これまで見てきたように日本のマスコミの報道が偏向されている箇所がある事は、通常のニュースとここで開陳してきた情報と比較することによって、その差がわかるだろうと思います。その他にも日本人的見解と不一致な点もあることや周辺にまつわる不認識な事柄をピックアップしてみようと思います。(ここでは新聞の情報を主体に集めています。)
◆このページの主な項目(各項目をクリックするとジャンプします)
中国関係★五輪を前にした中国の現状★1.北京の水確保へ「人口黄河」★2.姿消す耕地、水質悪化も★3.過熱経済 内外に火種★4.特許料得る側目指す〜信頼獲得に課題〜★5.中朝合作 汚染が拡大★6.「何でもあり」潜む危険〜遺伝子組み換え作物 拡大〜★7.アニメ人気と反日と★8.メリット復活へ新手〜激減した日本語学習者〜★9.くすぶる少数民族問題★10.投資・開発で独立阻止〜新疆に「マネーの力」〜★五輪の陰にある中国の現状★1.不安の時代 神々復活★2.道徳教育 復権の動き★3.一攫千金 我も我も★4.まるで日本の「バブル」★5.信用失墜 悪夢再び★6.現場は今も利益優先★7.農民「親鳥がいない巣」★8.女性の自殺 年16万人★9.物価高騰その先の悪夢★10.肉も野菜も「高過ぎる」★11.腐敗官僚ネットで告発★12.「リニア反対」3000人散歩★農薬汚染★1.農薬汚染〜中国製の混乱再び〜★2.農薬汚染〜中国食品の安全内外格差〜★3.農薬汚染〜安全にはコストが必要〜★中国疾走〜揺らぐ世界〜★1.利害交錯 米も及び腰★2.「内政不干渉」へ国連で力★3.「国益追求」国際機関でも★4.アジアに着々 衛星都市★5.移民が作る「イタリア製」★6.アフリカに「新植民地」★7.「稼ぎに来た」摩擦増加★8.イスラエルと実利外交★9.海外進出 軍産一体で★「中国」「人権」IOC板挾み 聖火迷走★混乱の火種 本番にも 聖火迷走★「政治不介入」 IOCの限界 聖火迷走★中国疾走〜五輪秒読み〜★1.英雄宣伝マスゲーム★2.少年の偉業「過剰」報道★3.愛国心ネットで噴出★4.「憤青」にもの監視の目★5.強権統制 庶民にツケ★6.民工追放 直訴を「隔離」★7.「3つの敵」厳戒祭典★8.「日本流」警備に注目★9.「バブル」早くも陰り★10.常識通じないビジネス★変貌東北〜中朝国境 中国、「統一朝鮮」にらむ〜★変貌東北〜潤う「ビザなし特区」〜★変貌東北〜寒村 いまや韓国人街〜★
◆中国関係
●五輪を前にした中国の現状
1.北京の水確保へ「人口黄河」 中国疾走〜五輪前夜@〜(「読売新聞-2007.12.25」から)
北京市の北東に位置する河北省承徳市の紅旗村。のどかな農村の光景とは裏腹に、村民の心中は穏やかではなかった。農民の女性(58)が庭の片隅のトウモロコシを指してぼやいた。「収穫はたったこれだけ。コメだったらもっととれたのに」
この一帯では、昨年まで豊かな水田が広がっていた。しかし、昨年秋、突然、重機が入ってきて、すべての田んぼに土を入れ、畑にしてしまった。
同村は、北京市の水がめ、密雲ダムの上流にある。村幹部からは「水を大量に使う稲作をやめて、乾燥に強いトウモロコシを作れ。北京五輪での水を確保するためだ」と命じられた。村民にとっては、全く寝耳に水の話だった。
強制的に転作させられたのは、承徳市内の2県と24村。つぶされた水田の面積は東京ドーム約1000個分に相当する約4700ヘクタールに上った。
「『五輪のため』という点は理解する。でも、我々の生活はどうなるのか」。村民らは怒りをぶちまける。
村民によると、トウモロコシの単価はコメの半額。収穫も予想をはるかに下回った。転作補償をもらったのは一部の村民だけ。ほかの村でも、井戸掘りの禁止など、徹底的な措置が取られたという。
中国はもともと水資源の貧しい国だ。国民一人当たりの水資源は、約210立方メートルと世界平均の4分の1足らず。しかも、水資源の8割は中国第一の大河、長江以南に集中し、黄河流域など北部は慢性的な水不足に悩まされてきた。約1200万戸の人口を抱える北京はとりわけ厳しい。密雲ダム貯水量も周辺地域の開発などで流入量が減少、この10年で3分の1に減っていた。
北京五輪には、1万6000人を超える選手、役員のほか、内外から延べ数百万人に上る観光客が訪れる見込みで、水不足の恐れが強まってきた。北京市ではダム対策のほかにも、大規模工場の移転など、懸命の水確保・節約作戦を続けている。
中央政府は、水問題の根本解決を図ろうと、2002年から、長江の水を巨大水路で北京など北部地帯に運ぶ「南水北調」プロジェクトを進める。完成は10年以降の予定で、50年時点で448億立方メートルの調達水量を見込む。いわば南から北に「人工の黄河」を通す世紀の事業だ。
そんななか、今年11月、中国商務省の研究者が、英国経済紙電子版に「水不足問題など、北京はその環境容量を超えている」として、首都移転を提言する論文を投稿、物議を醸した。遷都論は以前から一部にあったが、五輪をきっかけに、政府部内から「北京限界論」が再提起されるという皮肉な展開となっている。
北京市当局は、来年4月に南水北調の一部水路で通水が始まることなどから、「北京五輪の水は十分確保できる」と強調する。だが、五輪を乗り切れたとしても、南水北調で頼みとする長江は最近、地球温暖化などの影響で流量が減少、汚染も拡大している。
さらに、「人工の黄河」が生態系に深刻な影響を与える可能性も指摘されている。
中国は古代王朝以来、治水が統治の重要課題であり、失敗した政権は交代を余儀なくされてきた。現代中国の「水問題」も正念場を迎えている。(北京五輪取材団)(6面に続く)
◇
北京五輪の年まであと1週間余り。中国の準備作業も本格化しているが、残された課題は多い。本紙取材団が「五輪前夜」の中国各地に入り、現状を探った。
2.姿消す耕地、水質悪化も 中国疾走〜五輪前夜@〜(「読売新聞-2007.12.25」から)
<1面続き>〜犠牲伴う8兆円プロジェクト〜
■毛氏の発案
巨大な溝が、一面に広がる小麦畑を切り裂いていた。幅300メートル、深さ約50メートル。中国内陸部の河南省鄭州市東郊で進められている「南水北調*1」プロジェクトの水路建設工事現場だ。
はるか470キロ先の湖北省丹江口ダムから長江支流の漢江の水をひき、ここから直径70メートルのトンネル2本で黄河の真下を横断させる。4.25キロ先の黄河対岸で地上に出し、再び水路で約8000キロ先の最終目的地、北京に向かわせる。完成すれば、毎年95億立方メートルもの水を運ぶ大動脈となる。
工事責任者(42)は「黄河下のトンネル建設は史上初の難工事。まだ川底の真下には届いていないが、1年半後に開通できる」と胸を張った。
長江の上・中・下流から、それぞれ西ルート、中央ルート、東ルートと呼ばれる3本の水路を開削し、北京や天津など北部地帯に送る南水北調。総費用は5000億元(約8兆円)を見込むが、膨らむ可能性が指摘されている。
「長江の水を黄河に引くことはできないか」──。毛沢東がそう提案したのは、1952年。計画は一時頓挫したが、急速な経済発展で水不足は深刻化、2002年に着江の運びとなった。
水利省作成の「中国水資源公報」によると、黄河の水資源量は年々減少し、04年には長江のわずか14分の1となった。今後、節水や汚水の再利用が成功しても、黄河、淮河流域などで約210億立方メートルの水が不足する計算だ。
■2度の移転
巨大開発は一方で大きな犠牲も伴う。
中央ルートの起点となる丹江口ダムは、最近の支流、漢江をせき止めて73年に完成した。ダム湖畔から数百メートル離れた小高い丘の新築の家に住む王瑞権さん(42)の家族は、ダム建設と南水北調で二度の転居を余儀なくされた。
最初の引っ越しはダム完成前の65年。当時、ダムで水没した場所に住んでいた。父親の朝礼さん(74)からは「生産隊の代表として現地を見ただけで、すぐに引っ越しが決まった」と聞かされた。移転補償金もなかったが、共産党の方針に逆らう選択肢はなかった。
南水北調で再び引っ越しが決まったのは、02年。今度は、移転補償金が支払われるが、1人当たり年間6000元(約1万円)で20年間が限度。それ以前に死亡すれば、支払いは打ち切りだ。瑞権さんは「住み慣れた場所を離れるのはつらかったが、国のためになるなら」と受け入れた理由を話す。中央ルート建設だけでも、22万人が移住するほか、約1万5700ヘクタールの耕地がなくなる。
■水量は減少傾向
しかし、長江の水も不安を抱えている。
長江、黄河の源流地帯である青海省三江源地域では近年、地球温暖化の影響とみられる気温上昇で氷河が縮小。同省林業局の王謙副局長は「1980年代には4700か所あった湖が約2500になった。黄河の流量は80年代の約半分となり、長江でも減少傾向がみられる」と話す。水利省の統計によると、97〜04年の間、伏流水を含めた長江の水量は6%以上減った。
さらに問題なのは、良好とされる長江の水質悪化が指摘され始めたことだ。中流地域の重慶市では、長江支流へのごみの大量不法投棄問題が持ち上がり、現地紙が報道した(環境保護当局は否定)。工業化が進む下流地域を中心に、流入する汚水は05年1年間だけで8.3億トンも増加した。
また、南水北調による取水で、中・下流の水量が減ることによる影響も懸念されている。日中環境協力支援センター(北京)の大野木昇司さんは「水量が減れば、水の浄化作用が低下する。長江下流の汚染対策を強化しなければ、汚染を拡大することになり、経済や生活への打撃は計り知れない」と警鐘を鳴らしている。
*1 南水北調:中国第一の河川、長江の水を、北京などの水不足が深刻な北部に大運河を建設して送る事業。@下流の東ルート(江蘇省〜天津市、全長1150キロ)A中流の中央ルート(湖北省〜北京市、1246キロ)B上流と黄河上流をつなぐ西ルート──の3ルート。東、中央ルートは2010年以降に完成予定。西ルートは青海省の高山地帯と永久凍土があり、難工事が予想されている。
3.過熱経済 内外に火種 中国疾走〜五輪前夜A〜(「読売新聞-2007.12.26」から)
今月19日、米ウォール街に衝撃が走った。米国のサブプライムローン(低所得者向け住宅融資)の焦げ付きで、巨額の損失を出した米証券大手モルガン・スタンレーが、中国の国有ファンド「中国投資有限責任公司」(CIC)から、約50億ドル(約5700億円)の出資を受け入れると発表したからだ。
「米政府の外国投資委員会で審査が必要かどうかなど、取引について詳細な情報が必要だ」
米上院のドッド銀行委員長(民主)は即座に声明を発表した。声明には、チャイナ・マネーへの警戒心がにじみ出ていた。
中国は膨大な貿易黒字を出し、1兆4000億ドルを超える世界一の外貨準備を抱える。CICは2000億ドルの資本金で、9月末に設立された。CICはモルガン株の9.9%を取得、第2位の株主となるという。
CICは「長期的党史が目的で(モルガンの)日常業務には参加しない」と説明する。だが、米側には、CICがいずれ国防関連産業や資源エネルギー企業に触手を伸ばすのではないかとの危惧がある。
中国社会科学院金融研究所の易憲容研究員は「CICは情報公開、経営の透明性の面で欠陥がある。所管する法律はまだない」と、体制の不備を認めており、今後、米中間の摩擦要因となる可能性もある。
カネ余りの中国国内では、景気の過熱状態が続く。上海東部の浦東新区のビジネス街近くには、超高級マンションが並ぶ。「中国一値段が高いマンションよ」と誇らしげに語るのは、香港の華夷はうがい者の女性担当者。40階建てのビルは2006年に完成したが、36室のうち3室しか入居していない。価格は最も広い1000平方メートルで30億円近く。「高すぎて売れないだろう」と話すと、「いつかは売れるでしょう」と余裕の表情だ。立ち話する横から赤いフェラーリがさっそうと町に繰り出していった。
北京では、数年間の不動産投資で1億2000万円ためた大学教授(39)に会った。上海では、証券会社のインサイダー情報でトレーダーになった元レストラン経営者(44)の自慢話を聞かされた。
中国では現在、物価上昇率が7%に迫る一方、預金金利は4%程度に過ぎない。高いインフレ率が結果的に投機を促している。政府は12月初めに開いた中央経済工作会議でインフレ抑制に向けた対策導入を決めたが、国を挙げたマネーゲームは収まる気配はない。
中国にとっての悩みは、都市部で高額な不動産取引が活発に行われる一方、地方での内需が弱いことだ。
四川省成都市の日系スーパーでは11月末、500グラム1.6元(約27円)のインゲンの特売に200人が行列、奪い合いになった。消費二極化の傾向が顕著だ。
マネーゲーム社会はこのまま続くのか。それとも、バブルは崩壊するのか。
富士通総研経済研究所の朱炎研究員は「収益性などの実力以上に株価や不動産価格が上昇しており、日本の1980年代後半のバブル経済期に似た状況だ」と指摘。その節目は、来年の北京五輪前後と予測している。(北京五輪取材団)(6面に続く)
4.特許料得る側目指す〜信頼獲得に課題〜 中国疾走〜五輪前夜A〜(「読売新聞-2007.12.26」から)
<1面続き>〜「低価格・大量生産」からの転換〜
低価格、大量生産を看板に急成長してきた中国のもの作り。「世界の工場」はいま、転換期にある。
◇
「中国が発展していく基礎としたい」
江蘇省常熱市の中科龍夢科技有限公司の呉少剛副社長(34)は、こう力を込めた。中国の科学技術の粋を集め、自主開発したCPU(中央演算処理装置)「龍芯」搭載のパソコンを、今年、初めて発売できた。
チャットやインターネットなどの限られた性能ながら、1000〜2000元(約1万6000〜1万9000円)という低価格が「売り」で、貧しい農村地域や学生などがターゲット。個人用、業務用合わせて、約5000台が中国国内で売れたという。
開発エンジニアは58人。製品は「中国発」のIT技術の先駆けだが、「龍芯産業化基地」名付けられた展示スペースは狭いうえに目立たず、ポツンと置かれた様子はいかにも寂しげだった。
■莫大な特許料
来年9月には、1000〜2000元のノートパソコンの販売にも乗り出すほか、今は最新のCPU「龍芯2号」より処理速度が3倍速い次世代CPUも開発中で、「2009年には製品化する」という。
中国独自のCPU開発は、1990年代後半から国家プロジェクトとして始まった。その背景には、13億人を抱える巨大市場をバックにした国際戦略がある。高度成長を続ける同国では、国内で生産するさまざまな製品に対し、莫大な特許料が発生しており、国外の大手企業にこれを支払わねばならない状況が続いている。
そこで、中国発の技術を国際規格化して、「世界の工場」を脱し、「開発拠点」に変わることで特許料を稼ぐ側に回ろうと模索している。中国は現在、世界第3位の貿易大国だが、外資系企業がまだ輸出の6割近くを握っている。
■日本の4倍
中国政府は、01年に国務院直属の「国家標準化管理委員会」を発足させた。国際標準化にかける予算は日本の4倍、約81億円に上る。
「市場の大きな中国で、実際に国際標準規格が作られるようになれば、電機業界など日本の企業が受ける影響は大きい」と日本の経済産業省も指摘。その中心戦略の一つが「龍芯」シリーズのCPUであり、中国独自のインターネット無線LAN規格「WAPI」だった。
中国政府は北京五輪も視野に入れ、一時、WAPI以外の規格の輸入・販売禁止も打ち出した。だが、米国を中心に各国の批判を浴びて撤回。昨年、ISO(国際標準化機構)で国際標準への採用は正式に否決されたが、国内の独自標準として巻き返しを狙っている。ただ、中国政府の思惑をよそに、国際標準化への道のりは険しい。
■必要な意識改革
まず、性能の壁が立ちふさがる。
「正直に言って、市場のニーズに応えられるレベルのものではなく、我が社の製品への導入は現段階で全く考えていない」と、中国のコンピュータ大手「総想(レノボ)の担当者は手厳しい。実際、北京の「秋葉原」と呼ばれる中関村でも店員のほとんどは「龍芯」を知らなかった。
捏造やコピーの壁も厚い。「龍芯」同様、重要プロジェクトとして上海交通大学などで開発を進めていたCPU「漢芯」は昨年、海外製品の刻印を削ってそのまま流用しただけのお粗末な「捏造」品だったことが判明。一般の企業も「自主技術」より、「安価な技術」志向が強く、一流大学でさえ安易な捏造が行われていた。
今後、どう国際社会の信頼を勝ち得ていくのか。研究現場の体質改善や知的財産権保護への意識改革など、課題は多い。
5.中朝合作 汚染が拡大 中国疾走〜五輪前夜B〜(「読売新聞-2007.12.27」から)
氷のかたまりが灰色の濁流に押し流されていく。中国と北朝鮮の国境に流れる豆満江(トマンコウ:中国名・図們江)。先月下旬、中国吉林省の南坪を訪れた。対岸の北朝鮮咸鏡北道にある北東アジア最大の茂山(ムサン)鉄鉱山から、無処理と見られる大量の廃液が放出されていた。
上流雲川面は凍結していたが、排出口の下流数キロは凍っていない。両岸の草木は灰色に染まっている。下流の中国側、和竜市の男性(48)は「1960年代は大きな魚も釣れた。でも今は『死の川』だよ」と話した。
豆満江は、日本海に注ぐ最大の国際河川。関係者によると、低品質の鉄鉱粉を洗浄する際、重金属など汚染物質の除去対策をとらず、そのまま流しているという。
茂山鉄鉱は戦前、日本企業が開発。北朝鮮が経営してきたが、2005年に中国の通化鋼鉄集団などが50年間の採掘権を取得した。年間採掘目標は1000トン。採掘された鉄鉱粉は、トラックで中国側の南坪の精鉱所に運ばれ、球状に加工された後、省内各地の製鉄所に輸送されている。
廃液による日本海への影響については「日本の排他的経済水域内での汚染は確認されていない」(環境省地球環境局)。だが、北朝鮮の協力が得られないため、大陸沿岸の汚染実態は不明だ。慢性的な資源不足に悩む中国は、北朝鮮で無煙炭や希少金属などの開発を積極的に行っており、中朝合作ともいうべき汚染が今後拡大すれば、日本海にも深刻な影響を与える可能性がある。
中国の全海域では06年、計93回の赤潮(前年比13%増)が発生した。類型発生面積は約2万平方キロ・メートルに及ぶ。中国国内の報道によると、最も汚染がひどい渤海湾には、年間57億トンの有害廃棄物と20億トンの固体廃棄物が流れ込んだという。
北京五輪を控える中国の環境問題では、10月、国際オリンピック委員会(IOC)などが開いた国際会議で、国連環境計画(UNEP)が「大気汚染は大きな懸念」とする報告書を発表した。だが、その大気汚染も、すでに中国だけの問題ではなくなっている。
今年5月、大規模な交差が北九州を襲い、その2日後、福岡県では「光化学スモッグ注意報」が発令された。北九州市では85校の運動会が中止され、360人以上の子どもや教師が変調を訴えた。福岡県保険環境研究所では、五島列島でも高濃度の光化学スモッグが観測され、夜中になっても濃度が低下しないことなどから、中国から飛来した汚染物質が原因と結論づけた。
石炭などの化石燃料を燃やした際に出る二酸化硫黄(SO2)などが原因の酸性雨も目立ってきた。国立環境研究所では、日本で観測されるSO2の約半分が中国由来との研究結果を公表。環境省の調査によれば、世界遺産である屋久島や、富山県のぶな平などでも樹木の衰退がみられ、酸性雨との因果関係が疑われている。
顕在化した中国からの「越境汚染」。28日に北京で行われる日中首脳会談では、中国の環境問題は主要課題として取り上げられるが、問題解決は時間との競争になっている。(北京五輪取材団、6面に続く)
6.「何でもあり」潜む危険〜遺伝子組み換え作物 拡大〜 中国疾走〜五輪前夜B〜(「読売新聞-2007.12.27」から)
<1面続き>〜中国の「越境汚染」は、大気や水の問題だけにとどまらない。〜
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内陸部の河南省鄭州から西へ約60キロ。なだらかな丘陵地帯を進むと、突然、広大な綿花畑が姿を現す。取材に訪れた11月下旬、白いワタの花が点在する畑のあちこちで、農民が今年最後の収穫作業に追われていた。栽培されているのは、害虫に強い遺伝子を組み込んだ遺伝子組み換え綿だ。
農民の陸建さん(35)は「生活が少しでも楽になるなら、何でも作りたい」と、地元の農業科学院の勧めで今年、転作した。老親を含めた10人家族で、生活は食べていくのがぎりぎり。農薬の使用量が減ったことで、年収の1割に当たる約3万円ほど収入が増えたという。ただ、自ら栽培している遺伝子組み換え(バイオ)作物に関する知識は「ほとんどない」(陸建さん)という。
■対策はザル状態
遺伝子組み換え作物は1990年代後半、米国で大豆の商業栽培が始まって以降、各国に広がった。現在、栽培国は20か国以上。バイオ燃料用の需要が増加するなか、米国、中国を中心に、栽培面積は拡大しつつある。自然界にない品種のため、日本では安全性への疑念が強く、商業栽培はまだ行われていない。
中国では拡大の一途をたどり、現在、栽培される綿花の約65%が組み換え綿。栽培面積は約360万ヘクタールに達した。組み換え作物の導入は、各国の食物やエネルギー自給にかかわる戦略の一つだが、問題は、こうした栽培現場の知識不足や貧困を背景に、バイオ技術がコメなど主要物の生産にも安易に広がり、周辺国などにも影響を及ぼし始めている点だ。
中国は、組み換え生物を他国に移動させる際、受け入れ国側の事前同意を得ることを義務づける国際議定書(カルタヘナ議定書)を批准してはいる。だが、政策が栽培現場に行き届かず、混入などを防ぐ対策はザル状態になっているのが現状だ。
事実、市場に流出させない条件で私見栽培していた組み換えコメが市場に出回り、昨年9月に欧州で、今年1月に日本でも食の安全性が確認されていない組み換えコメ入りの中国産ビーフンが見つかり、中国に原因究明や再発防止を要請する事態となっている。
■「特別ルート」
この波は農業だけではなく、医薬品開発にも押し寄せている。中国政府は2003年、世界で初めてがん遺伝子治療薬「ゲンディシン」を認可。今や北京や上海では、欧米からも患者を受け入れ、20〜40万円という高額な遺伝子治療が行われている。
