<41>〜<45>へ
ここだけの話トップへ
<51>〜<55>へ
ここだけの話 <46>〜<50>
|
<46> 昨年に比べ、がらりと変わった表紙の水彩画に意外な感じを持たれた方が おいでになるかもしれない。 ![]() 「こうとく水彩紀行」より 作者は山口県在住の神徳泰彦氏。昨春まで お仕事の傍ら絵を嗜んでいられたが、その後職を退かれ、故郷に帰って 描く時間を存分に手にされた方である。 水彩絵の具といえば、小中学校で使用したようなものしか知らなかった 私が、透明水彩というものを知ったのはほんの数年前だった。重ね塗りを すると、まるで色のついたセロファン紙を重ねたように下の色と上の色が 混ざり合って澄んだ色を呈してくる。淡い色調や、滲ませたり、ぼかしたり、 塗り残しを作ったりの、様々な技法にもなんとも言えず心が動かされた。 実物の絵に触れるチャンスは余りないので、ネットで何人かの絵描きさんの サイトを探しあてたが、その中で一番惹かれたのが神徳さんのものだった。 お気に入りに入れて、ときどき覗いては楽しませていただいたが、昨秋、かなり 大掛かりな更新があって新たな作品が加わった。おそれを知らぬ言い方を 許していただけば、職を離れられ、豊かな時間と豊かな自然のなかで、存分に 絵筆を執られているのが、伝わってくる。 そして更におそれ知らずは神徳さんにメールを書いた。「私ども歌林のHPに 絵をお借りできませんか。」と。翌日早速のご返事。同郷出身の山頭火に 触れながら、「ご自由にお使いください。」とのこと。無名の こんな素朴極まりないサイトに温かい応援をいただき、今回、初の掲載と なったわけである。 歌林の作品は読まないけれど、表紙が変わるのが楽しみ、などという声を 聞くと、思いは複雑ながら、せっせと素材探しをしてしまう。載せたいと思う ものに出会っても、著作権の問題があって勝手には使えない。昨年は 「名画クラシック素材」という日本の古典名画の一部を素材化して収録した CD・ROMから、季節に合いそうなものを選んで使用してきた。そろそろ 種切れと感じていた折、快いお許しを戴いたことに感謝している。暮れが 近づいた頃、また新たな作品が加わっていた。次はどれをお借りしようかと 迷い探して、今年は私も心ときめくひとときが持てそうだ。(05、1、1) <47> 昨4月に亡くなった歌林連句会の同人福田純子さんの一周期に合わせてご主人が編集 なさった遺句集『春の闇』をいただきました。とてもいい句集ですのでここにご紹介したいと 思います。文章は寄贈のお礼状として書いたものです。 田畑とまと 2005年5月6日 福田貴志様 先日は純子さんの遺句集『春の闇』をご寄贈くださいましてありがとうございました。 早速読ませていただき、いまさらながら純子さんの句の優秀さを再発見いたしました。 またご闘病の様子もうかがわれ、純子さんの人間の大きさにも驚かされました。 生まれつきの才知に恵まれ、順調に人生を歩まれたであろう純子さん、暖かい家庭を作り、 庭作りや作句に腕前を発揮して満ち足りた日々をお過ごしだったことでしょう。病魔に襲わ れ、辛い闘病を続けられたことに痛ましさを感じないではいられません。人生にはどこかで 試練の時がある、ということでしょうか。 私は大学の同期ですが、科が違うため在学中は存じ上げませんでした。純子さんが歌林連 句会に入会なさってからお知り合いになりました。実は私の高校の同期生が、哲学科で純子 さんとご一緒だったことを後から気がつきました。その友人飯岡祐保さんは今、歌林に入会 なさって純子さんに手ほどきを受けた俳句を生かしています。私が純子さんに親愛の念を抱 いたのは、連句の連衆としてよりも、お宅のお庭の様子をお聞きするのが楽しかったからで した。我が家の庭よりもずっと沢山の山草や野草、樹木が植わっているらしいお庭を想像す るのは嬉しいものでした。そのお庭のことも遺句集にたくさん載っていますね。「豚蚊遣り 風上に置き庭いぢり」私も同じことをしています。 素人ですが、『春の闇』の感想を述べさせていただきます。 @ 句にはスケールの大きさがあります。 タンカーも空母も浮かべ海涼し 水平線ひつぱり上げて初日かな など。 