小さな庭から




        

(58)  『イメージの歴史』  若桑みどり著 ちくま学芸文庫  


 歌林ホームページが閉じられることになり、「小さな庭から」の原稿もこれが最後になります。ご愛読?くださった みなさま有難うございました。
 大震災以後、天災人災が頻発し、人々の不安が消えることはありません。ですが暮しは続きます。木も草も花を咲かせ、 緑の芽を吹き、野鳥の囀りも賑やかです。少し足を延ばして、山や川を訪れれば自然に身近に触れることができます。 私は、もうじき後期高齢者、心臓にも欠陥があり、不整脈から脳梗塞の危険も抱えています。それでも玉川上水の遊歩 道を取水関から暗渠に入るまで31キロを何回かに分けて歩く計画を立て、3回まで実行しました。遅い歩みに付き合っ てくれる仲間もいて、緑濃い上水沿いを野草や落葉樹の花に立ち止りながら歩くのは、楽しいものです。橋の上から流れ を覗くと大きな鯉が泳いでいる所もあります。
 私の老後の楽しみはもう一つ、読書です。
 読みたい本が沢山あり積ン読もしています。今回は、若桑みどりさんの著書です。若桑さんは、非常に優秀な西洋美術 史家で、私は、多くの資料を駆使した明晰な分析の著作の、素人ながらファンです。残念なことに2007年に71歳 で亡くなりました。先日本屋さんでこの本を見つけました。今年の3月に文庫になったもので、2000年に書かれた 講義録です。
 「イメージの歴史」とは、たんなる美術史ではなく、文化史、社会史、美術史など広い範囲の歴史を考慮しつつ、表象 されたもののイメージを読み解いていくものと理解しました。例えば「考える人」は、憂鬱のイメージであり、ロダン の前に、フィレンツェの「メディチ家の廟」のミケランジェロの彫刻は、片腕を膝と顎に当てうつむいて腰かけている 人物が死と憂鬱の寓意像とされています。小学校の算数の教科書にも載っているデューラーの「メレンコリアT」に描 かれている人物も同じ姿勢を取っています。
 ベストセラー『ダ・ヴィンチ・コード』の主人公ラングドンは、宗教象徴学者でした。キリスト教は、定型図像に満ち ています。十字架、聖杯、パン、生命の木と泉、鳩などみな象徴です。
 図像学は、さまざまな図像について解き明かしていますが、ここでは、女性のイメージについてだけ取り上げようと思 います。
 古代から常に女性は文明や英知に反する未開な生物とされ、
   男=精神・知性=文明・・・中心=公的世界
   女=肉体・感性=自然・・・周縁=私的世界
というふうに図式化されてきたといいます。上半身裸体・下半身魚の女怪物は、隠された秘部をくるんだ、歩けない下 半身を持った女の動物的なイメージを示しているので、男性には快感を与えるが、女性には不快であるとみるのです。 こうした見方で具体的な像を示して、女性差別を明らかにしていきます。中世には、神と人間との最悪の敵である悪魔、 魔女、異端、犯罪者などが恐ろしい姿で描かれ、民衆の恐怖や罵倒の対象になったのですが、通時代的に生産されたのは、 他者としての女性像でした。女性を、男性が作る社会の秩序の破壊者とみる家父長的女性観である「ミソジニー(女嫌い 思想)」から出ている像だとし、代表的なイメージは、誘惑者・原罪をそそのかした者としてのエバ、地上に災厄を運ん できたパンドラ、サムソンの力を奪ったデリラ、ヨハネの首を切ったサロメなどです。そして唯一の例外が、聖母マリア でした。処女のまま懐胎し、出産の苦痛もなく神の子を産んだのです。しかし処女聖母モデルは、模倣不可能です。
 ここで最後の章「二〇世紀の日本 東京の公共彫刻」に飛んでしまいます。まず東京都庁に設置された彫刻の検証です。 都庁は、建築・広場・彫刻の一体化した構想で造られており、彫刻総数は35体、そのうち8体の女性像が、都民広場に あるそうです。(今度見に行こう)。他の彫刻は、抽象彫刻であるのに、この女性像は具象です。そして8体のうち5体は、 裸像で、2体は、裸体が透けて見える薄物の衣裳を付けています。詳しい分析の紹介は避けますが、この女性像は、基本的 に男性の視線のみを意識して作られているといいます。そうして都庁の彫刻全体について、理念の欠如、無思想性を指摘し ています。東京の歴史と現在と未来にかかわる、共同体意識を喚起する主題を構想し委嘱するべきであろうというのです。 江戸から昭和の歴史、大震災の記憶、大空襲、廃墟、復興、失われた川と緑と空気。そういうものに目をつぶって大家の 彫刻を並べただけの都庁を鋭く批判しています。著者は、都庁以外の区部の公共彫刻についても調査していますが、女性 のヌード像が「西洋文化において、自然的なものの理想的な美への昇華として生まれた」という公式に疑問を持つに至っ たのでした。
 以上のように、視点を変えると違うものが見えてくるという、明快な論なのです。
 最近の超ミニスカートの流行を若桑さんは、どう見るでしょう。テレビのアナウンサーでさえ惜し気もなく太ももをさ らしている昨今です。私の亡くなった夫は、まだ小学生だった孫娘が短パンの外出着を着てきたとき「あれはいかん」 と言っていました。男から見ると、たとえ細い脚の子供でもエロティックに見えるということでしょうか?
 私はこの本を図像学的興味を持って読み始めました。読み進めていくうちに、ジェンダーの視点が随所に表れているこ とに気づきました。この本を参考に美術の鑑賞もそういう視点で見直し、もっと深めていきたいと思いました。
 難しいし、沢山の情報が詰まっているので、うまく紹介できませんでしたが、とても興味深い講義録(多分千葉大学で の1年間)です。お読みになってみてください。
 金環日食が見られるかどうか、お天気が心配になってきました。皆既月食は見ることができました。すっかり隠れても 赤黒く形が残っていましたが、太陽の陰から出てきた部分は黄白色の明るい月でなぜかほっとしたものです。
 春に花が咲いたアケビの実が秋まで落ちずに熟すよう、姫リンゴや、マユミも沢山実を成らせるよう毎日観察する小さ な庭を楽しみながら暮したいと思っています。ではご機嫌よう。
              2012年5月17日   田畑とまと(宮脇瑞穂)記




