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<51> 新年である。ささやかなこのホームページも春を迎えた。 表紙は早春のイギリス リトルヴェニス、福永佳郎様からお借りしたものである。 ![]() 旅人の水彩画 昨年、秋も深まった頃、新しい年に向けて海外の風景画を探していたところ、「旅人の水彩画」 サイトを見つけた。明るい色調や丁寧な描写に惹かれ、折りしも都内で開かれた福永様の グループ展を見せていただいた。福永様の作品が入り口近くと他に一点ほどだったのは、ちょっと 残念だったが、お仲間や生徒さんの、建物を多く描いた静かな風景が広がっていた。 もともと書も絵も音楽も小説も、そして人間も、強烈な主張や圧してくるような個性が私は 苦手だったが、年齢を重ねてその傾向は増してくる。 会場には、穏やかな温かさが漂っていて居心地がよかった。先生にはお会いは出来なかった けれど、受付にいらした方に、ホームページに画像をお借りしたい旨、お話して帰った。 その日のうちに早速先生にメール。昨年のことといい今回のことといい、ネットを経験したせいか、 はたまた齢を重ねたせいなのか、この頃の私の行動は畏れ知らず恥知らずの留まるところがない。 間もなくご了解のご返信がいただけた。 今年はベルギーやフランスへのスケッチ旅行もなさるご予定とのこと。世界各地の風景が 歌林ホームページを飾ってくれるのが楽しみだ。 たとえネットの上であれ、絵画の持つ深みや見る者への語りかけには、写真と違った ものがあるような気がしてならない。昨年一年間画像を提供してくださった 神徳様の「こうとく水彩紀行」の画像、今年は「懇談室」に飾らせていただいている。 この部屋、かつては「地下室」という名のがらくた部屋だったのだが、最近連衆も出入りして 寄稿してくれているので、少し小奇麗にしたつもり。静かに絵の鑑賞をしたい方のおいでを お待ちしています。 (06、1、1) <52> しばらくご無沙汰をしていた伊藤洋先生の「芭蕉DB」を開いたら、表紙の看板のすぐ下に 本の紹介がある。 大迫閑歩(書)/ 伊藤洋(監修) 『えんぴつで奥の細道』(ポプラ社刊) えんぴつで?なにやらわからぬままに書名をクリックしてみる。なんと!それは『奥の細道』 を新しく鑑賞するためのテキストブックで、薄めの色で印刷された大迫閑歩氏の筆の跡をなぞって 「奥の細道」全文を書くというものなのだ。一日一ページずつ書いて五十日で仕上がるよう割り ふられており、ところどころには語釈や文字の形のとり方に関するアドバイスもあるという。 出版社の紹介文によれば、これで「奥の細道」がより深く味わえるというが、どうだろう。 長文の筆写は経験がないが、他人に聞かせることを意識して音読すると、平生いかに書物を いい加減に読んでいるかに気づかされる。書写すれば、一字一句逃さず克明に読むことにはなる だろう。が、それが深い鑑賞につながるかどうか。書写することに気をとられ過ぎないだろうか。 それに一日一ページだなんて、受験生じゃあるまいし・・・と思いながら、私のマウスはすでに 「ご注文の方はこちらへ」というバスケットワゴンのマークをクリックしていた。 (06、2、1) <53> 『えんぴつで奥の細道』が手元に届いた。指示の通りに進めて十日が過ぎ、黒羽に着いた頃、 連衆のひとりから様子はどうかと問われた。既に出版元に在庫はないという。一月下旬の 発行なのに、もう?と少々びっくりした。かなり限られた人々が買う本だろうと勝手に思っていた ものだから。また最近在庫ありの表示がでてきた。 書評などする気は毛頭ないけれど、ここだけの話としてこの本(実を言うとこれを「本」と言うの かなーという思いもあるのだが)の使い心地を少し書いておく。 まず硬筆習字の手本にあるようなきっちりした楷書で、奥の細道の一節が書かれ、そのあと、同じ ものが今度は薄く灰色で印刷されている。