この薬を販売しているのは、深センの新興バイオ違約企業「SiBiono」。同社は、4000〜5000人という体験者の多さと、「がん縮小効果」をアピールしている。安全性や次世代への影響を慎重に検討する必要がある遺伝子治療薬にもかかわらず、審査期間は日本や欧米に比べて格段に短く、不透明だったことは否めない。
米科学誌「サイエンス」に掲載されたリポートで、同社の最高経営責任者は、治験データの一部が欠けていることに加え、「特別なルートを使い、7か月というスピードで(中国政府に)承認された」と明かしている。
■目標8兆円
"優遇措置"の背景には、バイオ産業を将来の主力産業に育て上げたいとの中国政府の思惑がある。国家発展改革委員会によると、バイオ産業分野の売上高は昨年、448億元(約7160億円)に上り、前年に比べ27%も増加。2010年の目標生産額は5000億元(約8兆円)という。
さらに、患者の多さや規制の緩さなどに着目、新薬の治験を希望する日本のベンチャー会社や欧米製薬大手の進出も相次いでおり、膨張に拍車をかけている。日本の科学技術振興機構の渡辺格北京事務所長は「緩やかな規制のもとで、『何でもあり』といった違法な物質を使った食品などを始めとする国際問題の二の舞いになりかねない」と指摘する。
7.アニメ人気と反日と 中国疾走〜五輪前夜C〜(「読売新聞-2007.12.28」から)
北京の精華大は、北京大と並ぶ中国最難関の名門大学。胡錦濤国家主席をはじめ、国家指導者の多くを輩出してきた。この大学の学生らで作る文科系社団(サークル)で、現在、最大規模を誇るのが「次世代文化と娯楽協会」だ。
加入者約5000人。「研究」しているのは、日本のアニメと漫画だ。会長の歴史系3年、劉晨(りゅうしん)さん(21)は「中学生時代に『名探偵コナン』を読んでファンになった。全巻読破した」と語る。
華夷の設立は1999年。当初は数人だったが、2年前から急増。先輩が寄付してくれた4000冊を超える漫画本やアニメの貸し出しが活動の中心だ。大学院生の于智為(うちい)さん(26)は今年、仲間と作った漫画冊子を、東京で行われた同人誌の展示即売会「コミックマーケット」に出展した。30部売れた。会には「コスプレ班」も誕生。于さんは「我々もオタク(中国語で御宅(ユーチャイ)ですね)と笑う。
中国では都市部を中心に、日本文化が若者の心をとらえている。日本アニメに関するホームページも作られ、交流も活発だ。
中国では2005年、北京と上海で激しい反日デモが起きた。中国の若者意識は変わってきたのか。
今月13日、江蘇省南京で「南京大虐殺記念館」が再開館した。同館は全土にある「愛国主義教育基地」の中でも最大規模。年間参観者は200万人を超えるといい、戦後60年以上経て、展示面積が10倍以上に拡張された。旧日本軍の残虐性を強調する写真展も増えた。
再開館では、犠牲者の受難を描く彫刻を作製した担当者が記者会見で、「映画『シンドラーのリスト』の主題歌を聴きながら創作した」と語るなど、いわゆる南京事件をナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)と関連付けるような発言を行った。「世界遺産」への登録を目指す動きもある。
中国政府に「愛国主義教育」の手綱を緩める気配はない。一方で、対日関係に"配慮"したと見られる動きもあった。同館の一角に日本の対中ODA(政府開発援助)を紹介する"日中友好"の展示が拡充された。朱成山館長は「恨みや憎しみを強調するのが目的ではない」と強調する。
だが、この友好関連の展示に足を止める参観者はまばらだ。
参観した女子専門学生(20)は「学校では日本の残虐さを教えられた。もっと日本嫌いになった」と話し、男子学生(20)も「恨みがあるからこそ記憶が残る」と厳しい口調で言った。
精華大の学生らも、中国の歴史教育を受けて育ってきた。"戦争責任"については、日本に厳しい見方も持っている。それでも「日本の漫画やアニメは中国にこれまでなかった見方などを提供してくれる」(劉さん)として、楽しむ考えだ。
しかし、今月13日には、日本アニメに関するホームページに「南京を忘れるな」との書き込みがあった。于さんらも「圧力を感じることはある」と話す。
観光都市・浙江省杭州で9月に行われた女子サッカーW杯の日独戦では、観衆全体がドイツを応援するという事態となった。危険な状況ではなかったが、上海の知日派学者は「北京五輪でも、日本はある程度、心の準備をしておいた方がよい」と心配している。(北京五輪取材団、5面に続く)
8.メリット復活へ新手〜激減した日本語学習者〜 中国疾走〜五輪前夜C〜(「読売新聞-2007.12.28」から)
<1面続き>
■学習者100万人
広い教室に生徒はわずか7人。暖房は入っているが、すきま風を感じるほど、寒々としている。
中国東北部、人口約250万人の吉林省延辺朝鮮族自治州。州都延吉にある朝鮮族のエリート養成校、延辺一中(6年制、日本の中、高校に相当)の高校2年の日本語の授業風景だ。
人数は少ないがレベルは高い。「じゃ、本文に基づいての質問はこれぐらいにして」。滑らかな日本語で教師が促すと、生徒らも教科書を閉じて、次々と日本語で話し出した。
中国では1972年の国交回復と前後して、日本語学習ブームが起きた。83〜84年の最盛期には、大学や労働者の夜間学校なども含め、学習者は100万人を超えた。中国側資料によると、中高生の学習者も約30万人に達した。
なかでも同自治州では、州内のほぼ全中学の外国語授業が日本語となった。かつての日本の支配で日本語を解する年配者が多かったことと、日本語が朝鮮語の文法と似ていたことが理由だった。延辺一中でも生徒3000人全員が日本語を学び、延辺は「世界で最も日本語学習が盛んな地域」と言われた。
■教師から舎監
ところが、80年代後半、中央政府が英語重視の方針を打ち出すと状況は一変した。大学入試で英語必須の学校が多くなり、各地の中学は次々に英語に変更。延辺地区でも現在、日本語教育を行う中学は、「英語教師が不足している」数校しかなくなった。
延辺一中でも現在の高3で50人が履修するものの、高2、高1では各8人と激減。04年ごろから履修希望者がいなくなり、現在、中学では誰も学んでいない。延辺の日本語教育は今、風前のともしびだ。
この影響で、かつては10人前後いた同中の日本語教師も次々に配転。この道16年のベテラン教師、許哲龍さん(50)は舎監などを任された後、現在は社会人向け日本語教育センターの運営を任されている。「ただ、受講者はまだいない。日本語は"落ちこぼれの外国語"になってしまった」と嘆く。
延辺では「40歳以上の9割、30歳以上の6割は日本語が分かる」とされる。その一方、「25歳以下は3割が上限」とされ、"日本語世代"は縮小しつつある。
■日本にも注文
中国進出の日系企業には、日本語能力の高い延辺地区出身者が多数働いているものの、同州内への就労制限が厳しくなる中、日本語を学ぶメリットはなくなったと受け止められている。同州内の最高学府、延辺大学日本語科への神学希望者も激減しているという。
延辺の教育関係者は「放っておけば、この地域から日本語教育が消えてしまう。延辺の優位性を出すためにも日本語は続けねばならない」と話す。その対策として、延辺地区内の小学校をモデル校に選び、小学生段階から日本語の学習をさせる試みを始めた。さらに、延辺一中でも「日本語選択希望者には、英語選択者に比べ点数を数点優遇して、日本語選択者を確保する」(郭哲洙校長)との新方針まで打ち出した。
中国全体を見ると、最近、また、学習者のすそ野は広がりつつある。国際交流基金の調べによると、06年時点で中国の日本語学習者総数は68万人余り。大学レベルで、第二外国語として学ばれるケースも増えてきた。
延辺の教育関係者は「中国は『孔子学院』を作り、中国語の普及に努力している。この地域からは多くの知日派を出してきたという自負もある。日本も何か対策を出さないといけないのではないか」と話している。
9.くすぶる少数民族問題 中国疾走〜五輪前夜D<最終回>〜(「読売新聞-2007.12.29」から)
11月下旬、中国チベット自治区の区都ラサ。チベット仏教の中心寺院。ジョカン寺(大昭寺)前では、巡礼者らが、地面に身を投げ出して倒れ込み、起き上がって合掌する「五体投地」を繰り返していた。
来年5月には、ラサを通り、北京五輪の聖火リレーが史上初めてチョモランマ(別名エベレスト)に登頂する。劉淇(りゅうき)五輪組織委員会会長が「民族の自負心や団結力を高める」と位置づける聖火リレーで、最大のハイライトだ。
このラサ中心部から西へ5キロのデプン寺で10月17日、武装警察隊が包囲する騒ぎがあった。同寺は、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世(72)を法王とするゲルク派最大の寺院。現地で複数のチベット族僧侶が証言した。
「ダライ・ラマが米議会で表彰されたことを祝おうと、800人の僧侶が爆竹を鳴らしたりしていた。数十人の警官に制止されたが、そのまま続けていたところ、約1000人の武装警察隊に寺を取り囲まれ、外出が禁じられた」
もっとも発砲などはなく、けが人もいなかったという。ある僧侶は「五輪を来年に控え、ニュースが世界に広まるのを避け、慎重に対応したのだろう」と話す。ラサ市民によると、包囲は約1か月間に及んだ。
ダライ・ラマらのインドへの亡命につながった1959年の動乱から48年余り。人口約280万人の9割以上をチベット族が占める同自治区では、中国政府による弾圧や文化大革命中に多数の寺院が破壊されたことなど、「漢族支配」へん不満が根強い。
中央政府は改革・開放政策導入後、強圧的な統一政策を改め、経済支援による辺境開発と漢族地域との一体化を進めてきた。しかし、同自治区では87、89年にも独立要求デモが発生。中央政府は、96年からダライ・ラマの肖像画の販売や刑事を一切禁止するなど、宗教官吏政策を強化した。公教育でも、中国と中国史教育が拡充された。
こうした管理強化について、引退したチベット族の自治区幹部は「漢族の歴史より先にチベット史を学ぶなど、チベット文化や言葉をもっと尊重すべきだ」と率直に不満を口にする。
青海省の省都西寧市から東へ約60キロ。荒涼とした平原の一角にダライ・ラマ14世の生家がある。木造2階建ての応接間には、ダライ・ラマの写真が飾られていた。集落の他の家々にも同じように飾られ、14歳の少年は「毎日お祈りしている。チベット族だから当然」と話した。ダライ・ラマは、今も多くのチベット族の信仰の中心だ。
今月10日には、スイス・ローザンヌの国際オリンピック委員会(IOC)本部に「チベット五輪委員会」と名乗るチベット族陸上選手と支援者約100人が訪れ、「チベット」としての五輪参加を認めるよう訴える一幕もあった。IOCは要請を退けたが、メンバーらは「今後、我々への支持を訴え、ロンドン五輪に参加したい」と話した。
北京五輪を来年に控え、中国政府の警戒感は高まっている。警備を担当する軍幹部は「三つの敵」として、チベット自治区と新疆ウイグル自治区の分離・独立派、非合法化した気功集団「法輪功」の名を具体的に挙げた。「破壊活動は徹底的に阻止する」とも強調した。
少数民族問題は大きな不安要因である。(北京五輪取材団、6面に続く)
※中国研究家の宇都宮慧氏は「WiLL-2008年6月号」の中で、『ラサ市の人口35万人のうちチベット人が15万人、漢民族が20万人(出典・中国民主化運動情報センター)、チベット自治区に住むチベット人の人口約280万人に対して、漢民族の人口は750万人であり、漢民族の方が数倍多い。』と記している。
10.投資・開発で独立阻止〜新疆に「マネーの力」〜 中国疾走〜五輪前夜D〜(「読売新聞-2007.12.29」から)
<1面続き>
かつてシルクロードの交易で栄えた中国西部の新疆ウイグル自治区カシュガル。トラックが行き交う郊外の貿易施設で11月下旬、パキスタン北部ペシャワルの貿易商ムハンマド・サタナゴルさん(42)は「中国との商売はもうかるよ」と笑顔を見せた。
サタナゴルさんは、カシュガルから4000キロ以上も離れた浙江省義烏(ぎう)の卸売市場で、1足20元(約320円)で靴を仕入れ、ペシャワルに運んで400ルピー(約800円)で売っている。昨年の売上は当初予想の2倍の3000万ルピーに上った。
カシュガル郊外の経済開発区では、中国の大手家電メーカー・海信(本社・青島市)のテレビ工場が2005年に稼動。06年の出荷台数は7万台となり、今年は10万台に増えると予想している。沿海地方から完成品を運び、中央アジアに輸出するよりもコストは4割も安く済み、現地会社の王江明社長は「将来はカシュガルが加工貿易基地になる」と鼻息も荒い。
区都ウルムチ中心部では、香港の投資会社と地元の企業が03年に建設した大型ショッピングセンター・国際大バザールが北京や上海からの観光客の人気を集める。総投資額は4億5000万元(約72億円)で、モスク(イスラム教礼拝所)の隣に仏大手小売店カルフールも進出している。
同自治区一帯では、漢族支配などに反発するウイグル族*1が、イスラム国家樹立を目指す分離独立運動が200年にわたり続いてきた。1980〜90年代には、ウルムチやカシュガルなどで暴動も頻発した。
中国政府は、2001年の米同時テロ以降の国際的な反テロ機運に乗じ、同自治区一帯を指す「東トルキスタン」の独立を目指す武装組織「東トルキスタン独立運動」を「国際テロ組織」に認定。公安当局による摘発を強化するなど、力で抑え付ける政策を打ち出した。
その後、内陸部に重点的に投資して発展を図る「西部大開発」構想が軌道に乗り、同自治区の経済発展が進むと、中国当局は、「マネー」の力も利用するようになった。加えて、同自治区は中国の国土面積の6分の1を占め、石炭や石油などの埋蔵資源も豊富だ。エネルギー獲得に躍起の中国にとって、重要性が増している。
カシュガル地区経済貿易委員会の賀建生副主任は、「ウイグル族も最近の経済成長の恩恵を受けており、『豊かになろう』という意識が芽生えている。お金もうけに励んで楽しく生きる方が良いでしょう」と話す。
だが、分離独立の動きはくすぶり続けている。カシュガル地区中級人民法院(地裁)は11月8日、テロ活動の訓練基地を設置して爆弾などを製造していたとして、ウイグル族の活動家3人に死刑判決を言い渡した。
地区民族宗教事務委員会の劉新建副主任は、「国外のテロ組織と結託し、民族の団結を乱そうとする動きは断固として阻止する」と、強硬姿勢を崩さない。
判決内容の詳細は不明だが、地元のウイグル族の間では、「北京五輪に備えた一種の警告だ」との受け止め方も広がっている。
米国亡命中のウイグル族の人権活動家ラビア・カーディルさん(60)は、「豊かなのはウイグル族の5%のみ。決して全体に行き渡っていない」と語る。富の偏在もウイグル族の不満を募らせている。
ウルムチの国際大バザールでは、モスクで祈る男性の姿があった。土地産物店を経営するという男性は「最近は漢族が多く来るようになり、景気は良くなっていると思う。モスクも再建されるようになり、うれしいが、商業施設の真ん中に作られた観光施設みたいで、複雑な気分だ」と話した。(北京五輪取材団、おわり)
◇
北京五輪取材団は、国際部・若山樹一郎、関泰晴、運動部・松本浩行、科学部・本間雅江、政治部・鈴木雄一、社会部・児島剛、経済部・豊田千秋、写真部・加藤学、安川純、大野博昭、上海支局・加藤隆則で構成しました。
*1:ウイグル族 8世紀ごろから現在の中国西部やモンゴル、中央アジアに住むトルコ系民族。ウイグル語を話し、その多くがイスラム教徒。新疆ウイグル自治区には約880万人が暮らし、自治区人工の45%を占める。区都ウルムチでは移住者が増加している漢族が7割を占めるなど、全体的にウイグル族の比率が低下している。
●五輪の陰にある中国の現状
1.不安の時代 神々復活 中国疾走〜五輪の陰で@〜(「読売新聞-2008.1.29」から)
北京五輪に象徴される「新しい中国」の陰で、社会の内部も大きく変わりつつある。底流で起きている変化のうねりを報告する。
◇
陜西省楡林(ゆりん)市の中心部から南東へ30キロほど離れた山間地帯。昨年暮れ、高台の上に鎮座する「廟」の周りで村民たち約200人が土を掘り返していた。約400メートル離れた集落から水道管を敷くため、溝を掘る工事の真っ最中だった。
廟は中国古来の宗教施設。この廟は「農業の祖」とされる神農を祭る。1960年代の文化大革命で破壊されたが、10年ほど前に再建され、昨秋は村民が金を出し合い舞台も造った。
工事を指揮していた40代の男性が、「きょうは、村民総出の勤労奉仕なんだ」と笑顔で言った。
「みんなが神さまのために汗をかく。おれたちが信じているのは、やっぱり昔からの神さまだからね」
男性は村の共産党支部書記だった。本来、共産主義の立場では宗教はアヘンだ。しかし、この村では、共産党と信仰が、何の違和感もなく同居していた。
中国全土で「信仰の復活」という巨大なうねりが起きている。仏教、道教、キリスト教などに加え、古来の民間信仰も急速に信者を増やしている。共産党独裁下で姿を消していた神々がよみがえっているのだ。
同党機関紙・人民日報は、中国の宗教人口を「約1億人」とする。しかし、専門家の分析では、そんな数にとどまらない。
華僑師範大の劉仲宇・宗教文化研究センター主任は上海市内の城隍(じょうこう)廟で、1日あたり焼香者数の定点観測を続けている。「90年代半ばはまばらだった人々が、2001年には9000人近くになり、07年には3万人を超えた」。劉主任は、民間宗教も含めた信者数を「約3億人」と推計している。
改革・開放政策を発動して今年で30年。確かに中国は五輪を開くまでに発展したが、超格差社会も生んだ。社会主義の「平等」のかけ声を信じる者は、もはやいない。社会には不安と不満、ねたみ、そして政治への不信が渦巻く。
精神医学が専門の孫東東・北京大学教授は「中国では、軽度も含めると約1億人が心の問題を抱えている」と言う。信仰の復活は、中国が「不安の時代」に突入したことの証でもある。
共産党政権は「神々の再生」にどう対処しようとしているのか。党中央は91年、「党員は無神論者。宗教を信仰してはならない」と命じた。しかし、現実には神々は党内にも浸透、中堅幹部である県長級の50%以上が、おみくじ、夢占いなどの「迷信」を信じているとの報道もある。
「実は、党内で従来と別方向の動きが出ている」。ある関係者が明かした。昨年、党中央の研究グループが「宗教信徒の入党、一定条件下での現党員の入信を認めてもよい」との非公開報告書をまとめたという。実現すれば、共産党が自ら無神論を放棄する歴史的大転換となる。
よみがえる神々と、共産党の奇妙な共存──。昨秋の第17回党大会では、宗教信者との「団結」が新たに党規約に盛り込まれた。12月には、胡錦濤・党総書記が宗教勢力を党を支える側に取り込む活動を強めるよう指示した。
生き残りのためには神々とも手を結ぶ。ただ、それで民衆の心を取り戻せるとの保証があるわけでもない。共産党は、かつてない困難な戦いを強いられている。(6面に続く)
2.道徳教育 復権の動き 中国疾走〜五輪の陰で@〜(「読売新聞-2008.1.29」から)
<1面続き> カリスマ教師に生徒号泣
四川省濾県(ろけん)の中心部にある外国語中学(日本の中学、高校に相当)の校庭は、約7000人の生徒で熱気にあふれていた。重慶市から西へ140キロ。ふだんは静かな農村だが、「伝説のカリスマ教師」がやって来ることになり、若者たちは興奮を抑えられないようだった。
大声で短文を叫ばせる独特な英語勉強法「クレイジー・イングリッシュ」の創始者、李陽氏(38)。「3億人の中国人に流暢な英語を」がモットーで、この十数年、英語普及のため中国各地を飛び回っている。李氏の講演はユーモアたっぷりだった。生徒はあっという間に「李陽ワールド」に引き込まれた。
講演終盤のころ、突然、もの悲しい音楽が流れた。李氏の口調も重々しくなった。
「君たちが毎日成長するにつれ、両親は老いていく。君らには時間を無駄にする理由も、堕落している理由もない。・・・英語がどんなに難しくても、両親が君たちを育ててくれることにより困難ではない」
李氏は2年前から「道徳教育」にも力を入れ、講演では必ずこうした話をする。李氏に促されて演壇に上がった生徒が両親、教師への感謝を述べると、今度は校庭の生徒たちが次々に号泣し始めた。李氏の講演では、各地で同様の光景が繰り広げられるという。
◇
一種の集団催眠のようにも見えたが、李氏の講演はすこぶる評判がよい。教職員、保護者は圧倒的な支持を示す。李氏本人は「道徳教育で素晴らしい精神が宿る。土下座して感謝する親もいるよ」と自信たっぷりだった。
共産主義理論の権威、北京大・ケ小平理論研究センターの趙存生主任(65)も「李氏が説く親に仕える道は、中国の伝統的な道徳教育の中で非常に重要な部分だ。親孝行がないと愛国も難しい」と評価する。
李氏の道徳教育が歓迎される背景には、社会に拝金主義、冷笑主義といった傾向が強まっていることがある。当局の規制が完全には及ばないインターネット空間では特に顕著で、国家が株投資の替え歌にされ、「人民元が好き」など拝金主義をあおる歌が流行している。
話題の映画や古典的名曲などはすっかりパロディーの対象。江西省の洋服会社の広告にスーツを着た孔子と老子の肖像画が出現し、批判を招く一幕もあった。
経済は発展したが、心が置き去りにされたような近年の風潮に、人々は不安感を持っている。
◇
趙主任が「共産党の革命精神や民族史上の偉人まで笑いの対象だ。価値観の混乱が起きている」と憂える通り、この傾向は共産党政権も座視してはいられない。「放置すれば、党の支配、秩序を脅かしかねない」(中国筋)ためだ。
共産党は昨年10月の第17回党大会で、国民向けキャンペーン「社会主義核心価値体系」の樹立を正式に打ち出した。これは旧来の社会主義理念に愛国主義、民族精神などを融合させ、「調和社会」実現を目指そうというものだ。