A そしてスケールが大きいとともにユニークな発想でその表現がなされています。 尺蠖の計らむとする空の丈 水平線の句もそうです。この発想の自在さが純子さんの句の魅力の最たるものでしょう。 ご主人の好きだとおっしゃる 知恵袋春眠中にふくらませ や 空からの法螺吹き話松手入れ などだれしも感嘆したものです。擬人法もお得意です。 ふんぎりをつけしものより散る木の葉 富士笑ふ宝永山の団子鼻 鞘当てもあり菖蒲田の剣の葉 B 観察力と表現の妙にも感心します。 綾取りの川に十指の乱れ杭 言葉にはならない叫び割れ柘榴 蓑虫の糸一本で足る暮らし C そして心理描写のうまさ 胸を刺す言葉の矢数桜桃忌 近く居て心通はず花氷 首寒し反対意見吐きしあと 季語を巧みに使って心情吐露しています。 D お庭の句は見落とせないのでいくつか、私の好きな句をあげます。 相寄れぬ木と木を結び烏瓜 秋草の乱るる庭を遺産とす 入院中も 庭花で埋まる病室かぜ薫る ほかに旅行吟がありますが、短い形式の中に季語とたいていは地名などが入るので、 どうしても説明的になるような気がします。 ここまでが前編で「ありし日の写真」は、カラーで福々しい純子さんが、懐かしく思い出されました。 病を得てからの写真は心痛みますが、最後のホスピスケア病棟の屋上で車椅子に重そうなご次男を乗せ て押している写真は茶目っ気を失わない純子さんらしく、3日後に亡くなるとは信じられません。 後編の闘病句は、病に捕らえられた身をつねに意識してらして痛ましい思いです。それでも客観的にご 自分を眺め、冷静に表現していらっしゃるご様子には頭が下がります。句作があったからこそ耐えられ たとも感じました。それでもご主人様がおっしゃるように 生も死も霞の中の誕生日 の句を目にしたときは、胸に応えました。最後は しま鯵や夫婦二人の花見酒 と幸せを噛みしめていらっしゃいます。この句を作った3月28日が句作の最後だったとか。日記をア レンジした簡潔な説明が読者には親切に感じましたが、もちろんご家族の方の看護日記としてもお残し になられたものとお察しします。巻末のご家族の追悼文、それぞれに素直ないい文章で生前の純子さん のお人柄が偲ばれました。「方向音痴、機械音痴」の純子さんが、カーマニアだったとは。運転をしな い私には想像も付きません。 心の籠もった遺句集を編まれ、ご寄贈くださったご主人様に感謝と尊敬の念を捧げ、純子さんの思い出 を大切にしてまいります。ありがとうございました。 <48> 文音事始 智 おまけ 初めての句会 6月7日、かねてから懸案だった正聲さんの歌林連句会への参加が実現しました。 文音の経験はおありですが、座への参加は初めてです。彼は少し緊張気味、わたしは相当緊張していました。 皆さんを正聲さんにどのように紹介していいものやらと思いましたが、そのうち分かるでしょうとばかり、 いたって簡単にお名前のみお知らせしました。彼はご自分を一番の特徴は目が見えないことですといわれ、 その場で句ができるか不安ですと付け加えられました。 主宰の捌きで発句は正聲さんの 天道の登りつめては消えにけり が採られました。天道虫が細い葉を先まで登りつめ、すっと飛びたって見えなくなるさまを詠まれたものです。 あとは一巡するまでに雰囲気に慣れていただきました。 彼は自分のパソコンに出句の記録をとっていきます。それで流れを確かめながら投句を打ちこむわけです。 私は隣でそれを清記して自分のと一緒に投句しました。初めての参加ということで、すでに句を用意しておい ででしたので、その中から適宜選んだりもしました。時事句にはサッカーの無観客試合を持ってきたり、恋の 座にはわが年代には懐かしい女優が詠みこまれたり、なかなかよく流れにのっていました。 帰路、楽しかったし、また参加できればうれしいけれど、今日はその場で作ることができなかったと悔しそう でした。 座を共にした連衆の方々からは 「私は目がご不自由であることを忘れていろいろ言ってしまったようで、反省しています。例えば、お好きな女優 は?なんて聞いたのはまずかったのかしら。ちゃんと答えてくださったけれど。」 「正聲さんをお迎えするということで緊張していましたが、いつもよりリラックスして しまったくらいでした。またお会いできるといいと思います。」 