(1)徒然草
(2)光ってみえるもの、あれは (川上弘美 著)
(3)ららら科學の子 (矢作俊彦 著)
(4)芥川賞二作『蛇にピアス』『蹴りたい背中』
(5)野草手紙 (ファン・デグオン 著)
(6)『バカの壁』『死の壁』 (養老孟司 著)
(7)決断 (河野洋平・河野太郎 著)
(8)映画『悲しき口笛』 (家城巳代治監督 美空ひばり主演)
(9)ブリューゲルへの旅 (中野孝次 著)
(10)コカリナ? 森の精の宿る笛 (黒坂黒太郎 著)
(11)プロヴァンスの青い空と海 (レディ・フォーテスキュー著 尾島恵子訳 )
(12)怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか (黒川伊保子 著)
(13)樋口一葉を読む
(14)永仁の壷 (村松友視 著)
(15)源義経 (五味文彦 著)
(16)『ろうごが待てない』(ねじめ正一 著) 『ぼくに「老後」がくる前に』(永井明 著)
(17)マイマイ新子 (高樹のぶ子 著)
(18)銀の匙 (中勘助 著)
(19)瀧廉太郎 (海老澤敏 著)
(20)ロング・ドリーム 願いは叶う  (三宮麻由子 著)
(21)スクープ音声が伝えた 戦後ニッポン (文化放送報道部 監修)
(22)ジーキル博士とハイド氏 (スティーヴンソン著 田中西二郎訳)
(23)告白 (町田康 著)
(24)世にも美しい数学入門 (藤原正彦・小川洋子 著)
(25)生きて死ぬ智慧 (柳澤桂子 著)
(26)現代こよみ読み解き事典 (岡田芳朗・阿久根末忠 著)
(27)マエストロ(篠田節子 著) 
(28)「ニート」って言うな! (本田由紀・内田朝雄・後藤和智 著) 
(29)出世ミミズ (アーサー・ビナード 著)
(30)ガリヴァ旅行記 (ジョナサン・スウィフト著 中野好夫訳)
(31)自分自身への審問 (辺見庸 著)
(32)児童文学の移り変り
(33)食品の裏側 (安部司 著)
(34)『まほろ駅前多田便利軒』(三浦しおん著) 『風林火山』(井上靖著)
(35)津軽 (太宰治 著)
(36)半島を出よ 上巻 (村上龍 著)
(37)『半島を出よ』下巻 (村上龍 著) 『クリスマス・カロル』(ディッケンズ 著)
(38)病気にならない人は知っている (ケヴィン・トルドー著)
(39)御伽草子 (岩波古典文学大系)
(40)算法少女 (遠藤寛子 著) ちくま学芸文庫
(41)リヴァイアサン号殺人事件 (ボリス・アクーニン 著)
(42)だから、僕は学校へ行く! (乙武洋匡 著)
(43)ハーメルンの笛吹き男 (阿部謹也 著)
(44)カラマーゾフの兄弟 (ドストエフスキー 著 亀山郁夫 訳)光文社刊 その1
(45)カラマーゾフの兄弟 (ドストエフスキー 著 亀山郁夫 訳)光文社刊 その2
(46)秘密の花園 (バーネット 著)
(47)リア王 (シェイクスピア 著  安西徹雄 訳)
(48)マリー・アントワネット (シュテファン・ツバイク 著) 角川文庫
(49)戦後日本経済史 (野口悠紀雄 著)
(50)風花 (川上弘美 著)
(51)停電の夜に (ジュンパ・ラヒリ 著)
(52)今昔物語集
(53)どくとるマンボウ航海記 (北杜夫 著)
(54)日本語が亡びるとき (水村美苗 著)
(55)1Q84 (村上春樹 著)
(56)『水の透視画法』(辺見庸 著) 『紅梅』(津村節子 著)
(57)『心臓を貫かれて』(マイケル・ギルモア著 村山春樹訳) 他