政権が近年、その一環として力を入れているのが「孔子」を前面に押し出す運動だ。昨年は、論語や古詩などの「国学」も幼稚園からOLまで大流行した。今年、メーデー(5月1日)の大型連休が廃止され、先祖の墓参りをする「清明節」などが新たに祝日になるのも同じ流れにある。
急速な経済発展の"負の側面"として超過草社会が生まれ、「不安の時代」に入った中国。共産党は宗教だけでなく、伝統文化・道徳教育、そしてカリスマ教師まで総動員して人々の心をつなぎとめようとしている。(北京五輪取材班)
〜民間信仰の実態 把握困難〜
中国では、宗教・信仰も共産党の指導下にある。政権は「信仰の自由」政策を掲げるが、その前提は宗教組織・信者が党の方針、法律を順守することだ。中国の「5大宗教」とされる仏教、道教、イスラム教、カトリック、プロテスタントには、党の指導を支持し、党の統一戦線に連なる全国団体が存在する。
一方、民間信仰の世界では、金運をもたらす財神、三国志の英雄・関羽、雨の恵みをつかさどる竜王など多様な神がいる。廟に祭られる神々も様々で当局が実態を把握するのは困難という。
民間信仰は、現世利益の傾向が特に強い。上海大宗教社会研究センターの李向平主任が、廟数10万とも言われる福建省で、村人に「なぜ小学校ではなく廟に金をかけるのか」と尋ねると、「おれの面倒を見るのは神、教育を見るのは政府。だから神に金を使う」との答えが返ってきた。
実態把握が難しい宗教活動としてはこのほか、許可を得ずに家庭などでひそかに活動する地下教会や、「邪教」などがある。中国には、民間の信仰集団が王朝を揺るがしてきた歴史があり、共産党政権は、党に敵対、あるいは犯罪につながる可能性がある組織については、監視、摘発の動きを強めている。
3.一攫千金 我も我も 中国疾走〜五輪の陰でA〜(「読売新聞-2008.1.30」から)
「蟻力神(イーリーシェン)」という名の中国製の強壮剤がある。日本にも相当で回っていたようで、ヤフー・ジャパンで検索したら、35万4000件ヒットした。"原料はアリ"がうたい文句で、「驚異のパワー」「若さと精力をよみがえらせる」と宣伝していた。
「金を返せ!金を返せ!」。昨年11月21日、遼寧省共産党委員会本部が約1万人のデモ隊の怒号に包まれた。「蟻力神商法」に引っかかった人々だった。
この小報の主役は、瀋陽の強壮剤メーカー「蟻力神天璽集団」の王奉友会長(45)。8年前に会社を興し、「原料のアリ養殖に投資すれば、15か月で3割以上もうけが出る」と、農民、失業者ら100万人以上から150億元(約2550億円)もの金を集めた。
投資者は補償金を払うと、アリ養殖キットを渡される。養殖して戻すと、"報酬"がもらえる仕組みだ。「蟻力神」は中国国内や日本、米国などで売ったが、3年前、バイアグラと同じ薬物が入っていることが発覚し経営が悪化。昨秋、ついに破たんしたのだった。
この日、デモ隊は当局に救済を求め、鉄道も止めた。40代の男は「党や政府が解決しないなら、北京五輪も開かせないぞ」と叫んだ。当局は警官数千人を投入、ようやく抑え込んだ。翌12月、王会長は「社会秩序を乱した罪」で捕まった。
「中国はいま貧富の差が広がる一方だ。皆がうまい話に乗り遅れまいと焦っている」。共産党関係者がそう言ってため息をついた。
確かに近年、悪徳商法の被害は拡大している。アリ商法に似た利殖詐欺は、2006年に立件されただけで1999件、被害額は296億元(約4440億円)に上る。会員を増やしながら商品を売る「マルチ詐欺」も増えており、昨年1〜11月だけで23747件が摘発されている。
12月初め、北京市内で会った安徽省出身の男(30)は、2年前まで化粧品販売を名目にしたマルチ商法の勧誘員だった。姉や親類、友人ら300人を勧誘。つき14万元(約210万円)を稼ぐまで"出世"したが、組織は摘発された。全財産を保証に充てたが足りず、いまは実家と連絡もできない。
「とにかく貧乏が嫌だった。だから金がほしかった。しかし、結局は、ウソの世界だった・・・」
30年ほど前、ケ小平は「豊かになれる者から豊かになれ」と号令した。中国の人々は、その言葉を信じて疾走してきた。そして今、人々の眼前に広がるのは、金だけがものを言う「拝金主義」の世界だ。
アリ商法、マルチ商法が拝金主義の影とすれば、明るい陽光の下で投機に動く金もある。巨額の金が株・不動産に飽きたらず、新たな対象を求めてうごめく。
例えば、「和田玉(ぎょく)」。中国西部・新疆ウイグル自治区のホータン(和田)で主に採掘される玉で、昨年は価格が数年前に比べ5倍に跳ね上がった。良質なものは、たった1グラムで500〜1000元(約7500〜約1万5000円)。「20年前に比べると1万倍」(北京の専門店)という。
万病に効くと宣伝されている漢方薬の材料「冬虫夏草」も投機の標的となっている。これも1グラム600元、30年前の1000倍以上だそうだ。
1月下旬、瀋陽郊外にある蟻力神天璽集団の本社。17階建てビルの玄関は閉ざされ、時折、清算業務関連の人が入っていった。盛時に数千人いたとされる社員は四散した。報道によると、被害者のうち、少なくとも16人が自殺したという。(6面に続く)
4.まるで日本の「バブル」 中国疾走〜五輪の陰でA〜(「読売新聞-2008.1.30」から)
<1面続き> 空前の投機ブーム
北京市中心部にある骨董や宝石などの専門店ビル「愛家収蔵」。3階建てのビル内には「和田玉」などの玉を専門に扱う店が約50ある。1月末、開店準備をしていた店主の肖晨さん(27)が弾んだ声で言った。
「和田玉の値段はこの20年で1万倍。これからは株式市場の資金の一部も名が込むはずですから、値下がりすることはないでしょう」
肖さんがひょいと手にした子どもの拳ほどの白い玉は12万元、日本円にすると約180万円だという。
和田玉の採掘は早くも7000年前に始まったといい、春秋戦国時代以降、玉器などの主要な材料として重宝され、王侯貴族が愛好してきた。清朝時代には皇帝の権力を象徴する「玉璽」(天子の印)の材料としても用いられたとされる。そんな特別で高級なイメージが愛好家を引きつける。
価格高騰の最大の原因は、現地当局による採掘制限で産出量が減ったこと。そこに目をつけた不動産開発業者や実業からが集中して買い求め、財テクの対象になったようだ。
中国誌によると、昨年の和田玉1個の最高取引額は956万元(約1億4340万円)。20万元(約300万円)で売った玉を50万元(約750万円)で買い戻し、彫刻を加えて120万元(約1800万円)で売ったケースもあったという。
漢方薬の材料「冬虫夏草」が投機対象となったのも品不足がきっかけ。近年、チベット自治区や青海省の原産地で乱獲のため収穫量が激減し、当局が規制に乗り出した。これに目をつけた投機筋が資金を大量投入したと見られている。
昨年は、日本でも人気のプーアル茶が投機対象となり、激しい値動きを見せた。
昨年1月のオークションでは、1940年代のプーアル茶が100グラム当たり30万元(約450万円)で落札された。その後、好調な株式市場に資金が流れたことなどから、4月には一転値下がりを始め、半値以下になったブランドもあった。
昨年後半からは、中国で最も利にさとい土地柄とされる浙江省温州市の私営企業家たちの余剰金が、高止まりした北京や上海の不動産物件に代わって、「金」に向かう現象も起きている。
中国紙・第一財経日報によると、温州のある銀行では今月2日から3日間で、前年の8倍に当たる8.6万元(約129万円)を売り上げた。
業界関係者は、5000億元(約7兆5000億円)ともされる「温州資金」が本格的に金に投資されれば、株、不動産と並ぶ第3の財テク対象となる可能性もあると見ている。
経済成長でもたらされた巨額資金が株・不動産・宝石・美術品などに怒涛のように流れ込み、カネがカネを生んでいく。かつての日本のバブル時代とそっくりだ。しかし、この錬金術が永遠には続かないことも、日本の経験は教えている。(北京五輪取材班)
〜「私はすべてを失った」〜 マルチ元幹部 親類ら次々勧誘
中国では、原則としてすべての形態のマルチ商法が禁止され、「経済邪教」として厳しい取り締まり対象となっている。勧誘員だった安徽省出身の男(30)がその実態を語った。
◇
「2003年、遼寧省のいとこから、『もうかるから』と紹介されたのがマルチの会社だった。まず、ビルの一室で講義を受けた。部屋には200〜300人いた。3000元(約4万5000円)払って会員になり、新会員を3人増やせばD級、14人でC級、94人でB級、536人でA級。人数に応じて報酬が出る。A級は月23万8000元(約357万円)と言われた」
「会社は化粧品を扱っているとの説明だった。月に数万元稼いでいるという先輩がやって来て、『一緒に金持ちになろう!』と呼びかけられ、皆がその気になった。仲間を増やすだけで月24万元近く稼げると聞き、参加しないヤツがいるだろうか。会員になると、外部から遮断され、会員同士の共同生活となる。一部屋に十数人。テレビ、新聞はなく、携帯電話も禁止。午前中の講義の後、午後は客集めのコツなどを語り合った。就寝は8時半。床の上に雑魚寝だ」
「違法とは知らなかったから、親類や友人を次々に誘った。下にいる会員は約1000人になり、私は幹部になった。マルチは自分より上の級のことは分からない。B級になって、やっと会社の全体像が見え、化粧品なんて存在しないと分かった。だが、借金までして会員になった親類らに本当のことは言えなかった」
「組織は10万人以上になったが、取り締まりが強化されたため抜けた。月14万元(約210万円)稼いだこともあったが、仲間の面倒などで出費も多かった。手元に残った6万元(約90万円)は親類に配った。『だましたな』とののしられた。あれから3年、故郷に戻っていない。全員に補償する金も、合わせる顔もない。私はすべてを失った」
5.信用失墜 悪夢再び 中国疾走〜五輪の陰でB〜(「読売新聞-2008.2.1」から)
日本へ輸出した冷凍ギョーザが中毒を起こした河北省石家荘市の「天洋食品」工場。31日昼過ぎ、工場に到着した同省輸出入検査検疫局の担当者は、日本の報道陣数十人に囲まれると、こう声を強めた。
「通報を受けた30日午後から調査に入っている。我々は真剣だ」
間もなく国家品質監督検査検疫総局の検査官を乗せた車2台が工場内に入った。中国外務省は午後の定例会見で、劉建超・報道局長が真相解明の決意を表明、日本の被害者への見舞いの言葉を述べた。
中国政府の各部門の統制のとれた対応は、「日本と協力し、できるだけ早く解決せよ」という共産党政権中枢の指示があったことを物語る。
北京五輪まで半年。この時期における中毒事件は、中国のホスト国としての信用を著しく落とす。素早い対応は、強い危機感の表れにほかならなかった。
昨年、中国は「食の安全」問題で悪夢に見舞われた。中国産ペットフードによる犬や猫の大量死、練り歯磨きへの有害物質混入などは世界に大々的に伝えられ、「メード・イン・チャイナ」の信用は失墜した。
9月には、胡錦濤・国家主席がシドニーで、「国際世論の中に、中国の食の安全に対する疑問がある」と認めざるを得なかった。中国は「食の安全」確保を、「国家のイメージと威信、さらに社会の安定を守るための重要政策」(中国筋)と位置づけ、検査・規制強化など様々な手を打ってきたはずだった。それにもかかわらず、問題はまた起きた。
改革・開放政策を発動して30年。中国は積極的に外資を導入し、安価な労働力による「低コスト」と、外国資本が提供する「品質・安全」を組み合わせて製品を作り、輸出してきた。この結果、中国は積極的な経済成長を遂げ、「世界の工場」と言われるまでになった。しかし、経済成長とともに「世界の工場」を支える人々に「安全意識」が定着したかというと、決してそうとは言えないようだ。
北京の共産党関係者は、こう話す。
「農薬まみれの野菜を作って、自分では食べないとうそぶく農民がいる。肉や加工食品に平然と有毒物質を使う業者もいる。中国では人の命が軽い。それは経済成長しても変わっていない」
日中関係筋は「品質・安全は、いまも外国企業側が重要な責任を負わざるを得ない。その意味で、今回の事件は、中国の工場側だけの問題ではない」と言う。
「世界の工場」は曲がり角にある。2006年の都市部労働者の年間平均給与は約2万1000元(約32万円)で、01年からほぼ倍増した。「低コスト」神話がすでに揺らぎつつある中、安全面での信用失墜が重なれば、外資・輸出に依存してきた中国経済にとって、重大な打撃となる。
「安全な食品」のコストが高くつくのは、中国でも常識になりつつある。余裕がある市民は、市場ではなく、高くても安全な食品を売るスーパーマーケットを選ぶ。食の安全のためなら「いくら出してもいい」という富裕層も増えている。ギョーザ事件は、そんな中で起きた。(9面に続く)
6.現場は今も利益優先 中国疾走〜五輪の陰でB〜(「読売新聞-2008.2.1」から)
<1面続き> 食の安全 〜メタミドホス中毒 後絶たず〜
中国では、有機リン系農薬「メタミドホス」が原因と見られる集団中毒は珍しい話ではない。政府は2007年1月から、メタミドホスなど毒性の強い農薬を農業で使用することを禁じたが、メタミドホスがらみの事件は後を絶たない。
07年12月中旬、中国南西部・雲南省の濾西県(ろせいけん)の農村で、モチ米の粉で作っただんごを食べた4歳から81歳までの23人が嘔吐や腹痛などの中毒症状を訴えて入院する事件があった。3人が重症だった。
新華社電によると、だんごには、メタミドホスが含まれていたという。モチ米の粉などに残留していたとみられるが、詳しい原因はいまだに不明だ。
メタミドホスは、中国では農村を中心に今も広く出回っているようだ。
中国紙によると、07年2月には、雲南省で民工(出稼ぎ労働者)19人が白菜を食べて中毒になった。05年にも、広東省深?市で、一家6人が市場で買ってきた野菜を炒めて食べて中毒を起こしている。2件ともメタミドホスが原因だった。
このほか、報道によると、広東省広州市当局が07年7月、茶葉を検査したところ、3分の1の品質が不合格になった。中には、メタミドホスが検出されたものもあったという。
中国誌・新聞週刊によると、農業省が全国で野菜の残留農薬を検査した結果、ここ数年、基準を超えた野菜は全体の5〜10%だった。5年前は約30%だっただけに、かなり低下したとはいえ、「5〜10という数字でも相当高い」(同誌)。
この背景には、「生産高を増やすために農民たちが安全性を顧みず、無制限に農薬を使っている実態がある」(中国筋)とされる。
利益を最優先し、安全を無視した食品生産現場におけるモラルの欠如は、農薬の無制限の使用、ずさんな管理だけにとどまらない。
06年9月、経済都市・上海の病院に、嘔吐やめまい、けいれんなどの症状を訴える336人もの患者が次々に運び込まれた。原因は、豚肉に含まれる「?肉精(そうにくせい)」と呼ばれる薬による中毒と判明した。
経済発展が著しい浙江省の養豚業者から上海の市場に出回った豚肉であることがわかり、業者は処罰された。?肉精の正式名称は塩酸クレンブテロール。ぜんそく用の薬として開発されたが、心臓への副作用が大きく、高血圧患者の場合、死に至る危険性もあり、世界的にしようが禁止されている。
ところが、この薬を豚の飼料に投与すると、それを食べた豚の肉の赤みが増し、新鮮に見える。政府は1999年から飼料への投入を禁じているが、こうした危険な商売は、今でも横行しているという。
「人体に有害なのは知っている。でも、この薬を使うと、そうでない肉より高く売れる」。ある精肉業者が平然と言った。当局は06年の事件後、?肉精の検出状況を毎月発表している。だが、現在までに21件が検出されているという。(北京五輪取材班)
※中国政府は、「2007年からメタミドホスは中国で生産、販売、運搬が禁じられている」としている。しかし、どこでも未だに購入できるらしい。(「週刊文春-2008.2.14」)また、北京に駐在していた商社マンによれば、「数年前、中国はメタミドホスを国内で年間7万トンも作っていたと、発表したことがありました。これは世界第1位。しかも、中国を除いた全世界の生産量すら上回るほどだったのです」(「週刊新潮-2008.2.21」)
7.農民「親鳥がいない巣」 中国疾走〜五輪の陰でC〜(「読売新聞-2008.2.2」から)
重慶市の東部、禿山の山村で、昨年10月21日午前7時半ごろ、平屋建ての民家3棟を改造した無許可の花火工場が突然、爆発事故を起こした。キノコ雲が上がって工場は全壊し、19人が死亡、15人が負傷した。死者のうち12人は地元の小中学生だった。
この日は日曜日。子どもたちは早朝から花火に詰める紙の火薬球を作っていた。工賃は1個0.01元(約15銭)。週末、1人が1日1000個ほど作り、工場主から約10元(150円)をもらっていた。
12月中旬、村人たちに聞くと、「あの子らは、都会で苦労している親たちの負担を軽くしようと働いていたんだ」と口々に話した。
夏から福建省で働き始めた楊賢さん(17)は、新しい土盛りの墓の前で、「1日1.5元(約22円)だった中学校の昼食代は、最近値上がりした。中学1年の弟はそれを自分で出そうとしていた」と言って泣いた。
母親と小学3年の娘を一度に亡くした男性、覃敏(たんびん)さん(35)。「前の晩、出稼ぎの福建省から電話した。よくできる娘でね。勉強はどうだって聞くと、皆の前で発表までしたっていうんだ・・・」。言葉は途切れ、両手で顔を覆った。
現金収入を求め、都市に向かった1億数千万人もの出稼ぎ農民(民工)たち。彼らが農村に残した14歳以下の子供たちは「留守児童」と呼ばれる。
総数は約2300万人。日本の総人口の5分の1近い子供が父、母、あるいは両親と離れ離れになって暮らしている。中華全国婦女連合の調査では、2〜3%の留守児童は、子供だけで生活しているという。
義務教育の公平化を図る政府の政策で、最近、都市の公立小中学校も無償で民工の子女を受け入れるようになった。だが、「発展の踏み台として搾取され続けている」(北京の知識人)民工の稼ぎは、月1200元(約1万8000円)程度。2000元ほどの大学卒初任給よりはるかに安く、自宅も社会保障もない都会で、親子が普通に暮らせる額ではない。
民工たちが、家族のために貴重な現金収入を求めた代償が家庭の崩壊だった。3世代が同じ屋根の下で暮らすという中国の「家」の原形は、農村から急速に消えつつある。多くの家はすでに「親鳥がいない巣」(報道関係者)の姿だ。
湖北省・武漢の長山小学校も大都市近郊の約5分の1を留守児童が占める。そんな親子をかろうじてつなぎ留めているのが電話だ。
祖母と2人暮らしの3年生、黄芸ちゃん(8)は週に1度、隣家の電話を借りて母と話すのが楽しみだ。「しっかり勉強して大学に行きなさい」という母に「大丈夫だよ」と答える。
1月末、共産党の高級幹部の子女らが通う北京の名門小学校の門前には、下校時、迎えの黒塗り高級車が並んでいた。過保護の一人っ子と、親と暮らすことのできない農村の子。同じ国の未来を担うにしては、あまりにかけ離れている。これもまた、五輪を開く中国の現実だ。
禿山の花火工場主は事故の後、姿を消した。両親とも都市に働きに出ていた小6少女の遺体は結局、見つからなかった。今月7日は、多くの民工が故郷に戻って家族と過ごす春節(旧正月)だ。国じゅうが年越しの花火で沸き立つ。おそらく、どこかで禿山の子供たちが作った花火が夜空を彩る。(6面に続く)
8.女性の自殺 年16万人 中国疾走〜五輪の陰でC〜(「読売新聞-2008.2.2」から)
<1面続き> 農村の危機
山西省の山々が新雪で覆われた1月中旬の土曜日、汾陽(ふんよう)市の農村栗家荘(りつかそう)に住む30代から60代の女性や小学生ら十数人が、村の農家、王樹霞さん(46)宅に集まった。ストーブがたかれた「図書室」で、それぞれが思い思いの本を手にした。
図書室の正式名称は「栗家荘農家女性書社」。農村女性のための文化活動施設で、非政府組織(NGO)、北京農家女性文化発展センターが昨年12月、全国6か所の試験ポイントの一つとして開いた。「農村女性が幸せになるには、文化程度の向上が不可欠」と信じる王さんらが、ボランティアで運営している。
図書は、糖尿病患者のための食事、農業技術など、暮らしや仕事に即した実学書が多い。女性たちは「学校みたい。毎日来ている。皆でダンスもして」と声を弾ませた。時には「講師」もやって来る。講義のテーマは「家庭内の人間関係」などだという。
実は、同センターが文化活動を展開している目的の一つは、農村女性の自殺を防ぐことにある。栗家荘の女性たちは「ここらでは少ないですよ」と笑ったが、全国規模で見ると、その実態は想像を超える。
中国では、毎年16万人近い農村女性が自殺している。世界の女性自殺者数の半分を占める──。政府系研究機関の社会科学研究者らが2006年に発表した「中国婦女発展報告」はそう記す。同報告によると、中国の年間自殺者は約28万7000人。半数以上が農村女性ということだ。中国の自殺率は、女性が男性を、農村が都市を、大きく上回っている。
同センターの謝麗華・理事長は、古くからの男性中心の考えに縛られた「家」や「婚姻」などに大きな原因があると見ている。
「家庭でトラブルがあると嫁が孤立する。『嫁はたたけばたたくほど素直に従う』などと言われ、家庭内暴力が横行する。金で売られてきた嫁に、村のだれも同情しない」
さらに、民工(出稼ぎ農民)の夫の多くは、村を出たまま戻らない。自殺者は、力もなく、仲間もいない若い層に多い。
農村では離婚もままならない。多くの農村では、嫁いでいった女性は「よそ者」になってしまう。報道によると、北京の近郊でさえ、昨年秋、実家に戸籍を戻そうとした離婚女性を村当局が拒む事件があった。
センターには「私には自殺しか残されていないのでしょうか」などと、救いを求める女性の手紙が頻繁に届く。謝理事長は「彼女らの生活に楽しみを与えてあげたい」と言い、農村の活動施設はいずれ100か所の伸ばす考えという。
一方、中国で自殺問題を研究するカナダ人医学博士のマイケル・フィリップス北京心理危機研究・予防センター執行主任は、農村の高い自殺率の一因に「猛毒の農薬」を挙げる。農村自殺者のほとんどが、ペットボトルなどに保管された農薬を飲む。多くが「未遂」の段階を経ずに死ぬ。