「ほとんど気を使うのを忘れて早くやりすぎたと反省しています。」 といった言葉を寄せていただきましたが、連衆の方々の優しい心遣いと導きのお蔭で、正聲さんに、一人だけの 男性であることや見えないことをほとんど意識されずに楽しんでいただけたことに、私も感謝しています。 最後に、正聲さんから皆様へのメールをご紹介します。 昨日は、連句の会にご招待頂きまして有難うございました。 ご迷惑ではなかったかと、心配しております。 思った通り、会の場で句を作るのは私にはまだ無理のようです。 でも、楽しい時を過ごさせて頂きました。 これを機会にまた少し勉強をいたします。 と言ってもパソコンの先生が忙しいのですが…。 当日参加された皆様ありがとうございました。(05、6、25 記) <49> この七月末、歌林連句会は八周年。従ってこのサイトも五周年を迎えたことになる。 ホームページの運営、維持は大変でしょうと言われる事がよくあるが、構成やレイアウトにあれこれ試行錯誤し ていた時期はともかく、ある程度パターンが決まっている現在はさほどでもない。常に新しいことを発信しなけ ればならない個人ページと違って、定例句会で、あるいは掲示板で巻き上げられた連句や、連衆からの寄稿を 所定の場所に収めればいいのだから。掲載すべき作品がなければ、月二回更新の内規(といっても全く個人的趣味 の範囲を出ないのだが)には、はずれるが、どこにそれが書いてあるわけでなしとばかり、少しも騒がず放置 する。そんなときでも表紙だけは替えさせていただいていると、ほとんどの来訪者ははそれを見て安心して(?) お帰りになるらしい。今年、表紙画像を提供してくださっている「こうとく水彩紀行」さんにも、感謝のほかは ない。 この春、コンクール参加のため、出来上がった作品を発表することができず、しばらく新規掲載を控えていた ところ、ある連衆のところに知り合いの方からどうしたのかという問い合わせがあったという。見てる人もある んだと驚いたとの言葉に、私も思わず同感した。仲間内しか見ていないとの確信は強い。仲間内だって、作品は 其の都度プリントで配付されるからいちいちホームページを見るまでもない。 では一体このサイトは何のため?私の目論見は連句会解散の日にファイルをCDに収めて連衆の皆さんにお渡し すること。ただ、これには其の日まで私の頭、眼、指が健在であることが求められる。(これは大変なことだ。 それこそ自信など皆無である。) が、仮にそれが出来るとなったら・・・、早くもCDのラベルのデザインが頭をめぐり出した。と、ふっと気が ついて先日手にしたプリンタのカタログを開く。しまった!世にはCDレーベルのプリントが出来るプリンタが 売られているというのに、つい先ごろ買い替えたマイ・プリンタにはその機能はない! Word文書がプリントできれば、ぐらいの考えで買った失敗だった。已んぬる哉!! (05、8、1) <50> あれからもう一年になる。神徳泰彦氏の透明水彩画に心を惹かれ、度々「水彩紀行」を訪れた挙句に、意を決し て、画像をお借りしたいとメールをお送りしたのは、昨年の今頃だった。そしてこの一年、月二回の作品更新の たびに新しい絵を掲載させていただいた。計二十四枚である。お住まいが山口県ということもあり、水辺の風景、 由緒ある古刹、静かに広がる田園風景を、心地よく鑑賞させていただいてきた。こんな場所の中で、ゆっくりと 絵筆を執られる方がうらやましくも感じたものである。 更新に向けて「水彩紀行」を見に行った時、いつの間にか新しい作品が増えていたりするとぞくぞくする ほどうれしくなってしまう。これからも作品は次々発表されるだろう。が、もともと一年間の心づもりでお借 りしていたものなので、今回の見事な錦秋の須佐大橋の絵をもって、「こうとく水彩紀行」画像の、歌林表紙 への掲載はひとまず終わることにしよう。 ![]() 一年の間、快く作品をお貸しくださった神徳様、ありがとうございました。表紙を一緒に楽しんでくれた連衆、 あるいは楽しみに訪れてくださった方々共々、心より御礼申し上げます。 来年はどうするのって?来年のことは来年。鬼の呵呵大笑を背に感じ取りながら、只今準備進行中。 (05、12、15) |