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<56> 今年は五月になっても気温がなかなか上がってこない気がする。 雨に降り込められた日、西日本が気になってあのサイトにお邪魔にでかけた。 そう、私の勘に違いはなかった。三月から五月、季節の変化を追って、「こうとく水彩紀行」 には「春の風景」という特集がアップされたばかり! 花が緑がみずみずしく描かれて次々に現れ、まるで小さな画廊に招かれたような錯覚を持つ。 みんな魅力的だけれど、今回はどれをお借りしようか。 萌え立つとはこういう山の状態か。新芽が吹き、徐々に葉が形成されていくこの頃は日に日に 山が色を変えていく。 ここは大村益次郎の生まれ育った場所。 たまたま通りかかり、山肌に惹かれてスケッチしていると、近所のご婦人からコーヒーとお菓子の差し入れが。 作者神徳様のこんなコメントにも心が動いて、 ![]() 上の絵の上で右クリック。 画家の永沢まことさんの絵画初心者向け著書のなかには、風景写生をするとき、いかに通行人から覗かれても 動じないようにならなければ駄目だとあり、更にフランスのある喫茶店の片隅で窓越しの景色を写生し、終えて レジに行ったところ、「先ほど帰られたお客さんから、あの絵描きさんの分もと言われ、既にお代はいただいて おります」と告げられた話が書いてあった。そして、「さすがに芸術を愛する国の人は、見ず知らずの東洋人画家 に対してもこんな心遣いをするものかと感動した」とし、絵をのぞくわけでもなく会釈するわけでもなく立ち 去ったその人を懐かしんでいる。 でも、大村のご婦人もまた素適だ。通りがかりの絵描きさんのもとへコーヒーとお菓子を運び、ひとことふたこと 言葉を交わす地元の女性、背景には静かに田園が広がっている。みんな含めて一幅の絵になりそう。 ・・・毎度お菓子の差し入れもせずギャラリーを歩き回り、好きな絵を遠慮なく持ち出す無礼をどうかお許し ください。(06、5、15) <57> しばらく怠けていた俳諧書を読む会に出るようになったが、そのためのアタマが戻っていないのに 担当は回ってくる。今回は、若い頃の芭蕉が加わっている歌仙二巻。句の解釈は勿論、連句だから 付合の根拠を明確にしたり、典拠となっている文献も探さなければならない。七部集などと違って 注解書などはあまりない。自宅にある書籍を端から調べ上げる集中力もなければ、国会図書館に 通いつめる気力も体力も失せてしまった。そこで大いなる恩恵を被ったのがネット検索である。 勿論ネットで得た情報にはそのまま鵜呑みには出来かねるものもあろうし、(原典に当たって確かめ なければ、かの先生にも、この先生にも叱られるのだが)、資料の見当が付いて労力を少なく 出来るのはありがたかった。 仕事机とパソコン机を行ったり来たりしながら、世の中にはなんと様々なな研究分野があるものか、 と思い、なんとありがたい奉仕をしている方々が多くいられることよ、と感嘆する。 そしてもう一つ、これ孫引きなんだけど、原典にはあたってないけど、とボソボソ白状する私を 黙って優しく見逃してくれたメンバー達にも感謝。(06、8、1) <58> 歌林連句会九周年である。が、今は九年を過ごしてきたかという感慨より、来年は十周年 になるのかという思いが強い。 十一年目以降の会のことは私の考えることではないが、ひとりで勝手に開設して気ままに運営し てきたこのサイトの始末は、やはり私がつけるべきだと思い、十周年記念CDの準備にとりかかった。 といって出来上がりは現在のホームページと大差はなく、むしろ多少整理して準作品集のような ものにするつもり。でも、発会から三年後にサイトを設置したため、初期の頃は新旧取り混ぜて 作品の掲載をしているので、順序を時系列風に直したり、平仮名書きの連衆名を座と同じ 漢字に直すなど、百八十あまりの巻に手を入れたりしてCD用のファイルに保存 しなければならなかった。が、それらもどうにか終え、あとはこれからも増えていく作品を 同様に収めながら来年を待つばかりになってきた。 