フィリップス氏は、「衝動的な自殺が多い。20%は人前で農薬をあおるんだ」とため息をついた。
農村問題に詳しい別の専門家も、自殺の問題に話が及ぶと、「女性だけではない。働けなくなった老人たちが農薬を飲む村もある」と話した。
現代中国は、建前上は男女平等社会だ。改革・開放政策の進展が生んだ大流動の時代にチャンスをつかみ、成功を収める女性もいる。その一方で、村に残る多くの農村女性、そして彼女らの傍らにいる子供、老人は危機的な状況にある。
山西・栗家荘の王さん宅の活動に参加する女性や子供は早くも100人超えた。王さんはこう言った。
「農民を変えないで、中国が変わるわけがない」(北京五輪取材班)
9.物価高騰その先の悪夢 中国疾走〜五輪の陰でD〜(「読売新聞-2008.2.3」から)
福建省北部、南平市郊外の崖道で、猛スピードで逃げる小型車を警察車両が懸命に追いかけていた。昨年秋の深夜の出来事だ。突然、車の窓が開き、何かが投げ落とされた。子豚だった。警察車両目が手次々に投げつけられた子豚は路面に激突し動かなくなった。
その数、19頭。豚をひけば警察車両も横転を避けられない。よけ損なえば、川に転落する。緊迫した捕物劇だった。結局、小型車量の2人は御用となった。
中央テレビが1月中旬に報じたウソのような本当の話。2人は豚専門泥棒で、捕まるまでに13件の事件を起こし、1000頭近くを盗んでいたという。
昨年来の豚肉価格急騰に伴い、福建省や広東省の養豚場から豚が盗まれる事件が相次いでいる。急騰は飼料価格の上昇などが原因で、昨年11月は前年同月比56%も上昇。北京の卸売価格も昨年1月は1キロ13元(約190円)だったが、先月20元(約300円)にはね上がった。
南平市の養豚協会の鄭新平副会長(40)は「これまではこんなことはなかった」と怒りが収まらない。広州市中心から東へ約70キロの増城市棉湖村でも昨年12月初め、夜中に豚110頭が盗まれた。養豚農家の蒋建青さん(45)は「110頭の大半は十数万元の借金で買った。また借金がかさむ」と途方に暮れていた。
価格の急騰は豚肉だけではない。食用油、卵、牛肉など他の食品も続々と上がり、2005〜06年の間、上昇率が1%台だった消費者物価指数(CPI)は昨春から急上昇に転じ、8月以降5か月連続で6%を上回った。
物価高騰が民工(出稼ぎ農民)や失業者、退職者ら社会的弱者に打撃を与え、五輪開催中の北京で大規模な抗議行動が起き、全世界にその映像が流れる──。実は、これが共産党指導部が懸念している最悪のシナリオだという。インフレが遠因となったとされる1989年の天安門事件の悪夢の再来である。
政府は、1月に入って、価格高騰商品を対象に値上げの事前申請を義務付けるなど、矢継ぎ早に手を打ち始めた。市場経済の流れに逆行する物価統制のような異例の措置だ。
影響はこれだけにとどまらない。
外資系メーカーなど製造業が集積する広東省深?市の「社会保険個人サービスセンター」。1月23日、午前6時半の開門と同時に民工たちがどっと入ってきた。退職して深?を離れようと、毎月給料の8%を積み立ててきた養老年金基金の取り崩しに来たのだった。
「物価が上がって生活が苦しいので、仕事を辞めて湖南省の実家に帰る。深?ほど給料はもらえないけれど、生活費が安いので、その方が落だわ」。1年間、電子部品工場で組立工をしてきた張芳さん(21)は、積み立てた1500元(約2万2500円)以上になる基金を解約した。
民工の解約の動きは昨年12月下旬から増え、通常1日数百人だったのが、年明けには2000人に急増した。3000人を超える日もあるという。
中国には全国統一の年金制度がなく、民工が深?で積み立てた期間は別の場所では算入されない。あてにならない将来の年金より目の前の現金の方が大事なのだ。インフレ再燃は共産党政権のアキレス腱になりつつあるように見える。(7面に続く)
10.肉も野菜も「高過ぎる」 中国疾走〜五輪の陰でD〜(「読売新聞-2008.2.3」から)
<1面続き> 食費上昇 弱者を直撃
中国の物価は今年、どのように推移していくのか。北京の民間エコノミスト、仲大軍氏(55)は先行きに悲観的だ。
「インフレは牛の動きのようにゆっくりと膨らんでいる。今年、消費者物価指数(CPI)が6〜7%上昇し続ければ、低所得層はもう持ちこたえられない」中国紙によると、上海財経大学が1月中旬に発表した調査では、80%以上の消費者が「この先半年は物価が上昇し続ける」と懸念しているという。
中国経済を牽引してきた広東省広州市。同月下旬、中心部にある林和東市場は、春節(旧正月)を前に肉や野菜を求める客でにぎわっていた。孫を背負っていた60代の女性は、「何もかも高過ぎる」と言った。
夫に先立たれ、いまは息子夫婦らと7人暮らし。年金はわずか月100元(約1500円)で、定職に就いている家族はいない。「前なら20元(約300円)あれば、肉も野菜もひとそろい買えたのに・・・」。この日、女性が買ったのは小さな魚2匹とこぶし大の鶏肉だけだった。
現在の物価高は食品価格が主で、CPIは、1989年の天安門事件前の約18%や90年代半ばの全面的インフレ時の約24%という高い上昇率ではない。しかし、当時の社会には、今ほどの貧富の差はなかった。物価高が直撃しているのは、この女性のような低所得者だ。都市部では、最も収入が多い10%と最も少ない10%との間の1人当たりの収入格差が、約31倍に開いたとの数字もある。
1月中旬、広東省の人民代表を務める弁護士、朱列玉氏(41)が社会的弱者を対象に「糧票」(食糧配給切符)の導入を提言する一幕もあった。糧票は、80年代まで実施されていた。「昔の糧票の復活ではなく、政府に米や肉を備蓄させ、価格高騰の際に低所得層を援助させる」(朱氏)。この構想を「計画経済時代に逆戻りか」と一笑に付すことができないのが、現在の状況なのだ。
実際、昨年11月には物価高が遠因とも言える悲惨な事故も起きた。南西部・重慶市のスーパーの特売で、安売りの食用油などを求めて殺到した客が折り重なるように倒れ、3人が死亡、約30人が負傷した。犠牲者の大半は民工(出稼ぎ農民)や退職者らだった。
12月、山東省?博(しばく)市郊外の工業地区にある石油化学会社の精油所では賃上げを求める労働者4000人が座り込みを行った。強硬手段に出たのは、物価高で生活が苦しくなっているのに、給料は10年間据え置きのままだったためだ。
政府も手をこまねいているわけではない。北京市は、生活補助の対象外だった月収330元〜600元(約5000円〜9000円)の市民も新たに対象に加えるなど、緊急対策を講じる方針を決めた。政府系研究機関も「米国経済の減速で対米輸出が減少し、今年は昨年ほど高い成長にはならない。CPIも5%以下の上昇率に収まる」(張暁品・社会科学院経済研究所マクロ経済研究室主任)と、インフレ懸念の火消しに躍起だ。
だが、中南部を襲った大雪のため、食品の流通にも影響が出ており、物価の高止まりが続くとの見方は強い。庶民たちの懸念は一層、高まっている。
「これじゃ何も買えやしない。国家指導者は庶民の生活を見にきてみろ」
「指導者が何をしているか知らないが、寝ているわけではないだろうな」
インターネットの書き込みには、物価高への怨嗟の声、政府批判が目立ってきた。(北京五輪取材班)
11.腐敗官僚ネットで告発 中国疾走〜五輪の陰でE<最終回>〜(「読売新聞-2008.2.4」から)
海風が冷たい山東省の港湾都市煙台(えんだい)市。郊外にある安宿の一室がその日の彼の"隠れ家"だった。昨年11月のある日、ドアをたたくと、内側からそっとカギが開き、小柄な男が不安そうに顔をのぞかせた。
「インターネット腐敗告発代理人」。それが姜煥文(きょうかんぶん)氏(54)の肩書きだ。民衆の依頼を受け、彼らの代わりに、汚職官僚や政府の過失を告発する「中国民間告発ネット」を運営する。
「私が打撃を加える相手は共産党と政府の内部に巣くう害虫、腐敗分子。一人の国民として、むしろ政府の仕事を手助けしている」
小さな机の上には、小型録音機、デジタルカメラ、複数の携帯電話などの七つ道具が所狭しと置いてあった。インタビューを受けていても、護身用のヌンチャクをしっかりと手で握り締めたままだった。
訪れる場所によって携帯電話を幾つも使い分ける。宿泊場所は頻繁に変更し、同じホテルには数日しか泊まらない。それも依頼人の名で泊まる。神経質なまでの気の使いようは、腐敗官僚ら告発対象による報復を避け、身を守る最低限の安全対策という。
姜氏は工場労働者だったが、趣味の告発投稿が高じて8年前からこの道に入った。当初、猛反対だった家族の理解も今では得られた。
依頼人から情報が入ると、全国どこへでも駆けつける。8年間に扱った案件は4000を超えた。告発する前には、証拠の確実性、法律に照らして妥当性を判断する。「必要経費だけもらい、報酬は受け取らない。収入は退職年金だけ」と言う。
昨年7月、「告発代理人・姜煥文」の名が一気に広まる事件があった。
南西部、雲南省個旧市の副市長の愛人が副市長から暴行を受け、姜氏に助けを求めた。複数の証拠を握った姜氏は当局に所感を出して告発を続け、最後にはネットで公開、当局も重い腰を上げざるを得なくなった。告発から罷免まで19日のスピード解決だった。
中国で、いま官僚の汚職など腐敗が止めどもなく進む。2003年から07年7月末の間、全国の検察当局が摘発した汚職事件は13万件余り。15万人以上が処罰され、回収された金品は総額約217億元(約3255億円)に上った。
だが、これでも氷山の一角に過ぎないとされる。中国には「司法の独立」「報道の自由」がないため、表面化しないケースも多いからだ。こうした社会に生きる民衆にとっては、姜氏らを「利用」している。党は7300万にも上る党員の中から腐敗分子をあぶり出すため告発を奨励している。姜氏によると、告発ネットサイトは現在、80近くに増えた。
共産党の腐敗対策専門家は、「ここ数年、摘発された腐敗幹部の大半は民衆の告発によるものです」と明かした。
しかし、告発対象が党中央の大物の場合、それでも当局は容認するだろうか。
山東省の「中華申正ネット」は、上海に君臨した陳良宇・元上海市党委員会書記に絡んだ腐敗問題を取り上げてきたが、100回以上サイトが閉鎖された。一線を越えると、今度は告発サイトが摘発対象になりかねない。
中国では、いま腐敗をめぐってぎりぎりの攻防が繰り広げられている。(4面に続く)
12.「リニア反対」3000人散歩 中国疾走〜五輪の陰でE<最終回>〜(「読売新聞-2008.2.4」から)
<1面続き> 法律ギリギリの抗議
最近、中国の都市部で、法に触れないぎりぎりの線で抗議し、当局を動かそうという新たな異議申し立ての潮流が生まれつつある。
「週末は人民広場に出かけて、歩いたり座ったりしよう」。2010年上海万博に向けたリニアモーターカーの路線延長計画。沿線にあたる上海市南部のマンション掲示板に、「散歩」を呼びかける紙が張り出されたのは1月初めだった。
12日の土曜日。人民広場に、リニアの電磁波や騒音による健康被害を懸念する住民たちが続々と集まった。「リニア反対!」が約1時間連呼された後、警官数百人による住民排除が始まった。
しかし、住民たちは冷静だった。「デモではない。散歩なら合法だ」との声が上がり、老人、子供、妊婦まで3000人以上が歩行者天国の南京路に向かった。05年の反日デモ以来の規模だったが、行動は最後まで整然としていた。
「健康に暮らす権利を求めているだけだ。むちゃはしない」(40代の男性)。その手には、「警察には逆らわない」などと「散歩のルール」が書かれたチラシがあった。消息筋によると、警察も市上層部から「衝突はするな」との指示を受けていたという。
権利意識を高めた住民が法の範囲内で静かに抗議し、警察も慎重に対応する──。リニア問題が今後どうなるか予想できないが、農村で多発している「官民衝突」とは対照的な光景だった。
昨年6月、福建省アモイ市であった異議申し立ては携帯メールを使って成功したケースだった。
同市中心部から8キロの場所にポリエステル繊維の原料などになる化学物質、パラキシレン(PX)の製造工場の建設が計画されたのが騒ぎの発端。台湾資本の工場で、半径5キロには新築マンションが林立、住民は10万人を超える。健康被害や事故を懸念する反対運動が盛り上がった。
5月下旬、数十万の市民の携帯電話に「6月1日午前8時に市政府前でデモを行う」と告げるメッセージが一斉に送信された。市当局は「遊行(デモ)」という文字が入ったメールを送れないようにする措置を取ったが、今度は「散歩」に修正したメールが出回った。
アモイ政府は直前に工場建設計画の一時中止を発表したが、結局、デモを封じることはできず、市民数千人が集まって反対を叫んだ。
もちろん上海、アモイの慎重な対応は、共産党政権の本質的な変化を意味しているわけではない。
「地元当局が、昨秋の党大会で胡錦濤総書記が環境重視を打ち出したのを過度に意識したものだ。場当たり的な動きだろう」(中国筋)。裏付けるように、上海市党委員会機関紙・解放日報は「散歩」を社会安定を脅かす「違法な該当政治」と批判し始めた。
香港の人権組織によると、土地収用や腐敗に対する民衆の集団抗議事件は昨年ついに10万件を超えた。当局がいかに力でねじ伏せても、腐敗・不正がある以上、異議申し立ては形を変えて続く。北京五輪の準備が着々と進む陰で、「官」と「民」の矛盾は一層深くなっているように見える。(北京五輪取材班)
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今回の北京五輪取材班は、北京・河田卓司、杉山裕之、佐伯聡士、佐藤俊和、牧野田亨、上海・加藤隆則、瀋陽・末続哲也、香港・吉田健一、社会部・児島剛、大阪写真部・大久保忠司、西部写真部・大野博昭で構成しました。
●農薬汚染
1.農薬汚染〜中国製の混乱再び〜(「読売新聞-2008.2.2」から)
中国製の冷凍ギョーザによる中毒は、輸入食品、中でも中国産への依存を強める日本の食卓の安全を揺るがした。食品業界は大混乱し、消費者の不安は高まる一方だ。原因究明と再発防止の道筋はまだ見えない。いったい何が起きたのか。
「ギョーザからメタミドホスが検出されました」
1月29日午後。日本生活協同組合連合会(日生協、東京都渋谷区)の飯村彰常務理事(59)は、千葉県警の鑑定結果を部下から報告され、耳を疑ったという。
1月22日に同県市川市で一家5人が生協で買ったギョーザを食べ、入院しているのは知っていた。だが、検出された有機リン系殺虫剤のメタミドホスは日本では使用が禁止されている。報告は公も指摘した。昨年末に千葉市の母娘が食べて中毒になったギョーザにも、同じ殺虫剤が含まれている可能性が高い、と。
「(輸入元の)ジェイティフーズに連絡しろ」。保健所への報告、製造日が同じ商品雄検査手配を慌ただしく済ませ、製造元である中国河北省の天洋食品への職員派遣も決めた。
着色料を使わないバター、人工甘味料が不使用のミカンの缶詰。日生協が、組合員自ら理想の商品を開発するという理念で、「コープ商品」を開発したのは1960年代。その後、食品添加物の削減や無漂白の商品も誕生させ、コープは消費者の心をつかんできた。
日生協が扱う中国産食品は今、ギョーザや春雨など265品目。全取り扱い食品の約6%を占める。基準を超える農薬が検出されるなど消費者の不信もかった中国製品を扱う理由について、広報担当者は「価格面でのメリットがある」と語る。
「加工品も、中国から原材料を取り寄せて農薬検査をしてきた。現地にも年1、2回足を運び、製造過程をチェックしてきた」。飯村常務理事はそう強調するが、職の安心・安全を売り物にしてきただけに、ショックは大きかった。
「生協だから信用していたのに」。殺虫剤検出を公表した1月30日以降、苦情や問い合わせが絶えない。
◇
水煮のタケノコ、フリーズドライの長ネギ、生鮮品のタマネギ。茨城県つくば市の民間検査機関「環境研究センター」には1日、農薬検査のために宅配便で送られてきた中国野菜の段ボール箱が山積になった。
朝から鳴りやまない電話は、中国産の原料を使う日本の食品加工メーカーや輸入商社の担当者からだ。問題となった天洋食品の商品ではないのに、「安全性を確認したい」。検査依頼は1日約150件と、通常の3倍にはね上がった。
◇
中国食品への不安は、2002年のホウレンソウの残留農薬問題が発端だった。06年、日本は、世界有数の厳しさと評される残留農薬規制を導入したが、それでも防げなかった。
問題になった「CO・OP手作り餃子」。パッケージの裏の原材料名蘭には、野菜(キャベツ、はくさい、たまねぎ、にら、しょうが、にんにく)、豚肉などと8行にもわたる記述がある。
多くの材料が混ざると、農薬検査は技術的に難しく、どの材料が原因かも特定しにくい。だから、生鮮食品と違い、ギョーザなど加工度の高い冷凍食品は、検疫所での検査を受けることもない。今回の問題は検疫の盲点も浮き彫りにした。
◇
「CO・OP手作り餃子」は40個入り398円。1個10円にも満たず、安くて手ごろな人気商品だった。
業界団体の調査では、06年の調理冷凍食品の輸入は、中国製が6割を占めた。安価な人件費などを背景に、中国製の輸入量は過去10年間で約5倍に急増。農業ジャーナリストの大野和興さんは「チェック体制の強化は必要だが、すべてを検疫で防ぐのは不可能。完全加工品よりは半加工品、半加工品よりは生鮮品と、材料に責任が持てるものを輸入する方向へ切り替えていくしかない」と指摘する。
即効薬はだれにも示せない現実。一家5人が吐き気や下痢などを訴えたギョーザを売った「ちばコープ コープ市川店」には、回収対象だけではなく、中国産というだけで返品に訪れる客が相次いでいる。
2.農薬汚染〜中国食品の安全内外格差〜(「読売新聞-2008.2.3」から)
「何ができるか分からないが、とにかく調査団を派遣したい」
ギョーザによる中毒の発覚後、中国政府の対応は早かった。発覚当日の1月30日午後には、河北省にある製造元の「天洋食品」工場を立ち入り調査し、国家品質監督検査検疫総局の王大寧・輸出入食品安全局長らが徹夜で問題に対処。翌31日には、日本側の受け入れ態勢が固まる前に、専門家チームの派遣を決めた。
迅速な対応の裏には、安全に対する厳格な姿勢を国際的にアピールしたい中国側の思惑がうかがえる。特に、中国産のホウレンソウから基準値を超す残留農薬が相次いで検出され、中国食品への不安が高まった2002年以降、中国政府は威信をかけて輸出食品に対する検査体制を強化してきた。
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「国民の間に『中国食品は危険だ』という先入観があるのではないか。違反件数は確かに多いが、違反率でみると、中国よりも高い国はある」。厚生労働省の担当者はそう語る。
同省によると、06年の輸入検疫で、残留農薬や抗生物質などが基準値を超え、食品衛生法に違反した中国食品は530件。全体の3分の1を超え、各国の中で最も多い。だが、輸入届け出件数も全体の3分の1を占めており、割合で言えば0.09%。ベトナム(0.35%)やインド(0.28%)、米国(0.12%)の方が違反率は高いのだ。
日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、日本の輸入野菜に占める中国産の割合は約6割。ネギ、ゴボウ、サトイモは、ほぼ100%。依存率が高い分、違反のニュースもより目立つというわけだ。
ジェトロ農水産調査課の森路未央さんも「日本へ輸出される野菜の安全性が高まっているのは事実。中国国内に流通する野菜とは品質が違う」と話す。輸出食品は、相手国の基準に合う品質を確保しなければならないため、中国政府は輸出野菜の検査率向上を進め、日本の残留農薬基準に違反した場合、生産企業名を公表するなど、厳しい姿勢で臨んでいるという。
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しかし、体制を強化しても、膨大な輸出食品すべてを検査するのは不可能だ。
今回、問題のギョーザを製造した天洋食品の工場は、国際的な衛星管理手法を導入していた。工場を訪れた日本の輸入業者によると、消毒液による手洗いなど、従業員の衛生管理も徹底していたという。だが、輸出振興のための優遇措置として、国家品質監督検査検疫総局から認定を受け、03年10月からは地元での品質検査に合格すれば、輸出時の検疫は免除されていた。
強化しても、不透明さがぬぐえない安全管理体制。日系企業の多くは、自主検査を行って安全を確認しているのが実態だ。
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中国国内に流通する食品の安全はどうなのか。
中国・黒龍江省のトウモロコシ畑。栽培農家の女性(51)は「虫が多ければそれだけ農薬も増やすが、気にしたことはない。出荷前に農薬検査を受けたこともない」と話す。検査は年に数回、都市部の市場に流通する食品の抜き取り検査が行われる程度という。野菜の残留農薬についての合格率は昨年11月で95%。20個に1個は不合格という計算だ。
安全面での輸出用と国内用の乖離。「輸出用の加工品の原材料に、農薬に汚染された国内用の野菜が紛れ込む可能性もある」。アジアの農薬問題に詳しい元国際基督教大学教授の田坂興亜さんはそう指摘する。
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日本の食料自給率は39%(カロリー換算、06年度)。中国だけでなく、世界各国からの輸入食品が食卓を支えている。主婦連合会の和田正江参与は「輸入先を中国から他国に移しても安全性が高まるとは言えない。国は検疫の人員を増やし、輸入業者も人命にかかわるものを扱っているという自覚を持って、各国の現場に目配りすべきだ」と指摘している。
※一般国民から見れば、食糧自給率はもっと高かったわけで、それが現在の39%にまで下落していることの方が問題なのだと考えてしまう。政府の政策の方向性が間違っていたために引き起こされた問題なのではないだろうか?