そこを鉛筆でなぞりながら本文を書写するのだ。 さすがに紙の質は吟味されているのだろう、書き心地はその辺のノートや便箋とは違う。ただ、 少し透明度のある紙のため、裏側の文字が透けて見え、なぞるべき灰色文字と重なってしまうと 、見難いことになるのだ。また、範にする部分が前ページの見えないところに入ってしまうのも 難点。通常の臨書の場合のように、お手本はそばに置いてしばしば見たいものなのだけれど。 辞書的な語釈はないが、地名人名の歴史的解説や口語訳も整っていて、「奥の細道」読解には まず困らない。五十日に分けられているが、読み進めながら順を追って芭蕉の足跡を地図上で辿る こともできるようにもなっている。 が、いまさらこの歳になって他人の文字をなぞるのも大変なものである。長い間ごまかしたような行書、 草書ばかり書いてきたけれど、最近漢字を枡目にはめる必要がでてきて、つくづく自分の楷書に 嫌気がさしてきた。メールに頼って私信さえも書く機会が減っているのは事実。これを機に 「きちんと書く」ことをすべきかと鉛筆を持ち、新字体の「奥の細道」をぱらぱらと楷書で書く。 ふと記念館で、また展示会場で見た流れるような芭蕉の真筆が頭の隅を通っていくと、一時 鉛筆の先が止まってしまうのはなぜだろう。(06、3、1) <54> 戯作 独吟半歌仙「霾や」の巻 霾や老師の講義尽くるなし 車窓に広がる黄なる菜の花 春暖の朗吟碑とよもして 飲みてなほ飲む酒客いくたり 旧跡を訪ぬる道の月細し 隗より始めよ菊の天麩羅 ウ 捨て扇略筆に書く黄鶴楼 利蒼夫人の夢醒めやらず 羽のごと絹の裳裾をひるがへし もてあましたるウールセーター うづ高き詩仙の墳は鎮もりて 洞庭の果て定かならねど 地に青葉天に薄月旅ぞよき 粽食むなら楚辞を離騒を アンコールの呼び声繁し五万節 厠を前に異文化考証 空港を出づれば和国は花に満ち 再会約す駅は朧夜 (2006年4月吉日 満尾) <55> 連句会四月例会は、いつもの多摩センターを離れ、お花見を兼ねて場所を移す ことにしている。名付けて「花の下連句会」。今年は 十一日、文京区の六義園、 連衆の一部とともに掲示板での文音連句を楽しんでいる散葉さんのお手配で 「心泉亭」が会場となった。散葉さんもこのところ座にもおいでになっている が、掲示板では捌も経験なさっているので、すんなりと加わって淀みがない。 桜は盛を過ぎてはいるだろうが、花は他所でも見られる。もう、それぞれが 思い思いの場所でお花見は充分堪能しているはず。美しい庭園の中のお座敷で興行 できれば、ということでこの場所が選ばれたのだが、今回はもうひとつ、連衆 が心待ちしていたことがあった。 今年、ホームページに素適な画をお貸しくださっている福永様が、同じ六義園 でのスケッチ会の途中、心泉亭までおいでくださることになっていたのだ。 これまでメールだけのご挨拶しかできなかったけれど、みんなでお礼申し上げるまたとない 機会だ。出来れば一句頂戴して、などと一同楽しみにしていたのだが、天は無情、 雨のためスケッチ会は中止ということで、お目もじは成らなかった。 だが、福永様は、一週間前にも桜満開の六義園へスケッチに 行かれたとのことで、作品を二枚メールで送ってくださった。今回表紙とここに掲載して いるのがそれである。 ![]() 水に映る風景がなんとも言えず美しい。心泉亭からとほぼ同じ アングルで、池のそばで描かれたそうである。そして更にはそれを絵葉書に 仕立てたものも郵送してくださった。一句が書き込めるようにと余白まで付けられて いて、こまやかなご配慮がうれしい。が、そんなお心のこもった絵葉書に どんな句を入れたらよいのかしらと、無能無才は筆も持てずに考え込んでいる。 インターネットは虚の世界、そんな思いを持ちながら設置したホームページだった けれど、こんな風にして実の世界と綯い交ぜになってゆくのもまた面白いもので ある。 (06、4、15) |