはいつものように子連れで乗り込み、3つのステージをこなしましたが(これでも少ないほうでしたけど)、なかなかいい思い出になりました。
おんぶでシアターピース
私がこの演奏会で出演したステージは次の3つでした。
1 お隣の県にある合唱団とのジョイントで、小品。
2 学生団体とのジョイントで、シアターピース
3 この演奏会に出演した17の合唱団全てによる合同演奏曲
1、3は板つきなのでまあいいとして、問題は2です。しかも、このシアターピース、かなり風変わりなものでした。特徴としては
・楽譜には音符が一切出てこない。エクセルファイルによるグラフィックスコア。
・懐中電灯を点けたり消したりするパフォーマンス付き。よって、ステージは基本的に真っ暗な状態。
・ホーメイとタブラが加わる。
・歌詞(といっていいかどうかは不明。。)は一応存在するが、お客さんには歌詞としては伝わらない。
・音楽監督はステージの最初は出てこないが、途中からかなりヘンな状態で登場する。(ネタバレ?)
ああ、とにかく見て&聴いていただかないとわけのわからない感じですが、こんな曲です。どうもすみません。
本番のステージが真っ暗、懐中電灯を使う、ということになれば、もちろん練習の段階でも練習場の照明は落した状態です。9、10ヶ月の赤ん坊を連れて行って、こんな環境でこんな練習をしていたら踏まれてしまいます。(笑) ですから、私はいつも娘をおんぶして練習に参加していました。それでも結構ぶつかったりして危なかったのですが、おんぶはこういうとき一番安心です。使っていたのは一本帯です。おんぶなど今時流行らない、というご意見もありましょうが、昔の人の知恵というのはたいしたものだと思います、一番ラクなのはやはりおんぶだと思います。
私も自分で買ったもの、人からいただいたものなど、いくつかのおんぶ紐、抱っこ紐を持っていますが、これはスグレモノ!と思えるものはおんぶ紐・抱っこ紐ともに各一本です。
私のおんぶ紐は別珍でできていて、紐や帯、というよりは細長い布団、といってもいいような感じです。これは現在ベビー用品売り場ではほとんど見ることができません。布団屋さんか呉服屋さんでないと手に入らないでしょう。帯幅は9センチ近くもあります。リュックタイプのものも試してみましたが、結局肩に食い込んでしまって痛いし、疲れます。
抱っこ紐は合唱団の先輩から譲り受けました。お義姉さんの手作り品なのだそうです。とてもシンプルな作りなのですが、全然疲れません。通販のフェリシモの抱っこ紐に似ている、と言えばわかる方にはわかるでしょうか。やはりこれも帯幅が広くとってあります。
おんぶ紐でも抱っこ紐でも、どちらでも共通して言えるのは、肩に当たる部分の帯は最低でも6センチ以上の幅があるものがよい、ということです。新しいタイプの市販品の多くはこれがせいぜい5センチくらいだったりしますので、見た目で選んで後悔するよりは、使い勝手を優先したほうが私はよいと思います。(でも、おんぶはあのバッテンスタイルが・・・。^^;)それに、そのへんにいる年配の方をつかまえて(失礼)子守りを頼むときには、このおんぶ紐がとても喜ばれます。
ステージから戻ったら子供がいない!
我が家の旦那も合唱人ですので、合唱主婦には一応理解があります。旦那は仕事が忙しくてこの演奏会には出演できなかったのですが、本番当日だけはホールの楽屋で子守りをしてくれました。しかし、本番を終えてステージから戻ると娘の姿がありません。まさか、誘拐?? 旦那に聞いても「知らない。でも、誰かが抱いててくれてるよ」と言うのです。おいおい・・・。娘は出演者の手から手へと抱かれ、ベビーカーに乗っているヒマもないほどだったのです。これはとても幸せなことです。
東京は北海道より大変だ
私は北関東の町に住んでいますので、電車一本で行ける東京はなんとなくラクな場所だと思っていました。短期間ではありましたが、東京には住んでいたこともありますし、どこへ行けば何があるか、というのもだいたいわかります。しかし、実際には北海道へ行くのより大変でした。
北海道へ行くときには荷物のほとんどを予め宅急便で送ってしまったので、荷物を持ち運ぶ苦労というのはあまりありませんでした。しかし、東京へ行くときには自分で荷物を持たなければならないので、泊りがけの子連れ、というのは大変なことになります。地下鉄で移動すれば安くすむところをタクシーで移動したりすればお金もかかります。東京の東部(墨田区とか、江東区とか)は昔戦争で焼けてしまった後に道路が整備されたという事情もあり、西部と比べると地方からも車で行きやすいのですが、駐車料金が高いので大変です。
電車で行くとトイレにベビーキープやおむつ替え用のベビーベッドはあっても、母親が手を洗うときに子供を座らせておける場所がありません。しかし、考えてみると、昔はこういうことはそのへんの人に頼んでやっていたのではないかと思うのです。ちょっとお手洗いに行きたいからこの子を抱いていてくれませんか、下の子のおむつを取り替えたいから上の子を見ていてもらえませんかとか、そういうことが今よりもずっと気楽に頼めたのではないでしょうか。しかし、今はそういうわけにはいきません。この世の中、何があるかわからないからです。
今、子供を育てようと思えば、そういった昔のいいところがなくなってしまったのを補うために道具を用意したり、お金をかけたりしなければならないわけです。そういう努力を怠ればすぐ親のせいにされるのが今の世の中です。育児を支援するのに保育所を数多く建てればいいと思っている政治家は、こういった本質をあまり考えていないのではないでしょうか。