3.農薬汚染〜安全にはコストが必要〜(「読売新聞-2008.2.4」から)
「これだけの被害者が出てしまった以上、我々は自信を持って『安全だ』とは言えなくなってしまった」
<中国製ギョーザによる中毒発生>のニュースが報じられた翌日の1月31日午後。中国から冷凍野菜を輸入する首都圏の会社の社長は、頭を抱えた。
以前から、中国産というだけで「危険ではないか」と不安視されることに疑問を抱いていた。収穫前の残留農薬検査、工場の衛生管理。中国での安全体制に目配りし、「安全でおいしい野菜を輸入している」と自負しているだけに、努力が踏みにじられた気がした。
同じころ、厚生労働省には消費者からの問い合わせが相次いでいた。「中国産冷凍食品を食べても大丈夫か」。問い合わせ窓口には週末の2日間で約500件の相談が寄せられた。消費者の不安の声は、ギョーザだけではなく、中国食品全般に及んでいた。
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安価な食材を求め、日本企業が中国で中国産野菜を冷凍加工することが定着したのは1990年代後半。今、上海から青島にかけての沿岸部に日中合弁会社の冷凍加工工場が立ち並ぶ。
輸入企業が素材の質に敏感になったのは最近のことだ。
冷凍食品製造大手のニチレイフーズ(東京)が、上海に「中国産」を設けたのは2006年4月。3人を常駐させ、枝豆やサトイモなどを栽培する中国各地の契約農場を回り、農薬の使用方法を指導したり、しよう履歴を確認したりしている。「当初、農薬の使い方のルール徹底に非常に苦労した」と広報担当者は話す。
中国産ホウレンソウから基準値を超す残留農薬が相次ぎ検出され、日本で問題化したのは02年。同社はそれまで、冷凍食品の原料となる野菜がどこでどんな農薬を使って栽培されたのかすら分かっていなかった。契約農場を整備し、生産地までさかのぼれるようにしたのは、その後のことだ。
牛丼店「すき家」などを展開するゼンショーは06年、輸入したタマネギやネギなどの残留農薬検査を自前で行う中央分析センター(川崎市)を稼動させた。「BSE(牛海綿状脳症)問題を契機に、輸入食材の安全確保を他人任せにしてはだめだと痛感した」と担当者は説明する。
別の冷凍食品メーカーも02年以降、中国国内の各加工工場のパソコンに商品パッケージに記した記号を入力すれば、栽培地や収穫日、残留農薬の検査結果などを確認できるようにした。購入者からクレームがあった時にすぐ対策を取れるようにするためだ。
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しかし、食品の輸入に携わるすべての業者の体制が万全とは言えない。
「大手業者は中国に乗り込み、農家に直接指導しているが、それにはコストがかかる。中小業者の中には、農薬管理などを農家任せにしているところも多いのが実態だ」。食品問題評論家の垣田達哉さんは指摘する。
厚生労働省によると、06年の輸入検疫で、残留農薬や抗生物質などの検査が行われたのは、約184万6000件のうちの約11%に過ぎない。管理が不十分な業者から輸入された食品が、検査を受けないまま消費者に届く危険はある。昨年6月、横浜市が小学校で休職に使う予定だった中国産キクラゲを自主検査したところ、基準を超える農薬が検出された。ある業界関係者は、「残留農薬が使用されるのは、商社などが管理していない畑で栽培された輸入食品、と言う傾向は確かにある」と打ち明ける。
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生鮮食品に半加工、今回のギョーザのような完全加工品まで、日本には中国食品があふれている。
「原因が断定されない以上、どう対策を強化してよいか分からない」「故意に殺虫剤が混入されたのなら、どう防げと言うのか」
今回の問題発覚後、中国食品を扱う業者には戸惑いが広がっている。「100%の安全はあり得ない」(大手商社)にしても、これからどんな教訓を導けばいいのか。東京の宇内客員教授の中村靖彦さんは「消費者は安さばかりを追求するのではなく、安全のためのコストを負担することを覚悟すべきだ。そうすれば業者はもっと安全にコストをかけられる」と指摘している。(この連載は、小林篤子、滝下晃二、中村亜貴、野口博文と、国際部・寺村暁人が担当しました)
●中国疾走〜揺らぐ世界〜
1.利害交錯 米も及び腰 中国疾走〜揺らぐ世界@〜(「読売新聞-2008.3.24」から)
北京五輪を目前に起きたチベット暴動と、海峡を挟む台湾での8年ぶりの政権交代。二つの出来事は、国際社会に対し、軍事力、経済力を急拡大させる一党独裁国家・中国と今後、堂付き合うのかという問題を改めて突きつけた。世界を揺らす中国の実像を各国の現場から報告する。
◇
「台湾の人々と馬英九氏を祝福する」
ブッシュ大統領は22日、台湾総統選の結果が出た直後、祝意を伝える声明を発表した。実際、対中融和派の野党・国民党候補の勝利はブッシュ政権が求めていた結果だった。
声明で改めて強調した通り、「一つの中国」の原則を受け入れつつ、台湾との「密接で非公式な関係」は続け、「台湾海峡の平和と安定」を維持するのが米国の台湾政策。一言で言えば、現状維持である。
独立志向の強い与党・民進党が打ち出した「台湾名での国連加盟」などをめざす動きには「挑発的で無意味」(ライス国務長官)といらだっていた。対話路線伸ばし当選で米国はひとまず胸をなでおろした。
一方、中国チベット自治区ラサでの暴動について、米ホワイトハウスのペリノ報道官は20日、記者団に「五輪は政治イベントではない。あくまで頂点に立つ選手たちが競う場だ」と説明、ブッシュ大統領が予定している北京五輪開会式への出席について、見直す考えはないことを明言した。
「五輪の歴史は違う」。米国の通信社の記者が食い下がった。1980年のモスクワ五輪では旧ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議する西側諸国のボイコットが相次いだ。報道官も譲らない。「中国のすべてに注目が集まる。彼らの行動を変える機会にもなりうる」
台湾問題は凍結し、チベット暴動では中国を刺激する言動を控えるブッシュ政権。その背景には米中関係の構造的な変質がある。
まず経済的な結びつきが年々深まっている。4000億ドルもの財政赤字やサブプライムローン(低所得者向け住宅融資)の焦げ付きにあえぐ米経済は、外貨準備が世界一になった中国の対米投資や国債購入に支えられている側面がある。外交の分野でも北朝鮮の核問題をはじめ、核不拡散やテロ対策で中国の助けが必要になっている。
もちろん、中国が経済的にも軍事的にも最大の脅威になるという警戒感は一方で確実に強まっている。
チャイナマネーの流入は新しいタイプの摩擦を起こしている。象徴的なのは米通信機大手スリーコムの買収問題だ。中国人民解放軍と取引がある中国の通信機器メーカー華為技術は米投資会社と組み、米政府審査機関に買収認可申請をした。だが、スリーコムは米国防総省にネット機器やハッカー撃退ソフトを納入していたことから、「軍民両用の先端技術が中国軍に流出する」との反対論が議会などで噴出。華為技術は2月下旬、申請をいったん撤回せざるをえなかった。
米国防総省が3日発表した「中国の軍事力に関する年次報告書」は、中国の軍備増強が台湾海峡だけでなく、資源や領土をめぐる紛争、さらに長期的には西太平洋での広範な活動も想定したものと指摘するなど強い警戒感を示した。
それでも経済や軍事をめぐる利害が複雑に交錯するようになった両国が全面対決に進む筋書きは考えにくい。冷え経済学者のポール・クルーグマン氏は「中国はいじめるには大きすぎる」存在になったと指摘する。米中関係の変質の中で米国の「人権」や「宗教の自由」などを追求する理念外交の優先度は後退しつつある。
2.「内政不干渉」へ国連で力 中国疾走〜揺らぐ世界A〜(「読売新聞-2008.3.25」から)
国連安全保障理事会でミャンマー情勢が協議された18日、議場に入る中国の王光亜・国連大使の表情はいつになく硬かった。
チベット自治区の暴動を受けて、クシュネル仏外相がこの日、北京五輪開会式不参加の可能性に言及したからだ。記者団に対し、王大使は「彼の言ったことは、世界のほとんどの人に共有されない」と不快感をあらわにした後、"本題"のミャンマー問題についてはこう述べた。
「国連は加盟国に(民主化要求などの)提案はできるが、受け入れの可否を決めるのは、主権国家である彼ら自身だ」
中国は国連の場で、「主権尊重」と「内政不干渉」を繰り返し訴えてきた。その背景には、国連が国内紛争に容易に介入できる前例を作れば、チベット暴動のような事態も対象になりかねないとの危惧がある。このため、ミャンマーでも、セルビアからのコソボ独立問題でも、中国は「主権国家」側を支持し続ける。
中国政府が「チベット情勢は内政問題」と主張する以上、問題を安保理に提起しようとする国はひとつもない。英国のサワーズ国連大使は同日、ミャンマーとチベットの情勢は「大きく異なる」と中国に理解を示す発言を行った。チベット亡命政府が国際調査団の派遣を求めていることに対しも、潘基文(ハンギムン)国連事務総長は「事態を引き続き注視する」と及び腰だ。
中国の力の源泉は、拒否権に加え、途上国グループ「G77プラス中国」にある。G77は1964年に77か国で発足したが、今は132か国に拡大、国連加盟国192か国中、最大勢力を誇る。
1国1票、多数決が原則の国連総会で、中国は途上国の最大関心事の「開発援助増大」や「内政不干渉」を訴え、影響力を維持する。G77の中核をなすアフリカ諸国の支持は厚く、日本の安保理常任理事国入りへの動きを阻止したのも、この「数の力」だった。
ただ、中国は途上国代表の"抵抗勢力"として振る舞うだけではない。潮時を見て米英仏などと足並みをそろえるしたたかさもある。
ミャンマー情勢では、2007年1月、ミャンマーの人権状況改善を求める米国提出の安保理決議案に拒否権を行使したが、同年秋の反政府デモ弾圧で国際社会の目が厳しくなった後、弾圧に遺憾の意を示す安保理議長声明の採択を容認した。06年7月の北朝鮮の弾道ミサイル発射では、安保理非難決議案に拒否権行使をちらつかせた末に賛成し、同年10月の北朝鮮の核実験では制裁決議の必要性にいち早く同意した。
「中国は国際社規での存在感の高まりとともに、安保理常任理事国という特別の地位をより鋭く認識するようになった」
06年末まで米国の国連大使を務めたジョン・ボルトン氏はそう解説する。
孤立を避けながら、制裁や内政干渉には最大限抵抗し、影響力を拡大する──。中国にとって、国連は共産党政権の生き残りをかけた主戦場だ。その巧みな外交の前に、国際社会は北朝鮮とイランの核問題、ミャンマー情勢、スーダンのダルフール紛争のいずれも当事国に友好な圧力をかけられないでいる。
タカ派でならすボルトン氏は「米国の外交戦略の混乱も、ここ数年の困難の一因となっている」と述べ、中国に戦略面で押され気味であることを認めた。
3.「国益追求」国際機関でも 中国疾走〜揺らぐ世界A〜(「読売新聞-2008.3.25」から)
<一面続き>〜多国間外交〜
自らが突出する事態を避けながら、先進国と途上国の間で巧みな駆け引きを演じる中国の多国間外交も、日本との直接対決ではライバル心をむき出しにし、なりふり構わぬ姿勢で臨む。
2006年11月の世界保健機構(WHO)の事務局長選挙は、5人の候補から日本、中国、メキシコの3候補に絞られた。日本政府の票読みは「勝てるはず」だった。だが、尾身茂WHO西太平洋地域事務局長は決選投票を前に落選。結局、中国が推した香港出身のマーガレット・チャン氏の圧勝に終わった。
「日本に票を入れると口約束していたアフリカ、中東の一部の国が、中国に流れたのが敗因だった」
そう唇をかむ日本の外交官は「中国と一つの席を争うのは今後、避けるべきかもしれない。日中双方から支援を求める途上国に『踏み絵』を突きつけることになるし、それで勝てる保証もない」と語った。
05年春から夏にかけて、中国が日本の安保理常任理事国入りに激しく反対したのは、今も記憶に生々しい。常任理事国の「特権」を存分に利用し始めた中国にとって、日本の参入は望ましくない事態だった。
この時、味方につけたのも、アフリカ諸国だ。日本がアフリカ連合(AU)との安保理拡大決議案の一本化をめざしていたのに対し、中国はAUの一部有力国に「アフリカの自尊心」をささやき、一本化拒否を後押しした。勝負どころの05年夏のAU首脳会議で、廊下とんびを繰り広げる中国の外交官の姿は多くの関係者に目撃されている。
53か国を抱える「大票田」のAUにそっぽを向かれ、日本、ドイツ、インド、ブラジルの4か国グループ(G4)は決議案の採決を断念した。その後、安保理改革の機運はしぼみ、日本の常任理事国入りの展望は今も開けていない。中国は「安保理拡大に伴う新メンバーは途上国を優先すべきだ」と主張し続けている。
日本のアフリカ諸国に対する影響力は政府開発援助(ODA)など資金援助が柱だ。これに対し、中国は国連平和維持活動(PKO)部隊への要員派遣を通じても友好国を増やしている。
国連のPKO部隊や平和構築支援団への中国の派遣要員数は2002年の113人から05年1038人、今年1月現在で1963人と激増した。38人の日本の約50倍にあたる。派遣先の大半はスーダンやリベリアなどのアフリカ諸国。国連外交筋は「要員派遣を通じて国際社会に人的貢献を誇示し、多国間外交を有利に進める『うまみ』を知ったのだろう」と分析する。
日本の頼みの綱の米国も多国間外交の場では特に、日本の頭越しに中国と直接取引して決める。06年秋の藩基文(ハンギブン)国連事務総長選出がそのいい例だ。
中国の王光亜・国連大使と緊密な連携を取り、藩氏選出を推進したボルトン全米国連大使は「米中が何らかの候補で合意を編み出せば、その候補が勝つとみんな分かっていた」と振り返る。「新事務総長はアジアから」という認識が広がり、英仏露は候補選びから一歩引いていたからだ。日本は米中の陰に隠れ、存在感を示すことはできなかった。
国際機関での中国の台頭ぶりは、経済分野でも目立ち始めた。07年11月には世界貿易機関(WTO)上級委員に中国の候補が選出され、今年2月には、中国人経済学者の林毅夫氏が、途上国から初めて世界銀行の副総裁兼チーフエコノミストに起用されることが発表された。
「中国は国益に直結する多国間外交を戦略的に展開している。日本はいまだに日米同盟頼り。これでは中国に勝てない」。国連外交筋はこう総括した。
★日中の国連通常予算分担率(%)
2001年 02年 03年 04〜06年 07〜09年
日本 19.629 19.669 19.51575 19.468 16.624
中国 1.541 1.545 1.532 2.053 2.667
※分担金比率は倍になってもいないのに、国連事務局の職員数は倍近くになっている中国。
〜人的貢献 巧みに利用〜
強い日差しが砂地に反射する。気温は40度超。スーダン南ダルフール州の州都ニヤラ郊外の藩砂漠地帯で、国連アフリカ連合合同部隊(UNAMID)の宿舎建設に取り組むのは、中国人民解放軍の工兵部隊だ。
「自然条件は厳しいが、任務なので」と兵士たち。白塗りの国連装甲車に守られ、有刺鉄線に囲まれた基地の出入り口で黙々と見張り台を組み立てていた。
約20万人が死亡。240万人が避難民化し「世界最大の人道危機」といわれるダルフール紛争。スーダン最大の貿易相手国で、最大の武器供給国でもある中国は、欧米諸国から「スーダン政府の虐殺を黙認している」と非難されてきた。
部隊派遣は、8月の北京五輪を控え、紛争解決への努力を示す中国の「国際貢献」の象徴だ。2007年11月に現地入りし、現在の140人からいずれ315人に増員される予定。
だが、今年2月には、米映画監督スティーブン・スピルバーグ氏が中国のダルフール問題への対応を不満として、北京五輪の文化芸術顧問の辞任を表明。女優でユニセフ親善大使のミア・ファローさんや米議員らは「虐殺五輪」だとして、ボイコットを呼びかけた。
ダルフールの反政府武装勢力の一派は、中国の平和維持活動部隊や石油産業労働者の攻撃を予定している。
4.アジアに着々 衛星都市 中国疾走〜揺らぐ世界B〜(「読売新聞-2008.3.27」から)
北京五輪への準備を進める中国はいま、北京から南へ約3000キロ離れたラオスの首都ビエンチャンでも、近代的な陸上競技場の建設を進める。2009年12月に開かれる東南アジア競技大会の会場だ。
大会は、2年ごとに行われる東南アジア最大のスポーツの祭典。来年は、東南アジア諸国連合(ASEAN)の最貧国ラオスが初開催するが、主要施設の整備は建設費の負担から施工まで、すべて中国だ。
「競技大会?カネがないから見に行かないよ」。建設で立ち退かされたラオス人男性(40)は力なく笑った。フェンスで囲まれた敷地内では、中国人労働者が土ぼこりの中、黙々と基礎を固めていた。
親ソ連の社会主義国だったラオスは、1979年の中越戦争を機に中国と断交したが、ソ連崩壊前後に関係を修復。最近は中国からの経済援助が急増し、直接投資は2003年から件数ベースで各国中1位。金額でも昨年上半期にトップとなった。競技場建設には、中国の金融機関が10億ドル(約1000億円)を拠出した。
同じビエンチャン市内のタットルアン湿地でも、住民の立ち退き話が持ち上がっていた。
市によると、約1640ヘクタールの広大な土地に居住区や商業施設などのニュータウンを建設する計画。ビエンチャンの情報通は「政府は、協議施設建設の見返りに、中国企業に開発の許可を与えた。ラオス側は利用価値の高い土地を提供させられた」と明かした。
事業主体は両国合弁だが、資本の95%は中国側が握る。「中国の目的は、2015年に単一市場になるとの目標をかかげたASEANへの南進拠点づくり。さらに、メコン川流域開発で主導権を握るための前進基地建設ではないか」──。現地ではこうした見方が大勢だ。
中国の"衛星都市"づくりには前例がある。
ミャンマー第2の都市マンダレー。90年代後半から中国企業の進出が始まり、現在、外国からの投資の8割以上を中国が占める。最近、現地での衣類販売をやめ、タイへ移住したミャンマー男性(41)は「中国人ばかりで街を奪われた気がした」と"中国化"した街の様子を語った。
タイ・チュランロンコン大学のソンポップ・マナランサン教授は「中国は、経済協力の裏で天然資源や土地などの利権確保を貪欲に進め、エネルギー安全保障や地政学的な足場を固めようとしている」と指摘する。
メコン開発ではもともと、中国の南進を警戒した日本が、ベトナムからラオス、タイを経てミャンマーを結ぶ幹線道路「東西回廊」の建設などを主導していた。これに対し、中国は雲南省からラオスなどを経由し、バンコクにいたる「南北回廊」を積極的に整備している。ASEAN外交筋は「(地域開発の)タネをまいたのは日本だが、果実は中国が持って行きそうだ」と指摘する。
一方、中国と同じ一党支配のまま、経済発展を目指すラオスや、軍政のミャンマーなどにとっても、政府開発援助(ODA)供与や開発をめぐり、欧米と違って「民主化」や「透明性の確保」などを要求しない中国の援助は"渡りに舟"なのだ。
ビエンチャンのタットルアン湿地では「政府から詳しい説明はない。これからどうすればよいのか」(40歳女性)と農民らが頭を抱えていた。青々と広がる水田は数年後、中国人が闊歩する街に生まれ変わるはずだ。
5.移民が作る「イタリア製」 中国疾走〜揺らぐ世界B〜(「読売新聞-2008.3.27」から)
<1面続き>〜ブランドの街〜
■主役交代
グッチやプラダなど高級ファッションブランドの製造拠点として知られるイタリア中部トスカーナ州プラト。忠誠から紡績・織物業で栄えてきた都市だが、今は「欧州で最も"中国化"した街」となった。
1989年に38人だった中国移民は現在、詩人公約18万5000人の「8人に1人」を占める約2万3000人にまで増加。不法滞在者も含めれば、約3万5000人に上る。その大多数が縫製工場の労働者とその家族だ。
地元のアンドレア・フラティーニ市議はこう説明する。
「中国やインドからの安価な繊維製品の大量流入で、地元企業は競争力を失い、廃業に追い込まれている。空き家となった工場に中国移民が続々とやってくる」
市によれば、10年前に約7万人とされた地元繊維産業の就業者数は現在、約4万2000人にまで減少。一方、94年には約800軒だった中国移民経営の縫製工場は4年間で倍増し、現在、約3000軒となった。地元民と移民が入れ替わったのだ。
中国移民による生産も市総生産の約2割を占め、衰退する地場産業を移民が下支えしているといった構図だ。移民はもはや、「プラトに欠かせない存在」(フラティーニ市議)なのだ。
■町ごと移転
「トニー」と名乗る浙江省温州出身の中国人男性(38)は「ここは競争が激しいが、生活は悪くない」と話す。98年にイタリア人との共同経営で縫製工場を開いたが、6年前に独立。今は中国人の従業員8人を雇って既製服を製造し、「メード・イン・イタリー」(イタリア製)として広大な欧州市場向けに出荷する。
プラトの移民の大半は、トニーと同じ温州出身。中国沿海部に位置する温州は、衣類や雑貨などの小規模生産が盛んで、中国の改革・開放初期、その製品が中国全土を席巻した。今やその温州が欧州に丸ごと移転してきた形だ。
だが、中国移民の手による製品がイタリア製として内外に出荷されていることに強く反発する声も強い。
「100%イタリア」を名乗る67社のグループは、「中国人への敵意はないが、我々が作るものは移民製品ではないという意味で『100%』を掲げている」(皮革製品業者)という。
■送金額最大
一方、移民系企業による税逃れ、ブランド品の横行、不法移民の急増といった問題も深刻化している。
中央銀行であるイタリア銀行によると、2007年上半期のプラトから中国に向けての送金額は約8億ユーロ(約1240億円)。「一都市から中国への送金額としては欧州で最大」(伊財務警察)だった。本来、納税すべき分が送金されているとして、当局も監視を強めており、昨年、移民系企業130社が脱税容疑で摘発された。
偽ブランド品も後を絶たない。07年11月には、プラト周辺でフェンディやルイ・ヴィトン、グッチなど有名ブランドの偽造ラベルが縫い付けられた衣類約31万点が押収されている。
