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<41> 文音事始 智 その2 初めての「捌」 正聲さんの発句を受けて、私は次のメールをおくりました。 「 梅雨寒に生身寄せ合い若心 正聲 軒先に揺れるてるてる坊主 智 という具合に、あなたの発句に脇をつけます。 脇は同時、同場が原則ですので、、、。 次は第三といってさっと転じます。575で夏らしい、梅雨でないもので。」 いつも句会で手取り足取りしていただいていたのが、急に独り立ちして初めての捌を務めなければ なりません。歌仙を最後まで巻けるか心配ですが、正聲さんを出しにした私の勉強のつもりでした。 彼は俳句を詠んだこともほとんど無いということでしたので、今回は長句を全部お願いすることに しました。 2、 てるてる坊主明日遠足 智 3、ベランダに人待ち顔でかぼちゃ花 正 4、 読みさしのページ風に繰られて 智 順調に進んでいるようにみえますが、うっかりして第三を連用止めにするのをいい忘れ 4句目にずらしたり、2句目の「軒先」が3句目の「ベランダ」とつき過ぎかと「あした遠足」に 替えたりしています。これは結果的には季重なりになりましたが。 6句目までは固有名詞は使えないこと、名前は2句目から一文字表記になること、そして季節感の ない無季の句の説明もしました。 正聲さんからもこんなメールがきました。 「4句目はいい句ですね。 ジャズの音 ただ鳴り続き 化粧の香 トランプの クィーン並べて ブルーマウンテン 27日から期末試験なので次回は8月になっちゃうかもね。 学生のころは、あんなに嫌っていたのに今は懐かしいです。」 彼は放送大学の哲学の講座を受けています。後日談ですが別室で講師と二人で試験を受けたところ、 その講師が親切すぎてちょっと辟易なさったそうです。 ジャズの音 ただ鳴り続き 化粧の香 は恋句にとっておくことにしました。 5、トランプの クィーン並べて ブルーマウンテン 6、月の兔のお餅食べたい 表6句を終わり、これから「初折の裏十二句」にはいること、ここからは固有名詞、時事問題何でも よむことが出来ることを伝えて、次の秋の長句をお願いしました。 この頃はまだ入門書『連句』をスキャンして使用することを思いつかず、各回毎にメールでいろいろ 説明していたのです。(04、7、1) <42> 文音事始 智 その3 選句も難しい 正聲さんからは毎回3句を送っていただきました。私の好みで1句を選ぶ こともあれば、打越などがあって手直しをお願いしたこともあります。 ウ 1句目には次の3句が届きました。 コスモスのおしくら饅頭笑い声 コスモスのおしくら饅頭べそかきて ススキ穂の風にそがれて行く末は さあ、どれを選びましょうか。コスモスの2句目は「べそかきて」の て留めが4句目にあったばかりですし、コスモスにはべそより笑い声が 似合いそう。そして「ススキ穂」の寂寥感よりは「コスモス」のほうが 前句「月の兔・・」に付くかしらと1句目を選びました。 こんな句もありました。 ナウ1 四月馬鹿猫に嘘つくワンルーム シニアまま騙されたいと四月馬鹿 老妻が嘘聞きたいと四月馬鹿 4月1日だったのでしょうか、「四月馬鹿」を季語に3句。一人暮らしの 男(女?)が飼い猫相手の四月馬鹿ごっこ。このペーソスが惹きつけます。 一方、あとの2句は、かつては競って騙しの秘策を練った若い日もおありだった らしい正聲さんご夫婦が浮かびました。彼の嘘は念入りだったことでしょう。 それをまた聞きたいという言葉は捨てがたいとは思いましたが、 「シニアまま」「老妻」が「翁」との打越すので採れませんでした。 ウ9 オゾンホール憂いの神ののぞき穴 ナオ11 満月に待ってましたと吸血鬼 この2句、彼の感性が見事に表現されたと思いました。この時点で題名は 「オゾンホール」と決めたと思います。 ナオ3 上出来の試験結果のうれしくて この句には、一緒に「また、Aマルを取ってしまいました」といううれしい 便りが添えてありました。放送大学の期末試験の話です。科目がなんと ギリシャ哲学とは! ナウ5 遊ぶ子ら静かになって遠雷が 本句は、「遠雷に公園の子等みな帰り」でしたが、上記のように直したところ、 彼の意図したところと違うといわれました。雷が聞こえたので子供が帰ったと いう意味だというです。 作者の意図は大事にしたいので原句に戻しましたが、ホームページにアップ する際に了解を得て私案にさせていただきました。それでこの巻がよくなったか は疑問です。 今考えますと私自身が相当気負っていて、選句には独断と偏見が多かったような 気がします。 (04、7、15) <43> 文音事始 智 その4 満尾! 楽しいメールの往復で2ヶ月かかって満尾しました。 途中良い雰囲気の掛け合いだといってくださった方がいて、二人で喜んだものです。 Kさんに見ていただき少し手直ししました。 彼からは「面白い、続けましょう」と満尾と同時に次の発句が送られてきました。 楽しまれた、また続けたいといっていただいたことで今回の歌仙は成功したことにしました。 なによりの収穫は私が捌をすることで、連句のほんの入り口でも分かりかけたことです。 両吟だけですと私の理解したものだけしかお伝えできないので、数人で楽しむリストに参加して いただきました。下記URLの連句サイトはみな彼と一緒のものです。 http://love4tomo.cool.ne.jp/omotyabako/haikutop.html この文章を書くにあたって、彼とのやり取りを振り返りたかったのですが、実はパソコン交換の 際にメールなど保存資料のCDを紛失してしまっていました。