面倒な仕事だったことは事実だが、道中にいささかならぬ楽しみもあった。昔の巻々を見ていると、 当時のことが浮かんでくる。時事句には忘れかけていた当時の政治や世相がよみがえるし、何気ない句にも あれこれ悩み、よってたかって修正した座の雰囲気が思い出される。座席の配置まで記憶していたり するのだ。うん、これはひょっとすると足腰立たなくなってからもこれで楽しめるかもしれない。 ところが私のPCが怪しくなってきた。四年半ほど前に購入、当時入っていたMeをXpに入れ替えて 使用してきたものだが、大分速度が落ちてきたと思っていたら、ディスプレイがチラつき始めた。 速度などこだわる身でもなし、自分の用事だけならとことん駄目になるまで付き合えばいいのだが、 ホームページのこともあるし、新しいのに取り替えることにした。 今度はノート。ノートなら寝たきりになっても、と思ったが、老いのダメージは足腰が先とは限らぬ そうな。差し当たり十周年まで心身の現状維持を願うのみ。 まだ包装も解いてない新PCを傍らに、馴染んだデスクトップ君に最後の仕事、歌林HPの八月更新を ゆだねよう。(06、8、1) <59> 春惜しむ、秋惜しむ、冬惜しむという季語はあるけれど、夏惜しむというのは見たことがない、と 思ううち、実感としての夏果てる時候になってきた。 この夏は少しばかりパソコン離れの時期があった。慣れるに従って“これもいいものだなー”と 思い始め、決してキイを押そうとしない誰彼の姿勢に思いをいたらせたりした。が、ホームページ などというものを抱えてしまった今、勝手に逃げ出すわけにもいかず・・・と言い訳しつつまたパソコン を開き始めた。やっぱり卑俗な人間は仙人にはなれないらしい。 ならばせめてと出かけていった先は 「こうとく水彩紀行」サイト。八月初旬の作品が新しく掲載されているが、表紙は瑠璃光寺。 ![]() 某出版社の仕事仲間だった数人と一緒に参拝したお寺である。その数人、今は歌林連句会の連衆と して苦吟(!)をともにしているのだ。奈良の寺々を見てきていたせいか、当時さしてこの五重塔に感動は しなかった。けれど今はこの画の五重の塔がたまらない。私たちもこんな構図で見たのだろうか。それにしても この五重塔の繊細で品格ある描写、そして揺るぎのないたたずまい。このような作品の前で絵心のな い者が口にすべきことではないのだが、建築物を描くとき、ましてこのような高層の場合、きちんと 芯を通して描き上げることは難しいものなのだ。仕上げてから見るとピサの斜塔まがいになっていたり する。 しかし、作者は「何度描いても思うような絵にならない。もっと幻想的な絵が描けないものかと思う。 写実を残しつつ大胆な色使いか。」と書いていらっしゃる。何べんも描き直されたのだろうか。 鴻鵠の志は燕雀にはわからないもののようである。 もうひとつの絵、歌林ホームページの表紙は、今回先生ではなく会員さんの作品。以前もお借り した方のようにも思いつつ、またご登場いただいた。やはり同じ作者に惹かれてしまうのだろうか。 素敵な絵だなと見入ってしまう。この絵も隣接する建物がすっくと立って揺るがない。 絵の話ばかりして、連句はどうした、とどこかから叱られそうな昨今である。どなたか連句にまつわる 話をご寄稿ください。(06、9、1) <60> 美術展が数多く催される季節になった。 それに関連して、うれしいお知らせを。 現在このページにお借りしている神徳様の「瑠璃光寺五重塔」が、第21回国民文化祭・やまぐち 2006美術展の洋画の部に入選されたそうである。この絵は「水彩紀行」サイトのなかでも特に 心惹かれてお借りして来ていたので、なんだか私までほんのりと喜びが浮かんでくる。おめでとう ございます。展示場の山口県政資料館は遠すぎるけれど、実物の絵は更に素晴らしいことだろうと、遥かに 思いを寄せてしまう。 ところで、国民文化祭といえば、歌林も以前応募したことがあった連句の部、今年は無くなって しまったそうだ。連句が下降線をたどっているからだろうという話も耳にしたが、どうなのだろう。 (06、10、15) |