伊財務警察プラト管区のマルコ・デフィーラ司令官は「地道に取り締まるしかない」と淡々と語るが、プラトは中国の一地方と化してしまう」(フラティーニ市議)との危機感は強い。
◆中国絡み、ダンピング案件急増 EU、報復関税「両刃の剣」
2007年4月、オランダ南部スヘインデルにある欧州最大手のロウソクメーカー「ボルシウス」が、1871年の創業から動かしてきた最後の生産ラインを止めた。安価な中国製品に対抗するため、工場をポーランドへ移転させたのだ。工場跡は賃貸用の事務所スペースに改装され、300人を超える職人が腕を競った往時の面影は跡形もない。
勤続18年の末に同社を解雇されたアルノ・ローベルスさん(42)は「工場移転の決定が地域社会をぶち壊した」と、今なお怒りが収まらない。同社のハン・ルフトメイヤー品質管理部長(61)は「会社が生き残るにはコスト削減は避けて通れなかった」と苦しい胸の内を語った。
欧州ロウソク機構の集計によると、02年に74%だった欧州製品の欧州市場シェア(占有率)は、07年には56%に激減。中国製品は21%から40%に倍増した。
ブリュッセル郊外の家具量販店には、家庭や飲食店で日常的に使われる中国製ロウソクがずらりと並ぶ。色や形の種類が豊富なうえ、商品によっては1個20セント(約30円)を切る安さだ。
ボルシウスなど大手4社は2月、中国が商品ダンピング(不当廉売)を行っているとし、欧州連合(EU)に報復関税の発動を求めて提訴した。4社代理人の弁護士は、中国製ロウソクの価格が、原料であるパラフィンの市場価格を最大4割も下回っていると指摘する。
EUに持ち込まれる中国絡みのダンピング案件はここ数年、急増。これまでに繊維製品や靴、電球などに報復関税が発動されたほか、鉄鋼製品についても調査が進行中だ。
だが、EUにとって報復関税は両刃の剣だ。中国製品に課税すれば、中国に拠点を持つ欧州企業に打撃となるのに加え、消費者や小売業者の反発を招きかねない。
6.アフリカに「新植民地」 中国疾走〜揺らぐ世界C〜(「読売新聞-2008.3.28」から)
「国立公園なのに、中国企業が工事用道路を造っていた。大統領案件だから誰も止められない」
アフリカ中部の産油国ガボン。首都リーブルビルから東約400キロにあるイヴィンドゥ国立公園で、公園関係者はため息をついた。
公園北部では2007年7月ごろ、事前通告もなく道路建設が始まり、今年3月までに園内の熱帯雨林が約45キロにわたって切り開かれた。アフリカ中部で最大規模という自慢の滝には、水力発電用のダムが建設される見通しだ。
ガボンは、1967年から統治を受ける梵語大統領周辺に権力が集中する。ダム建設は、06年に中国がガボン政府と合意した30億ドル(約3000億円)の鉄鉱山開発事業の一環。イヴィンドゥからさらに北東約150キロ述べリンガで高山開発権を得た中国は、発電所と鉄鉱石運搬用の鉄道、積み出し港も整備する。
ベリンガの鉱脈は55年に発見され、世界有数の埋蔵量を誇るとされる。だが、熱帯雨林の奥地で莫大な開発費用が見込まれるため、これまで手付かずのままだった。
地元環境保護団体は「環境対策を行わないまま、国の財産を売り渡した」と批判するが、石油依存経済からの脱却を目指す大統領は「何があっても事業は継続する」と宣言している。
世界中の原油や鉱物資源を買いあさる中国はいま、アフリカ大陸での資源開発に躍起だ。
資源と引き換えに多額の低金利融資などを行い、大型公共事業を次々と請け負い、06年、アフリカでの建設事業受注総額をついにフランスを抜いて第1位となった。受注総額は51億ドル、市場占有率は28%以上に上る。
一方で、中国はアフリカに家電製品や機械、繊維製品、軍需用品などを輸出。中国商務省の統計によると、07年のアフリカとの貿易総額は10年前の約13倍に当たる735億ドルに達した。西欧の植民地だったアフリカで、旧宗主国の影はどんどん薄くなっている。
欧米諸国は、ダルフール紛争を抱えるスーダンや、独裁的とされるムガベ大統領率いるジンバブエなどの「問題国家」とも関係を深める中国を批判する。だが、アフリカ各国政府は「内政不干渉」を掲げる中国の進出を歓迎してきた。
スーダンの首都にある名門ハルツーム大学では中国語学科が開設され、100人以上が熱心に学ぶ。中国政府の招待で成績優秀者10人が留学できる制度もあり、志願倍率は2倍を超える。卒業生は引く手あまたという。
「自分達の価値観を押しつける欧米諸国より、お互いの伝統を尊重する中国に親しみを感じる」。スーダン人女子学生(19)は達者な中国語で話す。
しかし、最近、良好な関係に変調もみられる。
安価な中国製品の流入で、ナイジェリアでは繊維産業の8割が倒産し、25万人が失業。最大の都市ラゴス郊外の工業地帯には操業を停止した工場が並ぶ。南アフリカでも企業800社が倒産し、6万人が失業したという。各地で中国人労働者と現地人との衝突も起きた。
圧倒的な経済力を持つ中国の急浸透に対し、「新植民地主義」との警戒感も出始めた。アフリカの西側外交官らは「貧富の格差拡大など、中国の国内問題を輸出した形となれば当然、反発されるだろう。地域安定への努力など、中国の責任も大きくなった」と見ている。
7.「稼ぎに来た」摩擦増加 中国疾走〜揺らぐ世界C〜(「読売新聞-2008.3.28」から)
<1面続き>〜アフリカ進出〜
■働きづめ
「快一点!(急げ)」
アフリカ中部が盆の首都リーブルビルから東に約400キロの町マコク郊外。中国吉林省の材木会社による伐採現場では、うっそうと生い茂る熱帯雨林に中国語が響く。
ガボンは仏語圏だが、国内に100人以上いるという同社の中国人労働者は仏語が話せない。が凡人労働者は中国語での指示を雰囲気で察し熱帯雨林をトラックに積み込む。トラックは中国製。「壊されては困るから」と首都までの運転は中国人が担当する。
「ガボンに来て2年。寝るのは毎晩、トラックの中」。気温が35度を超える蒸し暑さに額の汗をぬぐいながら、吉林省の高宝君さん(45)は言う。「金を稼ぐために来たのだから」と家も借りず、2、3年間働きつめて帰郷する人が多いという。「国内よりもいい」という給与は直接、中国の家族に支払われる。大学2年生の娘は、高さんの仕送りで韓国に留学中だ。
リーブルビルで靴などを売る商店主、呉国平さん(50)は江蘇省南京出身。2003年1月に親類と共に来た。呉さんは「中国で数元(1元は約14円)で仕入れた靴を、400CFAフラン(約100円)で売る。客はガボン人がほとんど。品質は悪いが、安いから売れる」と話す。
南京では電気技師をしていたが、競争が激しく、たまたま会ったガボン人留学生から「ガボンではテレビでも何でも高い。安いものを売ればもうかる」と誘われやって来た。妻は南京に残し、一人娘は英国の大学で電子工学を学んでいる。新華社通信は昨年、こうしたアフリカ在住中国人の数を推計75万人と伝えた。
■現地感情
中国はガボンから原油を輸入。議会議事堂や病院建設などの公共事業にも参画し、政府間の関係は親密だ。両国の国交樹立30周年の04年には、胡錦濤国家主席も訪問している。しかし、中国人との摩擦も顕在化している。
ガボン南西部のロアンゴ国立公園で管理を支援する環境NGO(民間活動団体)関係者は06年、公園の隣に突如出現した巨大中国人キャンプにがく然とした。「公園内の樹木を伐採し、石油の試掘を行っていた。ガボン人労働者が公園内で狩りをし、中国人の車でキャンプに運んで、野生動物を食べていた」とあきれ顔で話す。
中国企業の雇用条件に対しても、アフリカ側で不満が高まっている。ザンビアでは今年3月上旬、チャンビシ銅山に建設中の中国企業の精銅所で労働条件に怒った現地人労働者約500人が暴徒化し、中国人幹部が負傷。施設が放火される騒ぎも起きた。
エチオピア、スーダン、ナイジェリアでは中国系石油企業などが反政府武装勢力の攻撃対象となり、チャドで今年2月に反政府武装勢力が首都を侵攻した際には、中国人労働者ら200人も国外退去を余儀なくされた。
中国企業が受注した建設現場の労働者や運転手から、地方の小売業に至るまで、大量の中国人が流入していることも、「職が奪われる」「雇用創出につながらない」との摩擦の一因となっている。
★アフリカでの中国の経済活動
@コンゴ民主共和国(2007年9月):社会基盤整備への50億ドル融資の見返りに銅、コバルトなどの採掘権獲得
Aチャド(07年10月):中国が製油所建設で合意
Bエチオピア(08年1月):6100万ドルのアフリカ連合会議場建設契約を締結
Cジンバブエ(08年2月):農業機械化のため4200万ドル融資
Dアンゴラ(08年3月):中国企業が首都沿う電鋼再建契約獲得
Eナイジェリア(08年3月):中国企業が16億ドルのセメント工場建設契約獲得
F南アフリカ(08年3月):中国工商銀行、南ア・スタンダードバンクの株式20%買収
Gザンビア(08年3月):非課税自由貿易圏への8億ドル投資計画浮上
Hサントメ・プリンシペとナイジェリア(08年3月):カナダ企業と共に原油試掘
8.イスラエルと実利外交 中国疾走〜揺らぐ世界D<最終回>〜(「読売新聞-2008.3.29」から)
黒い瞳と黒い髪。どこから見ても東洋人の顔つきだが、金錦さん(22)は達者なヘブライ語でこう話した。
「私はユダヤ人。念願だった聖都エルサレムへの帰還を果たしたの」
中国河南省の古都・開封の出身。2年前、イスラエル市民権を取得した「中国系ユダヤ人だ」。
ユダヤ人は2000年前、パレスチナを追われ、シルクロードを通じ中国にも渡った。開封のユダヤ人社会は、13世紀にマルコ・ポーロが記した「東方見聞録」に言及されたほど歴史は古い。だが、歴代王朝、さらに共産党政権化で漢民族との同化を迫られ、消滅状態となっていた。
それがなぜ、忽然と姿を現したのか。ユダヤ人団体の執念と、中国政府の思惑、そして双方の「実利主義」が合致した結果といえる。
金さんら6人の"帰還"を支援したイスラエルの民間移民招聘団体のマイケル・フロイント代表は「ユダヤ人のネットワークで中国とイスラエルが結ばれれば、両国の外交にも役立つ」と力説する。フロイント氏らは05年、ユダヤ人を先祖に持つとみられる開封の住民約100人を集め、「改宗してユダヤ教徒になれば、イスラエルへの移民が可能」と訴え、「ユダヤ人意識」に火を付けた。
一方、中国政府は、キリスト教やイスラム教の不況や自治要求には強い警戒感を示すが、一般への布教を伴わないユダヤ人の活動には寛容だった。
実際、中国は近年、イスラエルに急接近している。かつては産油国を中心にアラブ一辺倒だったが、「全方位」「バランス」外交に軸足を移しつつある。
中国の当初の狙いは、イスラエルが米国の技術をコピーして開発したハイテク兵器だった。2000年代初め、イスラエルは中国にとってロシアに次ぐ第2の武器供給国となった。
武器輸出拡大に危機感を抱いた米国は、イスラエルに、空中警戒管制システム(AWACS)や無人攻撃機改良の対中契約を破棄させ、05年には第三国への輸出に事前協議を義務付けて先端兵器の供与を事実上不可能にした。
それでも、電子・精密機器など「グレーゾーン」の製品が大量に輸出されている可能性は否定できず、昨年の両国の貿易額は約50億ドルに達した。5年間で倍増の勢いだ。
中国の対中東外交も活発化している。中国は06年夏のレバノン紛争の後、イスラエル国境付近に展開する国連レバノン暫定軍に約1000人を派遣、最大の貢献国の一つとなった。
イスラエルのイツハク・シェレフ元中国大使は「中国はかつてパレスチナ・ゲリラを支持していたが、中東和平の支援役となる方が得策と判断したのだろう」と指摘。イスラエルにとっても、「中国の巨大市場は大きな魅力だ」と話す。
華僑とユダヤ人は歴史を通じて、世界中に共同体を設け、国や体制を超えたネットワークを作ってきた「似たもの同士」でもある。
北京五輪で、競技場や選手村の出入り口を管理する警備システムを受注したのもイスラエル企業DDSだ。同社のマハド・ビンヤミン氏は「中国人は現実的な利益を追求する一方、家族主義で教育に熱心など、我々と価値観が似ている。欧米人とのビジネスよりやりやすい」とまで言う。
米国を最大の後ろ盾とするイスラエルと中国との蜜月関係は、今後の世界に大きな影響を与えるかもしれない。
※(補足)ちなみに、イスラエル建国の際、周恩来はそれを評して「まるで満州国のようだ」と語ったと言われている。
9.海外進出 軍産一体で 中国疾走〜揺らぐ世界D<最終回>〜(「読売新聞-2008.3.29」から)
<1面続き>〜全方位外交〜
■主役交代
中国の「全方位外交」には、軍の姿が見え隠れする。
「予期ともである中国の協力に感謝する」
テヘラン市営地下鉄のモフセン・ハシェミ総裁18日、市中心部を通る地下鉄4号線の部分開通を祝う式典で、事業に携わった中国企業を称賛した。
市内を東西に横断する全長20キロの4号線建設には、中国人民解放軍系の有力企業「北方工業公司」が唯一の外国企業として参加する。式典には、中国側関係者約20人も出席した。
すでに3路線が営業し、さらに拡張工事が続くテヘランの地下鉄建設で、中国企業は圧倒的な存在感を誇る。1979年のイラン革命後、フランス企業が撤退して以降は前線の工事に中国企業が関与してきた。
■制裁は好機
核開発を強行するイランに対し、国連安全保障理事会は3度にわたり制裁決議を採択。日本や欧米諸国が経済協力に及び腰のなか、中国は、今が商機とばかりに進出を加速させている。
中国の石油大手、中国石油加工集団(SINOPEC)は昨年12月、イラン政府と、同国南西部ヤダバラン油田開発に関する総額約20億ドル(約1960億円)の契約を正式締結した。天然ガス部門でも、中国企業は、イラン側と総額約160億ドルの巨大事業の契約寸前までこぎ着けている。
両国の貿易総額も06年には144億5000万ドルに到達。日本を抜いて事実上、最大の貿易相手国に躍進した。在テヘランの外交筋は「中国は本音では、イランに制裁が発動されたままの状態の方が国益にかなうと考えているのではないか」と指摘する。
■海洋戦略
そのイランとの国境に近く、アラビア海に面したパキスタンのグワダル港には16日、昨年3月の開港以来の初入港となる大型貨物船が到着した。積み荷は、同国の商社がカナダで買い付けた小麦約7万トン。
銅鉱の運営を委託されているシンガポール系企業の現地法人のクラム・アッバス会長は「アフガニスタンや地下資源の豊富な中央アジア諸国の海の玄関口となる]と物流拠点としての高い潜在能力を強調する。
港の開発で中心的な役割を果たしたのは中国だった。同港建設の初期費用約2億9800万ドル(約296億5200万円)のうち、約67%を無償援助と借款でパキスタン政府に供与。02年3月の建設開始から5年で完成させた。
中国西部の新疆ウイグル自治区の主要都市カシュガルから同港までは、約1500キロ。中国とパキスタンを結ぶ「カラコルム・ハイウエー」では、車線の複線化や路線の一部変更など輸送力強化に向けた工事が進む。
■米軍監視
重要なのは、ペルシャ湾のほぼ出口に位置する港の立地だ。中国は原油の約6割を湾岸産油国に頼っており、南シナ海から同湾へ至るシーレーンの確保を最重要と位置づける。パキスタン政府内では「10〜15年以内には中国の海軍基地ができる」と受け止められている。
「外洋型」を志向する中国海軍が将来、グワダルを起点に活動することになれば、ペルシャ湾内の米海軍やアラビア海上のインド海軍の動きを監視、けん制することも可能となる。
リアズ・コーカル元パキスタン外務次官は「グワダル港が将来、軍事目的のみに使われるとの憶測は間違いだ」と話すが、その言葉通りに受け取る向きは少ない。
軍産一体で拡張を続ける中国への警戒感は今後、ますます強まることが予想される。(おわり)
◇
今回の連載は、ワシントン・大塚隆一、ニューヨーク・白川義和、清水健司、ジュネーブ・大内佐紀、ヨハネスブルク・角谷志保美、バンコク・田原徳容、ローマ・松浦一樹、ブリュッセル・尾関航也、エルサレム・三井美奈、ロンドン・中村光一、イスラマバード・佐藤昌宏、テヘラン・工藤武人、モスクワ・緒方賢一が担当しました。
◆新疆の安定優先 〜国境画定で譲歩〜
標高5000メートルのパミール高原。中国西部の新疆ウイグル自治区と隣国タジキスタンとが接する山間部で、約5000キロに及ぶ国境線の標識設置作業が最終段階を迎えている。
中国は14か国と国境を接する。ソ連とは1960年代に厳しく対立し、国境を隔てて双方が軍を展開する緊張状態が続いた。だが、ソ連崩壊を受け、中国と旧ソ連4か国では信頼醸成の機運が高まり「上海5」を結成して国境問題の解決を進めた。90年代半ば以降、中国は中央アジアの新興国と相次いで、国境を画定。キルギスからは係争地の面積の30%、カザフスタンからは50%の領土移管で決着させた。
タジクとの交渉は最後まで難航、決着したのは2002年。交渉経過は明らかにされていないが、タジク政府の委員会で国境問題を担当したビクトル・ドゥボビツキー氏によると、2万平方キロの係争地のうち、中国が得たのは990平方キロとわずか5%だった。
キルギスの元国務長官イシェンバイ・アブドラザコフ氏は「中国が中央アジア各国との国境画定で歩み寄ったのは、新疆を安定させる戦略的な判断だった」と指摘する。
「上海5」は国境問題を解決した後、安全保障まで協力を拡大し「上海協力機構」に衣替えした。中国は現在、ウイグル人が天山山脈を越えて結束する事態を防ぐため、キルギスなどに国境管理の徹底を働きかけている。06年にはタジクと軍事演習を行い、テロや分離主義を封じる姿勢も示した。
その一方で中国は、旧ソ連圏の最貧国タジクに対し、2006年に6億ドル(約600億円)の援助を行い、多数の労働者を送り込んで道路や送電線などインフラの整備を始めている。
両国の国境標識設置作業が終わるのは年内とみられている。
●「中国」「人権」IOC板挾み 聖火迷走(「読売新聞-2008.4.19」から)
北京五輪の聖火リレー国際ルートが、コース変更や大幅短縮、警備による観客締め出し、協議施設内での実施など、本来の聖火リレーの体をなさない状況が続いている。26日に実施予定の長野市もコース変更を迫られた。迷走する聖火が、国際オリンピック委員会(IOC)と五輪に落とす影を報告する。
「チベット問題が抗議の波を呼び起こし、政府、メディア、非政府組織が声を上げる事態となっている。標的と成っているのは聖火だ。IOCは深刻な懸念を表明し、チベット問題の平和裏の解決を求める」
IOCのジャック・ロゲ会長は先週、北京での会議に集まった205か国・地域のオリンピック委員会会長らを前に、危機感を訴えた。
終わりの見えないジレンマが、ボディーブローのようにIOCと五輪を襲っている。中国政府と国際世論の板挟みにあい、際どい綱渡りを強いられるIOCに、打つ手はほとんどない。
中国に対するジレンマ。ロゲ会長が当初表明していた「チベット問題の解決を」という言葉は、ロゲ会長と温家宝首相の会談があった9日以降、一切聞かれなくなった。ロゲ会長は10日朝、状況を「危機」と評したが、これには中国外交筋がかみついた。チベット問題批判を「内政干渉」とはねつけ、国内では聖火リレーが各地で歓迎を受けていると報じる中国政府の手前、IOCは国際ルートの変更さえ示唆できない。
国際世論に対するジレンマ。IOCにとって、聖火は中国の象徴ではなく、「平和や人類の融合という五輪メッセージ」の象徴だ。抗議自体は表現の自由として許容するものの、聖火を奪ったり消したりする試みに対しては、「車いすの選手から聖火を奪い、融和の象徴の聖火リレーを暴力の的にする。そんな抗議を行う者こそ、自らを傷つけている」(ロゲ会長)と憤りを見せる。しかしその主張は、中国に対する抗議の声にかき消されがちだ。
聖火リレーの異常事態が続くほど、北京五輪の価値は落ち、波及を恐れて広告を手控えるスポンサーのうまみも減る。そんな懸念を反映し、IOC委員の間には、「国際ルートは無意味」(アレックス・ギラディ委員)、「世界を回る国際ルートはアテネ、北京五輪のみで歴史が浅い。ギリシャから開催地に直接入る、伝統形式に戻すべきだ」(ケバン・ゴスパー委員)と、国際ルート廃止の声も渦巻いている。
平和を象徴するはずの聖火や五輪が、十重二十重の厳重な警備に守られなければならない皮肉な現実。国際社会で広まる反中国のイメージの嵐は、オリンピックを否が応にも巻き込んで行く。
●混乱の火種 本番にも 聖火迷走(「読売新聞-2008.4.22」から)
聖火リレーの混乱の余波が、北京五輪本番にも及ぼそうとしている。英仏独などの首脳が、事実上の開会式ボイコットを表明、米国議会や非政府組織には、五輪のボイコットを呼びかける声もある。
「中国で巨額の経済取引に調印し、直後に開会式ボイコットを表明する。偽善としか思えない」(ケバン・ゴスパーIOC委員)
開会式欠席は政治家の勝手としながらも、IOCからは批判が噴出している。
IOCは、冷戦下でボイコットが起きた1980年モスクワと、84年ロサンゼルス五輪後に五輪憲章を改正、各国五輪委の夏季五輪参加の義務と「政治等の圧力に屈さず、独立を保つ」ことをうたった。北京で10日まで開かれた205か国・地域の五輪委による会議は満場一致で北京五輪支持を表明。ジャック・ロゲIOC会長は「我々の団結が今ほど大事な時はない」と、ボイコットをしないよう、暗に念を押した。
ボイコットは政治的効果を上げない、と断言する当事者がいる。
79年にロス五輪組織委員会長となったピーター・ユベロス米五輪委会長は「モスクワ五輪ボイコットは、選手を傷つけただけで、アフガニスタン情勢には全く効果がなかった。ロス五輪への報復も同じだ」と振り返る。政府のボイコット決定にもかかわらず、モスクワ五輪に参加した豪州五輪委のジョン・コーツ会長(IOC委員)は「我々は投票で賛歌を決め、私は参加資金捻出に奔走した。一方で、豪州政府は、ソ連に羊毛を売り続けた。北京五輪のボイコットが何を生む?
各国政府は何もなかったように経済提携を続けるだけさ」と話した。
IOCが抱える、もう一つの頭痛の種は、選手による抗議の動きだ。
フランスの選手らは聖火リレーに「よりよい世界のために」と記したバッジをつけて参加し、ドイツの五輪代表選手は、競技で抗議文を刻んだ腕輪を着けると表明した。北京で開かれた欧州五輪委会長の会合では、22か国の代表らが懸念を表明する事態となった。
五輪憲章は、競技会場や選手村での政治的意思表示や活動を禁じている。もし選手がウイニングランで、チベットの旗を掲げたら?