彼もほぼ同時期に交換していたので すが、私のメールをちゃんと保管してくれていました。忘れん坊の私がここまでできたのは、 まったく彼のおかげです。 7月から彼はパソコン講習会の講師ならびに講師のための講習のテキストつくりなど多忙になられ ましたので、しばらく文音はお休みです。 連句の座の楽しさを彼にも知ってほしいと思いますので、機会がありましたら歌林連句会に見学 参加させていただければ幸いです。次回は正聲さんの感想コメントをご紹介することにいたし ましょう。(04、8、1) <44> 文音事始 智 その5 正聲さんから 両吟のお相手、正聲さんから次のような感想コメントをいただきました。 ****************************** まず、ともさんに「ありがとう」と言います。 文学的な素養も無く、俳句などは、ほとんど作ったことの無い私の「俳句を教え て」と言った一言を受け止めて、一生懸命になってくれた、ともさんの「心」に感 動し感謝しています。 彼女と、連句を始めてもう一年になりますが、まだ「連句」は良く分かっており ません。先輩の方々には、「そんなに簡単に分っては大変です」と怒られそうで すが、彼女の叱咤激励で、少しずつ連句の楽しみが分って来たような気もし ます。 先日、「哲学入門」のテキストを読んでいましたら、「実存主義的歴史観」の説 明の比喩として「連句」が使われておりました。 「発句」から「満尾」に向かう連句の流れは、前句を過去として、それに「即かず 離れず」の付け句は現在の生成を意味し、各句は独立して自由であり、未来とし ての「満尾」は予測すべくも無く、この垂直史観が現在を生きる存在としての人生 と同じだと言うのです。 このような説明をされますと、付け句を作る時の多少の苦しみは仕方の無い事だ とも思われますね。 でも、「連句」は面白い! 改めて、ともさんに感謝します。 その内に、「芭蕉」も読んでみたいのですが、音声パソコンで、江戸時代の文学 を読むのは、なかなか大変なのです。でも、近いうちに挑戦してみたいと思って います。 11月にフィリピンからの研修生(視覚障害者)の方に、パソコンを教えなけれ ばならないことになりまして、日本語版のWindowsで教える訳にもいかず、急遽 英語版のWindowsと英語のスクリーンリーダーを購入しまして、いま、インスト ールに四苦八苦しております。 日本でもそうなのですが、視覚障害者のソフトは、高価なのですよね。 英語版のスクリーンリーダーを米国から取り寄せたのですが、パソコンが一台買 えるくらいの価格でした。 眼が見えなくなって、出来ない事も沢山出来ましたが、出来る事も私の人生の終 わりまでには、まだまだ、有り余る程沢山あります。 ニーチェの有名な言葉に次のようなものがあります。 「これが生きるということであったのか、よし、もう一度」 何時か、ともさんに連れられて皆様方にお眼にかかる事もあるかも知れません、そ の節はよろしくお願いいたします。 正聲 ****************************** 5回にわたりました「文音事始」、これで終わります。(04、9、1) <45> 今年は芭蕉生誕三百六十年に当たるとのことで、三重県伊賀では、時雨忌の十月十二日 (本来は陰暦だが)を中心に、さまざまな行事がが催されているらしい。 著名な俳人、文化人も伊賀入りしておいでのようだし、彼の地も賑わっていることだろう。 話のついでに、芭蕉関係の非常にありがたい(在り難い)サイトのご紹介を。 芭蕉DB 制作者の伊藤洋氏は長年国立大学工学部で情報工学(たぶん)の研究・教育に携わって こられた方である。とすると、資料蒐集や注釈等はいったいどなたが?と思ったが、 どこにもその記述はない。昨年、私はうかがいたいことがあって直接メールで教えを 乞うたついでに、恐る恐る「どなたの御制作でしょうか。」とお尋ねしてしまった。 「私が書いております。もちろん、岩波古典体系ほか、沢山の書物の助けをお借りして います。」とのご返事が間もなく届いた。 伊藤先生は、この春大学を退官されたとのこと。先日いただいたメールには、時間がなくて 出来なかった七部集の解説に、これから頑張ってみたいと書いてくださった。 芭蕉庵ドットコム これは学校教育や、生涯学習の教材として提供されているもの。それだけに視覚的な 資料が手軽に多数見られる。ここのリンクを辿って出会うたくさんのサイトもまた興味深い。 次は図書・資料検索に。 NACSIS Webcat 国際日本文化研究センター 昨年の今頃だろうか、宗匠からなんとかして『類舩集』を手に入れたいという意向を 聞き、ネットで検索を始めた。が、出て来たのは滅多に公開されない 貴重書 の写真だけである。それでも執拗に探して出会ったのは、地方の某私大の講座案内の、類舩集を テキストに使っているという記述だった。学生用のテキストにしているなら、影印本など あるのかもしれない、しばらく迷った後、講座の担当の先生にお尋ねのメールを書いた。 程なく返信をいただく。「野間光辰記念会の近世文芸叢刊14冊の中に入っています。」と。 だから「類舩集」で検索しても出て来なかったのだろう。そして、その先生から、 「今後、このようなことは、次を使って検索しなさい。」と紹介されたのが、上記の 二つだった。赤面する思いでお礼のメールを書いたのはいうまでもない。(04、10、15) |