「政治的な意図があるかを見極め対処する。記者会見などでの発言は自由だが、参加国・地域には、紛争や民族問題を抱えるところも多い。五輪競技の場で政治を禁じる理由は明白だ」とロゲ会長。中国人権問題の火の粉は、五輪の現場にも舞い降り始めている。
●「政治不介入」 IOCの限界 聖火迷走(「読売新聞-2008.4.23」から)
中国人権問題への抗議運動と、中国の若者たちによる不買・抗議デモ。北京五輪はいまや、人々の融和ではなく、対立の象徴の様相さえ帯びてきた。
そんな中、国際オリンピック委員会(IOC)は、中国への圧力を期待する声を拒絶している。
「批判を覚悟で言うが、IOCは政治にはかかわらない。競技と五輪振興のため政治と協調はする。しかし一国の政治に口を出すことは一切しない。そこにはずぶとく厚い一線がある」
ハイン・フェルブルッゲン委員(北京五輪調整委員長)は3日の記者会見で言った。異例のけんまくだった。
五輪史研究家のアルン・クルーガー独ゲッティンゲン大教授は、「(IOCに加盟する)205か国・地域には、独裁、軍事国家など、さらに深刻な人権問題を抱える国がいくらもあり、中国を批判すると、その対応も迫られる」と分析、「IOCは、多国籍の巨大企業のようなものだ。政治には一切目をつぶり、17日間の特殊な世界を作ることが、その存在意義なのだ」と指摘する。
IOCが追求する基本的な目的は、五輪とIOC自身の存続だ。大切なのは、4年分の収入源でもある五輪を成功させ、スポンサー、テレビの招致意欲につなげること。内政問題に目をつぶり、五輪成功を前面に出したい点で、IOCと中国政府の利害は一致する。
しかしそんな姿勢は、危険もはらむ。
ヒトラーの五輪となった1936年ベルリン大会。壮大な施設と完璧な組織の陰で、ナチス・ドイツは強制収容所も、ユダヤ系選手への差別も隠し、IOCは、踏み込んだ批判を一切しなかった。
元独五輪委メンバーで、ベルリン五輪の著書があるフォルカー・クルーゲ氏は言う。「開催国政府が五輪を、特定の人々や国・地域に対する政治的意図を持って、事実を隠蔽するプロパガンダに使う時、それは一線を越える」。IOCは今「五輪施設内での政治プロパガンダ」を禁じる憲章規定を持つが、五輪自体が成功である限り、開催国による五輪の政治利用をチェックする機能もいともない。
2001年総会で、サマランチ前IOC会長が北京を推したのは、13億人への五輪の普及で、五輪運動の将来の安定につながると考えたからだ。「リスクをおそれて世界人口の22%に五輪をもたらす機会を逃がしたら、それは愚かというものだ」。アレックス・ギラディ委員は言う。
北京五輪のテーマの一つは、中国が世界を知り、世界が中国を知ることだった。中国政府がメンツをかける壮大な五輪絵巻が幕を閉じる時、その課題は達成されているだろうか。(この連載は、結城和香子が担当しました)
●中国疾走〜五輪秒読み〜
1.英雄宣伝マスゲーム 中国疾走〜五輪秒読み@〜(「読売新聞-2008.7.11」から)
8月8日に開幕する北京五輪に向け、中国は全力で走り続けてきた。そのラストスパートの姿を報告する。
◇
5月12日の四川大地震。四川省映秀の高速道路料金所に勤める蒋雨航さん(20)は、崩れた宿舎のがれきの下に埋まった。光がない本物の闇だった。「蒋―、雨―、航―っ」。外で自分を呼ぶ声が聞こえた。「ここだ!」と声をあげるが、届かない。呼び声が響いた時以外は声を出さず、眠った。
蒋さんは17日に消防隊に発見され、124時間ぶりに救出された。ハンカチで目隠しされたまま手と足を動かしてみた。動いた。「自由になった」と思った。
地震から1か月が過ぎた6月13日、蒋さんは故郷の貴州省凱里にいた。右手には聖火のトーチがあった。北京五輪組織委員会から聖火リレー走者に選ばれ、「中国、がんばれ!」の大声援の中を笑顔で走った。
「僕がリレー走者なんて想像も出来なかった」(蒋さん)。背景には、その10日ほど前、中国共産党で宣伝を統括する李長春・政治局常務委員が震災報道について「英雄の凱歌を描け」と指示したことがある。
これを機に、英雄たちが次々に生まれた。倒壊した学校で級友を助けた子供は「英雄少年」として表彰された。震災で孤児となり、雲南省の施設に入った13歳の少女は、そこで聖火リレーを走った。母親が被災した赤子に、自分の母乳を与え続けた女性警官も英雄として地元警察幹部に抜擢された。
四川大地震は、「中華民族の復興」を掲げる五輪キャンペーンのさなかに起きた。共産党は、震災から立ち上がる「英雄キャンペーン」を、そのまま五輪宣伝に合体させたのだった。
英雄がいるから、「中国、がんばれ!」を叫ぶ大衆も集まる。いま中国で行われているのは、大衆も含め、13億の中国人全員を巻き込んだ「巨大なマスゲーム」のように見える。演出しているのは共産党だ。
「宣伝によって災難を祭典に、悲しみを喜びに、反省を賛美に、個人の善行が生んだ感動を国家への賞賛にすり替えている」。ある上海の知識人はこう批判する。北京のメディア関係者も「感動的な『物語』で、党が有利になる方向に大衆を誘導している」と言った。
しかし、この社会では共産党批判はそうそう表に出ない。国民の多くは「中国、がんばれ!」の合唱に酔っているかのようだ。四川省の農民(40)は全壊した自宅前で、「五輪が成功して国が豊かになれば、復興も進むさ」と笑っていた。
国家を挙げたマスゲームは8月8日夜、頂点に達する。五輪メーンスタジアムに聖火が現れ、大歓声を浴びる。迎えるのは共産党トップ、胡錦濤総書記だ。共産党による共産党のための祭典・・・。英雄の一人として聖火をつないだ蒋さんが、こう言っていた。
「いま夢が二つ出来た。一つは、人民解放軍に入ること。もう一つは、共産党員になることです」
(9面に続く)
※(補足)
中国人は、じつに多種多様である。五十五の少数民族と漢族、という分類はご存知だろうが、その十二億いる漢族のなかも、ひとさまざま、ひとりひとりがみな別々で、他人のことを「同じ中国人だ」と考えて連帯する、というような考えはない。それは一つには「中国語」というものが、二十世紀になるまでどこにもなかったからである。さらに言うなら、そんなものが必要だとは、だれも思っていなかったからでもある。このことは、日本人やアメリカ人やヨーロッパ人には極めてわかりにくいが、本当のことであり、また、中国を理解するための鍵でもある。
二十世紀になるまで、なぜ中国語がなかったのか、ということを理解するために、中国の誕生から話をはじめようと思う。「中国」という名称自体、じつは二十世紀に誕生したものだが、いまわれわれが考える、中国の起源といえる国家が誕生したのは、紀元前221年の秦の始皇帝の統一のときだった。秦という王朝名が「チャイナChina」や「支那」の語源である。
日本のマスコミは、いつも「中国四千年」とか「中国五千年」などというキャッチフレーズを使うが、実際には中国は二千二百年の歴史しかない。
「中国四千年」や「中国五千年」という言い方は、二十世紀はじめに誕生した、中国のナショナリズムが産み出したことばである。1911年、最後の中国王朝である清朝を倒そうとする辛亥革命が起こった。このとき、革命派は「黄帝即位紀元四六〇九年」を名乗ったのであった。
それまで中国では、暦は、天命を受けた天子である皇帝に属するものだった。革命派にとってみれば、倒そうとする当の相手の清朝皇帝の暦は使えないし、アヘン戦争以来の憎き敵であるヨーロッパ人の、キリスト生誕にはじまる西暦を使うのも嫌だった。
それで、革命派は、中国最初の歴史書である司馬遷の『史記』に登場する、歴代皇帝の最初の祖先とされる、神話上の天子である黄帝を持ち出して、中華民族はすべて黄帝の子孫である、としたのである。これが、「中国四千年」という文句のはじまりだった。
じつは、黄帝即位紀元と中華民族という中国の新しい神話は、神武天皇以来万世一系の天皇と、天照大神の子孫の山と民族という、明治維新以来の日本のナショナリズムをまねたものであった。中国の革命派のほとんどは、1894年〜95年の日清戦争に日本が勝利したあと、日本に留学して近代化を学んだ、もとの清国留学生だったのである。(東京外国語大学名誉教授 岡田英弘氏)
2.少年の偉業「過剰」報道 中国疾走〜五輪秒読み@〜(「読売新聞-2008.7.11」から)
<1面続き> 〜作られた英雄〜
四川大地震の被災者の中から、中国共産党の手で選び出された"小さな英雄"たち。彼らもまた、北京五輪に向けた「巨大なマスゲーム」の重要な出演者だ。
四川省都江堰(とこうえん)市の向峨中学校3年、賈竜(かりゅう)君(16)は物静かな少年だった。彼は6月末に全国で20人だけ選ばれた「英雄少年」の一人だ。
向峨中は校舎が全壊し、約420人の生徒のうち、約100人が死亡した。賈君も頭などを負傷したが、がれきの下敷きになった同級生ら4人を助け出した。左足を骨折した担任も、背負って救急車まで運んだ。
劉勇校長(45)は「彼の偉業はずっと語り継がれるだろう」と称賛する。
ただ、賈君本人は廃墟の中から、大勢の同級生が遺体となって運び出される光景が忘れられない。「救助に参加した生徒もたくさんいた。僕は英雄なのだろうか」。そう戸惑いつつも、「死んだ友達のためにも、模範になるよう頑張る」とポツリポツリと語った。
「英雄少年」の選出・表彰は党の下部組織、中国共産主義青年団などが行った。震災で「勇敢さ、強固な精神、前向きな姿勢」を発揮した50人の候補者を選定。メディアで顔写真と功績を大々的に宣伝した後、全国の人々の投票で決定した。漏れた30人には「優秀少年」の称号が贈られた。
綿竹市の東汽高校2年、馬小鳳さん(17)は「優秀少年」の一人だ。がれきの下で友人と励まし合い、約80時間耐え抜いたことが評価された。馬さんは「私は助けられただけ。英雄は助けてくれた兵士たちです」と恥ずかしそうだった。
メディアが大々的に報道し、英雄扱いされるようになった子供もいる。
北川チャン族自治県の曲山小4年、李月さん(11)は地震で左足を失ったが、「バレリーナになる夢を実現したい」と周囲にけなげに話した。この言葉が大きく報じられると、当局の計らいで北京の病院での治療が決定。北京到着後は国家大劇場に招待され、訪中していた英国ロイヤル・バレエ団メンバーが、李さんのためにバレエを披露した。
がれきの中から救出され、担架の上で軍人に敬礼して話題を呼んだ同自治県の男の子、郎錚(ろうそう)ちゃん(3)は五輪キャンペーンに登場した。6月下旬、聖火リレーに使われたトーチを一緒に握りしめた。うれしそうな錚ちゃんの写真が翌日、中国紙を飾った。
共産党機関紙・人民日報は、別のリレー走者が「聖火によって被災地の子供の希望に火を灯そう」と訴える記事を掲載した。小さな英雄たちの話題は、地震から約2か月が過ぎた今も報道され続けている。五輪キャンペーンへの登場回数もさらに増えそうだ。だが、校舎の下敷きになり、永遠に五輪を見られなくなった子供たちのことには、もはやマスコミは触れようとしない。(北京五輪取材班)
■「赤い聖火」縦横無尽
北京五輪の聖火は今年3月、「共産党の中国」をうち立てた毛沢東の肖像が掲げられた北京・天安門広場前を出発した。「赤い聖火」はいま、党の宣伝とともに中国全土を走り続けている。
湖南省韶山の毛沢東生家前では「中国、がんばれ」の合唱の中、毛の血族がトーチを運んだ。中国紙は「大陽が昇る地に聖火が輝く」と伝えた。
1930年代の党の大逃避行「長征」の途上、毛が指導権を握った貴州省遵義(じゅんぎ)では、93歳の長征参加者がランナーになった。後の根拠地・陜西省廷安でも92歳の古参女性兵士が走った。彼らの苦難が「新中国」、そして五輪につながった──というストーリーが読み取れる。
改革・開放の成果も強調されル。聖火は、中国の国威を示す有人宇宙飛行船「神舟」の打ち上げ基地・酒泉衛星発射センター(内モンゴル自治区)の発射台も回った。「『より速く、より高く、より強く』の五輪精神と宇宙開発の精神を融合させ祖国を祝福する」(中国紙)ためだった。
胡錦濤・党総書記の故郷、安徽省績渓では、胡氏が力を入れる農村改革のモデル村でリレーが行われた。
3.愛国心ネットで噴出 中国疾走〜五輪秒読みA〜(「読売新聞-2008.7.12」から)
7月初め、米南部の名門デューク大に留学中の王千源さん(20)に電話すると、彼女は坦々とこう言った。
「さっき私の名前をグーグルで検索したら、中国語で36万8000件ヒットしました。ほとんどが私を『売国奴』『裏切り者』と呼んでいるんですよ」
北京五輪の聖火リレーがサンフランシスコを走った4月9日、同大構内で「チベットに自由を」と叫ぶ米国人留学生の集団が対立した。「話し合おうよ」と割って入ったのが1年生の王さんだった。
王さんは、「チベット独立」を支持したわけではない。理性的な話し合いを、と言っただけだった。
「お前はそれでも中国人か」。詰め寄ってきたのは同胞たちだった。インターネットの攻撃も始まった。応さんの出身地、両親の名も流れた。山東省の実家の玄関には「皆殺しだ」と書かれ、両親は身を隠した。
中国は19世紀以降、列強の手で国土をずたずたにされた。中国人の多くはその被害者意識から「国家の尊厳」にかかわる動きには敏感だ。一度スイッチが入ると、その思いは「過激な中華ナショナリズム」として噴出する。
王さんのケースの通り、そこで決定的な役割を果たしているのがインターネットにほかならない。
中国のネット人口は今年2億2000万人を超え、世界一となった。この広大なネット空間で、「敵」や「売国奴」を探して戦いを仕掛ける一群の人々がいる。「憤青(怒れる青年)」と呼ばれる若者らである。
戦い方は簡単だ。「パソコンや携帯電話で知人にメールを送るだけだ。あとはネズミ算。一気に増殖していく」と、北京の30代のネット活動家は言った。
五輪年の今年、彼らの戦果はめざましい。パリで聖火リレーが妨害されたのは許せないと、仏系スーパーの不買運動を呼びかけると、即座に現実となった。
中国を批判した米CNNのキャスターや米女優も激しいネット攻撃を受け、謝罪に追い込まれた。
影響力の大きさは、共産党も十分わかっている。ある党関係者は「中国に批判的な内外勢力をたたくネット民族主義は、党にも大きな利益になっている。あくまで許容範囲にある限りだが・・・」と明かした。
共産党は五輪に関しては、「過激な民族感情による暴力・衝突」は許さない構えだ。憤青が多い北京の主要大学では、すでに教官らが学生たちに対し、「理性的な愛国表現をせよ」と指導したという。
五輪は各国の対抗戦だけに、人々の愛国心をかき立てる。今回、憤青たちはどう動くのか。日本人は日の丸を振れるのか。
北京のネット活動家に問うと、彼は「憤青のいまの標的は売国奴や欧米だが、五輪が始まればわからない。日中戦は用心した方がよい。米仏の10分の1の刺激でも反日は燃え上がるからね」とニヤリと笑った。(7面に続く)
※このネットユーザーの件については、政府の工作者が煽動しているという説もある。そもそも、情報規制を行っている中国で中共政府に不都合な情報が流れ続けることは考えらないと指摘されている。
4.「憤青」にも監視の目 中国疾走〜五輪秒読みA〜(「読売新聞-2008.7.12」から)
<1面続き>
海外から「逆風」が吹くと、燃え上がる「過激な中華ナショナリズム」。中国当局は北京五輪を混乱無く開催するため、「許容範囲」を超える者は容赦なく抑え込もうとしている。
海上自衛隊の護衛艦「さざなみ」が訪中した6月24日夜、中国南部の大都市で、20歳代の孫徳斌さん(仮名)は、「釣魚島(尖閣諸島)防衛」と書いたTシャツを着て一人で街を歩いた。
孫さんは、インターネットで日本の動きを批判的に伝える「憤青(怒れる若者)」。「1人デモ」も自衛艦への抗議のためだったが、声を上げたり、ビラをまいたりはしなかった。
「公安が見ているから、激しいことはできない」。反日デモの嵐が吹き荒れた2005年、孫さんは愛国の思いから民間反日組織の無許可デモに加わり、当局の取り調べを受けた。
それ以来、当局の監視対象になり、「ネットで国家機密を漏らしただろう」と脅されたこともあった。すでに所属機関を追われ、当局の尋問を受けた恋人も去っていったという。
孫さんは「僕の対日観は、教科書や抗日映画が作った」と語る。いわば愛国主義教育が育てた「愛国チルドレン」だ。日中関係が良好になったいま、孫さんは取り残されたばかりか、五輪を前に「邪魔な存在」になってしまった。
当局は、民主派にも目を光らせる。最近、民主活動家や人権弁護士らが当局に拘束されたとの情報が相次ぐ。北京に世界の注目が集まる中、彼らが民主化の公然と要求するなどしたら、中国のメンツは台無しになるからだ。
6月下旬、北京の飲食店。中年の民主派知識人が取材の途中、声をひそめて「いま私の後ろの席に坐っている男は公安だ」と言った。
民主改革を求める彼にとって、インターネットは重要な言論の場だ。
「しかし、中国のネット空間には濾過された情報しかない。党に都合の悪い情報はすぐに消去されるからだ。私のメールは、常にだれかに見られている」
憤青に対しては「熱狂的で無知で非寛容。過激な排外運動だ」と切って捨てた。だが同時に、「言論の自由を進めるのが中国のためだ。その意味では、ああいう声も容認されなければいけない」とも言った。
五輪前、こういう人も監視対象となっている。(北京五輪取材班)
※2005年の反日デモに関しては、当サイトの「歴史を考える1」を参照下さい。官製のデモであることは明らかだと思われます。チベットでは、5人集まると集会と見なされ、許可が必要になるほどと言われています。
■聖なる火 民族の炎に 〜同済大文化批評研究所 朱大可 教授〜
「中華ナショナリズム」の高まりについて、上海・同済大文化批評研究所の朱大可教授に聞いた。
──いまの民族主義的な動きをどう見ているか。
「中国の民族主義は1987年の香港返還で、『将来は世界最強の国になる』という自覚によって強まった。五輪で、この心理状態は最高点に達する。自尊心が満たされ、大国になったことを実感する絶好の機会だからだ」
「中国はまだ発展途上国で、人々は内心ではコンプレックスも持っている。だから、世界の尊敬を勝ち得たことを証明する、儀式が必要なのだ」
──危険な面はないか。
「民族主義は国民団結にはプラスだが、五輪精神と衝突する危険もある。例えば、聖火リレーは、愛や平和という普遍的価値を体現するはずのものだが、中国の民族精神の炎になってしまった。一部の民族主義者は、『自分たちだけで五輪をやればいい』と言い始めている」
──政府の対応は?
「中国人は、チベット問題で西側世界全体が中国を責めていると受け止め、その反発から周囲を敵視するようになった。政府は民族主義を民意として利用してきたが、それが統制できなくなることに脅威を感じている。政府は狭隘な民族主義を戒めているが、五輪にとって不安材料であることは間違いない」
■北京市 五輪中の犬肉提供禁止 〜「人間の友達だから」〜
【北京=竹内誠一郎】北京市が北京五輪の特約ホテル119軒に対し、五輪期間中は犬肉料理を提供しないよう指示したと、11日付の北京晨報が伝えた。犬肉を調理した料理だけでなく、薬膳料理に犬肉の成分が含まれている場合も客に明示するよう求めている。飲食業界団体も焼き肉店、雲南、貴州料理店など加盟店に対し、期間中の提供自粛を呼びかけているという。
中国では、日常的に犬肉を食べる習慣があるが、市旅行局の熊玉梅副局長は11日の記者会見で、「犬は人間の友達。もし犬肉を求める旅行者がいても、我々は制止する」と述べた。
5.強権統制 庶民にツケ 中国疾走〜五輪秒読みB〜(「読売新聞-2008.7.16」から)
「北京五輪で儲けるやつらは多い。損したのはおれたちだ」。北京市の運送業者の男性(47)は不満を一気にはき出した。約40の運送会社が集まる市南郊の「大紅門?福海物流センター」。先月まで数十台のトラックで埋まっていたが、今はほとんどない。暇をもてあました従業員がトランプに興じていた。
今月1日、北京で新たな交通規制が始まった。市外ナンバーのトラックや排ガスが環境基準を超える車は、市内を走れなくなった。正式な通達は6月19日。「対応できるはずがない」と運送業者の怒りは収まらない。
規制はパラリンピック後の9月20日まで。運送コスト高騰で、一部の卸売市場ではコメや野菜の価格が上がり始めた。
日系企業も例外ではない。北京市内でポンプやタービンを製造している日系のメーカーは、原材料の搬入と製品の搬出ができなくなった。担当者は「日本の取引先に、五輪だからと言っても理解されない。納期に遅れれば契約違反で賠償を求められる」と憮然とした表情。運送会社は倉庫に荷物を置いたまま市外に運び出せず、引っ越し会社はトラックを使えないため仕事を請け負えない。
中国政府は2001年7月に北京五輪開催が決まって以降、市内にあった大型製鉄所を移転させるなど、一応の環境対策は打ってきた。だが、成長至上主義のもと、中国全土で進む野放図な開発にブレーキはかからず環境は悪化、汚染防止策や被害者救済もなおざりにされてきた。
国連環境計画が「北京市内の大気中の粒子状物質は、世界保健機関(WHO)基準の2倍以上」と指摘したのは昨年10月。開幕が迫り、強権的な「統制措置」が矢継ぎ早に導入されることになった。
今月20日からは、市内の建設工事が一斉に中止させられるほか、化学工場やセメント工場などが操業停止・縮小に追い込まれる。同じ日には、自動車のナンバープレートの偶数と奇数による通行規制も始まる。300万台以上とされる自家用車の通行を半減させるのが狙いだ。
北京市通州区にある「北京東方石油化工」は、20日から操業がストップさせられる工場の一つ。従業員数千人の目下の話題は「給料はどうなるのか」。生産ラインが止まり、給与カットは避けられない。男性職員(37)は「貯金を取り崩して生活せざるを得ない。抵抗したって意味ないよ」と力なく笑った。
中国が国際社会に喧伝する「緑色(エコ)五輪」実現に向け、結局、そのツケは一般庶民に回りつつある。
北京ではいま、こうした統制でも効果がない場合、「中国政府は、市中心部から200キロ県内の全工場に操業停止を命じる」とのまことしやかな噂も流れ始めた。(6面に続く)
6.民工追放 直訴を「隔離」 中国疾走〜五輪秒読みB〜(「読売新聞-2008.7.16」から)
<1面続き> 〜準備の裏側〜
北京市内で建設工事に携わってきた約100万の民工(出稼ぎ労働者)がいま、続々と首都を離れ始めている。北京五輪の大気汚染対策として、20日から市内の建設工事が一斉に中止され、仕事がなくなるためだ。北京駅や北京西駅では、大きな荷物を抱えた民工が故郷に帰る列車を待っていた。
河北省に帰る男性民工(50)は、北京大学の寮建設現場で働いていた。あっさり失業。「五輪をどう思うかって?収入が減っただけさ」と淡々と話した。学齢期の子ども2人を抱える遼寧省の劉長良さん(38)は「2か月も給料がないと生活できない」と嘆いた。
江蘇省から来ていた汪明啓さん(50)ら民工10人は、手配を受けて先月30日に北京に来たばかりだった。ところが交通規制で物資が届かず、工事はストップ。半日働いただけで帰ることになった。汪さんは「給料ももらえないし、交通費も自腹。どうすればいいんだ」と怒りをぶちまけた。
北京政府はこれまで、「民工を強制的に帰郷させることはない」と繰り返し説明してきた。だが、民工の一人は「雇い主から『政府の指示だから故郷に帰れ』と言われた」と打ち明ける。
当局による統制はほかにもある。
北京南駅の近くにある通称「直訴村」。地方の役人の不正などを中央に訴え出るため、人々が集まってきた場所だ。6月下旬のある日。歩道の両端から15人前後の警官が近づき、直訴者を近くに止まっていたバスに無理やり押し込んでいった。
目撃者によると、連行されたのは約200人。「必死で逃げたよ。五輪があるから力を入れているのだろう」。賃金不払いを直訴しに来た河北省の許賀友さん(48)は振り返る。
楊煥寧・公安省次官は今月3日、直訴者の対策会議で、「様々な社会矛盾が増えている」と認めながらも、五輪期間中、北京に来る直訴者を極力減らすよう地方に指示した。
香港紙・明報によると、北京市当局は、直訴者を市南西部の「世界公園」に"隔離"する計画を進めているという。公園内で抗議活動を認めて不満ガス抜きをしつつ、外国メディアの目を向けさせないようにする狙いだ。
胡錦濤政権は、国民すべてが改革・発展の成果を享受できる「調和社会」構築を掲げ、格差の解消や民生重視を標榜してはいる。だが、近づく北京五輪の準備作業から浮かび上がってくるのは、当局の政策に翻弄され続ける社会的弱者の姿だ。(北京五輪取材班)
7.「3つの敵」厳戒祭典 中国疾走〜五輪秒読みC〜(「読売新聞-2008.7.17」から)
北京市朝陽区の高層マンションの一室に事務所を構える内装会社に、警官が訪ねてきたのは6月下旬のことだ。事務所ベランダからは、幹線道路を挟んで北京五輪のメーンスタジアム「鳥の巣」が一望できる。大会期間中は「世紀の祭典」の臨場感を存分に味わえるはずだった。
警官からは、「鳥の巣」に面する窓とベランダの封印を命じられた。さらに、窓全面に暗幕を張ることが義務付けられた。このマンションだけでなく、付近に林立する数棟の入居者全員にも同様の命令が下ったという。警官はその理由を説明してくれなかった。
内装会社に勤務する男性は「狙撃などの防止が狙いと思うが、そこまでやるかという感じだ。朝から電灯生活も不便なので、五輪期間中は休業しようと思う」と苦笑した。
北京市では五輪開幕を目前に控え、空前の厳戒態勢が敷かれている。15日からは、市外から市中心部に入る幹線道路に三重の検問所が設けられた。市民も外出の済には、身分証の携帯が義務づけられ、北京駅や北京西駅、地下鉄全駅では空港並みの手荷物検査を実施。市内には監視カメラ数十万台が設置されるなど、北京市民は事実上の24時間監視下に置かれた。
すでに、陸、海、空3軍と、全国7大軍区のうち4軍区から警備要員が投入され、「鳥の巣」の南側には地対空ミサイルも設置された。さらに、今月1日には、生物化学兵器や放射能物質、爆発物による事件に備える対テロ部隊も発足。五輪の警備責任者は中国誌などに対し、「アテネやシドニー五輪などを参考にすでに万全の警戒体勢を取った」と話している。
中国当局が公式に「五輪の敵」とみなしているのは、@チベット自治区や新疆ウイグル自治区などの分離・独立勢力Aアル・カイーダなどの国際テロ組織B重大な刑事犯罪──の三つ。厳戒態勢は、これらの敵を力で封じ込めるためだ。
そのチベットでは先月25日、3月の暴動鎮圧以来、外国人観光客の受け入れが3ヶ月半ぶりに再開された。だが、7月上旬にラサ入りした外国人旅行者によると、空港の警備は厳重で、旅客以外は空港ビルに入れない措置がとられていた。チベット族の北京などへの移動を厳しく制限していると見られる。
ラサ市民の話では、暴動直前に抗議デモを行った僧侶らが属していたデプン寺は封鎖され、出入りはいまだに禁じられたまま。国際人権団体によると、チベットでは以前僧侶ら約1000人が拘束されている。
中国政府は政治犯の釈放や信教の自由の保障など、根本にある問題に手をつけないまま、治安対策だけを強化し、乗り切ろうとしている。だが、6月下旬、貴州省で大規模暴動が発生するなど、貧富の格差や官の腐敗へ不満は全土で根強い。「三つの敵」以外にも様々な火種を抱えたまま、史上例のない厳戒五輪が近づいてきた。(6面に続く)
8.「日本流」警備に注目 中国疾走〜五輪秒読みC〜(「読売新聞-2008.7.17」から)
<1面続き> 〜暴動の恐怖〜
8月8日に開幕する五輪を控え、厳戒態勢が敷かれているのは、北京だけではない。
上海に住む李麗さん(31)(仮名)は先月29日、引っ越しのために郵便局で横浜に荷物を送ろうとしたところ、局員に段ボール箱の中の物を全部出すよう指示された。
スピーカーは「磁石が付いていて爆弾を遠隔操作できる」、デジタルカメラは「充電池が爆発する」、水性ボールペンも「液体が爆発物の可能性がある」──。局員は梱包台の上に並んだものを次々指さし、「送ることはできない」と話した。「テロの危険性が高まっている」と言われ、李さんは引き下がるほかなかった。
五輪は常にテロの脅威にさらされてきた。1972年のミュンヘン大会では、パレスチナゲリラがイスラエル選手団を人質に立てこもり、人質全員を射殺。96年アトランタ大会では爆弾テロで100人を超える死傷者が出た。
「警備の難しさはサミット(主要国首脳会談)の比ではなく、テロを計画する勢力から見ると宣伝効果は絶大。北京もそのリスクは変わらない」。警察庁所管の財団法人「公共政策調査会」(東京)でテロ対策を専門に研究してきた河本志朗・第1研究室長はこう警告する。
中国が恐れているのは、群集の暴動だ。
苦い経験がある。2005年春。広東省深センで始まった反日デモは、中国各地に飛び火した。インターネットでの呼びかけもあって、上海では暴徒が数万人に膨れ上がり、総領事館に石を投げつけた。
「デモ隊が制御不能に陥ったことは、相当ショックだったはず」。1960〜70年代の安保闘争、成田闘争で警備部門の現場責任者として臨んだ経験を持つ初代内閣広報官の宮脇磊介(らいすけ)さん(76)はこう語る。
宮脇さんが上海国際問題研究所の招きで上海を訪れたのは06年6月。東アジアの安全保障についての講演を依頼されたのだが、空港から市内に向かう車中で、出迎えた男性から「実は暴動鎮圧について教えていただきたい」と切り出された。
ホテルのバーで引き合わされた2人の男性は「上海市当局の者」と言うだけで名乗らなかったが、「インターネットと携帯電話に手を焼いている」という話から公安関係者と推察した。宮脇さんは、想定外のことが起きることを踏まえた警備計画の必要性や、街頭武装闘争を取り締まるための法整備、部隊編成などを実体験に即して話した。2人は熱心に質問してきた。
「デモ隊、機動隊ともにけが人を出さないことを第一に考えるように日本の警備手法を、中国が吸収しようとしているのが分かった」と宮脇さん。それから数度、北京五輪組織委員会の治安担当者らに、民衆を暴徒化せずにどう制御していくかのノウハウを指南してきた。
だが、中国と日本では体制も異なり、警備の方式も根本から異なっている。3月のチベット暴動では手荒な武力鎮圧が国際社会から非難を浴びた。北京五輪では、中国当局の一挙手一投足に世界中のメディアの目が注がれる。
◇中国で発生した最近の主な暴動事件
2003年 4月 新型肺炎(SARS)隔離施設設置に反対し、湖南、河南両省や天津市で住民が地元政府などを襲撃
2004年10月 四川生漢源県でダム建設に抗議する農民数万人が警察と衝突
12月 広東省東莞市で交通事故捜査を巡り、出稼ぎ労働者5万人が警察と衝突
2005年 4月 北京、上海、広東省などで反日デモ。日本大使館などへ投石
2006年 7月 遼寧省凌源市で補償金着服に抗議する住民2000人が派出所を襲撃
2007年 5月 広西チワン族自治区玉林県で「一人っ子政策」強制への反発で住民4000人が暴動
2008年 3月 チベット自治区ラサや四川省などで大規模暴動
6月 貴州省疆安県で少女強姦殺人事件の隠ぺい疑惑を発端に住民数万人が警察本部などを襲撃
(香港メディアの報道などより)
9.「バブル」早くも陰り 中国疾走〜五輪秒読みD〜<最終回>(「読売新聞-2008.7.18」から)
「8月の中国向け旅行は、前年同月比87%減となる見込み。7〜9月でも前年同期比84%減だ」
ある大手旅行会社の担当者は、こう嘆息した。8月8日から24日まで開かれる北京五輪。旅行業界は「絶好の回帰入れ時」と期待していたが、この時期に中国を訪れる日本人観光客は大幅に落ち込む見通しだ。
別の旅行会社社員はその原因として、毒ギョーザ事件やチベット暴動、四川大地震などを挙げ、日本人の間で「職の安全」や環境、治安面での不安が根強いことを指摘。「五輪後の好転に期待したい。これ以上、トラブルが起きないことを祈る」と話した。「五輪旅行商戦」は、早くも終戦を迎えている。
日本ばかりではない。5月には韓国、米国からの観光客も減少。北京市旅行局は今月11日、市内の四つ星以下のホテルについて、五輪期間中の予約率が5割以下であることを認め、8月に北京入りする外国人客を推定40万〜45万人と発表した。
昨年8月、北京を訪問した外国人客は約42万人。今年は大幅像を見込んでいたが、ここに来て下方修正した形だ。市の担当者は「立場上、悪いとは言えない」と苦しいコメントを漏らしたが、中国政府の皮算用は狂った。
五輪効果を教授するはずだった市民の懐にも、不安が忍び寄っている。
「五輪メーンスタジアム『鳥の巣』から800メートル」。そんなうたい文句の投資用マンションが着工されたのは2年前。1平方メートル1万2000元(約19万円)の売り出し価格は、たちまち2倍に跳ね上がった。だが、完成まで1ヶ月を切った現在、売れたのはまだ4割だ。
販売担当者は「好立地なので、いつかは売れる」と強気だが、7年前の五輪開催決定以来、高騰を続けてきた市内の不動産取引は低迷期に入った。中国政府が昨秋行った金融引き締めで、住宅ローン規制などが強化されたためだ。中国メディアによると、市中心部の一地区では、全体の2割に当たる不動産仲介業者が倒産。一部のマンションでは値崩れも起きており、「五輪バブル」終焉の兆しも見え始めている。
株式市場の状況はもっと深刻だ。上海株式市場の総合指数は、昨年10月に6092.06の史上最高値をつけた後、急落し続けている。今月17日の終値は2684.78で、この間の下落率は実に56%に達した。
国営企業で北京五輪スポンサーの「中国石油天然ガス」は、昨年11月に子会社の「中国石油」を上場させた。初日に約50元(約800円)の値をつけたが、今では約15元に下落。上場時に3万株を買い、約100万元が泡と消えた女性投資家は、「大丈夫だと思ったのに」と涙ぐんでいた。
「21世紀の超大国」を目指し、疾走を続けてきた中国。北京五輪と2010年の上海万博は大きな跳躍台と位置づけられている。しかし、原動力となる経済が足踏みし、疾走の勢いに陰りが出れば、その目標実現も危うくなる。
(7面に続く)
※株式市場における個人投資家の9割は、損をしたとされています。
10.常識通じないビジネス 中国疾走〜五輪秒読みD〜<最終回>(「読売新聞-2008.7.18」から)
<1面続き> 〜チャイナ・リスク〜
7月中旬、北京市の五輪公園に隣接するマンションと駐車場の賃貸契約を結ぼうとした日本企業の担当者は、真っ青になった。駐車場の管理権だけが、交渉相手の管理会社とは別の会社に移っていることが直前に判明し、駐車場の契約が白紙になったのだ。
管理会社の上部組織は北京市共産党委員会に属する国有グループ企業。その理事長の娘が、駐車場管理権を別会社に私的に譲渡していたという。本来、国有企業の業務の一部を別の民間会社に勝手に移すことはできないはずだが、中国では典型的な党幹部子女による利権の私物化だった。管理会社の担当者も「我々も寝耳に水だった」と済まなさそうに打ち明けた。
ビジネスの場で、他国の常識と想像を超えたトラブルに見舞われる「チャイナ・リスク」。北京五輪を機に中国展開を図った外国企業でも、その皮算用に大きな狂いが出た。
5月の四川大地震では、複数の外国企業が「義援金が少ない」とネット上で批判を浴び、「不買運動の呼びかけ」まで起きた。ネット上で公開された「ケチ企業リスト」には、国際オリンピック委員会(IOC)の「ワールドワイド・パートナー」として、北京五輪を支援するコカ・コーラの名もあった。
米国人の中国譜面担当者は「海外企業では真っ先に義援金に応じたのに。そもそも、義援金は金額の多寡が問題ではない」とこぼしたが、社内では企業のイメージダウンに危機感が高まったという。チベット暴動、地震を通じて高まった中国人のナショナリズムは、企業にとっても大きな「リスク」の一つだ。
聖火リレーのスポンサーは、コカ・コーラと韓国のサムスン電子、さらに国内のレノボが務めた。関係者によると、北京五輪組織委員会とスポンサー各社の契約では、各通過都市でスタート式典の際、各社の代表のあいさつを盛り込むなど、企業名などの"露出"を保証する文言があった。
だが、欧米でのリレーが人権活動家らの激しい抗議運動に遭ったことから、中国国内のリレーには厳重な警備が敷かれ、企業名"露出"への配慮は二の次になった。ある企業担当者は「契約条項に基けば、組織委に賠償などを要求できる」としながらも、迷っていると打ち明けた。
企業側は「これほど巨大で、成長が見込める市場はほかにない」(五輪スポンサーの日系企業)との認識だった。五輪スポンサー選定は、組織委側の完全な「売り手市場」だった。最も低いランクの「サプライヤー」でさえ1600万元(約2億5000万円)以上が必要で、最上級ランクの「オフィシャルパートナー」は数億元規模とされる。
スポンサー選定では、前代未聞の中国流が押し通された。ビール部門のスポンサーにはまず、1984年ロサンゼルス大会からスポンサーを務めている米バドワイザー(中国名・百威)が決まり、続いて世界的知名度を持つ国産の青島ビール、地元北京の燕京ビールが選定された。
五輪スポンサーは「1業種1社」が原則だが、中国内の競争企業に配慮した結果で、IOCも同意したという。
北京五輪をめぐり再浮上した「チャイナ・リスク」。中国経済が成長を続け、市場が拡大する限りは、外国企業側も受忍する。だが、中国経済が失速し、企業側もその利害得失を厳しく吟味することになるだろう。
(北京五輪取材班)(おわり)
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「中国疾走・五輪秒読み」を担当した北京五輪取材班は、北京・河田卓司、杉山裕之、牧野田亨、寺村暁人、竹内誠一郎、上海・加藤隆則、香港・吉田健一、ロサンゼルス・飯田達人、国際部・比嘉清太、社会部・小島剛、梅村雅祐、大阪社会部・鈴木隆弘、写真部・安川純、田村充、大阪写真部・大久保忠司で構成しました。
※党幹部の子女を”太子党”と呼ぶ。党主席が変わるたびに、太子党も新・太子党へと変化していくと言われている。
●変貌東北〜中朝国境 中国、「統一朝鮮」にらむ〜(「読売新聞-2008.10.21」から)
中国が改革・開放政策を導入してから30年。吉林、遼寧、黒龍江の東北各省も大きく変化した。北朝鮮やロシア、韓国など周辺国を巻き込みながら変貌する国境地域や沿海部の最新事情を、現場から報告する。
〜貿易拠点整備 急ピッチ〜
中朝国境を流れる鴨緑江が闇に包まれる午後7時過ぎ。中国吉林省・長白朝鮮族自治県の岸辺で、草むらに目を凝らすと、いかだに荷物を積む男2人のシルエットが浮かび上がった。
いかだは、木の板とタイヤチューブで作った手製。そこに、約1メートル角の箱が3個並んだ。約40メートル先の対岸は北朝鮮両江道の恵山市だ。
2人は深さ10センチのさおを差し、静かに対岸へ渡っていった。
「密輸さ。朝鮮族住民*1と北朝鮮兵士らの仕業だよ」。近くを散歩中の漢族の中年男が、こともなげに話した。住民によると、中国側からは食糧や服、家電、ガソリン、化学肥料などを運ぶ。北朝鮮からは水産物や漢方薬材、鉱物、時には、ニセたばこなどの違法商品も、持ち帰る。
「たいした産業がない長白では、密輸でもやらないと、食えない。警察も見て見ぬふりだ」(22歳の地元運転手)という。
同県は東西約1300キロにわたる中朝国境線のほぼ中間点にある。人口約9万。交通の不便さに国境地帯という政治的微妙さが加わり、開発とは無縁だった。違法ビジネスにも頼り、細々と暮らしてきた地域だが、いま、変化の兆しがある。
「対北朝鮮貿易の一大拠点を造ろう」──。9月8日、同県で開かれた交易会開幕式で、李平・県共産党委書記が訴えた。
この日、同県から恵山への出口となる長白税関の前に、地元政府などが5000万元(約7億5000万円)以上を投じて建設したという卸売りセンターも仮オープンした。うたい文句は「中張国境最大規模」。地元当局者は「北朝鮮の商社などに中国製品を売り、将来は、北朝鮮と自由に往来し、商売ができる自由貿易区を設けたい」と意気込む。
同センターには、すでに国内業者100店舗以上の出店が決定。時計や服などを売る浙江省温州の男性(18)は「北朝鮮では、密貿易などで儲けた金持ちが生まれている。北朝鮮は国境貿易で最後に残るフロンティア。リスクも大きいが、前途を信じる」と言い切った。
地域振興の試みは、商業分野にとどまらない。8月、同県の中朝国境に位置する長白山(朝鮮名・白頭山)南麓が観光地として対外開放され、韓国人客ら約5万人が訪れた。国際大会を開けるスキー場やキャンプ場、映画村を造る計画も浮上。西麓には8月、長白山空港が開業した。
急ピッチでインフラ整備が進む背景には、韓国マネーを呼び込むのと同時に、「将来の『統一朝鮮』出現後の朝鮮族を中国内につなぎ留めるため、国境に「富」の集積地を作っておこうという狙いだ。
もちろん、北朝鮮情勢が依然として不透明なのが、最大の懸念材料だ。金正日総書記の健康悪化のうわさは、この地域にも広く流れている。50代の地元商人はこうつぶやいた。
「沿う書記の病気問題の影響が及ばないか心配している。長白の将来は、北朝鮮次第なのだから」
(長白朝鮮族自治県で 末続哲也、写真も)
*1:朝鮮族 中国東北地方に居住する少数民族で、人口約190万人。廷辺朝鮮族自治州や長白朝鮮族自治県を中心に吉林省に集中している。凶作などのため19世紀半ばから朝鮮半島からの流入が増大し、1910年の日韓併合以後に定着。北朝鮮建国後、一部は北朝鮮側に移ったが、中国側にとどまった人も多くいた。
●変貌東北〜潤う「ビザなし特区」〜(「読売新聞-2008.10.22」から)
〜日本海航路の開発に弾み〜
平日の商店街は、ロシア人客でにぎわっていた。アムール川沿いにある中国黒龍江省・黒河市。約1キロ先の対岸にある露極東の都市ブラゴベシチェンスクなどから来た人々だ。ギョーザ専門店に入ると、約20人いた客の大半はロシア人だった。
「ロシアからのビザなし渡航のおかげで大繁盛だ。支店を二つ構えるまでになった」。店長の王志軍さん(26)は得意げに話す。タクシー運転手(44)も「収入は以前の5割増しさ」と笑った。
黒河市は90年代、アムール川に浮かぶ面積1平方キロメートル弱の大黒河島に「互市(相互)貿易区」と呼ぶ特区を設け、ビザなし渡航を認めた。2004年には、この"特区"を広さ約15平方キロの市中心部全体に広げた。
川を渡る交通手段は、夏は船、川が凍る冬は氷上を走るバスやホーバークラフト。市商務局によると、1〜8月に黒河を訪れたロシア人客は、前年同期比較約22%増の約30万人に上った。
頃かわしの活況は、資源輸出などで好調なロシア経済抜きに語れない。視当局者は「ロシア人の給与は10年前、中国より少なかった。それが近年の経済成長で中国の数倍に膨らんだ」と話す。ロシアの物価上昇で、中国の飲食費や家電、服などの値段は「ロシアの半額から数分の1」(同当局者)と格安だ。
この変化をにらみ、中国は近年、従来からの中露間の辺境貿易に力を入れる一方、同省の黒河や綏芬河(すいふんが)、東寧など各地に互市貿易区を設け、ロシアマネーを呼び込もうと躍起だ。
ロシアの経済力は、停滞する図們江(ともんこう)(朝鮮名・豆満江)下流の開発にも、活力をもたらしつつある。
日中韓露4カ国が進める露トロイツァ(旧ザルビノ)─新潟─韓国・束草(ソクチュ)間の日本海海運プロジェクト関係者は、「ここ数年、ロシアに資金的な余裕ができ、トロイツァ港への道路整備や港湾施設の拡充が進んだ。中国東北部から日本海を経る対日物流ルートを作るチャンスだ」と話す。
この航路は今月23日、新潟─トロイツァ間の試験運行を行い、来春までの運航開始を目指す。トロイツァから約70キロ離れた中国の対露・北朝鮮国境の都市、吉林省琿春市の当局者は「琿春から大連港経由で東京に物を運ぶと10日前後かかる。日本海経由なら3日で着く。日本海海運が軌道に乗れば、日系企業の進出も相次ぐはずだ」と期待する。
トヨタ自動車などが進出する省都・長春と、琿春市の西隣の図們市を結ぶ高速道路も先月、開通。中国は、日本海海運を東北部の物流の大動脈に育てたい考えだ。
ただ、中国側にはロシア流ビジネスへの警戒心もちらつく。ロシアは一昨年、50キロまで無税で国内に持ち込めた税関規制を「35キロまで」に変更。中国商品物流を抑える狙いとみられる。日本海海運でも、ロシアは通関手続きの簡素化を渋っているという。
とはいえ、中露間では長年の懸案だった国境画定作業が今年、完了した。中露間の貿易総額は今年1〜8月で前年同期比約25%増となるなど拡大する一方だ。中国の地方当局者らは対露ビジネスについて「楽観している」と口をそろえた。(黒河で 末続哲也、写真も)
●変貌東北〜寒村 いまや韓国人街〜(「読売新聞-2008.10.23」から)
〜中国経済の新成長点に〜
中国東北部最大の経済都市・大連市の中心部から北に約130キロ。橋を渡り、渤海に浮かぶ長興島に入ると、ハングルの看板が目に飛び込んできた。韓国料理店に、韓国式カラオケやサウナ・・・。この1年に韓国料理店だけで14軒が開業。まるでコリアンタウンだ。
島を回ると、随所でショベルカーやブルドーザーがうなりを上げ、造船業界世界6位の韓国STX造船が従業員約9000人体制で操業していた。
長興島は約253平方キロメートルで、屋久島の半分ほどの広さ。3年前までは、約5万人の島民らが農業や漁業で生計を立てる寒村だった。
だが、水深の深い海岸や大連に近い立地が評価され、国家プロジェクト「東北振興政策*1」の目玉となる臨界工業区を造る計画が始動。4月にSTX造船が開業し、韓国関連企業約30社も進出を決めた。外部の労働者流入で島の人口は約10万人に倍増。韓国人人口は約5000人に膨らんだ。
「韓国人街の次は、日本人街の誕生も夢ではない。島は5年以内に、深?(広東省)、浦東(上海)、天津に続く、国の最高級の戦略区になる。10年後には人口80万都市だ」。島の企業誘致担当者の鼻息は荒い。
実際、日本最大の産業ガスメーカー、大陽日酸が工場設置を決め、今月9日、起工式を終えた。造船や環境分野などで他の日本大手も進出を検討中という。
企業を引き寄せるのは、島の「将来性」だ。中国の共産党政権は、1980年代の華南開発、90年代の上海・浦東開発、最近の北京・天津地域や西部の開発をテコに高度経済成長を実現、政権維持につなげてきた。島に進出した外資系起用幹部は、「今後、胡錦濤政権が経済成長を維持するには、残る東北振興に力を入れるしかない」と言い切る。
その「東北振興」では、遼寧省で昨年までに国有の大型工業企業の9割が株式制を導入するなど、国有企業の体質改善が進んだ。続いて、ハルビン─長春─瀋陽─大連を南北に結ぶ工業地帯と、遼寧省沿海部を東西に結ぶ臨海工業地帯の整備が始まり、開発ラッシュが起きている。その牽引役を担う大連の新成長点が、長興島だ。
島の開発は、次期首相候補と目される李克強副首相が遼寧省党書記時代に手がけた。「将来にわたって中国政府の手厚い財政支援を得られる」。関係者には、こんな胸算用もある。
ただ、長興島の巨大開発は始まったばかり。外資系商社筋は、「200社の関連企業誘致が始まったが、必ずしも順調ではない」と話す。誘致担当者の言葉通りに発展するかどうかは、不透明な部分もあるようだ。長興島以外の開発では企業誘致が停滞するケースも目につく。国際的な金融危機による中国経済の減速の可能性も不安材料だ。
大連の機械メーカー幹部は「熟練工の引き抜き合戦が過熱し、給与は一昨年末から平均5割上げざるを得なかった」と話す。コスト上昇や人材確保難、電力不足など、中国南部の沿海地帯が直面する問題も、東北部に波及しつつある。
(長興島で 末続哲也、写真も)
*1:東北振興政策 資源が豊かな中国東北部は、旧満州国時代から産業基盤整備が進み、新中国成立後、専心工業地帯に躍り出た。だが、改革・開放路線の導入後も計画経済の非効率的な体質が抜けず、地盤沈下が進んだ。中国政府は2003年秋に東北振興戦略を発動し、国有企業改革や産業・交通インフラの整備などに取り組んでいる。国から投入された資金は、06年までに約1000億元(約1兆5000億円)。
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